🔖 ブックマーク機能はLINEログインで利用できます 💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 10,029
すべて 智慧 4354 老い 931 苦しみ 772 正念 695 怒り 356 執着 350 350 業・因果 346 幸せ 337 自己 244 人間関係 243 家族 234 不安 168 仕事 165 渇愛 147 慈悲 115 無常 111 孤独 45 43 感謝 23
vinaya 2606 中部経典 2117 長部経典 1357 相応部経典 1136 増支部経典 857 jataka 563 スッタニパータ 522 ダンマパダ(法句経) 426 テーラガーター 211 テーリーガーター 68 クッダカパータ 57 イティヴッタカ 54 ウダーナ 34 金剛経 5 維摩経 5 般若心経 4 法華経 4 涅槃経 2 AN 1
正念 vinaya 趣旨一致
Idha pana, bhikkhave, bhikkhū bhikkhuṁ abyākatacittā anuvadanti— sīlavipattiyā vā, ācāravipattiyā vā, diṭṭhivipattiyā vā, ājīvavipattiyā vā. Yo tattha anuvādo anuvadanā anullapanā anubhaṇanā anusampavaṅkatā abbhussahanatā anubalappadānaṁ— idaṁ vuccati anuvādādhikaraṇaṁ abyākataṁ. Āpattādhikaraṇaṁ kusalaṁ, akusalaṁ, abyākataṁ? Āpattādhikaraṇaṁ siyā akusalaṁ, siyā abyākataṁ; natthi āpattādhikaraṇaṁ kusalaṁ. Tattha katamaṁ āpattādhikaraṇaṁ akusalaṁ? Yaṁ jānanto sañjānanto cecca abhivitaritvā vītikkamo—
比丘たちよ、ここに比丘たちが、ある比丘を不記(アビャーカタ)の心をもって非難する場合がある。すなわち、戒の失墜(シーラヴィパッティ)について、あるいは行儀の失墜(アーチャーラヴィパッティ)について、あるいは見解の失墜(ディッティヴィパッティ)について、あるいは生活の失墜(アージーヴァヴィパッティ)についてである。そこにおける非難、責め立て、言い立て、繰り返しの主張、執拗なまといつき、突き進むこと、力を与えること――これが不記の諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)と呼ばれる。 罪の諍論事(アーパッターディカラナ)は、善(クサラ)か、不善(アクサラ)か、不記(アビャーカタ)か。罪の諍論事は、不善である場合もあり、不記である場合もある。罪の諍論事に善たるものは存在しない。 そのなかで、いかなるものが不善の罪の諍論事であるか。知りつつ、十分に知りつつ、あえて越え出て犯した違犯――
副テーマ: mindfulness,karma,wisdom,relationship
導線タグ: 非難,中傷,告発,対人トラブル,道徳的判断,意図的な行為,心の状態
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho therā bhikkhū āyasmantaṁ ānandaṁ etadavocuṁ— “idaṁ te, āvuso ānanda, dukkaṭaṁ, yaṁ tvaṁ bhagavantaṁ na pucchi—‘katamāni pana, bhante, khuddānukhuddakāni sikkhāpadānī’ti. Desehi taṁ dukkaṭan”ti. “Ahaṁ kho, bhante, assatiyā bhagavantaṁ na pucchiṁ—‘katamāni pana, bhante, khuddānukhuddakāni sikkhāpadānī’ti. Nāhaṁ taṁ dukkaṭaṁ passāmi, api cāyasmantānaṁ saddhāya desemi taṁ dukkaṭan”ti. “Idampi te, āvuso ānanda, dukkaṭaṁ, yaṁ tvaṁ bhagavato vassikasāṭikaṁ akkamitvā sibbesi. Desehi taṁ dukkaṭan”ti. “Ahaṁ kho, bhante, na agāravena bhagavato vassikasāṭikaṁ akkamitvā sibbesiṁ. Nāhaṁ taṁ dukkaṭaṁ passāmi, api cāyasmantānaṁ saddhāya desemi taṁ dukkaṭan”ti. “Idampi te, āvuso ānanda, dukkaṭaṁ, yaṁ tvaṁ mātugāmehi bhagavato sarīraṁ paṭhamaṁ vandāpesi, tāsaṁ rodantīnaṁ bhagavato sarīraṁ assukena makkhitaṁ.
そのとき、長老の比丘たちはアーナンダ尊者にこう言った——「友アーナンダよ、これはそなたの悪作(dukkaṭa)である。すなわち、そなたが世尊に『では、尊師よ、小小学処(khuddānukhuddakāni sikkhāpadāni)とはいかなるものでございますか』と問わなかったことは。その悪作を懺悔せよ」と。 「尊師方よ、わたしは失念(assati)によって世尊に『では、尊師よ、小小学処とはいかなるものでございますか』と問わなかったのであります。わたしはそれを悪作とは思いません。しかしながら、尊師方への信(saddhā)をもって、その悪作を懺悔いたします」と。 「友アーナンダよ、これもそなたの悪作である。すなわち、そなたが世尊の雨期衣(vassikasāṭikā)を踏んで縫ったことは。その悪作を懺悔せよ」と。 「尊師方よ、わたしは不敬の心をもって世尊の雨期衣を踏んで縫ったのではありません。わたしはそれを悪作とは思いません。しかしながら、尊師方への信をもって、その悪作を懺悔いたします」と。 「友アーナンダよ、これもそなたの悪作である。すなわち、そなたが女人たち(mātugāma)に世尊のご遺体をまっ先に拝礼させたことは。彼女たちが泣き悲しむあまり、その涙をもって世尊のご遺体を汚してしまったではないか。
副テーマ: mindfulness,karma,self,relationship
導線タグ: 不注意,うっかりミス,謝罪,後悔,信頼,自己反省,誠実さ
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
ayaṁ vivādo no adhikaraṇaṁ. Tattha katamaṁ adhikaraṇaṁ no vivādo? Anuvādādhikaraṇaṁ, āpattādhikaraṇaṁ, kiccādhikaraṇaṁ— idaṁ adhikaraṇaṁ no vivādo. Tattha katamaṁ adhikaraṇañceva vivādo ca? Vivādādhikaraṇaṁ adhikaraṇañceva vivādo ca. Anuvādo anuvādādhikaraṇaṁ, anuvādo no adhikaraṇaṁ, adhikaraṇaṁ no anuvādo, adhikaraṇañceva anuvādo ca. Siyā anuvādo anuvādādhikaraṇaṁ, siyā anuvādo no adhikaraṇaṁ, siyā adhikaraṇaṁ no anuvādo, siyā adhikaraṇañceva anuvādo ca. Tattha katamo anuvādo anuvādādhikaraṇaṁ?
