律蔵 大犍度 段落42
“yaṁ kiñci samudayadhammaṁ sabbaṁ taṁ nirodhadhamman”ti. Atha kho yasassa kulaputtassa mātā pāsādaṁ abhiruhitvā yasaṁ kulaputtaṁ apassantī yena seṭṭhi gahapati tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā seṭṭhiṁ gahapatiṁ etadavoca— “putto te, gahapati, yaso na dissatī”ti. Atha kho seṭṭhi gahapati catuddisā assadūte uyyojetvā sāmaṁyeva yena isipatanaṁ migadāyo tenupasaṅkami. Addasā kho seṭṭhi gahapati suvaṇṇapādukānaṁ nikkhepaṁ, disvāna taṁyeva anugamāsi. Addasā kho bhagavā seṭṭhiṁ gahapatiṁ dūratova āgacchantaṁ, disvāna bhagavato etadahosi— “yannūnāhaṁ tathārūpaṁ iddhābhisaṅkhāraṁ abhisaṅkhareyyaṁ yathā seṭṭhi gahapati idha nisinno idha nisinnaṁ yasaṁ kulaputtaṁ na passeyyā”ti. Atha kho bhagavā tathārūpaṁ iddhābhisaṅkhāraṁ abhisaṅkharesi. Atha kho seṭṭhi gahapati yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ etadavoca— “api, bhante, bhagavā yasaṁ kulaputtaṁ passeyyā”ti?
「生起する性質をもつものは、すべて滅尽する性質をもつものである」と。
さて、長者の子ヤサの母は、高殿に登ってヤサの姿が見えないことに気づき、長者の主人のもとへと近づいた。近づいてから、長者の主人にこう申し上げた。「ご主人様、息子のヤサが見当たりません」と。
そこで長者の主人は、四方に騎馬の使者を遣わすとともに、自らも仙人堕処(isipatana)の鹿野苑(migadāya)へと赴いた。長者の主人は黄金の草履が脱ぎ置かれているのを目にし、それを見てその跡をたどって進んでいった。
世尊は、長者の主人がはるか彼方からやって来るのをご覧になり、こうお思いになった。「もし私が、長者の主人がここに座っていながら、ここに座っているヤサを見ることのできないような、そのような神通力(iddhi)の行使をするならばどうであろうか」と。そこで世尊は、そのような神通力の行使をなされた。
そして長者の主人は世尊のもとへと近づき、近づいてから世尊にこう申し上げた。「世尊よ、もしや世尊は長者の子ヤサをご覧になりましたでしょうか」と。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。