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💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 10,029
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Sumaṅgalamātātherīgāthā “Sumuttikā sumuttikā, Sādhumuttikāmhi musalassa; Ahiriko me chattakaṁ vāpi, Ukkhalikā me deḍḍubhaṁ vāti. Rāgañca ahaṁ dosañca, Cicciṭi cicciṭīti vihanāmi; Sā rukkhamūlamupagamma, Aho sukhanti sukhato jhāyāmī”ti. … Sumaṅgalamātā therī ….
よく解き放たれた、よく解き放たれた、
杵(きね)からよく解き放たれた、この身よ。
恥知らずなる夫の傘笠も、
煮えたぎる鍋の蛙(かわず)も、
今はもう知らぬ。
貪り(ラーガ)と怒り(ドーサ)とを、
じゅうじゅうと焼き尽くして、
わたしは木の根元に赴き、
「ああ、安楽なることよ」と、
安らかに禅定(ぜんじょう)を修める。
…スマンガラーの母(長老尼)…
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Vīsatinipāta Cāpātherīgāthā “Laṭṭhihattho pure āsi, so dāni migaluddako; Āsāya palipā ghorā, nāsakkhi pārametave. “Imañca me puttaphalaṁ, kāḷa uppāditaṁ tayā; Taṁ maṁ puttavatiṁ santiṁ, kassa ohāya gacchasi”. “Jahanti putte sappaññā, tato ñātī tato dhanaṁ; Pabbajanti mahāvīrā, nāgo chetvāva bandhanaṁ”. “Idāni te imaṁ puttaṁ, Daṇḍena churikāya vā; Bhūmiyaṁ vā nisumbhissaṁ, Puttasokā na gacchasi”. “Sace puttaṁ siṅgālānaṁ, kukkurānaṁ padāhisi; Na maṁ puttakatte jammi, punarāvattayissasi”. “Handa kh
# テーリーガーター 第十三章第三節 チャーパー長老尼の偈
---
「かつては杖を手にしておったのに、今や鹿を追う猟師となり果てた。
恐ろしき欲望の泥沼にはまり込み、彼岸へと渡り切ることができなかった」
「このわが子という果実を、カーラよ、おまえが産ませたのではないか。
子を持つわたしが、こうして安らかに坐しているのに、
いったい誰のために、わたしを捨てて去ろうというのか」
「智慧ある者は子らを捨て、
さらには親族を捨て、財をも捨て、
大いなる勇者として出家する——
象が縄目を断ち切るように」
「今ここでこの子を、
棒で、あるいは刃物で、
地に打ち据えてやろうか。
子への悲しみに沈んだまま、おまえを去らせはせぬぞ」
「もしおまえが、この子を
豺(やまいぬ)や犬どもに投げ与えるというなら、
賤しき女よ、子への未練をもって
わたしをふたたび引き戻すことは、もはやできぬ」
「さあ——」
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Tiṁsanipāta Subhājīvakambavanikātherīgāthā Jīvakambavanaṁ rammaṁ, Gacchantiṁ bhikkhuniṁ subhaṁ; Dhuttako sannivāresi, Tamenaṁ abravī subhā. Ahaṁ tava vasānugo siyaṁ, Yadi viharemase kānanantare; Na hi matthi tayā piyattaro, Pāṇo kinnarimandalocane. Yadi me vacanaṁ karissasi, Sukhitā ehi agāramāvasa; Pāsādanivātavāsinī, Parikammaṁ te karontu nāriyo. Kāsikasukhumāni dhāraya, Abhiropehi ca mālavaṇṇakaṁ; Kañcanamaṇimuttakaṁ bahuṁ, Vividhaṁ ābharaṇaṁ karomi te. Sudhotarajapacchadaṁ subhaṁ, Gonakatūli
