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10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 337
すべて 智慧 4354 老い 931 苦しみ 772 正念 695 怒り 356 執着 350 350 業・因果 346 幸せ 337 自己 244 人間関係 243 家族 234 不安 168 仕事 165 渇愛 147 慈悲 115 無常 111 孤独 45 43 感謝 23
vinaya 2606 中部経典 2117 長部経典 1357 相応部経典 1136 増支部経典 857 jataka 563 スッタニパータ 522 ダンマパダ(法句経) 426 テーラガーター 211 テーリーガーター 68 クッダカパータ 57 イティヴッタカ 54 ウダーナ 34 金剛経 5 維摩経 5 般若心経 4 法華経 4 涅槃経 2 AN 1
幸せ テーリーガーター 趣旨一致
Tikanipāta Uttamātherīgāthā “Catukkhattuṁ pañcakkhattuṁ, vihārā upanikkhamiṁ; Aladdhā cetaso santiṁ, citte avasavattinī. Sā bhikkhuniṁ upagacchiṁ, yā me saddhāyikā ahu; Sā me dhammamadesesi, khandhāyatanadhātuyo. Tassā dhammaṁ suṇitvāna, Yathā maṁ anusāsi sā; Sattāhaṁ ekapallaṅkena, Nisīdiṁ pītisukhasamappitā; Aṭṭhamiyā pāde pasāresiṁ, Tamokhandhaṁ padāliyā”ti. … Uttamā therī ….
四たび、五たびと、 わたしは精舎を出て行った。 心の安らぎを得られぬまま、 こころを制することができずにいた。 そこでわたしは、一人の比丘尼のもとへ赴いた、 わたしが深く信頼を寄せていたその人のもとへ。 彼女はわたしにダンマ(法)を説き示してくれた、 蘊(うん)と処(しょ)と界(かい)とを。 彼女の説く法を聴き終えて、 彼女がわたしに諭してくれたとおりに、 わたしは七日のあいだ、ひとつの座を結んで坐し、 喜(ぴーティ)と楽(スカ)とに満ちあふれた。 そして八日目に、わたしは足を伸ばした、 暗黒の塊(タモカンダ)を打ち砕いて。 …ウッタマー長老尼…
副テーマ: inner_peace
導線タグ: 挫折,休息,許し
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ テーリーガーター 趣旨一致
Sattakanipāta Cālātherīgāthā “Satiṁ upaṭṭhapetvāna, bhikkhunī bhāvitindriyā; Paṭivijjhi padaṁ santaṁ, saṅkhārūpasamaṁ sukhaṁ”. “Kaṁ nu uddissa muṇḍāsi, samaṇī viya dissasi; Na ca rocesi pāsaṇḍe, kimidaṁ carasi momuhā”. “Ito bahiddhā pāsaṇḍā, diṭṭhiyo upanissitā; Na te dhammaṁ vijānanti, na te dhammassa kovidā. Atthi sakyakule jāto, buddho appaṭipuggalo; So me dhammamadesesi, diṭṭhīnaṁ samatikkamaṁ. Dukkhaṁ dukkhasamuppādaṁ, Dukkhassa ca atikkamaṁ; Ariyaṁ caṭṭhaṅgikaṁ maggaṁ, Dukkhūpasamagāminaṁ.
