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10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 10,029
すべて 智慧 4354 老い 931 苦しみ 772 正念 695 怒り 356 執着 350 350 業・因果 346 幸せ 337 自己 244 人間関係 243 家族 234 不安 168 仕事 165 渇愛 147 慈悲 115 無常 111 孤独 45 43 感謝 23
vinaya 2606 中部経典 2117 長部経典 1357 相応部経典 1136 増支部経典 857 jataka 563 スッタニパータ 522 ダンマパダ(法句経) 426 テーラガーター 211 テーリーガーター 68 クッダカパータ 57 イティヴッタカ 54 ウダーナ 34 金剛経 5 維摩経 5 般若心経 4 法華経 4 涅槃経 2 AN 1
苦しみ テーリーガーター 趣旨一致
Ekādasakanipāta Kisāgotamītherīgāthā “Kalyāṇamittatā muninā, lokaṁ ādissa vaṇṇitā; Kalyāṇamitte bhajamāno, api bālo paṇḍito assa. Bhāvito me maggo, Ariyo aṭṭhaṅgiko amatagāmī; Nibbānaṁ sacchikataṁ, Dhammādāsaṁ avekkhiṁhaṁ. Ahamamhi kantasallā, Ohitabhārā katañhi karaṇīyaṁ; Kisā gotamī therī, Vimuttacittā imaṁ bhaṇī”ti. … Kisā gotamī therī …. Ekādasakanipāto niṭṭhito. Bhajitabbā sappurisā, Paññā tathā vaḍḍhati bhajantānaṁ; Bhajamāno sappurise, Sabbehipi dukkhehi pamucceyya. Dukkhañca vijāneyya, D
--- 善き友(カリャーナミッタ)のことを 牟尼(むに)は世のためにと讃えたまえり。 善き友に親しむ者は たとえ愚かなる者も、賢者となるであろう。 善き人々に親しむべし、 かく親しむ者には智慧(パンニャー)もまた育つ。 善き人々に親しみ続けるならば あらゆる苦(ドゥッカ)よりも解き放たれるであろう。 苦を知り、(苦の起こりを知り、) また苦の滅するをも知るべし—— 我はすでに道を修めたり、 不死(アマタ)へと至る聖なる八支の道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)を。 涅槃(ニッバーナ)はすでに証(あか)しせられ、 法の鏡(ダンマーダーサ)を我は覗き見たり。 我は毒矢(カンタサッラ)を抜き取られし者、 重荷(バーラ)を降ろし、なすべきことはすでになしたり。 かく語りき、キサーゴータミー長老尼、 心解脱(チッタヴィムッタ)を得たる者として。 --- かくして第十一集、終わる。
副テーマ: liberation
導線タグ: 転職,SNS,介護,子育て,決断,別れ,食事,喪失
⚠ 初手で出すと冷たく見える,希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
苦しみ テーリーガーター 趣旨一致
Vīsatinipāta Sundarītherīgāthā “Petāni bhoti puttāni, khādamānā tuvaṁ pure; Tuvaṁ divā ca ratto ca, atīva paritappasi. Dukkhaṁ dukkhasamuppādaṁ, dukkhassa ca atikkamaṁ; Ariyaṁ caṭṭhaṅgikaṁ maggaṁ, dukkhūpasamagāminaṁ. Tattha viññātasaddhammo, pabbajjaṁ samarocayi; Sujāto tīhi rattīhi, tisso vijjā aphassayi. “Ehi sārathi gacchāhi, rathaṁ niyyādayāhimaṁ; Ārogyaṁ brāhmaṇiṁ vajja, ‘pabbaji dāni brāhmaṇo; Sujāto tīhi rattīhi, tisso vijjā aphassayi’”. Tato ca rathamādāya, sahassañcāpi sārathi; Ārogyaṁ