これは諍い(ヴィヴァーダ)であり、諍論事(アディカラナ)ではない。では、諍い(ヴィヴァーダ)ではなく諍論事(アディカラナ)とは何か。誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)、犯罪諍論事(アーパッターディカラナ)、所作諍論事(キッチャーディカラナ)——これらが諍論事(アディカラナ)であって、諍い(ヴィヴァーダ)ではない。では、諍論事(アディカラナ)であるとともに諍い(ヴィヴァーダ)でもあるものとは何か。諍論諍論事(ヴィヴァーダーディカラナ)——これが諍論事(アディカラナ)であるとともに諍い(ヴィヴァーダ)でもある。 誹謗(アヌヴァーダ)が誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)である場合もあり、誹謗(アヌヴァーダ)であっても諍論事(アディカラナ)ではない場合もあり、諍論事(アディカラナ)であっても誹謗(アヌヴァーダ)ではない場合もあり、諍論事(アディカラナ)であるとともに誹謗(アヌヴァーダ)でもある場合もある。誹謗(アヌヴァーダ)が誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)となることもあり、誹謗(アヌヴァーダ)が諍論事(アディカラナ)とならないこともあり、諍論事(アディカラナ)が誹謗(アヌヴァーダ)とならないこともあり、諍論事(アディカラナ)であるとともに誹謗(アヌヴァーダ)でもあることもある。 では、誹謗(アヌヴァーダ)が誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)であるとはいかなる場合か。
副テーマ: wisdom,relationship,work
導線タグ: 争い,トラブル,法的問題,対立,問題解決,規則,関係性
正念 vinaya 趣旨一致
Tattha katamaṁ adhikaraṇañceva anuvādo ca? Anuvādādhikaraṇaṁ adhikaraṇañceva anuvādo ca. Āpatti āpattādhikaraṇaṁ, āpatti no adhikaraṇaṁ, adhikaraṇaṁ no āpatti, adhikaraṇañceva āpatti ca. Siyā āpatti āpattādhikaraṇaṁ, siyā āpatti no adhikaraṇaṁ, siyā adhikaraṇaṁ no āpatti, siyā adhikaraṇañceva āpatti ca. Tattha katamaṁ āpatti āpattādhikaraṇaṁ? Pañcapi āpattikkhandhā āpattādhikaraṇaṁ, sattapi āpattikkhandhā āpattādhikaraṇaṁ— ayaṁ āpatti āpattādhikaraṇaṁ. Tattha katamaṁ āpatti no adhikaraṇaṁ? Sotāpatti samāpatti—
そこにおいて、いずれのものが諍事(アディカラナ)であり、かつ非難(アヌヴァーダ)でもあるか。非難諍事(アヌヴァーダーディカラナ)は、諍事であり、かつ非難でもある。 犯罪(アーパッティ)は犯罪諍事(アーパッティヤーディカラナ)であり、犯罪は諍事ではなく、諍事は犯罪ではなく、また諍事であり、かつ犯罪でもある場合がある。犯罪が犯罪諍事である場合もあり、犯罪が諍事でない場合もあり、諍事が犯罪でない場合もあり、諍事であり、かつ犯罪でもある場合もある。 そこにおいて、いずれのものが犯罪であり犯罪諍事であるか。五つの犯罪の蘊(アーパッティッカンダ)もまた犯罪諍事であり、七つの犯罪の蘊もまた犯罪諍事である。――これが犯罪であり犯罪諍事であるものである。 そこにおいて、いずれのものが犯罪であって諍事でないものであるか。預流果(ソーターパッティ)への到達(サマーパッティ)――
副テーマ: wisdom,mindfulness
導線タグ: 規則,戒律,判断基準,分類,問題解決,秩序,コンプライアンス
正念 vinaya 趣旨一致
ayaṁ āpatti no adhikaraṇaṁ. Tattha katamaṁ adhikaraṇaṁ no āpatti? Kiccādhikaraṇaṁ, vivādādhikaraṇaṁ, anuvādādhikaraṇaṁ— idaṁ adhikaraṇaṁ no āpatti. Tattha katamaṁ adhikaraṇañceva āpatti ca? Āpattādhikaraṇaṁ adhikaraṇañceva āpatti ca. Kiccaṁ kiccādhikaraṇaṁ, kiccaṁ no adhikaraṇaṁ, adhikaraṇaṁ no kiccaṁ, adhikaraṇañceva kiccañca. Siyā kiccaṁ kiccādhikaraṇaṁ, siyā kiccaṁ no adhikaraṇaṁ, siyā adhikaraṇaṁ no kiccaṁ, siyā adhikaraṇañceva kiccañca. Tattha katamaṁ kiccaṁ kiccādhikaraṇaṁ?