# テーリーガーター 第七章 チャーラー長老尼の偈 --- 正念(サティ)を確立し、 根(インドリヤ)を修めたる比丘尼は、 寂静なる境地を、 諸行の寂滅という安楽を、 まのあたりに覚知した。 「何者に捧げてか、そなたは頭を剃れるのか。 沙門のごとき姿に見えながら、 いかなる外道にも与せず―― この愚かなる振る舞いは、いったい何事か」 「ここなる世の外道たちは、 諸々の見解(ディッティ)に依り頼む者。 かれらは法(ダンマ)を知らず、 法に通じたる者にあらず。 しかるにサキャ族より生まれし者あり、 比類なき覚者(ブッダ)と呼ばるる方こそ、 わが師にして、法を説き示し給うた―― 一切の見解を超え渡ることを。 苦(ドゥッカ)を、 苦の生起(サムッパーダ)を、 そして苦の超克を、 苦の寂滅へと導く 聖なる八支の道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)を」
副テーマ: inner_peace
導線タグ: 休息,許し,喪失
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ テーリーガーター 趣旨一致
Aṭṭhakanipāta Sīsūpacālātherīgāthā “Bhikkhunī sīlasampannā, indriyesu susaṁvutā; Adhigacche padaṁ santaṁ, asecanakamojavaṁ”. Aṭṭhakanipāto niṭṭhito. “Tāvatiṁsā ca yāmā ca, tusitā cāpi devatā; Nimmānaratino devā, ye devā vasavattino; Tattha cittaṁ paṇīdhehi, yattha te vusitaṁ pure”. “Tāvatiṁsā ca yāmā ca, tusitā cāpi devatā; Nimmānaratino devā, ye devā vasavattino. Kālaṁ kālaṁ bhavābhavaṁ, sakkāyasmiṁ purakkhatā; Avītivattā sakkāyaṁ, jātimaraṇasārino. Sabbo ādīpito loko, sabbo loko padīpito; Sabb
# テーリーガーター 8章1 シースーパチャーラー長老尼の偈 --- 戒を具(そな)え、諸根(しょこん)をよく守る比丘尼は、 静けさの境地(さかい)に達するであろう—— 混じりけなく、充ちみちた、あの安らぎの境地(きょうち)に。 --- 「三十三天(さんじゅうさんてん)の神々よ、夜摩天(やまてん)の神々よ、 兜率天(とそつてん)の神々よ、 化楽天(けらくてん)の神々よ、 他化自在天(たけじざいてん)の神々よ—— かつておまえが住んだところへ おまえの心を向けよ」と〔悪魔はいった〕。 「三十三天の神々、夜摩天の神々、 兜率天の神々、 化楽天の神々、 他化自在天の神々—— これらの者たちは、 時を経て、存在から存在へと輪転(りんてん)し、 有身見(うしんけん)を奉じながら、 有身見(さっかーや)を超え出ることなく、 生と死の流れに漂い続ける。 一切の世界は燃え盛り、 一切の世界は炎に包まれている。 --- *〔八偈品(アッタカニパータ)おわり〕*
副テーマ: inner_peace
導線タグ: 休息,許し,睡眠,食事
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ テーリーガーター 趣旨一致
Navakanipāta Vaḍḍhamātutherīgāthā “Mā su te vaḍḍha lokamhi, vanatho āhu kudācanaṁ; Mā puttaka punappunaṁ, ahu dukkhassa bhāgimā. … Vaḍḍhamātā therī …. Navakanipāto niṭṭhito. Sukhañhi vaḍḍha munayo, anejā chinnasaṁsayā; Sītibhūtā damappattā, viharanti anāsavā. Tehānuciṇṇaṁ isībhi, maggaṁ dassanapattiyā; Dukkhassantakiriyāya, tvaṁ vaḍḍha anubrūhaya”. “Visāradāva bhaṇasi, etamatthaṁ janetti me; Maññāmi nūna māmike, vanatho te na vijjati”. “Ye keci vaḍḍha saṅkhārā, hīnā ukkaṭṭhamajjhimā; Aṇūpi aṇuma
# テーリーガーター 第九章 ヴァッダの母長老尼の偈 --- 「ヴァッダよ、この世において 汝に渇愛(ヴァナタ)の生ずることなかれ、いかなる時にも。 わが子よ、再び再び 苦(ドゥッカ)の分かち持つ者となることなかれ。 …ヴァッダの母長老尼… ヴァッダよ、実に牟尼(ムニ)たちは幸いなり—— 動揺なく、疑惑を断ち切り、 清涼となり、調御を得て、 漏(アーサヴァ)なく住せる者たちは。 かの仙人(イシ)たちによって歩まれたる道を—— 正見(ダッサナ)の到達のために、 苦の滅尽のために—— 汝ヴァッダよ、その道を培い育てよ」と。 「わが母よ、汝は精通せる者のごとく この義(アッタ)を説かれる。 思うに、汝には 渇愛は存在しないのであろう」と。 「いかなる諸行(サンカーラ)も、ヴァッダよ—— 劣(ヒーナ)なるものも、勝(ウッカッタ)なるものも、中(マッジマ)なるものも、 極めて微細(アヌ)なるものも……」
副テーマ: happiness,suffering,wisdom,family
導線タグ: 人生の迷い,苦しみからの解放,悟り,心の平安,親子関係,修行,執着を手放す
幸せ ウダーナ 直接根拠
悟りを得た者の幸せは比類ない。足るを知り、教えを聞き、生きとし生けるものを害さぬ。世間に対する無欲、これが幸せである。