# テーリーガーター 第十四章 スバー(ジーヴァカのマンゴー林の長老尼)の偈
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三十章 スバー・ジーヴァカンバヴァニカー長老尼の偈
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麗しきジーヴァカのマンゴー林へと
歩みゆく比丘尼スバーを、
放蕩者ひとり行く手に立ちはだかり、
かの女(ひと)に語りかけた。
「われはそなたの意のままに従う者となろう、
もし林の奥深くに共に留まってくれるならば。
きんなり(緊那羅)のごとき丸い瞳をもつ御方よ、
そなたよりも愛しきものは、このわが命にはない。
もしわが言葉に従ってくれるならば、
幸せに暮らせ、家へと戻り住まうがよい。
風もそよがぬ御殿の奥深くに住み、
侍女たちがそなたのために身辺を整えよう。
カーシカ(迦尸)の国の細やかな絹を身にまとい、
花の色あいの衣を身につけよ。
黄金・宝玉・真珠をふんだんに、
様々の飾りをわれはそなたに贈ろう。
美しく洗われた上掛けを敷いた、
柔らかな毛布や綿の褥(しとね)に、
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Cattālīsanipāta Isidāsītherīgāthā Nagaramhi kusumanāme, Pāṭaliputtamhi pathaviyā maṇḍe; Sakyakulakulīnāyo, Dve bhikkhuniyo hi guṇavatiyo. Annena ca pānena ca, Khajjena ca yañca tattha sannihitaṁ; Chādemi upanayāmi ca, Demi ca yaṁ yassa patirūpaṁ. Kālena upaṭṭhahitvā, Gharaṁ samupagamāmi ummāre; Dhovantī hatthapāde, Pañjalikā sāmikamupemi. Kocchaṁ pasādaṁ añjaniñca, Ādāsakañca gaṇhitvā; Parikammakārikā viya, Sayameva patiṁ vibhūsemi. Sayameva odanaṁ sādhayāmi, Sayameva bhājanaṁ dhovantī; Mātāva e
# テーリーガーター 第十五篇第一章 イシダーシー長老尼の偈
---
クスマナーマと呼ばれる都、
大地の宝冠たるパータリプッタの城市に、
シャーキャ族の血筋を引く
二人の徳高き比丘尼あり。
食物と飲み物と、
菓子と、そこに用意されたものを、
わたしは行き渡らせ、手向け、
それぞれふさわしき者に施した。
時に先立ちて起き出でて、
閾のところより家に近づき、
手と足を洗いつつ、
合掌して夫のもとに参った。
櫛と化粧品と眉墨と、
鏡とを手に取りて、
侍女のごとく
みずから夫を装わせた。
みずから飯を炊き、
みずから器を洗いながら、
まるで母が
---
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Mahānipāta Sumedhātherīgāthā Mantāvatiyā nagare, Rañño koñcassa aggamahesiyā; Dhītā āsiṁ sumedhā, Pasāditā sāsanakarehi. Anujānātha maṁ ubhayo, Pabbajituṁ dasabalassa pāvacane; Appossukkā ghaṭissaṁ, Jātimaraṇappahānāya. Kiṁ bhavagate abhinanditena, Kāyakalinā asārena; Bhavataṇhāya nirodhā, Anujānātha pabbajissāmi. Buddhānaṁ uppādo vivajjito, Akkhaṇo khaṇo laddho; Sīlāni brahmacariyaṁ, Yāvajīvaṁ na dūseyyaṁ”. Evaṁ bhaṇati sumedhā, Mātāpitaro “na tāva āhāraṁ; Āharissaṁ gahaṭṭhā, Maraṇavasaṁ gatāva
マンターヴァティーの都に、
コンジャ王の第一妃の娘として、