かつてそなたは、わが子らを亡くして その骸(むくろ)を前に嘆き悲しみ 昼も夜も、ひたすら身を焦がし 苦しみのうちに過ごしていた。 苦(ドゥッカ)を、苦の生起を 苦の超克を、そして 苦の寂滅(じゃくめつ)へと導く 聖なる八支の道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)を。 彼処(かしこ)にて正法(サッダンマ)を知り 出家(パッバッジャー)を心より欲した。 スジャータは三夜にして 三明(ティッソ・ヴィッジャー)を証得した。 「さあ、御者よ、参れ。 この車を引き戻してくれ。 バラモンの女(ブラーフマニー)に安寧を告げよ—— 『バラモンはいま出家した。 スジャータは三夜にして 三明を証得した』と」。 そこで御者は車を引き返し 一千もの財宝とともに 安寧を——
副テーマ: suffering,family,wisdom,death
導線タグ: 子供の死,悲嘆,喪失,立ち直り,苦しみからの解放,教えによる救い,出家
苦しみ テーリーガーター 趣旨一致
Sattakanipāta Upacālātherīgāthā “Satimatī cakkhumatī, bhikkhunī bhāvitindriyā; Paṭivijjhi padaṁ santaṁ, akāpurisasevitaṁ”. “Kiṁ nu jātiṁ na rocesi, jāto kāmāni bhuñjati; Bhuñjāhi kāmaratiyo, māhu pacchānutāpinī”. “Jātassa maraṇaṁ hoti, hatthapādāna chedanaṁ; Vadhabandhapariklesaṁ, jāto dukkhaṁ nigacchati. Atthi sakyakule jāto, sambuddho aparājito; So me dhammamadesesi, jātiyā samatikkamaṁ. Dukkhaṁ dukkhasamuppādaṁ, dukkhassa ca atikkamaṁ; Ariyaṁ caṭṭhaṅgikaṁ maggaṁ, dukkhūpasamagāminaṁ. Tassāhaṁ
# テーリーガーター 第七章 ウパチャーラー長老尼の偈 「正念(さとり)あり、正見(まさしき眼)あり、 修行によりて諸根を整えたる比丘尼は、 寂静なる境地(パダ)を証し悟れり—— それは卑しき者どもの近づき得ぬ境地なり」 「なにゆえに汝は、生まれることを喜ばぬのか。 生まれたる者は感官の楽(カーマ)を享受するではないか。 欲楽の喜びを受け享け、 後になりて悔いることなかれ」 「生まれたる者には死がある。 手足を断ち切られることもある。 殺戮、束縛、苦悩—— 生まれたる者は苦(ドゥッカ)を受けるのだ。 釈迦族の家に生まれたる者がある、 打ち克たれることなき正覚者(サンブッダ)が。 その方は我に法(ダンマ)を説き示してくださった—— 生(ジャーティ)を超え渡ることを。 苦(ドゥッカ)と、苦の生起(ドゥッカサムッパーダ)と、 苦の超克(アティッカマ)と、 苦の静息(ウパサマ)へと導く 聖なる八支の道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)とを。 その法を聞きて、わたしは——」
副テーマ: suffering,craving,death,wisdom
導線タグ: 輪廻,執着,快楽,苦しみ,生死,解脱,感覚的欲望
⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
仕事 テーリーガーター 趣旨一致
Pañcakanipāta Paṭācārātherīgāthā “Naṅgalehi kasaṁ khettaṁ, bījāni pavapaṁ chamā; Puttadārāni posentā, dhanaṁ vindanti māṇavā. Kimahaṁ sīlasampannā, satthusāsanakārikā; Nibbānaṁ nādhigacchāmi, akusītā anuddhatā. Pāde pakkhālayitvāna, udakesu karomahaṁ; Pādodakañca disvāna, thalato ninnamāgataṁ. Tato cittaṁ samādhesiṁ, assaṁ bhadraṁvajāniyaṁ; Tato dīpaṁ gahetvāna, vihāraṁ pāvisiṁ ahaṁ; Seyyaṁ olokayitvāna, mañcakamhi upāvisiṁ. Tato sūciṁ gahetvāna, vaṭṭiṁ okassayāmahaṁ; Padīpasseva nibbānaṁ, vimok
