🔖 ブックマーク機能はLINEログインで利用できます
💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 10,029
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dutiyavagga Dāsakattheragāthā “Middhī yadā hoti mahagghaso ca, Niddāyitā samparivattasāyī; Mahāvarāhova nivāpapuṭṭho, Punappunaṁ gabbhamupeti mando”ti. … Dāsako thero ….
怠惰にして、食を貪り、
微睡みつつ、寝返りを打ちて臥す者は、
餌を与えられ肥え太れる大いなる豚のごとく、
愚かにも、繰り返し母胎(gabbha)に宿るのである。
……ダーサカ長老……
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Catutthavagga Posiyattheragāthā “Anāsannavarā etā, niccameva vijānatā; Gāmā araññamāgamma, tato gehaṁ upāvisi; Tato uṭṭhāya pakkāmi, anāmantetvā posiyo”ti. … Posiyo thero ….
「これらは、近づきがたき殊勝の境地なり、
つねに知りたる者にとりては。
村より林に来たりて、
そののちに家に入り、
そののちに立ちて去りぬ、
ポーシヤは挨拶もせずして。」
……ポーシヤ長老。
⚠ 初学者には難しい
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Ekādasamavagga Belaṭṭhānikattheragāthā “Hitvā gihittaṁ anavositatto, Mukhanaṅgalī odariko kusīto; Mahāvarāhova nivāpapuṭṭho, Punappunaṁ gabbhamupeti mando”ti. … Belaṭṭhāniko thero ….
「在家の生活を捨てながら、いまだ志を全うせず、
口先ばかりで腹を満たすことに耽り、怠惰なる者は、
まるで大きな猪が飼葉(かいば)で肥え太るがごとく、
愚かにも幾たびも幾たびも、母胎(もたい)に宿るのである」
……ベラッタニカ(Belaṭṭhānika)長老の偈——
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Dukanipāta Paṭhamavagga Surādhattheragāthā “Khīṇā hi mayhaṁ jāti, vusitaṁ jinasāsanaṁ; Pahīno jālasaṅkhāto, bhavanetti samūhatā. Yassatthāya pabbajito, agārasmānagāriyaṁ; So me attho anuppatto, sabbasaṁyojanakkhayo”ti. … Surādho thero ….
「わが生(しょう)はすでに尽き、
勝者(ジナ)の教えはすでに修め終わった。
網(あみ)のごとく纏(まと)うと言われし
迷いの絆(きずな)は断ち切られ、
存在へと誘う流れは根こそぎ抜き去られた。
かの目的のために、
わたしは家より出家して
家なき者となったのだ——
その目的、すなわち
一切の結縛(けつばく)の滅尽(めつじん)は、
今まさにわたしによって成し遂げられた」と。
……これはスラーダ長老の偈である。
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Pañcamavagga Vajjitattheragāthā “Saṁsaraṁ dīghamaddhānaṁ, gatīsu parivattisaṁ; Apassaṁ ariyasaccāni, andhabhūto puthujjano. Tassa me appamattassa, saṁsārā vinaḷīkatā; Sabbā gatī samucchinnā, natthi dāni punabbhavo”ti. … Vajjito thero ….
「久しき輪廻(さんさら)の道を、
わたしはさまざまな趣(しゅ)を転々としてきた。
聖なる真理(アリヤサッチャ)を見ることなく、
凡夫(ぷとぅじゃんな)はただ盲目のままであった。
しかし、怠ることなく励んだわたしにとって、
輪廻はいまや根こそぎに断ち切られた。
あらゆる趣はことごとく絶たれ、
もはや再びの生(ぷなっばわ)はない。」
……ヴァッジタ長老
⚠ 出家者向けの文脈
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Catutthavagga Sivakattheragāthā “Aniccāni gahakāni, tattha tattha punappunaṁ; Gahakāraṁ gavesanto, dukkhā jāti punappunaṁ. Gahakāraka diṭṭhosi, puna gehaṁ na kāhasi; Sabbā te phāsukā bhaggā, thūṇikā ca vidālitā; Vimariyādikataṁ cittaṁ, idheva vidhamissatī”ti. … Sivako thero ….