これは罪(āpatti)であって、諍事(adhikaraṇa)ではない。では、諍事にして罪でないものとは何か。作事諍(kiccādhikaraṇa)、論諍(vivādādhikaraṇa)、挙諍(anuvādādhikaraṇa)——これらが諍事にして罪でないものである。では、諍事でもあり罪でもあるものとは何か。罪諍(āpattādhikaraṇa)が、諍事でもあり罪でもあるものである。 作事(kicca)は作事諍(kiccādhikaraṇa)であることがあり、作事にして諍事でないことがあり、諍事にして作事でないことがあり、諍事でもあり作事でもあることがある。あるいは作事が作事諍であり、あるいは作事にして諍事でなく、あるいは諍事にして作事でなく、あるいは諍事でもあり作事でもある。では、作事が作事諍であるとはいかなることか。
副テーマ: wisdom,work,relationship
導線タグ: 規則,問題解決,職場のトラブル,法的判断,業務上の争い,秩序,責任
正念 vinaya 趣旨一致
Yā saṅghassa kiccayatā, karaṇīyatā, apalokanakammaṁ, ñattikammaṁ, ñattidutiyakammaṁ, ñatticatutthakammaṁ— idaṁ kiccaṁ kiccādhikaraṇaṁ. Tattha katamaṁ kiccaṁ no adhikaraṇaṁ? Ācariyakiccaṁ, upajjhāyakiccaṁ, samānupajjhāyakiccaṁ, samānācariyakiccaṁ— idaṁ kiccaṁ no adhikaraṇaṁ. Tattha katamaṁ adhikaraṇaṁ no kiccaṁ? Vivādādhikaraṇaṁ, anuvādādhikaraṇaṁ, āpattādhikaraṇaṁ— idaṁ adhikaraṇaṁ no kiccaṁ. Tattha katamaṁ adhikaraṇañceva kiccañca? Kiccādhikaraṇaṁ adhikaraṇañceva kiccañca.
僧伽(サンガ)の所作(しょさ)として行うべきこと、なすべきこと——すなわち、白(はく)の羯磨(こんま)、白一羯磨、白二羯磨、白四羯磨——これを「所作にして諍事(じょうじ)」(kiccādhikaraṇa)と呼ぶ。 では、「所作にして諍事ならざるもの」とは何か。師(ācāriya)に対する所作、和尚(upajjhāya)に対する所作、同一和尚のもとでの所作、同一師のもとでの所作——これを「所作にして諍事ならざるもの」(kiccaṁ no adhikaraṇaṁ)と呼ぶ。 では、「諍事にして所作ならざるもの」とは何か。諍論の諍事(vivādādhikaraṇa)、呵責の諍事(anuvādādhikaraṇa)、犯罪の諍事(āpattādhikaraṇa)——これを「諍事にして所作ならざるもの」(adhikaraṇaṁ no kiccaṁ)と呼ぶ。 では、「諍事にして、かつ所作でもあるもの」とは何か。所作の諍事(kiccādhikaraṇa)——これこそが「諍事にして、かつ所作でもあるもの」(adhikaraṇañceva kiccañca)である。
副テーマ: work,relationship,wisdom,mindfulness
導線タグ: 規則とルール,組織の運営,役割と責任,コミュニティ,義務と義理,秩序,問題解決
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
正念 vinaya 趣旨一致
anāthapiṇḍikassa gahapatissa āloko antaradhāyi, andhakāro pāturahosi, bhayaṁ chambhitattaṁ lomahaṁso udapādi, tatova puna nivattitukāmo ahosi. Tatiyampi kho sivako yakkho antarahito saddamanussāvesi— Atha kho anāthapiṇḍiko gahapati yena sītavanaṁ tenupasaṅkami. Tena kho pana samayena bhagavā rattiyā paccūsasamayaṁ paccuṭṭhāya ajjhokāse caṅkamati. Addasā kho bhagavā anāthapiṇḍikaṁ gahapatiṁ dūratova āgacchantaṁ. Disvāna caṅkamā orohitvā paññatte āsane nisīdi. “ehi, sudattā”ti. Atha kho anāthapiṇḍiko gahapati— “nāmena maṁ bhagavā ālapatī”ti— haṭṭho udaggo yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavato pādesu sirasā nipatitvā bhagavantaṁ etadavoca—
その時、給孤独(アナータピンディカ)長者の前から光明は消え失せ、暗闇が現れ、恐怖と戦慄と身の毛のよだちが生じた。長者はその場から引き返そうとした。 その時、夜叉シーヴァカは三度目もまた姿を現さぬまま、声を響かせた—— かくして給孤独長者は、シーターヴァナ(寒林)へと向かって進んだ。 その時まさに、世尊は夜明け前の暁の時刻に起き出でて、露天にて経行(きんひん)しておられた。世尊は給孤独長者が遠くからやって来るのをご覧になった。ご覧になると、経行の場から降りて、設けられた座に着かれた。そして「来たれ、スダッタよ」と仰せになった。 その時、給孤独長者は——「世尊がわが名をもってお呼びくださった」と——歓喜し、心躍らせて、世尊のもとへ近づいた。近づいて、世尊の御足に頭をもって礼拝し、世尊にこのように申し上げた——
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,決断,対人恐怖,食事
正念 vinaya 趣旨一致
