🔖 ブックマーク機能はLINEログインで利用できます
💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 10,029
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
老い
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Vimalātherīgāthā “Mattā vaṇṇena rūpena, sobhaggena yasena ca; Yobbanena cupatthaddhā, aññāsamatimaññihaṁ. Vibhūsetvā imaṁ kāyaṁ, sucittaṁ bālalāpanaṁ; Aṭṭhāsiṁ vesidvāramhi, luddo pāsamivoḍḍiya. Piḷandhanaṁ vidaṁsentī, guyhaṁ pakāsikaṁ bahuṁ; Akāsiṁ vividhaṁ māyaṁ, ujjagghantī bahuṁ janaṁ. Sājja piṇḍaṁ caritvāna, muṇḍā saṅghāṭipārutā; Nisinnā rukkhamūlamhi, avitakkassa lābhinī. Sabbe yogā samucchinnā, ye dibbā ye ca mānusā; Khepetvā āsave sabbe, sītibhūtāmhi nibbutā”ti. … Vimalā pu
# テーリーガーター 第五章第二偈 ヴィマラー長老尼の偈
---
容色(かおかたち)の美しさに、
姿かたちの麗しさに、
幸運と名声とに、
若さの絶頂にあって、わたしは傲慢であった。
他の者たちを、見くだしていた。
この身を飾り立て、
愚か者を誘う、彩られた罠として、
娼婦の門口に立ちはだかり、
猟師が罠を仕掛けるように、わたしは待ち構えていた。
多くの飾りをちらつかせ、
隠すべきものをあらわに晒し、
さまざまな誑かし(たぶらかし)を巡らせながら、
多くの人々を嘲り笑っていた。
されどいまは、鉢を手に托鉢を終え、
剃髪し、袈裟(サンガーティ)をまとい、
木の根元に座している。
分別妄想(ヴィタッカ)を超えた境地を、
わたしは得た。
天上のものも人間のものも、
あらゆる繋縛(ヨーガ)は断ち切られた。
すべての煩悩(アーサヴァ)を燃やし尽くして、
わたしは今、涼やかに、涅槃(ニッバーナ)に安らう。
---
*遊女ヴィマラーの作*
⚠ 初手で出すと冷たく見える
老い
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Sundarīnandātherīgāthā “Āturaṁ asuciṁ pūtiṁ, passa nande samussayaṁ; Asubhāya cittaṁ bhāvehi, ekaggaṁ susamāhitaṁ. Yathā idaṁ tathā etaṁ, yathā etaṁ tathā idaṁ; Duggandhaṁ pūtikaṁ vāti, bālānaṁ abhinanditaṁ. Evametaṁ avekkhantī, rattindivamatanditā; Tato sakāya paññāya, abhinibbijjha dakkhisaṁ”. “Tassā me appamattāya, vicinantiyā yoniso; Yathābhūtaṁ ayaṁ kāyo, diṭṭho santarabāhiro. Atha nibbindahaṁ kāye, ajjhattañca virajjahaṁ; Appamattā visaṁyuttā, upasantāmhi nibbutā”ti. … Sundar
# テーリーガーター 第五章 スンダリーナンダー長老尼の偈
---
「ナンダよ、この身(samussaya)を見よ——
病み、汚れ、腐敗したるものを。
不浄(asubhā)の観想に心を向け、
一点に集め、よく静め整えよ。
この身のごとく彼の身もあり、
彼の身のごとくこの身もある。
悪臭を放ち、腐り漂う——
それを愚かな者たちは喜び求める。
かくのごとくこれをつぶさに観じながら、
昼夜たゆまず怠ることなく、
ついにはおのれの智慧(paññā)をもって、
厭い離れ、明らかに見届けるであろう」と。
---
「かくして、わたくしは放逸なることなく、