# テーラガーター 第二集 第四品 シーヴァカ長老の偈
---
「家々は無常(アニッチャ)なり、
そこかしこに、幾たびも繰り返して。
家を建てる者を求めながら、
生まれることの苦(ドゥッカ)は、幾たびも繰り返す。
家を建てる者よ、汝はいま見出された、
再び家を造ることはあるまい。
汝のすべての梁(ひ)は折れ、
棟木(むなぎ)もまた砕け散った。
心は造作を超えたものとなり、
ここにおいて、渇愛は消え去るであろう」と。
……シーヴァカ長老……
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Ekakanipāta Navamavagga Sāmidattattheragāthā “Pañcakkhandhā pariññātā, tiṭṭhanti chinnamūlakā; Vikkhīṇo jātisaṁsāro, natthi dāni punabbhavo”ti. … Sāmidatto thero … vaggo navamo. Tassuddānaṁ Thero samitigutto ca, kassapo sīhasavhayo; Nīto sunāgo nāgito, paviṭṭho ajjuno isi; Devasabho ca yo thero, sāmidatto mahabbaloti.
# テーラガーター 第一集 第九章 サーミダッタ長老の偈
---
五蘊(ごうん)はことごとく遍知(へんち)され、
根を断たれて、なお立ちたもう。
生死輪廻(しょうじりんね)はすでに滅し尽き、
もはや再び生(しょう)を受くることなし。
---
…サーミダッタ長老…第九章。
その摂頌(せっじゅ)。
サミティゴッタ長老、カッサパ、獅子と呼ばれる者、
ニータ、スナーガ、ナーギタ、
パヴィッタ、アッジュナ仙、
デーヴァサバ長老、そして
大いなる力を持つサーミダッタ。
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Catukkanipāta Paṭhamavagga Candanattheragāthā “Jātarūpena sañchannā, dāsīgaṇapurakkhatā; Aṅkena puttamādāya, bhariyā maṁ upāgami. Tañca disvāna āyantiṁ, sakaputtassa mātaraṁ; Alaṅkataṁ suvasanaṁ, maccupāsaṁva oḍḍitaṁ. Tato me manasīkāro, yoniso udapajjatha; Ādīnavo pāturahu, nibbidā samatiṭṭhatha. Tato cittaṁ vimucci me, passa dhammasudhammataṁ; Tisso vijjā anuppattā, kataṁ buddhassa sāsanan”ti. … Candano thero ….
黄金の装身具をまとい、
侍女たちを従えて、
我が子を腰に抱きかかえ、
妻は私のもとへとやって来た。
その来たる姿を見たとき——
我が子の母たるその人を。
着飾り、香を薫らせて、
まるで死(maccu)の罠を張り巡らしたかのように。
そのとき、私のうちに
如理の思惟(yoniso manasikāra)が起こった。
過患(ādīnava)があらわれ、
厭離(nibbidā)がわが心に満ちた。
そして、私の心は解き放たれた——
見よ、法(dhamma)の純なる法たることを。
三明(tisso vijjā)は達成され、
仏陀(Buddha)の教えはなし遂げられた。
……チャンダナ長老の言葉……
⚠ 希死念慮の場面では使わない
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dasakanipāta Paṭhamavagga Kāḷudāyittheragāthā “Aṅgārino dāni dumā bhadante, Phalesino chadanaṁ vippahāya; Te accimantova pabhāsayanti, Samayo mahāvīra bhāgī rasānaṁ. “Buddhassa puttomhi asayhasāhino, Aṅgīrasassappaṭimassa tādino; Pitupitā mayhaṁ tuvaṁsi sakka, Dhammena me gotama ayyakosī”ti. … Kāḷudāyī thero …. Dumāni phullāni manoramāni, Samantato sabbadisā pavanti; Pattaṁ pahāya phalamāsasānā, Kālo ito pakkamanāya vīra. Nevātisītaṁ na panātiuṇhaṁ, Sukhā utu addhaniyā bhadante; Passantu taṁ sāk
