律蔵 滅諍犍度 段落81
ayaṁ vivādo no adhikaraṇaṁ. Tattha katamaṁ adhikaraṇaṁ no vivādo? Anuvādādhikaraṇaṁ, āpattādhikaraṇaṁ, kiccādhikaraṇaṁ— idaṁ adhikaraṇaṁ no vivādo. Tattha katamaṁ adhikaraṇañceva vivādo ca? Vivādādhikaraṇaṁ adhikaraṇañceva vivādo ca. Anuvādo anuvādādhikaraṇaṁ, anuvādo no adhikaraṇaṁ, adhikaraṇaṁ no anuvādo, adhikaraṇañceva anuvādo ca. Siyā anuvādo anuvādādhikaraṇaṁ, siyā anuvādo no adhikaraṇaṁ, siyā adhikaraṇaṁ no anuvādo, siyā adhikaraṇañceva anuvādo ca. Tattha katamo anuvādo anuvādādhikaraṇaṁ?
これは諍い(ヴィヴァーダ)であり、諍論事(アディカラナ)ではない。では、諍い(ヴィヴァーダ)ではなく諍論事(アディカラナ)とは何か。誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)、犯罪諍論事(アーパッターディカラナ)、所作諍論事(キッチャーディカラナ)——これらが諍論事(アディカラナ)であって、諍い(ヴィヴァーダ)ではない。では、諍論事(アディカラナ)であるとともに諍い(ヴィヴァーダ)でもあるものとは何か。諍論諍論事(ヴィヴァーダーディカラナ)——これが諍論事(アディカラナ)であるとともに諍い(ヴィヴァーダ)でもある。
誹謗(アヌヴァーダ)が誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)である場合もあり、誹謗(アヌヴァーダ)であっても諍論事(アディカラナ)ではない場合もあり、諍論事(アディカラナ)であっても誹謗(アヌヴァーダ)ではない場合もあり、諍論事(アディカラナ)であるとともに誹謗(アヌヴァーダ)でもある場合もある。誹謗(アヌヴァーダ)が誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)となることもあり、誹謗(アヌヴァーダ)が諍論事(アディカラナ)とならないこともあり、諍論事(アディカラナ)が誹謗(アヌヴァーダ)とならないこともあり、諍論事(アディカラナ)であるとともに誹謗(アヌヴァーダ)でもあることもある。
では、誹謗(アヌヴァーダ)が誹謗諍論事(アヌヴァーダーディカラナ)であるとはいかなる場合か。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。