# テーリーガーター 5・10 パターチャーラー長老尼の偈 鋤もて田を耕し、 大地に種子を播き、 妻子を養いながら、 若者たちは富を得る。 されば、わたしは戒(シーラ)を具え、 師の教えに従い行じ、 懈怠なく、高ぶりなく—— なにゆえ涅槃(ニッバーナ)を得られぬのか。 足を洗い終えて、 水のゆくえに目を注ぐ—— 高きところより低きところへと 流れ下る足洗いの水を。 その水を見て、 わたしは心を定めた(三昧に入った)、 よく調えられた駿馬のように。 やがて燈火を取り上げ、 わたしは精舎(ヴィハーラ)に入った。 臥処を見わたしてから、 寝台の上に腰を下ろした。 そして針を手に取り、 灯心を引き下ろしたその時—— 燈明の炎の消えるがごとく、 心の解脱(ヴィモッカ)は成就した。
副テーマ: laziness
導線タグ: 上司,恋人,子育て,休息,焦り,睡眠
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
老い ウダーナ 趣旨一致
Mahākassapasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā rājagahe viharati veḷuvane kalandakanivāpe. Tena kho pana samayena āyasmā mahākassapo pippaliguhāyaṁ viharati ābādhiko dukkhito bāḷhagilāno. Atha kho āyasmā mahākassapo aparena samayena tamhā ābādhā vuṭṭhāsi. Atha kho āyasmato mahākassapassa tamhā ābādhā vuṭṭhitassa etadahosi: “yannūnāhaṁ rājagahaṁ piṇḍāya paviseyyan”ti. Tena kho pana samayena pañcamattāni devatāsatāni ussukkaṁ āpannāni honti āyasmato mahākassapassa piṇḍapātapaṭilābhāya. Atha
# マハーカッサパの経(大迦葉経) このように私は聞いた。——ある時、世尊はラージャガハ(王舎城)のヴェーヌヴァナ(竹林精舎)、カランダカニヴァーパ(栗鼠飼養園)に滞在しておられた。 その時、尊者マハーカッサパ(大迦葉)はピッパリー窟において、病を得て苦しみ、重く臥せっておられた。 やがて、尊者マハーカッサパはその病より回復された。すると、病より癒えた尊者マハーカッサパに、こういう思いが生じた。「さあ、わたしはラージャガハに托鉢(ピンダパータ)に入ろう」と。 ところがその時、およそ五百の神々が、尊者マハーカッサパの托鉢の糧を得んがために、心を砕いて準備を整えていた。
副テーマ: preparation
導線タグ: 病気,食事
⚠ 希死念慮の場面では使わない
老い ウダーナ 趣旨一致
Meghiyasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā cālikāyaṁ viharati cālike pabbate. Tena kho pana samayena āyasmā meghiyo bhagavato upaṭṭhāko hoti. Atha kho āyasmā meghiyo yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ aṭṭhāsi. Ekamantaṁ ṭhito kho āyasmā meghiyo bhagavantaṁ etadavoca: “icchāmahaṁ, bhante, jantugāmaṁ piṇḍāya pavisitun”ti. “Yassadāni tvaṁ, meghiya, kālaṁ maññasī”ti. Atha kho āyasmā meghiyo sāyanhasamayaṁ paṭisallānā vuṭṭhito yena bhagavā tenupasaṅkami;
このように私は聞いた—— あるとき、世尊はチャーリカーのチャーリカー山に滞在しておられた。そのころ、尊者メーギヤは世尊の侍者であった。 そこで尊者メーギヤは世尊のもとに近づいた。近づいて世尊を礼拝し、かたわらに立った。かたわらに立った尊者メーギヤは、世尊にこのように申し上げた。 「世尊よ、わたくしはジャントゥ村に托鉢に入りたいと思います。」 「メーギヤよ、いま汝が時と思うならば〔そうするがよい〕。」 そこで尊者メーギヤは夕刻、独坐(パṭisallāna)より出定して、世尊のもとに近づいた。
副テーマ: aging,impermanence,mindfulness,self
導線タグ: 老い,孤独,心の迷い,修行,精神的成長,内なる平和,自己探求
老い ウダーナ 趣旨一致
Paṭhamanānātitthiyasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena sambahulā nānātitthiyasamaṇabrāhmaṇaparibbājakā sāvatthiyaṁ paṭivasanti nānādiṭṭhikā nānākhantikā nānārucikā nānādiṭṭhinissayanissitā. Santeke samaṇabrāhmaṇā evaṁvādino evaṁdiṭṭhino: “hoti ca na ca hoti tathāgato paraṁ maraṇā, idameva saccaṁ moghamaññan”ti. Santi paneke samaṇabrāhmaṇā evaṁvādino evaṁdiṭṭhino: “neva hoti na na hoti tathāgato paraṁ maraṇā, idame
このように私は聞いた。 あるとき、世尊(バガヴァー)はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独)長者の園にましました。 そのころ、サーヴァッティーには、種々の外道(ティッティヤ)の沙門・婆羅門・遍歴行者たちが多数住んでいた。彼らはそれぞれ異なる見解を持ち、異なる主張を抱き、異なる好みに従い、異なる見解の拠り所に依っていた。 そのなかに、次のように説き、次のように見る沙門・婆羅門たちがいた。 「如来(タターガタ)は死後に存在し、かつまた存在しない。これのみが真実であり、他は空虚である」と。 また、次のように説き、次のように見る沙門・婆羅門たちもいた。 「如来は死後に存在するのでもなく、存在しないのでもない。これのみが真実であり――」と。
副テーマ: suffering,impermanence,wisdom,self
導線タグ: 死後の世界,輪廻,魂の存在,宗教的疑問,見解の対立,執着からの解放,真理の探求
⚠ 希死念慮の場面では使わない
老い ウダーナ 趣旨一致
Dutiyadabbasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tatra kho bhagavā bhikkhū āmantesi: “bhikkhavo”ti. “Bhadante”ti te bhikkhū bhagavato paccassosuṁ. Bhagavā etadavoca: “Dabbassa, bhikkhave, mallaputtassa vehāsaṁ abbhuggantvā ākāse antalikkhe pallaṅkena nisīditvā tejodhātuṁ samāpajjitvā vuṭṭhahitvā parinibbutassa sarīrassa jhāyamānassa ḍayhamānassa neva chārikā paññāyittha na masi. Seyyathāpi nāma sappissa vā telassa vā jhāyamānassa ḍayhamān
# ウダーナ(感興偈)第八章第十経 ダッバの第二経 このように私は聞いた―― あるとき、世尊はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独長者)の園に滞在しておられた。 そのとき、世尊は比丘たちに呼びかけられた。 「比丘たちよ」 「尊き師よ」と、比丘たちは世尊にお答えした。 世尊はこのように仰せられた。 「比丘たちよ、マッラ族の子ダッバ(達婆)は、虚空へと飛び上がり、空中において結跏趺坐し、火の界(テージョーダートゥ)に入定し、そこより出定して、完全な涅槃(パリニッバーナ)に入った。その身が燃え、焼かれるにあたって、灰もなく、炭もなく、何ひとつ残るものがなかった。ちょうど、酥(バター)あるいは油が燃え、焼かれるときに――」
副テーマ: body
導線タグ: 病気
老い ウダーナ 趣旨一致
Cundasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā mallesu cārikaṁ caramāno mahatā bhikkhusaṅghena saddhiṁ yena pāvā tadavasari. Tatra sudaṁ bhagavā pāvāyaṁ viharati cundassa kammāraputtassa ambavane. Atha kho bhagavā maggā okkamma yena aññataraṁ rukkhamūlaṁ tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā āyasmantaṁ ānandaṁ āmantesi: “iṅgha me tvaṁ, ānanda, catugguṇaṁ saṅghāṭiṁ paññāpehi; kilantosmi, ānanda, nisīdissāmī”ti. “Evaṁ, bhante”ti kho āyasmā ānando bhagavato paṭissutvā catugguṇaṁ saṅghāṭiṁ paññāpesi. Nisīdi