“ime kho samaṇā sakyaputtiyā dhammacārino samacārino brahmacārino saccavādino sīlavanto kalyāṇadhammā. Sace kho ahaṁ samaṇesu sakyaputtiyesu pabbajeyyaṁ, evāhaṁ nāgayoniyā ca parimucceyyaṁ, khippañca manussattaṁ paṭilabheyyan”ti. Atha kho so nāgo māṇavakavaṇṇena bhikkhū upasaṅkamitvā pabbajjaṁ yāci. Taṁ bhikkhū pabbājesuṁ, upasampādesuṁ. Tena kho pana samayena so nāgo aññatarena bhikkhunā saddhiṁ paccantime vihāre paṭivasati. Atha kho so bhikkhu rattiyā paccūsasamayaṁ paccuṭṭhāya ajjhokāse caṅkamati. Atha kho so nāgo tassa bhikkhuno nikkhante vissaṭṭho niddaṁ okkami. Sabbo vihāro ahinā puṇṇo, vātapānehi bhogā nikkhantā honti. Atha kho so bhikkhu vihāraṁ pavisissāmīti kavāṭaṁ paṇāmento addasa sabbaṁ vihāraṁ ahinā puṇṇaṁ, vātapānehi bhoge nikkhante, disvāna bhīto vissaramakāsi. Bhikkhū upadhāvitvā taṁ bhikkhuṁ etadavocuṁ—
「これらの沙門(さもん)、釈子(しゃくし)の弟子たちは、法に従いて行じ、正しく行じ、梵行(ぼんぎょう)を行じ、真実を語り、戒を持ち、善き法を具えたる者どもである。もし我れ、釈子の弟子たる沙門たちのもとに出家するならば、かくのごとく我れは龍の生(なが)の境涯より解き放たれ、速やかに人たる身を得ることもできようものを」と。 そこでその龍は、若者の姿に身を変えて比丘たちのもとに近づき、出家を求めた。比丘たちはその者を出家させ、具足戒を授けた。 ところがそのころ、その龍は辺境の僧院(あらんにゃ)にて、ある一人の比丘とともに住んでいた。そのとき、その比丘は夜の暁の時分に起き上がり、戸外にて経行(きんひん)していた。すると龍は、その比丘が退出するや、警戒を解いて眠りに落ちた。僧院の全体が大蛇で満ち、窓々からは蛇の胴が外へ溢れ出ていた。 そのとき、その比丘は「僧院に入ろう」と扉を押し開けようとして、僧院の全体が大蛇で満ち、窓々から蛇の胴が外へ出ているのを見た。それを見て、恐れをなして叫び声を上げた。比丘たちが駆け寄り、その比丘にこう言った——
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,決断,休息,睡眠
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
mahatthiko kho pana evarūpānaṁ ñātamanussānaṁ imasmiṁ dhammavinaye pasādoti— taṁ okāsaṁ jetassa kumārassa pādāsi. Atha kho jeto kumāro tasmiṁ okāse koṭṭhakaṁ māpesi. Atha kho anāthapiṇḍiko gahapati jetavane vihāre kārāpesi, pariveṇāni kārāpesi, koṭṭhake kārāpesi, upaṭṭhānasālāyo kārāpesi, aggisālāyo kārāpesi, kappiyakuṭiyo kārāpesi, vaccakuṭiyo kārāpesi, caṅkame kārāpesi, caṅkamanasālāyo kārāpesi, udapāne kārāpesi, udapānasālāyo kārāpesi, jantāghare kārāpesi, jantāgharasālāyo kārāpesi, pokkharaṇiyo kārāpesi, maṇḍape kārāpesi. 2.2. Navakammadāna Atha kho bhagavā rājagahe yathābhirantaṁ viharitvā yena vesālī tena cārikaṁ pakkāmi. Anupubbena cārikaṁ caramāno yena vesālī tadavasari. Tatra sudaṁ bhagavā vesāliyaṁ viharati mahāvane kūṭāgārasālāyaṁ. Tena kho pana samayena manussā sakkaccaṁ navakammaṁ karonti. Yepi bhikkhū navakammaṁ adhiṭṭhenti tepi sakkaccaṁ upaṭṭhenti cīvarapiṇḍapātasenāsanagilānappaccayabhesajjaparikkhārena.
「このような親族・知人たちがこの法律(ダンマヴィナヤ)に対して信心を起こすことは、まことに大いなる意義あることである」と考え、その機会をジェータ王子に与えた。そこでジェータ王子は、その土地に門楼(コッタカ)を建立した。 さて、アナータピンディカ(給孤独)長者は、ジェータ林(祇陀林)の精舎(ヴィハーラ)を建て、個坊(パリヴェーナ)を建て、門楼を建て、集会堂(ウパッタナサーラー)を建て、火堂(アッギサーラー)を建て、浄厨房(カッピヤクティ)を建て、厠(ヴァッチャクティ)を建て、経行処(チャンカマ)を建て、経行堂(チャンカマサーラー)を建て、井戸(ウダパーナ)を掘り、井戸屋形(ウダパーナサーラー)を建て、浴室(ジャンターガラ)を建て、浴室の覆堂(ジャンターガラサーラー)を建て、蓮池(ポッカラニー)を掘り、露堂(マンダパ)を建てた。 〔新造作の布施〕 さて、世尊はラージャガハ(王舎城)において、思うままにしばらく滞在されたのち、ヴェーサーリー(毘舎離)に向かって遊行に出発された。次第に遊行を続けられ、ヴェーサーリーに到着された。そこで世尊はヴェーサーリーの大林(マハーヴァナ)、重閣講堂(クーターガーラサーラー)に逗留された。 そのとき、人々は丁重に(サッカッチャ)新造作(ナヴァカンマ)を行なっていた。また、新造作を監督する比丘たちもまた、衣(チーヴァラ)・食(ピンダパータ)・臥坐具(セーナーサナ)・病者への医薬資具(ギラーナッパッチャヤベーサッジャパリッカーラ)をもって、丁重に給仕していた。
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,転職,介護,決断,休息,対人恐怖,睡眠,食事
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
Idha pana, bhikkhave, vassūpagato bhikkhu suṇāti— ‘amukasmiṁ kira āvāse sambahulā bhikkhuniyo saṅghabhedāya parakkamantī’ti. ‘tā kho me bhikkhuniyo na mittā. Api ca yā tāsaṁ mittā, tā me mittā. Tāhaṁ vakkhāmi. Tā vuttā tā vakkhanti “garuko kho, bhaginiyo, saṅghabhedo vutto bhagavatā. Mā bhaginīnaṁ saṅghabhedo ruccitthā”ti. Karissanti tāsaṁ vacanaṁ, sussūsissanti, sotaṁ odahissantī’ti, pakkamitabbaṁ. Anāpatti vassacchedassa. Idha pana, bhikkhave, vassūpagato bhikkhu suṇāti—