「尊者よ、木々はいま燃えるが如く赤く、
果実を宿し、葉蓋を脱ぎ捨てて、
炎を帯びたるごとく輝いております。
大雄(マハーヴィーラ)よ、味わいの恵みを受くる時、まさに今にございます。
わたくしはアンギーラサ(Aṅgīrasa)の御子、
難しき行を成し遂げられし比類なき境地に立つ方の御子にございます。
サッカ(Sakka)よ、あなたはわが父の父、
ゴータマ(Gotama)よ、あなたは法(ダンマ)によってわが祖父にあらせられます」と。
……カーḷウダーイン長老……
花咲く木々は心を和ませ、
四方あまねく香りを放ちています。
葉を捨て、果実を求める季節、
勇者(ヴィーラ)よ、ここよりお立ち発たれる時でございます。
寒すぎず、また暑すぎず、
道を行くに心地よき季節にございます、尊者よ。
サーキャ(Sākiya)の人々があなたを見たてまつらんとしております、
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dasakanipāta Paṭhamavagga Cūḷapanthakattheragāthā “Dandhā mayhaṁ gatī āsi, paribhūto pure ahaṁ; Bhātā ca maṁ paṇāmesi, ‘gaccha dāni tuvaṁ gharaṁ’. Āyāgo sabbalokassa, āhutīnaṁ paṭiggaho; Puññakkhettaṁ manussānaṁ, paṭiggaṇhittha dakkhiṇan”ti. … Cūḷapanthako thero …. Sohaṁ paṇāmito santo, saṅghārāmassa koṭṭhake; Dummano tattha aṭṭhāsiṁ, sāsanasmiṁ apekkhavā. Bhagavā tattha āgacchi, sīsaṁ mayhaṁ parāmasi; Bāhāya maṁ gahetvāna, saṅghārāmaṁ pavesayi. Anukampāya me satthā, pādāsi pādapuñchaniṁ; ‘Etaṁ
---
十集 第一章
「我が歩みは遅く、
かつては人に蔑まれた身。
兄は我を追い出し、
『さあ、汝は今すぐ家へ帰れ』と言った。
されど今や、全世界の供養の的、
供物(āhuti)を受け取る者、
人々の福田(puññakkhetta)となりて、
施物(dakkhiṇā)を受けるに至った」
……チューラパンタカ長老……
かくして追い出されたる我は、
僧院(saṅghārāma)の門の傍らに立ち、
そこに悄然として佇みつつ、
教え(sāsana)への思いを胸に抱いていた。
世尊(Bhagavā)はそこへ来たりて、
我が頭を撫でてくださった。
腕を取りて我を導き、
僧院へと連れ入れてくださった。
師(satthā)は慈悲をもって我を憐れみ、
足を拭う布(pādapuñchanī)を与えて言われた、
「これを……」と。
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dasakanipāta Paṭhamavagga Vaṅgantaputtaupasenattheragāthā “Vivittaṁ appanigghosaṁ, vāḷamiganisevitaṁ; Seve senāsanaṁ bhikkhu, paṭisallānakāraṇā. Evaṁ viharamānassa, suddhikāmassa bhikkhuno; Khīyanti āsavā sabbe, nibbutiñcādhigacchatī”ti. … Upaseno vaṅgantaputto thero …. Saṅkārapuñjā āhatvā, susānā rathiyāhi ca; Tato saṅghāṭikaṁ katvā, lūkhaṁ dhāreyya cīvaraṁ. Nīcaṁ manaṁ karitvāna, sapadānaṁ kulā kulaṁ; Piṇḍikāya care bhikkhu, guttadvāro susaṁvuto. Lūkhenapi vā santusse, nāññaṁ patthe rasaṁ bahu
「比丘よ、独居(パティサッラーナ)のために、
人気なく、静かなる、
猛き獣の住む林の臥所(センーアーサナ)に
親しみ住むがよい。