理法のままに(yoniso)つぶさに観じ続けた。
この身を、内にも外にも、
あるがままに(yathābhūtaṁ)見届けた。
そのとき、わたくしはこの身を厭い(nibbindahaṁ)、
内において離欲(virajja)を得た。
放逸なることなく、束縛を脱し、
わたくしはいま寂静(upasanta)にして、涅槃(nibbuta)に達した」と。
——スンダリーナンダー
⚠ 初手で出すと冷たく見える
老い
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Mittākāḷītherīgāthā “Saddhāya pabbajitvāna, agārasmānagāriyaṁ; Vicariṁhaṁ tena tena, lābhasakkāraussukā. Riñcitvā paramaṁ atthaṁ, hīnamatthaṁ asevihaṁ; Kilesānaṁ vasaṁ gantvā, sāmaññatthaṁ na bujjhihaṁ. Tassā me ahu saṁvego, nisinnāya vihārake; Ummaggapaṭipannāmhi, taṇhāya vasamāgatā. Appakaṁ jīvitaṁ mayhaṁ, jarā byādhi ca maddati; Purāyaṁ bhijjati kāyo, na me kālo pamajjituṁ. Yathābhūtamavekkhantī, khandhānaṁ udayabbayaṁ; Vimuttacittā uṭṭhāsiṁ, kataṁ buddhassa sāsanan”ti. … Mittā
# テーリーガーター 5・6 ミッター長老尼の偈
信(サッダー)によりて出家し、
家より家なき道へと入りたるも、
わたしはあちこちとさまよい歩き、
利得と供養とを求めてやまなかった。
最高の義(アッタ)をかなぐり捨て、
劣った義をのみ求めて過ごし、
煩悩(キレーサ)の支配のもとに堕ちて、
沙門の真の目的を悟ることができなかった。
精舎のうちに座していたとき、
わたしの心に深い慚愧(サンヴェーガ)が湧き起こった——
わたしは邪道を歩んでいたのだ、
渇愛(タンハー)の力に囚われたまま。
わたしの命は短く、
老(ジャラー)と病(ビャーディ)とがこの身を押し砕く。
この身はやがて壊れ散ろう——
今は怠惰に過ごすべき時ではない。
五蘊(カンダ)の生滅(ウダヤッバヤ)を
ありのままに観じたるとき、
わたしは心解脱(ヴィムッタチッター)して立ち上がった。
仏陀の教えは、今や成し遂げられた、と。
——ミッター
老い
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Soṇātherīgāthā “Dasa putte vijāyitvā, asmiṁ rūpasamussaye; Tatohaṁ dubbalā jiṇṇā, bhikkhuniṁ upasaṅkamiṁ. Sā me dhammamadesesi, khandhāyatanadhātuyo; Tassā dhammaṁ suṇitvāna, kese chetvāna pabbajiṁ. Tassā me sikkhamānāya, dibbacakkhu visodhitaṁ; Pubbenivāsaṁ jānāmi, yattha me vusitaṁ pure. Animittañca bhāvemi, ekaggā susamāhitā; Anantarāvimokkhāsiṁ, anupādāya nibbutā. Pañcakkhandhā pariññātā, tiṭṭhanti chinnamūlakā; Dhi tavatthu jare jamme, natthi dāni punabbhavo”ti. … Soṇā therī …
# テーリーガーター 第五章 ソーナー長老尼の偈
五人品 ソーナー長老尼の偈
「この身(ルーパ)の集まりより、十たりの子を産みしのち、
わたしは衰え老いさらばえて、一人の比丘尼のもとへと赴いた。
彼女はわたしに法(ダンマ)を説き示した——
蘊(カンダ)と処(アーヤタナ)と界(ダートゥ)とを。
その法を聴き終えて、
わたしは髪を剃り、出家した。
学びを修めてゆくなかで、
天眼(ディッバチャック)は清められた。
わたしは前世の住処(プッベーニワーサ)を知る、
かつてわたしが住み暮らした場所を。
無相(アニミッタ)を修め、
一心に、よく定まりて——