「比丘たちよ、ここに、雨安居(うあんご)に入った比丘が次のような話を耳にしたとしよう。『ある住処において、多くの比丘尼たちが僧伽破壊(さんがはかい)を企てているという』と。〔その比丘が思うに、〕『あの比丘尼たちは私の知人ではない。しかしながら、彼女たちの知人は私の知人である。私はその者たちに語りかけよう。語りかけられた彼女たちは、また〔あの比丘尼たちに〕語りかけるであろう。「姉妹たちよ、僧伽の破壊は世尊によって重大なことと説かれています。姉妹たちよ、どうか僧伽の破壊を喜ぶことのないようにしてください」と。〔そのように語られた者たちは〕彼女たちの言葉に従い、耳を傾け、心して聴くであろう』と〔考えるならば〕、〔その住処へと〕出発すべきである。雨安居を断つこととはならない(不犯)。比丘たちよ、ここにまた、雨安居に入った比丘が耳にしたとしよう——」
副テーマ: communication
導線タグ: 上司,介護
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
‘amukasmiṁ kira āvāse sambahulāhi bhikkhunīhi saṅgho bhinno’ti. ‘tā kho me bhikkhuniyo mittā. Tāhaṁ vakkhāmi “garuko kho, bhaginiyo, saṅghabhedo vutto bhagavatā. Mā bhaginīnaṁ saṅghabhedo ruccitthā”ti. Karissanti me vacanaṁ, sussūsissanti, sotaṁ odahissantī’ti, pakkamitabbaṁ. Anāpatti vassacchedassa. Idha pana, bhikkhave, vassūpagato bhikkhu suṇāti— ‘amukasmiṁ kira āvāse sambahulāhi bhikkhunīhi saṅgho bhinno’ti. ‘tā kho me bhikkhuniyo na mittā. Api ca yā tāsaṁ mittā tā me mittā.
「とある精舎において、多くの比丘尼たちによって僧伽(サンガ)が分裂したと聞く。彼女たちはわたしの友人である。わたしは彼女たちにこう言おう。『姉妹たちよ、世尊は僧伽の分裂(サンガベーダ)を重大なことと説かれました。どうか姉妹たちは僧伽の分裂を喜ばれませぬよう』と。彼女たちはわたしの言葉に従い、耳を傾け、心して聴くであろう」と思うならば、〔その精舎へ〕赴くべきである。安居(ヴァッサ)を中断したとしても、波罪(アーパッティ)とはならない。 しかるに比丘たちよ、ここに安居に入った比丘が、「とある精舎において、多くの比丘尼たちによって僧伽が分裂したと聞く」と耳にしたとする。〔そのとき彼が〕「彼女たちはわたしの友人ではない。しかしながら、彼女たちの友人はわたしの友人である。
副テーマ: communication
導線タグ: 上司,介護
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
Tāhaṁ vakkhāmi. Tā vuttā tā vakkhanti “garuko kho, bhaginiyo, saṅghabhedo vutto bhagavatā; mā bhaginīnaṁ saṅghabhedo ruccitthā”ti. Karissanti tāsaṁ vacanaṁ, sussūsissanti, sotaṁ odahissantī’ti, pakkamitabbaṁ. Anāpatti vassacchedassā”ti. 9. Vajādīsuvassūpagamana Tena kho pana samayena aññataro bhikkhu vaje vassaṁ upagantukāmo hoti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Anujānāmi, bhikkhave, vaje vassaṁ upagantun”ti. Vajo vuṭṭhāsi.
「私はそのことを彼女たちに告げよう。告げれば、彼女たちはこう言うであろう。『姉妹たちよ、世尊は僧伽(サンガ)の分裂を重大なことと説かれました。姉妹たちよ、僧伽の分裂を望んではなりません』と。彼女たちはその言葉に従い、耳を傾け、心して聴くであろう」と。そのように思われるならば、〔その場を〕去るべきである。雨安居(vassā)を断ったことによる罪はない。」 さてそのとき、ある比丘が牛囲い(vaja)において雨安居(vassā)を過ごそうと思った。〔比丘たちは〕この事柄を世尊に申し上げた。〔世尊はこう仰せになった。〕「比丘たちよ、牛囲いにおいて雨安居を過ごすことを許可する。」牛囲いから〔その比丘は〕出た。
副テーマ: communication
導線タグ: 上司,介護
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
“saccaṁ kira, bhikkhave, chabbaggiyānaṁ bhikkhūnaṁ antevāsikā bhikkhū buddhappamukhassa saṅghassa purato purato gantvā vihāre pariggaṇhanti, seyyāyo pariggaṇhanti— “Saccaṁ, bhagavā”ti. Vigarahi buddho bhagavā …pe… kathañhi nāma te, bhikkhave, moghapurisā buddhappamukhassa saṅghassa purato purato gantvā vihāre pariggahessanti, seyyāyo pariggahessanti— Netaṁ, bhikkhave, appasannānaṁ vā pasādāya …pe… vigarahitvā …pe… dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “ko, bhikkhave, arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti? Ekacce bhikkhū evamāhaṁsu— “yo, bhagavā, khattiyakulā pabbajito so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti.