副テーマ: happiness,craving,mindfulness,gratitude
導線タグ: 幸せ,足るを知る,欲望,満足,シンプルな生き方,執着を手放す,心の平和
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Paṭhamabodhisutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre bodhirukkhamūle paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Atha kho bhagavā tassa sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā rattiyā paṭhamaṁ yāmaṁ paṭiccasamuppādaṁ anulomaṁ sādhukaṁ manasākāsi: “Iti imasmiṁ sati idaṁ hoti, imassuppādā idaṁ uppajjati, yadidaṁ— upādānapaccayā bhavo, bhavapaccayā jāti, jātipaccayā jarāmaraṇaṁ
# ウダーナ(感興偈)第一章第一経 初成道経 このように私は聞いた—— あるとき、世尊はウルヴェーラー(Uruvelā)に、ネーランジャラー(Nerañjarā)川のほとりの菩提樹(bodhirukkha)のもとに住しておられた。まさに正覚(abhisambodhi)を開かれたばかりのことであった。 そのとき世尊は、七日のあいだ、一つの結跏趺坐(ekapallaṅka)のままに坐し、解脱の喜び(vimuttisukha)をまのあたりに受けておられた。 やがて世尊は、その七日が過ぎたのち、その三昧(samādhi)より出定され、夜の初更(paṭhama yāma)に、縁起(paṭiccasamuppāda)を順観(anuloma)として、よく心に作意された—— 「かくのごとく、これあるとき彼あり、これ生ずるによって彼生ず。すなわち——取(upādāna)を縁として有(bhava)あり、有を縁として生(jāti)あり、生を縁として老死(jarāmaraṇa)あり。」
副テーマ: happiness,wisdom,mindfulness
導線タグ: 心の平和,解放感,悟り,瞑想,自由,内なる幸福,精神的充足
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Dutiyabodhisutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre bodhirukkhamūle paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Atha kho bhagavā tassa sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā rattiyā majjhimaṁ yāmaṁ paṭiccasamuppādaṁ paṭilomaṁ sādhukaṁ manasākāsi: “Iti imasmiṁ asati idaṁ na hoti, imassa nirodhā idaṁ nirujjhati, yadidaṁ— upādānanirodhā bhavanirodho, bhavanirodhā jātinirodho, j
# ウダーナ(感興偈)第一章第二経 第二菩提経 このように私は聞いた。—— あるとき、世尊はウルヴェーラーに住しておられた。ネーランジャラー河の岸辺、菩提樹(ボーディルッカ)の根元に、初めて正覚(アビサンブッダ)を成じたもうたばかりのところであった。 そのとき世尊は、七日のあいだ、一つの結跏趺坐(エーカパッランカ)のままに座し、解脱の喜び(ヴィムッティスカ)をまのあたりに受けていられた。 やがて世尊は、その七日が過ぎたのち、その三昧(サマーディ)より出定し、夜の中分(真夜中)に、縁起(パティッチャサムッパーダ)を逆順(パティローマ)に、つぶさに心に作意(マナスィカーラ)された。 「かくのごとく、これなき時には、かれは生じない。これの滅によって、かれは滅する——すなわち、取(ウパーダーナ)の滅によって有(バヴァ)が滅し、有の滅によって生(ジャーティ)が滅し、
副テーマ: happiness,wisdom,mindfulness,suffering
導線タグ: 心の平和,解放感,自由,瞑想,執着からの解放,依存関係,苦しみの原因
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Tatiyabodhisutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre bodhirukkhamūle paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Atha kho bhagavā tassa sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā rattiyā pacchimaṁ yāmaṁ paṭiccasamuppādaṁ anulomapaṭilomaṁ sādhukaṁ manasākāsi: “Iti imasmiṁ sati idaṁ hoti, imassuppādā idaṁ uppajjati, taṇhāpaccayā upādānaṁ, upādānapaccayā bhavo, bhavapaccayā jāti, jā