わが解脱は間断なく訪れ、
執取(アヌパーダーヤ)なく、涅槃(ニッバーナ)に入った。
五蘊(パンチャカンダ)はことごとく了知され、
根を断たれて、なお立っている。
愚かなるかな、汝よ、老いさらばえた、賤しき身よ——
もはや再び生まれることはない。」
……ソーナー長老尼……
⚠ 出家者向けの文脈
老い
テーリーガーター
直接根拠
短
かつては美しさを誇り、若さに酔っていた。今、この身体は老い、病み、変わり果てた。しかし、心は真理を見出し、安らかである。
老い
テーリーガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Khemātherīgāthā “Daharā tvaṁ rūpavatī, ahampi daharo yuvā; Pañcaṅgikena turiyena, ehi kheme ramāmase”. “Iminā pūtikāyena, āturena pabhaṅgunā; Aṭṭiyāmi harāyāmi, kāmataṇhā samūhatā. Sattisūlūpamā kāmā, khandhāsaṁ adhikuṭṭanā; Yaṁ ‘tvaṁ kāmaratiṁ’ brūsi, ‘aratī’ dāni sā mama. Sabbattha vihatā nandī, tamokhandho padālito; Evaṁ jānāhi pāpima, nihato tvamasi antaka. Nakkhattāni namassantā, aggiṁ paricaraṁ vane; Yathābhuccamajānantā, bālā suddhimamaññatha. Ahañca kho namassantī, sambuddha
# テーリーガーター 第六章第三詩 ケーマー長老尼の偈
---
「あなたは若く、美しい姿をしている。
わたしもまた若く、青春の盛りにある。
五種の楽器を奏でながら、
さあ、ケーマーよ、ともに楽しもうではないか。」
---
「この腐れゆく身(身体)、
病に侵され、崩れ砕けるこの肉体に、
わたしはうんざりし、恥じ入るのだ。
欲愛(カーマタンハー)は、すでに根こそぎ抜き去られた。
諸々の欲楽(カーマ)は、槍の穂先のごとく、
五蘊(カンダ)を斬り刻む刃のごとし。
あなたが「欲楽の喜び」と呼ぶそのものが、
今のわたしには「不楽」(アラティ)にほかならぬ。
あらゆるところで喜び(ナンディ)は打ち砕かれ、
無明の暗黒(タモカンダ)は裂き破られた。
このことをよく知るがよい、悪魔(パーピマ)よ——
汝はすでに打ち倒された、死の支配者(アンタカ)よ。
星辰を礼拝し、
森の中で火を奉じながら、
真実(ありのまま)を知ることなく、
愚かな者たちは、それをもって清浄となすと思い誤った。
されどわたしは、
正しくさとれる仏陀(サンブッダ)を礼拝し奉る——
老い
テーリーガーター
直接根拠
短
美しかったこの身体は、今は老い、曲がり、杖をつく。真理の家は朽ちることがなく、真理の建造者(仏)は教えを残した。
怒り
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dhammātherīgāthā “Piṇḍapātaṁ caritvāna, daṇḍamolubbha dubbalā; Vedhamānehi gattehi, tattheva nipatiṁ chamā; Disvā ādīnavaṁ kāye, atha cittaṁ vimucci me”ti. … Dhammā therī ….
托鉢(たくはつ)の行(ぎょう)を終えて、
杖に身をもたせかけ、か弱き身に、
手足の震えとともに、
その場に地へと倒れ伏した。
身体(からだ)のうちに患(わずら)いを見て、
そのとき我が心は解き放たれた。
……ダンマー長老尼……
執着
テーリーガーター
直接根拠
短
名門の家に生まれ、美しく、多くの求婚者があった。しかしそのすべてを捨てて出家した。財産も美貌も無常であると知ったからである。
執着
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dhammadinnātherīgāthā “Chandajātā avasāyī, Manasā ca phuṭā siyā; Kāmesu appaṭibaddhacittā, Uddhaṁsotāti vuccatī”ti. … Dhammadinnā therī ….