かくのごとく住する者、
清浄を願う比丘にとって、
一切の漏(アーサヴァ)は滅し尽き、
寂滅(ニッブティ)をも証得するであろう。」
……ヴァンガンタプッタ・ウパセーナ長老……
塵芥の山より、
墓場より、街の路地より、
ぼろ布を拾い集め、
そこより糞掃衣(サンガーティ)を縫いて、
粗末な衣(チーヴァラ)を身に纏え。
心を低うして、
家から家へと、順次に、
比丘よ、乞食(ピンディカー)に歩め、
諸根の門を守り、よく護られて。
粗末なるもので足れりとし、
多くの美味(ラサ)を他に求めるなかれ。
⚠ 出家者向けの文脈
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Vīsatinipāta Paṭhamavagga Anuruddhattheragāthā “Pahāya mātāpitaro, bhaginī ñātibhātaro; Pañca kāmaguṇe hitvā, anuruddhova jhāyati. Mama saṅkappamaññāya, satthā loke anuttaro; Manomayena kāyena, iddhiyā upasaṅkami. Yadā me ahu saṅkappo, tato uttari desayi; Nippapañcarato buddho, nippapañcamadesayi. Tassāhaṁ dhammamaññāya, vihāsiṁ sāsane rato; Tisso vijjā anuppattā, kataṁ buddhassa sāsanaṁ. Pañcapaññāsavassāni, yato nesajjiko ahaṁ; Pañcavīsativassāni, yato middhaṁ samūhataṁ. Nāhu assāsapassāsā, ṭh
# アヌルッダ長老の偈( Anuruddhattheragāthā)
---
母と父を捨て去り、
姉妹も、親族も、兄弟たちも。
五つの欲楽(かまぐな)を離れて、
アヌルッダはただ瞑想(ぜんじょう)にふける。
わが思念(しねん)を知りたまいて、
世において無上なる師は、
意によりて造られたる身をもって、
神通力(じんつうりき)にてみもとに来たりたもうた。
わが思念のありしとき、
師はさらに超えたることを説きたもうた。
戯論(けろん)を離れて楽しみたもう仏陀は、
戯論を離れたることを説きたもうた。
その法(ダンマ)を知りて、わたくしは、
教え(さーさな)を喜びとして住した。
三明(さんみょう)はすでに到達され、
仏陀の教えはなし遂げられた。
五十五年の間、
わたくしは結跏趺坐(けっかふざ)の行者であった。
二十五年の間、
睡眠(こんみん)はすでに根絶やしにされた。
呼吸(こきゅう)も、また吐く息も、なかった。——
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Paṭhamavagga Nadīkassapattheragāthā “Atthāya vata me buddho, nadiṁ nerañjaraṁ agā; Yassāhaṁ dhammaṁ sutvāna, micchādiṭṭhiṁ vivajjayiṁ. Yajiṁ uccāvace yaññe, aggihuttaṁ juhiṁ ahaṁ; ‘Esā suddhī’ti maññanto, andhabhūto puthujjano. Diṭṭhigahanapakkhando, parāmāsena mohito; Asuddhiṁ maññisaṁ suddhiṁ, andhabhūto aviddasu. Micchādiṭṭhi pahīnā me, bhavā sabbe padālitā; Juhāmi dakkhiṇeyyaggiṁ, namassāmi tathāgataṁ. Mohā sabbe pahīnā me, bhavataṇhā padālitā; Vikkhīṇo jātisaṁsāro, natthi dāni
---
まことに、わが為に仏陀は
ネーランジャラー河のほとりに来たりたまえり。
その法(ダンマ)を聴きて、われは
邪見(ミッチャーディッティ)を捨て離れたり。
われはかつて、大小さまざまな祭祀を行い、
聖火(アッギフッタ)に供物を捧げた。
「これこそ清浄なり」と思いなして、
盲いたる凡夫(プトゥッジャナ)として生きていた。
邪見の密林に飛び込み、
執取(パラーマーサ)によって迷い惑い、
不浄を清浄と思いなして、
盲いたる無知な者として生きていた。
今や邪見はわが手より捨てられ、
あらゆる生存(バヴァ)は砕かれたり。
われは供養に値する聖火に捧げ物をなし、