スメーダーは生まれた——
師の教えに帰依した者たちによって
信心へと導かれた。
「両親よ、どうぞお許しください、
十力(じゅうりき)を具えし御方の御教えに入り、
出家せんことを。
煩わしきことを離れ、
生(しょう)と死(し)を断ち尽くすべく、
ひたすら励みたいのです。
この身に宿り続けることの、
何の喜びがありましょうか。
実体なき、この骨肉の身に。
有(う)への渇愛(かつあい)を滅することのために、
どうか出家をお許しください。
諸仏(しょぶつ)の出現は滅多にないもの——
その得がたき時節に、わたくしは恵まれました。
戒(かい)と梵行(ぼんぎょう)を、
命の続く限り、汚すことなく守りましょう。」
スメーダーはかくのごとく両親に語り、
「在家の身のまま、
食を断ちます——
死の力に従うかのように、
そなたたちがお許しくださるまで」と申した。
⚠ 希死念慮の場面では使わない
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Tiṁsamattātherīgāthā “Musalāni gahetvāna, dhaññaṁ koṭṭenti māṇavā; Puttadārāni posentā, dhanaṁ vindanti māṇavā. Karotha buddhasāsanaṁ, yaṁ katvā nānutappati; Khippaṁ pādāni dhovitvā, ekamante nisīdatha; Cetosamathamanuyuttā, karotha buddhasāsanaṁ”. Tassā tā vacanaṁ sutvā, paṭācārāya sāsanaṁ; Pāde pakkhālayitvāna, ekamantaṁ upāvisuṁ; Cetosamathamanuyuttā, akaṁsu buddhasāsanaṁ. Rattiyā purime yāme, pubbajātimanussaruṁ; Rattiyā majjhime yāme, dibbacakkhuṁ visodhayuṁ; Rattiyā pacchime
「若者たちは杵(きね)を手に取り、穀物を搗(つ)く。
若者たちは妻子を養い、財を得る。
されば仏の教えを行ぜよ、
行じて後悔することなき教えを。
すみやかに足を洗い、
かたわらに坐せよ。
心の静けさ(心寂止)に専念し、
仏の教えを行ぜよ。」
パーターチャーラーのこの言葉を聞いた彼女たちは、
その教えに従い、
足を洗い清めて、
かたわらに坐した。
心の静けさ(心寂止)に専念して、
仏の教えを行じたのである。
夜の初更(しょこう)に、
彼女たちは過去の生を憶念した(宿命通)。
夜の中更(ちゅうこう)に、
天眼(てんげん)を清浄にした。
夜の後更(ごこう)に、――
⚠ 出家者向けの文脈
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Candātherīgāthā “Duggatāhaṁ pure āsiṁ, vidhavā ca aputtikā; Vinā mittehi ñātīhi, bhattacoḷassa nādhigaṁ. Pattaṁ daṇḍañca gaṇhitvā, bhikkhamānā kulā kulaṁ; Sītuṇhena ca ḍayhantī, satta vassāni cārihaṁ. Bhikkhuniṁ puna disvāna, annapānassa lābhiniṁ; Upasaṅkamma avocaṁ, ‘pabbajjaṁ anagāriyaṁ’. Sā ca maṁ anukampāya, pabbājesi paṭācārā; Tato maṁ ovaditvāna, paramatthe niyojayi. Tassāhaṁ vacanaṁ sutvā, akāsiṁ anusāsaniṁ; Amogho ayyāyovādo, tevijjāmhi anāsavā”ti. … Candā therī …. Pañcakan
# テーリーガーター 第五章 チャンダー長老尼の偈
---
かつて、わたしは貧しき者であった。
夫もなく、子もなく、
友も、親族も、傍らになく、
食べ物も、衣も、得ることができなかった。
鉢と杖を手に取りて、
家から家へと乞い歩き、
寒さと暑さに身を灼かれながら、
七年の歳月をさまよい続けた。
ある日、食べ物と飲み物を得たる
一人の比丘尼(びくに)と出会い、
わたしは近づいて、こう申し上げた——
「出家(しゅっけ)の道、家なき道へと導いてください」と。
彼女は、慈悲の心もてわたしを憐れみ、