——一集——
「欲(チャンダ)より生まれ、内に深く行き渡り、
心はそれに満たされながらも、
欲楽(カーマ)に縛られざる心あらば、
その者こそ、上流に向かう者(ウッダンソーター)と呼ばれる」
…… ダンマディンナー長老尼 ……
執着
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Aññataratherīgāthā “Paṇṇavīsativassāni, yato pabbajitā ahaṁ; Nāccharāsaṅghātamattampi, cittassūpasamajjhagaṁ. Aladdhā cetaso santiṁ, kāmarāgenavassutā; Bāhā paggayha kandantī, vihāraṁ pāvisiṁ ahaṁ. Sā bhikkhuniṁ upāgacchiṁ, yā me saddhāyikā ahu; Sā me dhammamadesesi, khandhāyatanadhātuyo. Tassā dhammaṁ suṇitvāna, ekamante upāvisiṁ; Pubbenivāsaṁ jānāmi, dibbacakkhu visodhitaṁ. Cetopariccañāṇañca, sotadhātu visodhitā; Iddhīpi me sacchikatā, patto me āsavakkhayo; Chaḷabhiññā sacchikat
# テーリーガーター 第五章一 ある長老尼の偈
二十五年の歳月を、
わたしは出家してより過ごした。
されど指を一度はじく刹那ほども、
心の静けさを得ることができなかった。
心の安らぎ(サンティ)を得られぬまま、
欲愛(カーマラーガ)に押し流されて、
わたしは両腕を差し伸べて泣きながら、
精舎(ヴィハーラ)へと入っていった。
そこでわたしは一人の比丘尼のもとへ赴いた、
わたしが信頼を寄せていたその方のもとへ。
彼女はわたしに法(ダンマ)を説き示してくださった、
五蘊(カンダ)と処(アーヤタナ)と界(ダートゥ)を。
その法を聴き終えて、
わたしはかたわらに坐した。
前世の住処(プッベニヴァーサ)をわたしは知り、
天眼(ディッバチャックhu)は清められた。
他心智(チェートパリチャニャーナ)もまた、
耳界(ソータダートゥ)も清められた。
神通(イッディ)もまたわたしに証得され、
漏の滅尽(アーサヴァッカヤ)に到達した。
六神通(チャラビニャー)は証得された。
⚠ 出家者向けの文脈
執着
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Sīhātherīgāthā “Ayoniso manasikārā, kāmarāgena aṭṭitā; Ahosiṁ uddhatā pubbe, citte avasavattinī. Pariyuṭṭhitā klesehi, subhasaññānuvattinī; Samaṁ cittassa na labhiṁ, rāgacittavasānugā. Kisā paṇḍu vivaṇṇā ca, satta vassāni cārihaṁ; Nāhaṁ divā vā rattiṁ vā, sukhaṁ vindiṁ sudukkhitā. Tato rajjuṁ gahetvāna, pāvisiṁ vanamantaraṁ; Varaṁ me idha ubbandhaṁ, yañca hīnaṁ punācare. Daḷhapāsaṁ karitvāna, rukkhasākhāya bandhiya; Pakkhipiṁ pāsaṁ gīvāyaṁ, atha cittaṁ vimucci me”ti. … Sīhā therī …
# テーリーガーター 第五章 シーハー長老尼の偈
---
如理ならざる思惟(マナシカーラ)によりて、
欲貪(カーマラーガ)に苦しめられ、
われはかつて心乱れ、
己が心の主たることあたわざりき。
煩悩(クレーサ)に覆われ、
浄(シュバ)なりとの想いに従いつつ、
貪りの心に引きずられて、
心の静けさを得ることかなわなかった。
やつれ、青ざめ、色を失いて、
七年のあいだ、わたしはさまよった。
昼も夜も、安らぎを見出すことなく、
ただ深く苦しみのなかにあった。
やがてわたしは縄を手に取り、
林の奥深くへと入っていった。
かくも卑しき生を繰り返すよりは、
ここにて縊れるほうがましと思えたから。
丈夫な輪縄を作り、
木の枝にしっかりと結わえつけ、
その輪をわが首にかけたとき、
――そのとき、わが心は解き放たれた。
---
…シーハー長老尼…
執着
テーリーガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Guttātherīgāthā “Gutte yadatthaṁ pabbajjā, hitvā puttaṁ vasuṁ piyaṁ; Tameva anubrūhehi, mā cittassa vasaṁ gami. Cittena vañcitā sattā, mārassa visaye ratā; Anekajātisaṁsāraṁ, sandhāvanti aviddasū. Kāmacchandañca byāpādaṁ, sakkāyadiṭṭhimeva ca; Sīlabbataparāmāsaṁ, vicikicchañca pañcamaṁ. Saṁyojanāni etāni, pajahitvāna bhikkhunī; Orambhāgamanīyāni, nayidaṁ punarehisi. Rāgaṁ mānaṁ avijjañca, uddhaccañca vivajjiya; Saṁyojanāni chetvāna, dukkhassantaṁ karissasi. Khepetvā jātisaṁsāraṁ, pa
# テーリーガーター 第六章第七 グッター長老尼偈
---
グッターよ、汝が出家したその目的のために、
愛しき子も財産も捨てたその目的のために、
まさにそれを磨き育てよ。
心(チッタ)の支配に従ってはならぬ。
心に欺かれた生きとし生けるものは、
悪魔(マーラ)の領域に耽溺し、
無数の生死輪廻(サンサーラ)を
智慧なきまま流転し続ける。
欲貪(カーマッチャンダ)と瞋恚(ビャーパーダ)、
有身見(サッカーヤディッティ)もまた、
戒禁取(シーラッバタパラーマーサ)、
そして第五なる疑惑(ヴィチキッチャー)。
比丘尼(ビックニー)よ、これら
下分に繋ぐ五結(オーランバーガーニーヤ・サンヨージャナ)を
断ち捨てたならば、
もはや此岸に戻り来ることはない。
貪(ラーガ)と慢(マーナ)と無明(アヴィッジャー)、
そして掉挙(ウッダッチャ)をも離れ、
諸々の結縛(サンヨージャナ)を断ち切って、
苦(ドゥッカ)の終わりをもたらすであろう。
生死の輪廻を滅ぼし尽くして……
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
渇愛
テーリーガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Aparāuttamātherīgāthā “Ye ime satta bojjhaṅgā, maggā nibbānapattiyā; Bhāvitā te mayā sabbe, yathā buddhena desitā. Suññatassānimittassa, lābhinīhaṁ yadicchakaṁ; Orasā dhītā buddhassa, nibbānābhiratā sadā. Sabbe kāmā samucchinnā, ye dibbā ye ca mānusā; Vikkhīṇo jātisaṁsāro, natthi dāni punabbhavo”ti. … Aparā uttamā therī ….
