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偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 165
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
仕事
スッタニパータ
趣旨一致
短
Yanta santaṁ padaṁ abhisamecca;
その寂静(じゃくじょう)なる境地(さんたṁ・padaṁ)を悟り得て、
仕事
スッタニパータ
趣旨一致
長
Anupādiyāno lokasmiṁ kiñci”. Annānamatho pānānaṁ, Khādanīyānaṁ athopi vatthānaṁ; Laddhā na sannidhiṁ kayirā, Na ca parittase tāni alabhamāno. Jhāyī na pādalolassa, Virame kukkuccā nappamajjeyya; Athāsanesu sayanesu, Appasaddesu bhikkhu vihareyya. Niddaṁ na bahulīkareyya, Jāgariyaṁ bhajeyya ātāpī; Tandiṁ māyaṁ hassaṁ khiḍḍaṁ, Methunaṁ vippajahe savibhūsaṁ. Āthabbaṇaṁ supinaṁ lakkhaṇaṁ, No vidahe at
世において何ものにも執着することなく。
食物に関しても、また飲み物に関しても、
噛んで食べるもの(固形食)に関しても、また衣服に関しても——
得たならば、それを蓄えることなかれ。
また、それらを得られずとも、思い悩むことなかれ。
静慮(禅定・ジャーナ)に専念し、足の落ち着かぬ者とはなるな。
悔恨(クックッチャ)を離れ、放逸に陥ることなかれ。
そして座処と臥処においては、
声少なき処に比丘は住すべし。
睡眠を多くすることなく、
熱誠(アーターピン)をもって目覚めの道を歩むべし。
懈怠(タンディ)と、偽り(マーヤー)と、笑いと、遊戯と、
淫事(メートゥナ)と、また一切の装飾を捨て去るべし。
呪術(アーターッバナ)と、夢占いと、相(ラッカナ)占いとを、
実践することなかれ……
⚠ 出家者向けの文脈,初学者には難しい
仕事
スッタニパータ
直接根拠
中
Bahussaccanca sippanca, vinayo ca susikkhito; subhasita ca ya vaca, etam mangalamuttamam.
多く聞き学び、技術を身につけ、よく訓練された礼儀作法、善く語られた言葉。これが最上の幸せである。
仕事
テーラガーター
直接根拠
短
仕事を怠り、若いのに食べることばかり考え、眠ってばかりいて、ごろごろと横になっている者は、大きな豚のように、愚か者は繰り返し生まれ変わる。
仕事
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Tatiyavagga Cittakattheragāthā “Nīlā sugīvā sikhino, Morā kārambhiyaṁ abhinadanti; Te sītavātakīḷitā, Suttaṁ jhāyaṁ nibodhentī”ti. … Cittako thero ….
第一集 第三品 チッタカ長老の偈
「青き首を持つ孔雀たちが、
カーランバの林にて高らかに鳴き響く。
冷たき風にたわむれながら、
坐禅(ジャーナ)に耽る者を目覚めさせる。」
――チッタカ長老――
仕事
テーラガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Dutiyavagga Somamittattheragāthā “Parittaṁ dārumāruyha, yathā sīde mahaṇṇave; Evaṁ kusītamāgamma, sādhujīvīpi sīdati; Tasmā taṁ parivajjeyya, kusītaṁ hīnavīriyaṁ. Pavivittehi ariyehi, pahitattehi jhāyibhi; Niccaṁ āraddhavīriyehi, paṇḍitehi sahāvase”ti. … Somamitto thero ….
———
小さな流木にすがりて
大海原にただ沈みゆくように、
怠惰なる者に近づけば、
善く生きる者もまた沈む。
ゆえにその者を遠ざけよ、
怠惰(くさーた)にして精進(ヴィーリヤ)なき者を。
遠離(えんり)を愛する聖者たちと、
己を励ます禅定(ぜんじょう)の修行者たちと、
つねに精進の絶えることなき
智慧ある者たちと、ともに住むべし。
———
…ソーマミッタ長老の偈…
⚠ 初学者には難しい
仕事
テーラガーター
趣旨一致
長
Ekakanipāta Pañcamavagga Sumaṅgalattheragāthā “Sumuttiko sumuttiko, Sāhu sumuttikomhi tīhi khujjakehi; Asitāsu mayā naṅgalāsu mayā, Khuddakuddālāsu mayā. Yadipi idhameva idhameva, Atha vāpi alameva alameva; Jhāya sumaṅgala jhāya sumaṅgala, Appamatto vihara sumaṅgalā”ti. … Sumaṅgalo thero ….