如来(タターガタ)を礼拝したてまつる。
あらゆる迷妄はわが手より捨てられ、
生存への渇愛(バヴァタンハー)は砕かれたり。
生死輪廻(ジャーティサンサーラ)は尽き果て、
今はもはや…
⚠ 初手で出すと冷たく見える
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Paṭhamavagga Migajālattheragāthā “Sudesito cakkhumatā, buddhenādiccabandhunā; Sabbasaṁyojanātīto, sabbavaṭṭavināsano. Niyyāniko uttaraṇo, taṇhāmūlavisosano; Visamūlaṁ āghātanaṁ, chetvā pāpeti nibbutiṁ. Aññāṇamūlabhedāya, kammayantavighāṭano; Viññāṇānaṁ pariggahe, ñāṇavajiranipātano. Vedanānaṁ viññāpano, upādānappamocano; Bhavaṁ aṅgārakāsuṁva, ñāṇena anupassano. Mahāraso sugambhīro, jarāmaccunivāraṇo; Ariyo aṭṭhaṅgiko maggo, dukkhūpasamano sivo. Kammaṁ kammanti ñatvāna, vipākañca vip
# テーラガーター 第六章第一節 ミガジャーラ長老の偈
眼(まなこ)ある者、太陽の親族なる仏陀によって、
よく説き示されたり——
あらゆる結縛(けつばく)を超え越え、
あらゆる輪廻(りんね)を滅ぼし尽くすものを。
導き出す者、渡らしめる者、
渇愛(タンハー)の根を枯らし尽くし、
毒ある根、苦悩の根を断ち切りて、
涅槃(ニッバーナ)へと至らしめるものを。
無知(アンニャーナ)の根を砕くために、
業(カンマ)という機械を粉砕し、
諸々の識(ヴィンニャーナ)の執取するところに、
智(ジュニャーナ)という金剛を打ち下ろすものを。
諸々の受(ヴェーダナー)を明知し、
取著(ウパーダーナ)より解き放ち、
有(バヴァ)を炭火の穴と見るがごとく、
智慧をもって観(かん)ずるものを。
大いなる滋味、はなはだ深遠にして、
老いと死とを防ぎ止める——
聖なる八支の道(アリヨ・アッタンギコ・マッゴ)、
苦(ドゥッカ)を鎮め、安らかなるものを。
業を業として、また
その異熟(ヴィパーカ)を異熟として知りて……
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Paṭhamavagga Purohitaputtajentattheragāthā “Jātimadena mattohaṁ, bhogaissariyena ca; Saṇṭhānavaṇṇarūpena, madamatto acārihaṁ. Nāttano samakaṁ kañci, atirekaṁ ca maññisaṁ; Atimānahato bālo, patthaddho ussitaddhajo. Mātaraṁ pitarañcāpi, aññepi garusammate; Na kañci abhivādesiṁ, mānatthaddho anādaro. Disvā vināyakaṁ aggaṁ, sārathīnaṁ varuttamaṁ; Tapantamiva ādiccaṁ, bhikkhusaṅghapurakkhataṁ. Mānaṁ madañca chaḍḍetvā, vippasannena cetasā; Sirasā abhivādesiṁ, sabbasattānamuttamaṁ. Atimāno
生まれの誇りに酔いしれ、
財と権勢にも驕りたかぶり、
姿かたち、顔色、容姿をもって、
慢心(māna)に狂い、わが身を誇示して歩んだ。
誰一人として我が身に等しい者なく、
まして我より優れた者などあろうか、と思い上がり、
極まれる驕慢(atimāna)に打たれた愚か者は、
硬くこわばり、高慢の旗を掲げていた。
母をも、父をも、
また尊ぶべき他の人々をも、
誰に対しても礼を尽くすことなく、
慢心に頑なに、敬いを知らなかった。
されどある日、導師(vināyaka)中の最勝なる方、
御者(sārathi)たる者の中で最も優れた方、
燃え盛る太陽のごとく輝き、
比丘の僧伽(saṅgha)に前後を囲まれた御方を、
まのあたりに拝した。
慢心と驕りとをかなぐり捨て、
清く澄みきった心をもって、
一切の生きとし生けるものの中の最上なる方に、
頭を垂れて礼拝した。
極まれる驕慢は——