パターチャーラーその人こそ、わたしを出家せしめてくださった。
そして諭し、教え導き、
最高の真理(paramattha)へとわたしを向かわせてくださった。
その御言葉を聴き、
わたしは教えのままに行じた。
尊師の勧めは空しからず——
今、わたしは三明(tevijjā)を得、
煩悩(āsava)の尽きた者となった。
---
…… チャンダー長老尼 ……
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Nanduttarātherīgāthā “Aggiṁ candañca sūriyañca, devatā ca namassihaṁ; Nadītitthāni gantvāna, udakaṁ oruhāmihaṁ. Bahūvatasamādānā, aḍḍhaṁ sīsassa olikhiṁ; Chamāya seyyaṁ kappemi, rattiṁ bhattaṁ na bhuñjahaṁ. Vibhūsāmaṇḍanaratā, nhāpanucchādanehi ca; Upakāsiṁ imaṁ kāyaṁ, kāmarāgena aṭṭitā. Tato saddhaṁ labhitvāna, pabbajiṁ anagāriyaṁ; Disvā kāyaṁ yathābhūtaṁ, kāmarāgo samūhato. Sabbe bhavā samucchinnā, icchā ca patthanāpi ca; Sabbayogavisaṁyuttā, santiṁ pāpuṇi cetaso”ti. … Nanduttarā
# ナンダウッタラー長老尼の偈
―テーリーガーター 第五章第五節―
火と月と太陽とを、
また神々を、われは礼拝した。
川の渡し場へと赴き、
水の中へと降り立った。
多くの誓戒(ヴァタ)を受け持ちつつ、
頭の半ばを剃り上げ、
地の上に臥床を設け、
夜には食を断った。
装飾と着飾りとを喜び、
沐浴と塗油にも心を費やし、
欲愛(カーマラーガ)に苛まれながら、
この身を仕えさせていた。
されどのちに信(サッダ)を得て、
わたしは家なき出家の道へと歩み出た。
身を在りのままに見つめるとき、
欲愛は根こそぎ断ち滅された。
一切の有(バヴァ)は断ち切られ、
願いも、求めも、ともに尽きた。
あらゆる結縛(ヨーガ)より解き放たれ、
心の寂静(サンティ)に、われは至れり。
―ナンダウッタラー―
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Sakulātherīgāthā “Agārasmiṁ vasantīhaṁ, dhammaṁ sutvāna bhikkhuno; Addasaṁ virajaṁ dhammaṁ, nibbānaṁ padamaccutaṁ. Sāhaṁ puttaṁ dhītarañca, dhanadhaññañca chaḍḍiya; Kese chedāpayitvāna, pabbajiṁ anagāriyaṁ. Sikkhamānā ahaṁ santī, bhāventī maggamañjasaṁ; Pahāsiṁ rāgadosañca, tadekaṭṭhe ca āsave. Bhikkhunī upasampajja, pubbajātimanussariṁ; Dibbacakkhu visodhitaṁ, vimalaṁ sādhubhāvitaṁ. Saṅkhāre parato disvā, hetujāte palokite; Pahāsiṁ āsave sabbe, sītibhūtāmhi nibbutā”ti. … Sakulā th
# テーリーガーター 第五章 サクラー長老尼の偈
家に住みておりしとき、
比丘の説く法を聞きて、
われは塵を離れた法(ダンマ)を見た——
涅槃(ニッバーナ)、不滅なる境地を。
われはその時、息子と娘を、
財と穀物をも捨て去り、
みずから髪を剃らしめて、
家なき出家の道に入った。
修行尼(シッカマーナ)として静かに在りながら、
正しき道(マッガ)を修め育てつつ、
貪り(ラーガ)と怒り(ドーサ)を捨て放ち、
同じその座にて諸々の煩悩(アーサヴァ)をも断った。
比丘尼の具足戒を受けてより、
前世の生を憶念した。
天眼(ディッバチャック)は清められ、
汚れなく、よく修められた。
諸行(サンカーラ)を他なるものと見て、
縁より生じ、滅び崩れゆくと観じ、
われはすべての煩悩(アーサヴァ)を捨て尽くした——
清涼となり、われは涅槃に入れり。
——サクラー長老尼
⚠ 出家者向けの文脈