# スマンガラ長老の偈(Sumaṅgalattheragāthā)
---
解き放たれた、解き放たれた、
まことに善く解き放たれたかな、我は三つの曲がったものより——
鎌より、わが鋤(なんがら)より、
小さき鍬(くわ)より。
たとえここにあるものは、ここにあるがままに、
またそれで十分、まことに十分なり。
瞑想せよ、スマンガラよ、瞑想せよ、スマンガラよ、
放逸なることなく住せよ、スマンガラよ。
---
……スマンガラ長老……
仕事
テーラガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Paṭhamavagga Mātaṅgaputtattheragāthā “Atisītaṁ atiuṇhaṁ, atisāyamidaṁ ahu; khaṇā accenti māṇave. Yo ca sītañca uṇhañca, tiṇā bhiyyo na maññati; Karaṁ purisakiccāni, so sukhā na vihāyati. Dabbaṁ kusaṁ poṭakilaṁ, usīraṁ muñjapabbajaṁ; Urasā panudissāmi, vivekamanubrūhayan”ti. … Mātaṅgaputto thero ….
「寒すぎる、暑すぎる、
今日はまた夕暮れが遅い、と言うばかりで、
若者たちは刹那(khaṇa)を空しく過ごしてゆく。
されど、寒さも暑さも
草の葉ほどにも意に介さず、
人としてなすべき務め(purisakicca)を果たす者は、
安楽(sukha)を手放すことなし。
草(kusa)、葦(poṭakila)、
根草(usīra)、藺草(muñja)、竹(pabbaja)——
これらをわが胸にて押しのけながら、
わたくしは独処(viveka)を養い深めてゆく。」
……マータンガプッタ長老の言葉
仕事
テーラガーター
趣旨一致
長
Cattālīsanipāta Paṭhamavagga Mahākassapattheragāthā “Na gaṇena purakkhato care, Vimano hoti samādhi dullabho; Nānājanasaṅgaho dukho, Piṇḍapātapaṭikkanto, selamāruyha kassapo; Jhāyati anupādāno, ḍayhamānesu nibbuto. Piṇḍapātapaṭikkanto, selamāruyha kassapo; Jhāyati anupādāno, katakicco anāsavo. Karerimālāvitatā, bhūmibhāgā manoramā; Kuñjarābhirudā rammā, te selā ramayanti maṁ. Nīlabbhavaṇṇā rucirā, vārisītā sucindharā; Indagopakasañchannā, te selā ramayanti maṁ. Nīlabbhakūṭasadisā, kūṭāgāravarūpa
# マハーカッサパ長老の偈(テーラガーター 18.1)
---
群れを率いて歩むことなかれ、
心乱れ、三昧(さんまい)は得がたし。
雑多な人々の集いは苦(く)なり。
托鉢(たくはつ)より帰りて、カッサパは岩山に登り、
執著(しゅうじゃく)を離れて禅定(ぜんじょう)に入る——
一切が燃え盛る中、かれは涅槃(ねはん)に安らう。
托鉢より帰りて、カッサパは岩山に登り、
執著を離れて禅定に入る——
なすべきことをなし終え、煩悩(ぼんのう)の漏(ろ)は尽きたり。
カレリの花かずらに覆われ、
大地の一画は心安らかなり。
象の群れのどよめき渡るその岩山よ、
われをして喜ばしむ。
濃き雨雲の色に輝き、
清水の冷涼をたたえ、
インダゴーパカの虫(むし)に彩られし——
かの岩山よ、われをして喜ばしむ。
青雲の峰に似て聳え立ち、
宝殿(ほうでん)の尖塔のごとき姿よ——
---
仕事
テーラガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Paṭhamavagga Vimalattheragāthā “Pāpamitte vivajjetvā, bhajeyyuttamapuggalaṁ; Ovāde cassa tiṭṭheyya, patthento acalaṁ sukhaṁ. Parittaṁ dārumāruyha, yathā sīde mahaṇṇave; Evaṁ kusītamāgamma, sādhujīvīpi sīdati; Tasmā taṁ parivajjeyya, kusītaṁ hīnavīriyaṁ. Pavivittehi ariyehi, pahitattehi jhāyibhi; Niccaṁ āraddhavīriyehi, paṇḍitehi sahāvase”ti. … Vimalo thero … Tikanipāto niṭṭhito. Tatruddānaṁ Aṅgaṇiko bhāradvājo, paccayo bākulo isi; Dhaniyo mātaṅgaputto, sobhito vāraṇo isi. Vassiko ca y
悪しき友(pāpamitte)を遠ざけ、
優れた人(uttamapuggala)に親しむがよい。
その教誡(ovāda)のうちに住し、
揺るぎなき安楽(acala sukha)を求めよ。
小さな丸太に乗りて