# ウダーナ(感興偈)第一章第三経 菩提第三経 このように私は聞いた―― あるとき、世尊はウルヴェーラー(Uruvelā)に、ネーランジャラー(Nerañjarā)河のほとりなる菩提樹(bodhi-rukkha)の根もとに住しておられた。まさに初めて正覚(abhisambodhi)を成就されたばかりのときのことである。 そのとき世尊は、七日のあいだ、一つの結跏趺坐(ekapallaṅka)のままに坐し、解脱の楽(vimuttisukha)をまのあたりに受けておられた。 やがて世尊は、その七日が過ぎ去ったのち、その三昧(samādhi)より出定して、夜の最後の時分に、縁起(paṭiccasamuppāda)を順観(anuloma)と逆観(paṭiloma)とによって、つぶさに心に作意された―― 「かくのごとく、これあるとき彼あり、これ生ずるによりて彼生ず。愛(taṇhā)を縁として取(upādāna)あり、取を縁として有(bhava)あり、有を縁として生(jāti)あり、生……」
副テーマ: happiness,wisdom,mindfulness
導線タグ: 幸福感,解放感,瞑想,悟り,心の自由,依存からの解放,内なる平和
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Huṁhuṅkasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre ajapālanigrodhe paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Atha kho bhagavā tassa sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhāsi. Atha kho aññataro huṁhuṅkajātiko brāhmaṇo yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavatā saddhiṁ sammodi. Sammodanīyaṁ kathaṁ sāraṇīyaṁ vītisāretvā ekamantaṁ aṭṭhāsi. Ekamantaṁ ṭhito kho so brāhmaṇo bhag
# ウダーナ 1・4 フンフンカ経 このように私は聞いた―― ある時、世尊は、ウルヴェーラーの、ネーランジャラー河の岸辺、アジャパーラのニグローダ樹のもとにおいて住しておられた。まさしく正覚を得られた直後のことである。 その時、世尊は、七日のあいだ、一つの結跏趺坐のままに坐し、解脱の楽(すく)を身をもって感受しておられた。 やがて、その七日が過ぎ去ったとき、世尊はその三昧(さんまい)より出られた。 ところで、そのころ、ある高慢な(フンフンカ)バラモンが、世尊のおられるところへと近づいてきた。近づいてきて、世尊とともに挨拶を交わした。喜ばしく、記憶すべき言葉を互いに交わしてから、かたわらに立った。かたわらに立ちながら、そのバラモンは世尊に向かって……
副テーマ: happiness,mindfulness,wisdom,self
導線タグ: 解放感,内なる平和,悟り,瞑想,静けさ,自由,幸福感
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Mucalindasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre mucalindamūle paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Tena kho pana samayena mahā akālamegho udapādi sattāhavaddalikā sītavātaduddinī. Atha kho mucalindo nāgarājā sakabhavanā nikkhamitvā bhagavato kāyaṁ sattakkhattuṁ bhogehi parikkhipitvā uparimuddhani mahantaṁ phaṇaṁ vihacca aṭṭhāsi: “mā bhagavantaṁ sītaṁ, mā bhagavantaṁ uṇhaṁ, mā
# ムチャリンダ経(Mucalindasutta) このように私は聞いた――あるとき、世尊はウルヴェーラーにて、ネーランジャラー河のほとりのムチャリンダの樹の根元に住まわれていた。まさに正覚(abhisambuddha)を得られて間もなきころのことである。そのとき世尊は、七日のあいだ一つの結跏趺坐(pallaṅka)のままに座し、解脱の楽(vimuttisukha)をじかに受けておられた。 ところがそのとき、大いなる時ならぬ雨雲が湧き起こり、七日にわたって雨が降り続き、冷たき風が吹きつのった。そこでムチャリンダという名の龍王(nāgarājā)は、みずからの住処より出でて、世尊のお身体を七度にわたって胴体で巻き囲み、御頭上に大いなる頭巾(phaṇa)を広げて立ちはだかった――「世尊に寒さのあらぬように、世尊に暑さのあらぬように、世尊に……」と。
副テーマ: happiness,mindfulness,compassion,suffering
導線タグ: 心の平和,瞑想,解放感,嵐を乗り越える,守られている感覚,精神的な安定,自由
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Bhaddiyasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā anupiyāyaṁ viharati ambavane. Tena kho pana samayena āyasmā bhaddiyo kāḷīgodhāya putto araññagatopi rukkhamūlagatopi suññāgāragatopi abhikkhaṇaṁ udānaṁ udānesi: “aho sukhaṁ, aho sukhan”ti. Tassuddānaṁ Mucalindo rājā daṇḍena, sakkāro upāsakena ca; Gabbhinī ekaputto ca, suppavāsā visākhā ca; Kāḷīgodhāya bhaddiyoti. Assosuṁ kho sambahulā bhikkhū āyasmato bhaddiyassa kāḷīgodhāya puttassa araññagatassapi rukkhamūlagatassapi suññāgāragatassapi abhikkha