# ウダーナ 8・5 チュンダ経 このように私は聞いた—— ある時、世尊はマッラ国を遊行(ゆぎょう)されていた。多くの比丘の僧伽(サンガ)とともに、パーヴァーの地へと赴かれた。そこで世尊は、鍛冶師の子チュンダのマンゴー林に滞在された。 やがて世尊は道より外れ、ある樹の根元へと近づかれた。近づかれてのち、尊者アーナンダに告げられた。 「さあ、アーナンダよ、わたしのために僧伽梨衣(サンガーティ)を四つ折りにして敷いてくれ。疲れた、アーナンダよ。坐ろうと思う」と。 「かしこまりました、尊師よ」と、尊者アーナンダは世尊のお言葉に応えて、僧伽梨衣を四つ折りにして敷いた。
副テーマ: aging,suffering,impermanence,mindfulness
導線タグ: 疲労,老い,体の衰え,旅の疲れ,休息,肉体の限界,老化
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
怒り ウダーナ 趣旨一致
Gopālakasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā kosalesu cārikaṁ carati mahatā bhikkhusaṅghena saddhiṁ. Atha kho bhagavā maggā okkamma yena aññataraṁ rukkhamūlaṁ tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā paññatte āsane nisīdi. Atha kho aññataro gopālako yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinnaṁ kho taṁ gopālakaṁ bhagavā dhammiyā kathāya sandassesi samādapesi samuttejesi sampahaṁsesi. Atha kho so gopālako bhagavatā dhammiyā kathāya sandassito samā
# ウダーナ(感興偈)4・3 牧牛者の経 このように私は聞いた。 あるとき、世尊はコーサラ国において、多くの比丘の僧伽(サンガ)とともに遊行しておられた。そのとき世尊は道をそれて、ある樹の根元に近づかれた。近づいてから、設けられた座に坐られた。 そのとき、ある牧牛者が世尊のもとに近づいてきた。近づいてから、世尊を礼拝して、一方に坐った。一方に坐ったその牧牛者に、世尊は法(ダンマ)に関わる話をもって、教え示し、受持させ、奮い立たせ、喜ばせられた。 そのとき、その牧牛者は、世尊の法に関わる話によって教え示され……
副テーマ: reconciliation
導線タグ: 介護,食事,罪悪感
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
不安 ウダーナ 直接根拠
安らかな者は勝ちも負けもない。勝ちも負けもない者は安らかである。
副テーマ: anxiety,attachment,happiness,self
導線タグ: 勝ち負け,競争,プレッシャー,執着,心の平和,不安,比較
不安 ウダーナ 趣旨一致
Ajakalāpakasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā pāvāyaṁ viharati ajakalāpake cetiye, ajakalāpakassa yakkhassa bhavane. Tena kho pana samayena bhagavā rattandhakāratimisāyaṁ abbhokāse nisinno hoti; devo ca ekamekaṁ phusāyati. Atha kho ajakalāpako yakkho bhagavato bhayaṁ chambhitattaṁ lomahaṁsaṁ uppādetukāmo yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavato avidūre tikkhattuṁ “akkulo pakkulo”ti akkulapakkulikaṁ akāsi: “eso te, samaṇa, pisāco”ti. Atha kho bhagavā etamatthaṁ viditvā tāyaṁ vel