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Anopamātherīgāthā “Ucce kule ahaṁ jātā, bahuvitte mahaddhane; Vaṇṇarūpena sampannā, dhītā majjhassa atrajā. Patthitā rājaputtehi, seṭṭhiputtehi gijjhitā; Pitu me pesayī dūtaṁ, detha mayhaṁ anopamaṁ. Yattakaṁ tulitā esā, tuyhaṁ dhītā anopamā; Tato aṭṭhaguṇaṁ dassaṁ, hiraññaṁ ratanāni ca. Sāhaṁ disvāna sambuddhaṁ, lokajeṭṭhaṁ anuttaraṁ; Tassa pādāni vanditvā, ekamantaṁ upāvisiṁ. So me dhammamadesesi, anukampāya gotamo; Nisinnā āsane tasmiṁ, phusayiṁ tatiyaṁ phalaṁ. Tato kesāni chetvān
(テーリーガーター 第六集 六・五)
---
わたしは高き家柄に生まれ、
財産豊かな大富の家の娘、
容姿端麗にして、
マッジャの子として生を受けた。
王の子らはわたしを求め、
長者の子らはわたしを望んだ。
ある者は父のもとへ使者を遣わして、
こう申し出た——
「この令嬢アノーパマー(無比の者)を、
どうかわたしにお与えください。」
「この娘アノーパマーを秤にかけ、
その目方の八倍もの
黄金と宝珠とを、
お渡しいたしましょう。」
されどわたしは、
世に並ぶものなき無上なる
等正覚者(サンブッダ)に相まみえ、
その御足に礼拝し、
傍らに坐した。
ゴータマ(瞿曇)は、
慈悲の心をもってわたしに
法(ダンマ)をお説きになった。
その座に坐したまま、
わたしは第三の果(さとり)に触れた。
そののち、わたしは髪を剃り……
---
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Mahāpajāpatigotamītherīgāthā “Buddha vīra namo tyatthu, sabbasattānamuttama; Yo maṁ dukkhā pamocesi, aññañca bahukaṁ janaṁ. Sabbadukkhaṁ pariññātaṁ, Hetutaṇhā visositā; Bhāvito aṭṭhaṅgiko maggo, Nirodho phusito mayā. Mātā putto pitā bhātā, ayyakā ca pure ahuṁ; Yathābhuccamajānantī, saṁsariṁhaṁ anibbisaṁ. Diṭṭho hi me so bhagavā, antimoyaṁ samussayo; Vikkhīṇo jātisaṁsāro, natthi dāni punabbhavo. Āraddhavīriye pahitatte, Niccaṁ daḷhaparakkame; Samagge sāvake passe, Esā buddhāna vandan
# マハーパジャーパティー・ゴーターミー長老尼の偈
六集・第六
---
勇者なる仏陀よ、帰命したてまつる、
一切衆生のなかの最勝者よ。
汝は我を苦(dukkha)より解き放ち、
またあまたの人びとをも救いたもうた。
一切の苦は遍く知られ、
苦の因たる渇愛(taṇhā)はすでに乾き尽き、
八支聖道(aṭṭhaṅgiko maggo)はよく修められ、
滅(nirodha)はわが身に触れたり。
かつて我は、母として、子として、
父として、兄弟として、祖父母として、
ありのままの真実を知ることなく、
迷いの輪廻(saṁsāra)をとどまることなく流転せり。
されど今、かの世尊(bhagavā)はわが目に見えたり。
この身は最後の生存(samussaya)なり。
生の輪廻(jātisaṁsāra)はすでに滅し尽き、
今はもはや再生(punabbhava)あることなし。
精進(vīriya)に励み、志を高く立て、
つねに堅固なる努力を保ちながら、
和合せる弟子たちを見よ。
これぞ諸仏への真の礼拝(vandanā)なり。
家族
テーリーガーター
趣旨一致
長