「比丘たちよ、まことに六群比丘(chabbaggiyā)の弟子たる比丘たちが、仏陀を上首とする僧伽(saṅgha)に先んじて進み出て、精舎(vihāra)を占有し、臥所(seyyā)を占有したというのは真実であるか。」 「真実でございます、世尊よ。」 仏陀たる世尊はこれを咎められた。……乃至…… 「比丘たちよ、いかにして彼らは愚かなる者どもとして、仏陀を上首とする僧伽に先んじて進み出て、精舎を占有し、臥所を占有しようとしたのか。比丘たちよ、これは未だ信を起こさざる者に信を起こさしめるためにも……乃至……」 こうして咎められたのち……乃至……法にかなった話を説き終えて、世尊は比丘たちに告げられた。 「比丘たちよ、いったい誰が上座(aggāsana)、上水(aggodaka)、上食(aggapiṇḍa)を受けるに値するであろうか。」 ある比丘たちはこのように申し上げた。「世尊よ、刹帝利(khattiya)の家柄より出家した者こそ、上座・上水・上食を受けるに値します。」
副テーマ: trust
導線タグ: 上司,別れ,対人恐怖,食事,喪失
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
“yo, bhagavā, brāhmaṇakulā pabbajito so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. Ekacce bhikkhū evamāhaṁsu— “yo, bhagavā, gahapatikulā pabbajito so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, suttantiko so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, vinayadharo so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, dhammakathiko so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, paṭhamassa jhānassa lābhī so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, dutiyassa jhānassa lābhī so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, tatiyassa jhānassa lābhī so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti. “yo, bhagavā, catutthassa jhānassa lābhī so arahati aggāsanaṁ aggodakaṁ aggapiṇḍan”ti.
「世尊よ、バラモンの家系から出家した者こそ、最上の座(aggāsana)、最上の水(aggodaka)、最上の食(aggapiṇḍa)を受けるに値するのです」と。またある比丘たちはこのように言った。「世尊よ、居士の家系から出家した者こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、経典に通じた者(suttantika)こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、律を保持する者(vinayadhara)こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、法を説く者(dhammakathika)こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、初禅(paṭhama jhāna)を得た者こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、第二禅(dutiya jhāna)を得た者こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、第三禅(tatiya jhāna)を得た者こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。「世尊よ、第四禅(catuttha jhāna)を得た者こそ、最上の座、最上の水、最上の食を受けるに値するのです」と。
副テーマ: relationship,attachment,wisdom,self
導線タグ: 優劣,差別,地位,序列,出自,比較,承認欲求
人間関係 vinaya 趣旨一致
Upagantuṁ kadā ceva, kati antarāvassa ca; Na icchanti ca sañcicca, ukkaḍḍhituṁ upāsako. Gilāno mātā ca pitā, bhātā ca atha ñātako; Bhikkhugatiko vihāro, vāḷā cāpi sarīsapā. Coro ceva pisācā ca, daḍḍhā tadubhayena ca;
いつ訪ねるべきか、また雨安居(うあんご)は何度か—— 在家信者(うばそく)がわざと引き延ばすことを望まぬ場合、 病める者、母と父、兄弟、また親族、 比丘(びく)の赴く寺院、猛獣や毒蛇(どくじゃ)、 盗賊(とうぞく)と悪鬼(あっき)、あるいはその両方によって焼かれた場合——
副テーマ: relationship,family,suffering,compassion
導線タグ: 家族の病気,親の介護,身内の心配,危険な状況,緊急事態,やむを得ない事情,例外的な対応
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
“bhagavatā paññattaṁ— ‘na ūnavīsativasso puggalo upasampādetabbo’ti. Ahañcamhi gabbhavīso upasampanno. Upasampanno nu khomhi, nanu kho upasampanno”ti? Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. Yaṁ, bhikkhave, mātukucchismiṁ paṭhamaṁ cittaṁ uppannaṁ, paṭhamaṁ viññāṇaṁ pātubhūtaṁ, tadupādāya sāvassa jāti. “Anujānāmi, bhikkhave, gabbhavīsaṁ upasampādetun”ti. 63. Upasampadāvidhi Tena kho pana samayena upasampannā dissanti kuṭṭhikāpi gaṇḍikāpi kilāsikāpi sosikāpi apamārikāpi. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ.