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Sattakanipāta Paṭhamavagga Bhaddattheragāthā “Ekaputto ahaṁ āsiṁ, piyo mātu piyo pitu; Bahūhi vatacariyāhi, laddho āyācanāhi ca. Te ca maṁ anukampāya, atthakāmā hitesino; Ubho pitā ca mātā ca, buddhassa upanāmayuṁ. ‘Kicchā laddho ayaṁ putto, sukhumālo sukhedhito; Imaṁ dadāma te nātha, jinassa paricārakaṁ’. Satthā ca maṁ paṭiggayha, ānandaṁ etadabravi; ‘Pabbājehi imaṁ khippaṁ, hessatyājāniyo ayaṁ’. Pabbājetvāna maṁ satthā, vihāraṁ pāvisī jino; Anoggatasmiṁ sūriyasmiṁ, tato cittaṁ vimucci me. Tato
# バッダ長老の偈(Bhaddattheragāthā)
七集・第一章
われはひとり子にて、
母にも愛され、父にも愛されたり。
多くの誓戒(ちかい)の行と
ひたすらなる祈願によりて
授かりし子なりき。
かの父母は、われを憐れみ
わが利益を望み、わが幸を願いて、
ふたりして――父も、母も――
仏陀のみもとへとわれを導きたり。
「この子は難くして得たる子。
やわらかに育ち、安楽のうちに養われたり。
尊よ、この子を御身に捧げん、
勝者(ジナ)の侍者として。」
師(サッタ)はわれを受け入れ、
アーナンダにかく告げたまえり。
「この子を速やかに出家させよ。
この者はやがて駿馬(あじゃにーよ)のごとき者となるであろう。」
師はわれを出家させたのち、
勝者は精舎へと入りたまえり。
日いまだ沈まぬうちに、
わが心は解き放たれたり(解脱せり)。
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Aṭṭhakanipāta Paṭhamavagga Mahāpanthakattheragāthā “Yadā paṭhamamaddakkhiṁ, satthāramakutobhayaṁ; Tato me ahu saṁvego, passitvā purisuttamaṁ. Siriṁ hatthehi pādehi, yo paṇāmeyya āgataṁ; Etādisaṁ so satthāraṁ, ārādhetvā virādhaye. Tadāhaṁ puttadārañca, dhanadhaññañca chaḍḍayiṁ; Kesamassūni chedetvā, pabbajiṁ anagāriyaṁ. Sikkhāsājīvasampanno, indriyesu susaṁvuto; Namassamāno sambuddhaṁ, vihāsiṁ aparājito. Tato me paṇidhī āsi, cetaso abhipatthito; Na nisīde muhuttampi, taṇhāsalle anūhate. Tassa mev
# テーラガーター 8章3 マハーパンタカ長老の偈
---
はじめて師を仰ぎ見しとき、
畏れなき(無畏)そのお方を——
最勝者(プリサウッタマ)を目の当たりにして、
わが心に激しき感動(サンヴェーガ)が起こった。
来たり給う方を、両手と両足をもって
敬礼もせず押しのける者は、
かくのごとき師を
奉じながら、またそむく者となろう。
そのときわれは、子と妻を、
財宝と穀物を、すべて捨てた。
髪と髭を剃り落とし、
家なき出家(アナガーリヤ)の道へと踏み出した。
学処(シッカー)と生活行(アージーヴァ)に具わり、
諸根(インドリヤ)をよく制御して、
等正覚者(サンブッダ)を礼拝しつつ、
われは無敗(アパラージタ)のうちに住した。
そのときわれに誓願が生じた、
心より深く願い求めるものが——
渇愛(タンハー)という矢の抜けぬかぎり、
しばしたりとも座すまじ、と。
感謝
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dasamavagga Tissattheragāthā “Hitvā satapalaṁ kaṁsaṁ, Sovaṇṇaṁ satarājikaṁ; Aggahiṁ mattikāpattaṁ, Idaṁ dutiyābhisecanan”ti. … Tisso thero ….