# ウダーナ(感興偈)第二章第十経 バッディヤ経 このように私は聞いた―― あるとき、世尊はアヌピヤーのマンゴー林に滞在しておられた。 そのころ、尊者バッディヤ(Bhaddiyo)、カーリーゴーダー(Kāḷīgodhā)の子は、林に入っても、樹の根元に赴いても、空き家に籠もっても、しきりに感興の言葉(ウダーナ)を発していた。 「ああ、安楽なるかな。ああ、安楽なるかな」と。 --- 【小摂頌(tassuddāna)】 ムチャリンダ王は杖をもって、 優婆塞(うばそく)は供養をもって; 身重の女と一人子と、 スッパヴァーサーとヴィサーカーと; カーリーゴーダーの子バッディヤと。 --- 多くの比丘たちは、尊者バッディヤ、カーリーゴーダーの子が、林に入っても、樹の根元に赴いても、空き家に籠もっても、しきりに……
副テーマ: contentment
導線タグ: 子育て,自信
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Lokasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre bodhirukkhamūle paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Tassuddānaṁ Kammaṁ nando yasojo ca, sāriputto ca kolito; Pilindo kassapo piṇḍo, sippaṁ lokena te dasāti. Atha kho bhagavā tassa sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā buddhacakkhunā lokaṁ volokesi. Addasā kho bhagavā buddhacakkhunā volokento satte anekehi santāpehi santap
# ウダーナ 3・10 世間経(ローカスッタ) このように私は聞いた—— あるとき、世尊はウルヴェーラーに住しておられた。ネーランジャラー河のほとりの、菩提樹(ボーディルッカ)の根もとに。まさに初めて正覚(アビサンボーダ)を開かれたばかりのことであった。そのとき世尊は、七日のあいだ、ただひとつの結跏趺坐のままに坐し、解脱の楽(ヴィムッティスカ)をまのあたりに味わっておられた。 その摂頌(ウッダーナ)はこうである——  難陀(ナンダ)と耶舎惟(ヤソージャ)と、  舎利弗(サーリプッタ)と拘律陀(コーリタ)と、  賓頭盧(ピリンダ)と迦葉(カッサパ)と賓荼(ピンダ)——  かれらは世間に対して、その術をば示せり。 さて、その七日が過ぎたとき、世尊はかの三昧(サマーディ)より出定し、仏眼(ブッダチャッカ)をもって世界を見渡された。世尊は仏眼をもって見渡しながら、衆生たちが幾多の熱悩(サンターパ)によって焼かれているのを見たもうた——
副テーマ: suffering,craving,compassion,wisdom
導線タグ: 苦しみ,欲望,執着,解放,悟り,心の平和,自由
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Yasojasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena yasojappamukhāni pañcamattāni bhikkhusatāni sāvatthiṁ anuppattāni honti bhagavantaṁ dassanāya. Tedha kho āgantukā bhikkhū nevāsikehi bhikkhūhi saddhiṁ paṭisammodamānā senāsanāni paññāpayamānā pattacīvarāni paṭisāmayamānā uccāsaddā mahāsaddā ahesuṁ. “Evamāvuso”ti kho so bhikkhu āyasmato ānandassa paṭissutvā— seyyathāpi nāma balavā puriso samiñjitaṁ vā bāhaṁ pasāreyya, pasār
# ウダーナ(感興偈)第三章第三経 ヤソージャ経 このように私は聞いた—— あるとき、世尊(Bhagavā)はサーヴァッティ(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独長者)の園に滞在しておられた。 そのころ、ヤソージャを上首とする五百人ばかりの比丘たちが、世尊にまみえんがために、サーヴァッティに到着したところであった。 さて、客比丘たちは、住居の比丘たちとともに挨拶を交わし、坐臥具(臥具)を整え、衣鉢を収めながら、高声を発し、大声を発した。 尊者アーナンダは、「そのとおりにいたします」と、かの比丘に答えると——あたかも力強い人が、縮めた腕を伸ばすように、あるいは伸ばした腕を縮めるように——
副テーマ: mindfulness,happiness,relationship,self
導線タグ: 騒がしさ,心の静けさ,コミュニティ,規律,修行,集中,内なる平和
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ ウダーナ 趣旨一致
Appāyukasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Atha kho āyasmā ānando sāyanhasamayaṁ paṭisallānā vuṭṭhito yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho āyasmā ānando bhagavantaṁ etadavoca: “acchariyaṁ, bhante, abbhutaṁ, bhante. Yāva appāyukā hi, bhante, bhagavato mātā ahosi, sattāhajāte bhagavati bhagavato mātā kālamakāsi, tusitaṁ kāyaṁ upapajjī”ti. “Evametaṁ, ānanda, appāyukā hi,
# ウダーナ(感興偈)5・2 短命経 このように、わたしは聞いた。 あるとき、世尊はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林(祇陀林)、アナータピンディカ(給孤独)の園に住しておられた。 そのとき、尊者アーナンダ(阿難)は夕刻、独坐(パティサッラーナ)より出でて、世尊のもとへと近づいた。近づいてから、世尊に礼拝し、かたわらに座した。かたわらに座した尊者アーナンダは、世尊にこのように申し上げた。 「尊き師よ、これは不思議なことであります。尊き師よ、これはまことに希有なことであります。尊き師よ、世尊のお母上は、なんと短命でいらっしゃいました。世尊がお生まれになって七日目に、世尊のお母上は命を終えられ、兜率天(トゥシタ)の身に生まれ変わられたのでございます。」 「アーナンダよ、そのとおりである。じつに短命であった。
副テーマ: gratitude
導線タグ: 食事,罪悪感
幸せ vinaya 趣旨一致
“ete mayaṁ, bhante, bhagavantaṁ saraṇaṁ gacchāma dhammañca, upāsake no bhagavā dhāretu ajjatagge pāṇupete saraṇaṁ gate”ti. Te ca loke paṭhamaṁ upāsakā ahesuṁ dvevācikā. Rājāyatanakathā niṭṭhitā. 5. Brahmayācanakathā Atha kho bhagavā sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā rājāyatanamūlā yena ajapālanigrodho tenupasaṅkami. Tatra sudaṁ bhagavā ajapālanigrodhamūle viharati. Atha kho bhagavato rahogatassa paṭisallīnassa evaṁ cetaso parivitakko udapādi— “adhigato kho myāyaṁ dhammo gambhīro duddaso duranubodho santo paṇīto atakkāvacaro nipuṇo paṇḍitavedanīyo. Ālayarāmā kho panāyaṁ pajā ālayaratā ālayasammuditā. Ālayarāmāya kho pana pajāya ālayaratāya ālayasammuditāya duddasaṁ idaṁ ṭhānaṁ yadidaṁ idappaccayatāpaṭiccasamuppādo;
「尊き師よ、われらは世尊と法(ダンマ)とを帰依処となし奉ります。今日よりいのちある限り、帰依に赴いた在家信者(ウパーサカ)として、世尊はわれらをお認めください。」 かくして彼らは、世にあって初めての、二誦帰依(ドゥヴェーヴァーチカ)による在家信者となったのである。 ——ラージャーヤタナの話、終わり—— 五 梵天への勧請の話(ブラフマーヤーチャナカター) さて世尊は、七日が過ぎるとその三昧(サマーディ)より出でて、ラージャーヤタナの木のもとを離れ、アジャパーラのニグローダ樹のほとりへと赴かれた。世尊はそこ、アジャパーラのニグローダ樹のもとにとどまられた。 そのとき、独り退いて静思にふけっておられた世尊の御心に、かくのごとき思念が湧き起こった。 「われの証得したこの法(ダンマ)は、深く、見難く、覚り難く、寂静にして、精妙にして、思惟の及ぶところを超え、微妙にして、賢者のみがよく知ることのできるものである。しかるにこの人々は、執着(アーラヤ)を楽しみとし、執着を喜びとし、執着に歓んでいる。執着を楽しみ、執着を喜び、執着に歓ぶ人々にとっては、この縁起(イダッパッチャヤター・パティッチャサムッパーダ)の道理——すなわちこれを縁としてあれが生じるという相依相関の理——は、まことに見難いものである。
副テーマ: inner_peace
導線タグ: 病気,介護,休息,許し,別れ,依存,喪失
幸せ vinaya 趣旨一致
Tena kho pana samayena sāvatthiyā saṅghena evarūpā katikā katā hoti— “antarāvassaṁ na pabbājetabban”ti. Visākhāya migāramātuyā nattā bhikkhū upasaṅkamitvā pabbajjaṁ yāci. Bhikkhū evamāhaṁsu— “saṅghena kho, āvuso, evarūpā katikā katā ‘antarāvassaṁ na pabbājetabban’ti. Āgamehi, āvuso, yāva bhikkhū vassaṁ vasanti. Vassaṁvuṭṭhā pabbājessantī”ti. Atha kho te bhikkhū vassaṁvuṭṭhā visākhāya migāramātuyā nattāraṁ etadavocuṁ— “ehi dāni, āvuso, pabbajāhī”ti. “sacāhaṁ, bhante, pabbajito assaṁ, abhirameyyāmahaṁ.