「世尊は『二十歳に満たぬ者は具足戒(うぐそくかい)を授くべからず』と制定せられた。しかるに、わたしは母の胎内において二十歳となって受戒した。果たしてわたしは受戒したことになるのか、それともならないのか。」 かれらはこの事柄を世尊に申し上げた。 「比丘たちよ、母の胎内においてはじめて心が生じ、はじめて識(しき)が現れた、その時をもってその者の生(しょう)とする。比丘たちよ、胎内にて二十歳となりたる者に具足戒を授けることを許可する。」 六三 受戒の作法 ときに、受戒した者のうちに、癩(らい)を患う者、腫物(はれもの)のある者、白癬(はくせん)を病む者、肺病(はいびょう)を患う者、癲癇(てんかん)を患う者が見受けられた。かれらはこの事柄を世尊に申し上げた。
副テーマ: relationship,wisdom,suffering,compassion
導線タグ: 出家,戒律,資格,年齢,判断基準,病気,受戒
人間関係 vinaya 趣旨一致
“yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti. Atha kho yasassa kulaputtassa mātā pāsādaṁ abhiruhitvā yasaṁ kulaputtaṁ apassantī yena seṭṭhi gahapati tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā seṭṭhiṁ gahapatiṁ etadavoca— “putto te, gahapati, yaso na dissatī”ti. Atha kho seṭṭhi gahapati catuddisā assadūte uyyojetvā sāmaṁyeva yena isipatanaṁ migadāyo tenupasaṅkami. Addasā kho seṭṭhi gahapati suvaṇṇapādukānaṁ nikkhepaṁ, disvāna taṁyeva anugamāsi. Addasā kho bhagavā seṭṭhiṁ gahapatiṁ dūratova āgacchantaṁ, disvāna bhagavato etadahosi— “yannūnāhaṁ tathārūpaṁ iddhābhisaṅkhāraṁ abhisaṅkhareyyaṁ yathā seṭṭhi gahapati idha nisinno idha nisinnaṁ yasaṁ kulaputtaṁ na passeyyā”ti. Atha kho bhagavā tathārūpaṁ iddhābhisaṅkhāraṁ abhisaṅkharesi. Atha kho seṭṭhi gahapati yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ etadavoca— “api, bhante, bhagavā yasaṁ kulaputtaṁ passeyyā”ti?
「生起する性質をもつものは、すべて滅尽する性質をもつものである」と。 さて、長者の子ヤサの母は、高殿に登ってヤサの姿が見えないことに気づき、長者の主人のもとへと近づいた。近づいてから、長者の主人にこう申し上げた。「ご主人様、息子のヤサが見当たりません」と。 そこで長者の主人は、四方に騎馬の使者を遣わすとともに、自らも仙人堕処(isipatana)の鹿野苑(migadāya)へと赴いた。長者の主人は黄金の草履が脱ぎ置かれているのを目にし、それを見てその跡をたどって進んでいった。 世尊は、長者の主人がはるか彼方からやって来るのをご覧になり、こうお思いになった。「もし私が、長者の主人がここに座っていながら、ここに座っているヤサを見ることのできないような、そのような神通力(iddhi)の行使をするならばどうであろうか」と。そこで世尊は、そのような神通力の行使をなされた。 そして長者の主人は世尊のもとへと近づき、近づいてから世尊にこう申し上げた。「世尊よ、もしや世尊は長者の子ヤサをご覧になりましたでしょうか」と。
副テーマ: impermanence,family,attachment,relationship
導線タグ: 子どもの失踪,家族の不安,親の心配,行方不明,探し求める,別離,無常
人間関係 vinaya 趣旨一致
Atha kho seṭṭhi gahapati diṭṭhadhammo pattadhammo viditadhammo pariyogāḷhadhammo tiṇṇavicikiccho vigatakathaṅkatho vesārajjappatto aparappaccayo satthusāsane bhagavantaṁ etadavoca— “abhikkantaṁ, bhante, abhikkantaṁ, bhante. Seyyathāpi, bhante, nikkujjitaṁ vā ukkujjeyya, paṭicchannaṁ vā vivareyya, mūḷhassa vā maggaṁ ācikkheyya, andhakāre vā telapajjotaṁ dhāreyya— ‘cakkhumanto rūpāni dakkhantī’ti; evamevaṁ bhagavatā anekapariyāyena dhammo pakāsito. Esāhaṁ, bhante, bhagavantaṁ saraṇaṁ gacchāmi, dhammañca, bhikkhusaṅghañca. Upāsakaṁ maṁ bhagavā dhāretu ajjatagge pāṇupetaṁ saraṇaṁ gatan”ti. Sova loke paṭhamaṁ upāsako ahosi tevāciko. Atha kho yasassa kulaputtassa pituno dhamme desiyamāne yathādiṭṭhaṁ yathāviditaṁ bhūmiṁ paccavekkhantassa anupādāya āsavehi cittaṁ vimucci. Atha kho bhagavato etadahosi—
そのとき、長者(セッティ)にして居士(ガハパティ)なる者は、現法(ディッタダンマ)を見、法を得、法を知り、法に深く入り、疑惑(ヴィチキッチャー)を渡り、惑いを離れ、自在を得て、師の教えについて他に依ることなく、世尊にこのように申し上げた。 「ありがたいことでございます、尊師よ。ありがたいことでございます、尊師よ。たとえば、倒れたものを起こし、覆われたものを開き、迷える者に道を示し、暗闇の中に油の灯を掲げて『目ある者は色を見ん』とするがごとく、世尊はかくも多くの方便によって法を明らかにしてくださいました。この私は、尊師よ、世尊に帰依し奉ります。法に帰依し、比丘僧伽(サンガ)に帰依し奉ります。どうか世尊は、今日より命ある限り三帰(テーヴァーチカ)を受けた優婆塞(ウパーサカ)として、私をお認めください。」 かくして彼は、世において最初の三帰の優婆塞となった。 そのとき、ヤサなる良家の子の父に対して法が説かれていた間、見たとおりに、知ったとおりに、地を観察していたヤサは、取著することなく、諸漏(アーサヴァ)から心が解脱した。 そこで世尊に、このような思いが起こった。
副テーマ: trust
導線タグ: 介護,子育て,自信,別れ,依存,喪失