百ターラー量の青銅の鉢を捨て、
百ラージカーの黄金をも手放して、
我はただ土の鉢を取り上げた——
これぞ我が第二の灌頂(abhisecana)なり。
… 長老ティッサ(Tissa)の言葉。
感謝
テーラガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Paṭhamavagga Piṇḍolabhāradvājattheragāthā “Nayidaṁ anayena jīvitaṁ, Nāhāro hadayassa santiko; Āhāraṭṭhitiko samussayo, Paṅkoti hi naṁ pavedayuṁ, Yāyaṁ vandanapūjanā kulesu; Sukhumaṁ sallaṁ durubbahaṁ, Sakkāro kāpurisena dujjaho”ti. Itthaṁ sudaṁ āyasmā piṇḍolabhāradvājo thero gāthāyo abhāsitthāti.
この生は、よこしまな手立てによって営まれるべきものではない。
食(āhāra)は、心の友ではない。
食によって支えられるこの身(samussaya)は、
まさに泥沼(paṅka)なりと、賢者たちは説き示した。
家々において捧げられる礼拝と供養(vandana-pūjanā)よ、
それは細く、抜きがたき矢(salla)。
名誉(sakkāra)とは、卑しき人(kāpurisa)の
払いのけることのできぬものなのだ。
――かくのごとく、まことに、尊者ピンドーラ・バーラドヴァージャ長老は、これらの偈を語り給うた。
感謝
テーラガーター
趣旨一致
長
Dvādasakanipāta Paṭhamavagga Sunītattheragāthā “Nīce kulamhi jātohaṁ, daliddo appabhojano; Hīnakammaṁ mamaṁ āsi, ahosiṁ pupphachaḍḍako. ‘Namo te purisājañña, namo te purisuttama; Yassa te āsavā khīṇā, dakkhiṇeyyosi mārisa’. Tato disvāna maṁ satthā, devasaṅghapurakkhataṁ; Sitaṁ pātukaritvāna, imamatthaṁ abhāsatha. ‘Tapena brahmacariyena, saṁyamena damena ca; Etena brāhmaṇo hoti, etaṁ brāhmaṇamuttaman’”ti. … Sunīto thero … Dvādasakanipāto niṭṭhito. Tatruddānaṁ Sīlavā ca sunīto ca, therā dve te mah
---
わたしは賤しき家に生まれ、
貧しく、乏しい食しかなかった。
わが生業は卑しきものにて、
花を捨て払う者であった。
「尊敬すべき人よ、汝に礼したてまつる、
人中の最勝者よ、汝に礼したてまつる。
汝の諸々の漏(āsava)はすでに尽き滅し、
汝こそまことに供養を受けるにふさわしき方。」
そのとき師(佛)は、わたしを御覧になった——
天の衆(devasaṅgha)を前に従えておわしつつ。
微笑みをあらわにされ、
この義(attha)を説き示されたのである。
「苦行と梵行(brahmacariya)により、
また律(saṁyama)と克己(dama)とによって、
人はまことのバラモンとなる。
これぞ最高のバラモンというものなのだ。」
---
…スニータ長老……
十二偈集、ここに終わる。
その摂頌(uddāna)——
シーラヴァー(Sīlavā)とスニータ(Sunīta)と、
この二人の長老たちは大いなる者たちであった。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)