# アジャカラーパカ経 このように私は聞いた——ある時、世尊はパーヴァーにおいて、アジャカラーパカ夜叉(ヤッカ)の住処なるアジャカラーパカの霊祠に滞在しておられた。その時、世尊は夜の暗闇と深い闇の中、露地に坐しておられた。そして雨が一雨ひとしきり降り注いでいた。 さて、アジャカラーパカ夜叉は、世尊に恐怖と戦慄と身の毛のよだちを起こさせようと思い、世尊のもとへ近づいた。近づいてから、世尊のほど近くで三度にわたり「アックロ、パックロ」と叫び声をあげ、騒ぎ立てた。そして「修行者よ、これはそなたの鬼神(ピサーチャ)だ」と言った。 そこで世尊はこの意味を知り、その時に次の感興の言葉を唱えられた——
副テーマ: fear,present_moment
導線タグ: 対人恐怖,睡眠,罪悪感
執着 ウダーナ 趣旨一致
Paṭhamalakuṇḍakabhaddiyasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena āyasmā sāriputto āyasmantaṁ lakuṇḍakabhaddiyaṁ anekapariyāyena dhammiyā kathāya sandasseti samādapeti samuttejeti sampahaṁseti. Atha kho āyasmato lakuṇḍakabhaddiyassa āyasmatā sāriputtena anekapariyāyena dhammiyā kathāya sandassiyamānassa samādapiyamānassa samuttejiyamānassa sampahaṁsiyamānassa anupādāya āsavehi cittaṁ vimucci. Addasā kho bhagavā āyasmant
このように私は聞いた。 ある時、世尊はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独長者)の園に滞在しておられた。 その頃、尊者サーリプッタ(舎利弗)は、尊者ラクンダカ・バッディヤに対し、さまざまな方法をもって法(ダンマ)の話を説き示し、奮い立たせ、励まし、喜ばせていた。 やがて、尊者ラクンダカ・バッディヤは、尊者サーリプッタによってさまざまな方法をもって法の話を説き示され、奮い立たせられ、励まされ、喜ばせられるうちに、執着することなく、諸々の漏(āsava)より心が解脱した。 世尊は、尊者〔ラクンダカ・バッディヤの〕…… --- (原文がここで途切れているため、翻訳はテキストの範囲に従い、ここで終わる)
副テーマ: freedom
執着 ウダーナ 趣旨一致
Dutiyasattasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena sāvatthiyā manussā yebhuyyena kāmesu sattā (…) rattā giddhā gathitā mucchitā ajjhosannā andhīkatā sammattakajātā kāmesu viharanti. Atha kho bhagavā pubbaṇhasamayaṁ nivāsetvā pattacīvaramādāya sāvatthiṁ piṇḍāya pāvisi. Addasā kho bhagavā sāvatthiyā te manusse yebhuyyena kāmesu satte ratte giddhe gathite mucchite ajjhopanne andhīkate sammattakajāte kāmesu viharante. Ath
# ウダーナ 7・4 第二・衆生経 このように私は聞いた。—— あるとき、世尊はサーヴァッティーのジェータ林、アナータピンディカの園に滞在しておられた。 そのころ、サーヴァッティーの人々は、その大多数が欲楽(kāma)に執着し、欲楽に染まり、欲楽を貪り、欲楽に縛られ、欲楽に溺れ、欲楽に沈み、欲楽によって盲目となり、酔いしれたるがごとき状態となって、欲楽のうちに暮らしていた。 さて世尊は、午前中に衣を整え、鉢と衣とを持して、托鉢のためにサーヴァッティーへと入られた。世尊は、サーヴァッティーのそれらの人々が、その大多数において、欲楽に執着し、欲楽に染まり、欲楽を貪り、欲楽に縛られ、欲楽に溺れ、欲楽に沈み、欲楽によって盲目となり、酔いしれたるがごとき状態となって、欲楽のうちに暮らしているのを御覧になった。 そこで世尊は——
副テーマ: attachment,craving,suffering,mindfulness
導線タグ: 執着,欲望,快楽依存,感覚的欲求,束縛,嗜癖,欲に溺れる
ウダーナ 趣旨一致
Upāsakasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena aññataro icchānaṅgalako upāsako sāvatthiṁ anuppatto hoti kenacideva karaṇīyena. Atha kho so upāsako sāvatthiyaṁ taṁ karaṇīyaṁ tīretvā yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinnaṁ kho taṁ upāsakaṁ bhagavā etadavoca: “cirassaṁ kho tvaṁ, upāsaka, imaṁ pariyāyamakāsi yadidaṁ idhāgamanāyā”ti. “Cirapaṭikāhaṁ, bhante, bha
# 優婆塞経(ウパーサカスッタ) このように私は聞いた—— あるとき、世尊はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独長者)の園にお住まいであった。 そのころ、イッチャーナンガラに住むある優婆塞(うばそく)が、何らかの用件があってサーヴァッティーにやって来ていた。その優婆塞はサーヴァッティーにおいてその用件を済ませたのち、世尊のおられるところへと赴いた。赴いて、世尊を礼拝し、かたわらに座した。 かたわらに座したその優婆塞に、世尊はこのようにおっしゃった。 「優婆塞よ、そなたがここに来るという、この機会を持つのは久しぶりのことであるな。」 「世尊よ、久しい以前より、私は——」
副テーマ: death,impermanence,attachment,suffering
導線タグ: 死への恐れ,別れ,再会,時間の大切さ,訪問,つながり,機会を逃す
ウダーナ 趣旨一致
Piṇḍapātikasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena sambahulānaṁ bhikkhūnaṁ pacchābhattaṁ piṇḍapātapaṭikkantānaṁ karerimaṇḍalamāḷe sannisinnānaṁ sannipatitānaṁ ayamantarākathā udapādi: “Piṇḍapātiko, āvuso, bhikkhu piṇḍāya caranto labhati kālena kālaṁ manāpike cakkhunā rūpe passituṁ, labhati kālena kālaṁ manāpike sotena sadde sotuṁ, labhati kālena kālaṁ manāpike ghānena gandhe ghāyituṁ, labhati kālena kālaṁ manāpike jiv
このように私は聞いた―― あるとき、世尊はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独長者)の園に滞在しておられた。 そのとき、多くの比丘たちが食後、托鉢(ピンダパータ)より帰り、カレーリー樹の円堂に集い座して、こういう話題が起こった。 「友よ、托鉢行者(ピンダパーティカ)の比丘は、托鉢に歩きながら、折々に、心に適う色(ルーパ)を眼で見ることができる。折々に、心に適う声(サッダ)を耳で聞くことができる。折々に、心に適う香り(ガンダ)を鼻で嗅ぐことができる。折々に、心に適う味(ラサ)を舌で……」 --- 〔注:原文はここで途切れており、以下の続きは現存テキストに基づき訳出しておりません。〕
副テーマ: craving,attachment,mindfulness,suffering
導線タグ: 欲望,感覚的快楽,執着,托鉢,修行,感覚器官,誘惑
⚠ 出家者向けの文脈
ウダーナ 趣旨一致
Sippasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena sambahulānaṁ bhikkhūnaṁ pacchābhattaṁ piṇḍapātapaṭikkantānaṁ maṇḍalamāḷe sannisinnānaṁ sannipatitānaṁ ayamantarākathā udapādi: “ko nu kho, āvuso, sippaṁ jānāti? Ko kiṁ sippaṁ sikkhi? Kataraṁ sippaṁ sippānaṁ aggan”ti? Tatthekacce evamāhaṁsu: “tharusippaṁ sippānaṁ aggan”ti. Ekacce evamāhaṁsu: “muddāsippaṁ sippānaṁ aggan”ti. Ekacce evamāhaṁsu: “gaṇanāsippaṁ sippānaṁ aggan”ti.