Sattakanipāta Uttarātherīgāthā “Musalāni gahetvāna, dhaññaṁ koṭṭenti māṇavā; Puttadārāni posentā, dhanaṁ vindanti māṇavā. Ghaṭetha buddhasāsane, yaṁ katvā nānutappati; Khippaṁ pādāni dhovitvā, ekamantaṁ nisīdatha. Cittaṁ upaṭṭhapetvāna, ekaggaṁ susamāhitaṁ; Paccavekkhatha saṅkhāre, parato no ca attato”. “Tassāhaṁ vacanaṁ sutvā, paṭācārānusāsaniṁ; Pāde pakkhālayitvāna, ekamante upāvisiṁ. Rattiyā purime yāme, pubbajātimanussariṁ; Rattiyā majjhime yāme, dibbacakkhuṁ visodhayiṁ. Rattiyā pacchime yām
# テーリーガーター 第七章 ウッタラー長老尼の偈
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「若者たちは杵を手に取り、穀物を搗く。
妻子を養いながら、若者たちは富を得る。
仏陀の教えに励め——
なしても後悔することなき、その行いに。
速やかに足を洗い、
かたわらに坐せよ。
心を整え、
一境(いっきょう)に、よく三昧(さんまい)せる心をもって、
諸行(しょぎょう)を観ぜよ——
他なるものとして、我がものとしてではなく」と。
---
「わたくしはパターチャーラー(Paṭācārā)の
その訓えの言葉を聞き、
足を洗い清めて、
かたわらに坐した。
夜の初更(しょこう)に、
過去の生(しょう)を憶念した。
夜の中更(ちゅうこう)に、
天眼(てんげん)を清浄ならしめた。
夜の後更(ごこう)に——
家族
テーリーガーター
直接根拠
短
わたしは自由だ。臼から、恥知らずの夫から、日よけの傘をつくる仕事から。貪りと怒りから、わたしは自由になった。木の陰に座って「ああ幸せだ」とわたしは瞑想する。
家族
テーリーガーター
直接根拠
短
十人の子を産み育てた。老いて力を失った時、尼僧のもとに行き、法を聞いた。出家し、第三の夜に真理を見出した。子への執着を超えて。
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dhīrātherīgāthā “Dhīre nirodhaṁ phusehi, Saññāvūpasamaṁ sukhaṁ; Ārādhayāhi nibbānaṁ, Yogakkhemamanuttaran”ti. … Dhīrā therī ….
「ディーラーよ、滅(ニローダ)に触れよ、
想(サンニャー)の寂静なる安楽に。
涅槃(ニッバーナ)を成就せよ、
無上の軛安穏(ヨーガッケーマ)を」と。
……ディーラー長老尼……
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Muttātherīgāthā “Mutte muccassu yogehi, cando rāhuggahā iva; Vippamuttena cittena, anaṇā bhuñja piṇḍakan”ti. Itthaṁ sudaṁ bhagavā muttaṁ sikkhamānaṁ imāya gāthāya abhiṇhaṁ ovadatīti.
# テーリーガーター 第一集 ムッター長老尼の偈
「ムッターよ、くびきより解き放たれよ、
月がラーフの捉えより解き放たれるように。
心(チッタ)清らかに解脱して、
負い目なく、施食(ピンダカ)を受けよ」と。
かくのごとく、世尊は、学道にある(シッカマーナー)ムッターに、この偈をもって、つねに教え諭したもうた。
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Uttamātherīgāthā “Catukkhattuṁ pañcakkhattuṁ, vihārā upanikkhamiṁ; Aladdhā cetaso santiṁ, citte avasavattinī. Sā bhikkhuniṁ upagacchiṁ, yā me saddhāyikā ahu; Sā me dhammamadesesi, khandhāyatanadhātuyo. Tassā dhammaṁ suṇitvāna, Yathā maṁ anusāsi sā; Sattāhaṁ ekapallaṅkena, Nisīdiṁ pītisukhasamappitā; Aṭṭhamiyā pāde pasāresiṁ, Tamokhandhaṁ padāliyā”ti. … Uttamā therī ….