---
「七つの菩提分(ぼだいぶん)は、
涅槃(ねはん)に到る道なり。
仏の説かれたるままに、
我はそのすべてを修めたり。
空(くう)なるものを観じ、無相(むそう)なるものを観じ、
望むままにそれを得る者となりたり。
我は仏の親しき娘子(むすめご)にして、
涅槃を喜びとして、常に生きる。
天上のものも、人間界のものも、
すべての欲楽(よくらく)は断ち切られた。
輪廻(りんね)の流れは滅し尽くされ、
今はもはや、再び生まれることはない。」
……これはアパラー・ウッタマー長老尼の〔偈〕である……
⚠ 初学者には難しい
死
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Upasamātherīgāthā “Upasame tare oghaṁ, maccudheyyaṁ suduttaraṁ; Dhārehi antimaṁ dehaṁ, jetvā māraṁ savāhinin”ti. … Upasamā therī ….
「ウパサマーよ、激流(暴流・ogha)を渡り越えよ、
死の領域(maccudheyyaṁ)は渡りがたし。
魔(māra)をその眷属もろとも打ち破りて、
最後の身体(antimaṁ dehaṁ)をたもてよ。」
……ウパサマー長老尼……
死
テーリーガーター
直接根拠
短
子を亡くし、狂ったようになってわたしは薬を求めて歩いた。仏は言った、「まだ死人を出したことのない家から芥子の種をもらってきなさい」と。わたしは街を歩き回り、死を免れた家がどこにもないことを知った。
死
テーリーガーター
直接根拠
短
夫を失い、二人の子を失い、父母も兄弟も失った。すべてが燃え尽きた火葬場のように。しかし仏の教えに出会い、憂いを超え、苦しみの終わりに至った。
家族
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Muttātherīgāthā “Sumuttā sādhumuttāmhi, tīhi khujjehi muttiyā; Udukkhalena musalena, patinā khujjakena ca; Muttāmhi jātimaraṇā, bhavanetti samūhatā”ti. … Muttā therī ….
「われは善く解き放たれたり、三つの曲がれるものより、
よく解き放たれたり——
臼(うす)より、杵(きね)より、
そして佝僂(せむし)なる夫より。
われは解き放たれたり、生と死(じょうし)より、
再生へと導くもの(有の縄)は、
根こそぎ断たれたり。」
……ムッター長老尼……
⚠ 希死念慮の場面では使わない
家族
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Saṅghātherīgāthā “Hitvā ghare pabbajitvā, hitvā puttaṁ pasuṁ piyaṁ; Hitvā rāgañca dosañca, avijjañca virājiya; Samūlaṁ taṇhamabbuyha, upasantāmhi nibbutā”ti. … Saṅghā therī …. Ekakanipāto niṭṭhito.
一偈品 サンガー長老尼の偈
「家を捨て出家し、子を捨て、愛しき家畜をも捨て、
貪欲(ラーガ)をも瞋恚(ドーサ)をも捨て、
無明(アヴィッジャー)をも離れ、
根ごと渇愛(タンハー)を抜き取りて、
われは今、静まり、涅槃(ニッバーナ)に安らう」と。
……サンガー長老尼……
一偈品 了
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)