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
Tena kho pana samayena satta loke arahanto honti. Yasassa pabbajjā niṭṭhitā. Atha kho bhagavā pubbaṇhasamayaṁ nivāsetvā pattacīvaramādāya āyasmatā yasena pacchāsamaṇena yena seṭṭhissa gahapatissa nivesanaṁ tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā paññatte āsane nisīdi. Atha kho āyasmato yasassa mātā ca purāṇadutiyikā ca yena bhagavā tenupasaṅkamiṁsu, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdiṁsu. Tāsaṁ bhagavā anupubbiṁ kathaṁ kathesi, seyyathidaṁ— dānakathaṁ sīlakathaṁ saggakathaṁ, kāmānaṁ ādīnavaṁ okāraṁ saṅkilesaṁ, nekkhamme ānisaṁsaṁ pakāsesi. Yadā tā bhagavā aññāsi kallacittā, muducittā, vinīvaraṇacittā, udaggacittā, pasannacittā, atha yā buddhānaṁ sāmukkaṁsikā dhammadesanā taṁ pakāsesi— dukkhaṁ, samudayaṁ, nirodhaṁ, maggaṁ. Seyyathāpi nāma suddhaṁ vatthaṁ apagatakāḷakaṁ sammadeva rajanaṁ paṭiggaṇheyya; evameva tāsaṁ tasmiṁyeva āsane virajaṁ vītamalaṁ dhammacakkhuṁ udapādi—
その時、世に七人の阿羅漢(アラハン)あり。ヤサの出家はすでに成就せられていた。 さて世尊は、朝の時分に衣をまとい、鉢と衣(えい)を携え、長老ヤサを侍者として従え、商人の長者セッティの邸へと赴かれた。赴かれて、設けられた座にお着きになった。 すると長老ヤサの母と、かつての妻とが、世尊のおられるところへ近づいた。近づいて、世尊を礼拝し、かたわらに座した。彼女たちに対し、世尊は順を追って法を説かれた。すなわち、布施の話、戒の話、天界の話、また欲望の患い・卑しさ・汚れ、そして出離(ねっきょん)の功徳を明かされた。 世尊は、彼女たちの心が堪えうるものとなり、柔軟となり、蓋(がい)を離れ、高揚し、清信(しょうしん)を得たことを知られた時、仏陀たちが讃え選ばれる法の教示——すなわち苦(く)・集(じゅう)・滅(めつ)・道(どう)——を明かされた。 ちょうど汚れのない白い布が、染料をよく受け取るように、その座において彼女たちに、塵を離れ垢を脱した法眼(ほうげん)が生じた——
副テーマ: trust
導線タグ: 決断,食事
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係 vinaya 趣旨一致
“yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti. Tā diṭṭhadhammā pattadhammā viditadhammā pariyogāḷhadhammā tiṇṇavicikicchā vigatakathaṅkathā vesārajjappattā aparappaccayā satthusāsane bhagavantaṁ etadavocuṁ— “abhikkantaṁ, bhante, abhikkantaṁ, bhante …pe… etā mayaṁ, bhante, bhagavantaṁ saraṇaṁ gacchāma, dhammañca, bhikkhusaṅghañca. Upāsikāyo no bhagavā dhāretu ajjatagge pāṇupetā saraṇaṁ gatā”ti. Tā ca loke paṭhamaṁ upāsikā ahesuṁ tevācikā. Atha kho āyasmato yasassa mātā ca pitā ca purāṇadutiyikā ca bhagavantañca āyasmantañca yasaṁ paṇītena khādanīyena bhojanīyena sahatthā santappetvā sampavāretvā, bhagavantaṁ bhuttāviṁ onītapattapāṇiṁ, ekamantaṁ nisīdiṁsu. Atha kho bhagavā āyasmato yasassa mātarañca pitarañca purāṇadutiyikañca dhammiyā kathāya sandassetvā samādapetvā samuttejetvā sampahaṁsetvā uṭṭhāyāsanā pakkāmi. Assosuṁ kho āyasmato yasassa cattāro gihisahāyakā bārāṇasiyaṁ seṭṭhānuseṭṭhīnaṁ kulānaṁ puttā— vimalo, subāhu, puṇṇaji, gavampati—
「およそ生起する性質(集起法)を有するものは、すべて滅する性質(滅法)を有するものである」と。 彼女たちは、法(ダンマ)をこの眼で見、法を得、法を知り、法の深みに達し、疑惑(vicikicchā)を渡り越え、迷いを離れ、無畏(vesārajja)を得て、他に依ることなく師の教えにおいて確立し、世尊にこのように申し上げた。 「尊とうございます、世尊よ。尊とうございます、世尊よ。……われらは今より、世尊を帰依処(saraṇa)とし奉ります。法を、そして比丘僧伽(bhikkhusaṅgha)をも帰依処と致します。世尊よ、どうか今日よりわれらを、命ある限り帰依したる優婆夷(upāsikā)としてお認めください」と。 彼女たちは、世において最初の三帰依(tevācika)をもって帰依した優婆夷となったのである。 さて、尊者ヤサの母と父と旧き妻とは、世尊と尊者ヤサに、自ら手ずから精妙な食べ物・飲み物をもって、十分に満ち足らせ、お応えするほどに供養し奉った。世尊が食し終え、鉢より手をお離しになると、一方の座に坐られた。そこで世尊は、尊者ヤサの母と父と旧き妻とに、法に関する話(dhammī kathā)をもって開示し、教え励まし、歓喜せしめ、座より立って去られた。 さて、尊者ヤサの四人の在家の友、バーラーナシーにおける長者・次席長者の家の子息たち——ヴィマラ、スバーフ、プンナジ、ガヴァンパティ——は、このことを耳にした。
副テーマ: trust
導線タグ: 介護,子育て,自信,別れ,食事,依存,喪失
⚠ 出家者向けの文脈
← 前424425426427428429430次 →

経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)

© 2026 AIブッダ 禅 — トップ仏陀の教えブログお問い合わせ