律蔵 大犍度 段落44
Atha kho seṭṭhi gahapati diṭṭhadhammo pattadhammo viditadhammo pariyogāḷhadhammo tiṇṇavicikiccho vigatakathaṅkatho vesārajjappatto aparappaccayo satthusāsane bhagavantaṁ etadavoca— “abhikkantaṁ, bhante, abhikkantaṁ, bhante. Seyyathāpi, bhante, nikkujjitaṁ vā ukkujjeyya, paṭicchannaṁ vā vivareyya, mūḷhassa vā maggaṁ ācikkheyya, andhakāre vā telapajjotaṁ dhāreyya— ‘cakkhumanto rūpāni dakkhantī’ti; evamevaṁ bhagavatā anekapariyāyena dhammo pakāsito. Esāhaṁ, bhante, bhagavantaṁ saraṇaṁ gacchāmi, dhammañca, bhikkhusaṅghañca. Upāsakaṁ maṁ bhagavā dhāretu ajjatagge pāṇupetaṁ saraṇaṁ gatan”ti. Sova loke paṭhamaṁ upāsako ahosi tevāciko. Atha kho yasassa kulaputtassa pituno dhamme desiyamāne yathādiṭṭhaṁ yathāviditaṁ bhūmiṁ paccavekkhantassa anupādāya āsavehi cittaṁ vimucci. Atha kho bhagavato etadahosi—
そのとき、長者(セッティ)にして居士(ガハパティ)なる者は、現法(ディッタダンマ)を見、法を得、法を知り、法に深く入り、疑惑(ヴィチキッチャー)を渡り、惑いを離れ、自在を得て、師の教えについて他に依ることなく、世尊にこのように申し上げた。
「ありがたいことでございます、尊師よ。ありがたいことでございます、尊師よ。たとえば、倒れたものを起こし、覆われたものを開き、迷える者に道を示し、暗闇の中に油の灯を掲げて『目ある者は色を見ん』とするがごとく、世尊はかくも多くの方便によって法を明らかにしてくださいました。この私は、尊師よ、世尊に帰依し奉ります。法に帰依し、比丘僧伽(サンガ)に帰依し奉ります。どうか世尊は、今日より命ある限り三帰(テーヴァーチカ)を受けた優婆塞(ウパーサカ)として、私をお認めください。」
かくして彼は、世において最初の三帰の優婆塞となった。
そのとき、ヤサなる良家の子の父に対して法が説かれていた間、見たとおりに、知ったとおりに、地を観察していたヤサは、取著することなく、諸漏(アーサヴァ)から心が解脱した。
そこで世尊に、このような思いが起こった。
導線タグ: 介護,子育て,自信,別れ,依存,喪失
⚠ 出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。