その頃、サーヴァッティーの僧伽(サンガ)において、「安居(ヴァッサ)の期間中は出家得度させてはならない」という取り決めが結ばれていた。ところが、ヴィサーカー・ミガーラマーターの孫息子が比丘たちのもとへ赴き、出家を願い求めた。比丘たちはこのように言った。「友よ、僧伽においては『安居の期間中は出家得度させてはならない』という取り決めが結ばれております。友よ、比丘たちが安居を終えるまでお待ちください。安居が明けましたならば、得度させましょう」と。 やがて安居を終えた比丘たちは、ヴィサーカー・ミガーラマーターの孫息子にこう告げた。「さあ、友よ、今こそ出家なされよ」と。すると彼は言った。「もし私が、あの時に出家していたならば、きっと喜び楽しんでいたことでしょう。
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⚠ 出家者向けの文脈
幸せ vinaya 趣旨一致
Kālena sakkacca dadāti yāguṁ; Dasassa ṭhānāni anuppavecchati, Āyuñca vaṇṇañca sukhaṁ balañca. Paṭibhānamassa upajāyate tato, Khuddaṁ pipāsañca byapaneti vātaṁ; Sodheti vatthiṁ pariṇāmeti bhattaṁ, Bhesajjametaṁ sugatena vaṇṇitaṁ. Tasmā hi yāguṁ alameva dātuṁ, Niccaṁ manussena sukhatthikena; Dibbāni vā patthayatā sukhāni,
時を選びて、粥(やくじゅう)を丁重に施せ。 十の恵みを受ける者に与えれば、 命(āyu)と色(vaṇṇa)と楽(sukha)と力(bala)とをもたらす。 そこより才智(paṭibhāna)はおのずと生じ、 小さき飢えと渇きと風気(vāta)を除く。 膀胱を清め、食物の消化を助く。 これぞ善逝(Sugata)の讃えたまえる薬なり。 ゆえに、楽を求むる人は、 常にまさに粥を施すべし—— 天上の楽(dibba-sukha)を願うものも。
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Ekamantaṁ nisinno kho so taruṇapasanno mahāmatto bhagavantaṁ etadavoca— Kiṁ nu kho mayā, bhante, bahuṁ pasutaṁ, puññaṁ vā apuññaṁ vā”ti? “Yadaggena tayā, āvuso, svātanāya buddhappamukho bhikkhusaṅgho nimantito tadaggena te bahuṁ puññaṁ pasutaṁ. Yadaggena te ekamekena bhikkhunā ekamekaṁ sitthaṁ paṭiggahitaṁ tadaggena te bahuṁ puññaṁ pasutaṁ, saggā te āraddhā”ti. Atha kho so taruṇapasanno mahāmatto—“lābhā kira me, suladdhaṁ kira me, bahuṁ kira mayā puññaṁ pasutaṁ, saggā kira me āraddhā”ti— haṭṭho udaggo uṭṭhāyāsanā bhagavantaṁ abhivādetvā padakkhiṇaṁ katvā pakkāmi. Atha kho bhagavā etasmiṁ nidāne etasmiṁ pakaraṇe bhikkhusaṅghaṁ sannipātāpetvā bhikkhū paṭipucchi— “saccaṁ kira, bhikkhave, bhikkhū aññatra nimantitā aññassa bhojjayāguṁ paribhuñjantī”ti? “Saccaṁ, bhagavā”ti. Vigarahi buddho bhagavā …pe…
 さて、その若き信者なる大臣は、かたわらに座して、世尊にこのように申し上げた。「尊師よ、私はいったい多くの功徳(puñña)を積んだのでしょうか、それとも不善(apuñña)を積んだのでしょうか」と。  〔世尊は答えられた。〕「友よ、そなたが明日のために仏陀を上首とする比丘僧伽(bhikkhusaṅgha)を招待したその最初の時より、そなたには多くの功徳が積まれているのだ。また、一人一人の比丘が一口一口の食をそなたから受け取ったその最初の時より、そなたには多くの功徳が積まれている。天(sagga)はそなたのために成就せられているのである」と。  そこで、その若き信者なる大臣は、「まことに私には利益がある、まことに私には善き果報がある、まことに私には多くの功徳が積まれている、まことに私には天が成就せられている」と、歓喜し、心おどらせて、座より立ち上がり、世尊を礼拝し、右繞(padakkhiṇa)して立ち去った。  そこで世尊は、この因縁(nidāna)、この事件(pakaraṇa)によって、比丘僧伽を集め、比丘たちに問われた。「比丘たちよ、まことに比丘たちは、招待された施主とは別の者のために用意された粥(yāgu)を食したのであるか」と。「世尊よ、まことにそうでございます」と。仏なる世尊はこれを咎められ……(以下略)……
