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幸せ ウダーナ 趣旨一致

ウダーナ(感興偈) UD3.10

Lokasutta Evaṁ me sutaṁ— ekaṁ samayaṁ bhagavā uruvelāyaṁ viharati najjā nerañjarāya tīre bodhirukkhamūle paṭhamābhisambuddho. Tena kho pana samayena bhagavā sattāhaṁ ekapallaṅkena nisinno hoti vimuttisukhapaṭisaṁvedī. Tassuddānaṁ Kammaṁ nando yasojo ca, sāriputto ca kolito; Pilindo kassapo piṇḍo, sippaṁ lokena te dasāti. Atha kho bhagavā tassa sattāhassa accayena tamhā samādhimhā vuṭṭhahitvā buddhacakkhunā lokaṁ volokesi. Addasā kho bhagavā buddhacakkhunā volokento satte anekehi santāpehi santap
# ウダーナ 3・10 世間経(ローカスッタ) このように私は聞いた—— あるとき、世尊はウルヴェーラーに住しておられた。ネーランジャラー河のほとりの、菩提樹(ボーディルッカ)の根もとに。まさに初めて正覚(アビサンボーダ)を開かれたばかりのことであった。そのとき世尊は、七日のあいだ、ただひとつの結跏趺坐のままに坐し、解脱の楽(ヴィムッティスカ)をまのあたりに味わっておられた。 その摂頌(ウッダーナ)はこうである——  難陀(ナンダ)と耶舎惟(ヤソージャ)と、  舎利弗(サーリプッタ)と拘律陀(コーリタ)と、  賓頭盧(ピリンダ)と迦葉(カッサパ)と賓荼(ピンダ)——  かれらは世間に対して、その術をば示せり。 さて、その七日が過ぎたとき、世尊はかの三昧(サマーディ)より出定し、仏眼(ブッダチャッカ)をもって世界を見渡された。世尊は仏眼をもって見渡しながら、衆生たちが幾多の熱悩(サンターパ)によって焼かれているのを見たもうた——
関連テーマ: 苦しみ 渇愛 慈悲 智慧
導線タグ: 苦しみ,欲望,執着,解放,悟り,心の平和,自由
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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