四たび、五たびと、
わたしは精舎を出て行った。
心の安らぎを得られぬまま、
こころを制することができずにいた。
そこでわたしは、一人の比丘尼のもとへ赴いた、
わたしが深く信頼を寄せていたその人のもとへ。
彼女はわたしにダンマ(法)を説き示してくれた、
蘊(うん)と処(しょ)と界(かい)とを。
彼女の説く法を聴き終えて、
彼女がわたしに諭してくれたとおりに、
わたしは七日のあいだ、ひとつの座を結んで坐し、
喜(ぴーティ)と楽(スカ)とに満ちあふれた。
そして八日目に、わたしは足を伸ばした、
暗黒の塊(タモカンダ)を打ち砕いて。
…ウッタマー長老尼…
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Sattakanipāta Cālātherīgāthā “Satiṁ upaṭṭhapetvāna, bhikkhunī bhāvitindriyā; Paṭivijjhi padaṁ santaṁ, saṅkhārūpasamaṁ sukhaṁ”. “Kaṁ nu uddissa muṇḍāsi, samaṇī viya dissasi; Na ca rocesi pāsaṇḍe, kimidaṁ carasi momuhā”. “Ito bahiddhā pāsaṇḍā, diṭṭhiyo upanissitā; Na te dhammaṁ vijānanti, na te dhammassa kovidā. Atthi sakyakule jāto, buddho appaṭipuggalo; So me dhammamadesesi, diṭṭhīnaṁ samatikkamaṁ. Dukkhaṁ dukkhasamuppādaṁ, Dukkhassa ca atikkamaṁ; Ariyaṁ caṭṭhaṅgikaṁ maggaṁ, Dukkhūpasamagāminaṁ.
# テーリーガーター 第七章 チャーラー長老尼の偈
---
正念(サティ)を確立し、
根(インドリヤ)を修めたる比丘尼は、
寂静なる境地を、
諸行の寂滅という安楽を、
まのあたりに覚知した。
「何者に捧げてか、そなたは頭を剃れるのか。
沙門のごとき姿に見えながら、
いかなる外道にも与せず――
この愚かなる振る舞いは、いったい何事か」
「ここなる世の外道たちは、
諸々の見解(ディッティ)に依り頼む者。
かれらは法(ダンマ)を知らず、
法に通じたる者にあらず。
しかるにサキャ族より生まれし者あり、
比類なき覚者(ブッダ)と呼ばるる方こそ、
わが師にして、法を説き示し給うた――
一切の見解を超え渡ることを。
苦(ドゥッカ)を、
苦の生起(サムッパーダ)を、
そして苦の超克を、
苦の寂滅へと導く
聖なる八支の道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)を」
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Aṭṭhakanipāta Sīsūpacālātherīgāthā “Bhikkhunī sīlasampannā, indriyesu susaṁvutā; Adhigacche padaṁ santaṁ, asecanakamojavaṁ”. Aṭṭhakanipāto niṭṭhito. “Tāvatiṁsā ca yāmā ca, tusitā cāpi devatā; Nimmānaratino devā, ye devā vasavattino; Tattha cittaṁ paṇīdhehi, yattha te vusitaṁ pure”. “Tāvatiṁsā ca yāmā ca, tusitā cāpi devatā; Nimmānaratino devā, ye devā vasavattino. Kālaṁ kālaṁ bhavābhavaṁ, sakkāyasmiṁ purakkhatā; Avītivattā sakkāyaṁ, jātimaraṇasārino. Sabbo ādīpito loko, sabbo loko padīpito; Sabb
# テーリーガーター 8章1 シースーパチャーラー長老尼の偈
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戒を具(そな)え、諸根(しょこん)をよく守る比丘尼は、
静けさの境地(さかい)に達するであろう——
混じりけなく、充ちみちた、あの安らぎの境地(きょうち)に。
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「三十三天(さんじゅうさんてん)の神々よ、夜摩天(やまてん)の神々よ、
兜率天(とそつてん)の神々よ、
化楽天(けらくてん)の神々よ、
他化自在天(たけじざいてん)の神々よ——
かつておまえが住んだところへ
おまえの心を向けよ」と〔悪魔はいった〕。
「三十三天の神々、夜摩天の神々、
兜率天の神々、
化楽天の神々、
他化自在天の神々——
これらの者たちは、
時を経て、存在から存在へと輪転(りんてん)し、
有身見(うしんけん)を奉じながら、
有身見(さっかーや)を超え出ることなく、
生と死の流れに漂い続ける。
一切の世界は燃え盛り、
一切の世界は炎に包まれている。
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*〔八偈品(アッタカニパータ)おわり〕*
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経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)