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⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
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Tena kho pana samayena aññataro bhikkhu araññe viharati. Tassa ca tasmiṁ senāsane phāsu hoti. “bhagavatā paññattaṁ— ‘na anissitena vatthabban’ti. Ahañcamhi nissayakaraṇīyo araññe viharāmi, mayhañca imasmiṁ senāsane phāsu hoti, kathaṁ nu kho mayā paṭipajjitabban”ti? Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Anujānāmi, bhikkhave, āraññikena bhikkhunā phāsuvihāraṁ sallakkhentena nissayaṁ alabhamānena anissitena vatthuṁ— yadā patirūpo nissayadāyako āgacchissati, tadā tassa nissāya vasissāmī”ti. 60. Gottenaanussāvanānujānana Tena kho pana samayena āyasmato mahākassapassa upasampadāpekkho hoti.
その時、ある一人の比丘が阿蘭若(あらんにゃ)に住んでいた。その比丘にとって、その坐臥処(ざがしょ)は安楽であった。〔しかし彼はこう思い悩んだ。〕「世尊は『依止(えじ)なくして住してはならない』と定められた。しかるに私は依止を必要としながら阿蘭若に住んでおり、この坐臥処は私にとって安楽である。いったいどのように行ずべきであろうか」と。〔比丘たちは〕この事を世尊に申し上げた。 「比丘たちよ、私は許可する。阿蘭若に住む比丘が、安楽な住処(じゅうしょ)を守ろうとして依止を得られない場合には、依止なく住することを。『適切な依止を与えうる者がやって来た時には、その者に依止して住むであろう』と〔心に定めて〕」と。 第六十節 姓名による告知の許可 その時、長老マハーカッサパのもとに、具足戒(ぐそくかい)を望む者があった。
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⚠ 出家者向けの文脈
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Theravāda Vinayapiṭaka Mahāvagga 4. Pavāraṇākkhandhaka 1. Aphāsukavihāra Tena samayena buddho bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Tena kho pana samayena sambahulā sandiṭṭhā sambhattā bhikkhū kosalesu janapade aññatarasmiṁ āvāse vassaṁ upagacchiṁsu. “kena nu kho mayaṁ upāyena samaggā sammodamānā avivadamānā phāsukaṁ vassaṁ vaseyyāma, na ca piṇḍakena kilameyyāmā”ti. Atha kho tesaṁ bhikkhūnaṁ etadahosi— “sace kho mayaṁ aññamaññaṁ neva ālapeyyāma na sallapeyyāma— yo paṭhamaṁ gāmato piṇḍāya paṭikkameyya so āsanaṁ paññapeyya, pādodakaṁ pādapīṭhaṁ pādakathalikaṁ upanikkhipeyya, avakkārapātiṁ dhovitvā upaṭṭhāpeyya, pānīyaṁ paribhojanīyaṁ upaṭṭhāpeyya;
その時、仏陀・世尊はサーヴァッティー(舎衛城)のジェータ林、アナータピンディカ(給孤独)の園にご滞在であった。 ちょうどその頃、互いに旧知の間柄であり、親しく交わっていた数多くの比丘たちが、コーサラ国のある地方の住処において、雨安居(うあんご)に入ろうとしていた。彼らはこう思った。 「いかなる方便によって、われわれは和合し、和やかに、諍いなく、安楽に雨安居を過ごすことができるだろうか。また、托鉢によって疲れることもないようにするには、どうすればよいだろうか」と。 そこで、それらの比丘たちにこのような考えが浮かんだ。 「もしわれわれが互いに言葉を交わさず、語り合わないとしたら——村から托鉢を終えて最初に戻った者が、座具を整え、足洗いの水・足台・足拭きを置き、洗い清めた塵芥入れの鉢を用意し、飲料水と用水を整えておく。 ---
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