# ウダーナ(感興偈)第三章第九経 技芸経 このように私は聞いた。—— あるとき、世尊はサーヴァッティーのジェータ林、アナータピンディカの園に住しておられた。 そのとき、多くの比丘たちが、食後、托鉢(ピンダパータ)より戻り、円形の集会堂に集い座して、次のような談話を交わしていた。 「友よ、いったい誰が技芸(シッパ)を知っているのか。誰がいかなる技芸を学んだのか。また、諸々の技芸のうち、いずれの技芸が最も優れたものであるか」と。 そこで、あるものはこのように言った。「剣術(タルシッパ)こそが、技芸のうちで最も優れたものである」と。またあるものはこのように言った。「書記術(ムッダーシッパ)こそが、技芸のうちで最も優れたものである」と。またあるものはこのように言った。「算術(ガナナーシッパ)こそが、技芸のうちで最も優れたものである」と。
副テーマ: work,attachment,wisdom,self
導線タグ: 仕事,職業,スキル,比較,競争,自分の価値,承認欲求
ウダーナ 趣旨一致
Utenasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā kosambiyaṁ viharati ghositārāme. Tena kho pana samayena rañño utenassa uyyānagatassa antepuraṁ daḍḍhaṁ hoti, pañca ca itthisatāni kālaṅkatāni honti sāmāvatīpamukhāni. Atha kho sambahulā bhikkhū pubbaṇhasamayaṁ nivāsetvā pattacīvaramādāya kosambiṁ piṇḍāya pāvisiṁsu. Kosambiyaṁ piṇḍāya caritvā pacchābhattaṁ piṇḍapātapaṭikkantā yena bhagavā tenupasaṅkamiṁsu; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdiṁsu. Ekamantaṁ nisinnā kho te bhikkhū bha
# ウダーナ(感興偈)7・10 ウテナ王の章 このように、わたしは聞いた。 あるとき、世尊はコーサンビーのゴーシタ園に滞在しておられた。 そのころ、ウテナ王が苑に出かけているあいだに、王の後宮が焼け落ち、サーマーヴァティーを筆頭とする五百人の女たちが命を落とした。 そこで多くの比丘たちは、午前中に衣を整え、鉢と衣をたずさえてコーサンビーへと托鉢に入った。コーサンビーで托鉢を終えて食後に帰り、世尊のもとへと赴いた。世尊のもとに近づいて礼拝し、かたわらに座した。かたわらに座した比丘たちは、世尊に……
副テーマ: death,impermanence,suffering,attachment
導線タグ: 死別,喪失,突然の死,悲しみ,無常,大切な人を失う,心の平静
ウダーナ 直接根拠
Atthi bhikkhave ajatam abhutam akatam asamkhatam; no cetam bhikkhave abhavissa ajatam abhutam akatam asamkhatam.
比丘たちよ、生ぜず、成らず、つくられず、形成されないものがある。もしこの生ぜず、成らず、つくられず、形成されないものがなかったならば、生じ、成り、つくられ、形成されたものからの出離はない。
副テーマ: emptiness,suffering,wisdom,impermanence
導線タグ: 苦しみからの解放,執着を手放す,出口が見えない,根本的な安らぎ,涅槃,存在の本質,解脱
幸せ ウダーナ 直接根拠
悟りを得た者の幸せは比類ない。足るを知り、教えを聞き、生きとし生けるものを害さぬ。世間に対する無欲、これが幸せである。
副テーマ: happiness,craving,mindfulness,gratitude
導線タグ: 幸せ,足るを知る,欲望,満足,シンプルな生き方,執着を手放す,心の平和
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経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)

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