大海(mahaṇṇava)に沈むがごとく、
怠惰なる者(kusīta)に近づけば、
善く生きる者もともに沈む。
ゆえに、怠惰にして
精進(vīriya)の劣る者を避けよ。
遠離(paviveka)を修する聖者(ariya)たちと、
己を励ます禅定者(jhāyin)たちと、
つねに勇猛に精進を起こす
賢者(paṇḍita)たちとともに住すべし。
…ヴィマラ長老…
―三集・了―
摂頌(uddāna)
アンガニカ、バーラドヴァーヤ、
パッチャヤ、バークラ仙、
ダニヤ、マータンガプッタ、
ソービタ、ヴァーラナ仙、
そしてヴァッシカ……
⚠ 初学者には難しい
仕事
テーリーガーター
趣旨一致
長
Pañcakanipāta Paṭācārātherīgāthā “Naṅgalehi kasaṁ khettaṁ, bījāni pavapaṁ chamā; Puttadārāni posentā, dhanaṁ vindanti māṇavā. Kimahaṁ sīlasampannā, satthusāsanakārikā; Nibbānaṁ nādhigacchāmi, akusītā anuddhatā. Pāde pakkhālayitvāna, udakesu karomahaṁ; Pādodakañca disvāna, thalato ninnamāgataṁ. Tato cittaṁ samādhesiṁ, assaṁ bhadraṁvajāniyaṁ; Tato dīpaṁ gahetvāna, vihāraṁ pāvisiṁ ahaṁ; Seyyaṁ olokayitvāna, mañcakamhi upāvisiṁ. Tato sūciṁ gahetvāna, vaṭṭiṁ okassayāmahaṁ; Padīpasseva nibbānaṁ, vimok
# テーリーガーター 5・10 パターチャーラー長老尼の偈
鋤もて田を耕し、
大地に種子を播き、
妻子を養いながら、
若者たちは富を得る。
されば、わたしは戒(シーラ)を具え、
師の教えに従い行じ、
懈怠なく、高ぶりなく——
なにゆえ涅槃(ニッバーナ)を得られぬのか。
足を洗い終えて、
水のゆくえに目を注ぐ——
高きところより低きところへと
流れ下る足洗いの水を。
その水を見て、
わたしは心を定めた(三昧に入った)、
よく調えられた駿馬のように。
やがて燈火を取り上げ、
わたしは精舎(ヴィハーラ)に入った。
臥処を見わたしてから、
寝台の上に腰を下ろした。
そして針を手に取り、
灯心を引き下ろしたその時——
燈明の炎の消えるがごとく、
心の解脱(ヴィモッカ)は成就した。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
仕事
vinaya
趣旨一致
中
Sace saddhivihārikassa cīvaraṁ dhovitabbaṁ hoti, upajjhāyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ dhoveyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho saddhivihārikassa cīvaraṁ dhoviyethāti. Sace saddhivihārikassa cīvaraṁ kātabbaṁ hoti, upajjhāyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ kareyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho saddhivihārikassa cīvaraṁ kariyethāti. Sace saddhivihārikassa rajanaṁ pacitabbaṁ hoti, upajjhāyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ paceyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho saddhivihārikassa rajanaṁ paciyethāti. Sace saddhivihārikassa cīvaraṁ rajitabbaṁ hoti, upajjhāyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ rajeyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho saddhivihārikassa cīvaraṁ rajiyethāti. Cīvaraṁ rajantena sādhukaṁ samparivattakaṁ samparivattakaṁ rajitabbaṁ, na ca acchinne theve pakkamitabbaṁ. Sace saddhivihāriko gilāno hoti, yāvajīvaṁ upaṭṭhātabbo, vuṭṭhānamassa āgametabbaṁ.
もし同住弟子(サッディウィハーリカ)の衣(チーワラ)を洗うべき場合には、和尚(ウパッジャーヤ)はこのように洗うがよいと教示すべきであり、あるいは「いかにして同住弟子の衣が洗われるであろうか」と配慮すべきである。もし同住弟子の衣を作るべき場合には、和尚はこのように作るがよいと教示すべきであり、あるいは「いかにして同住弟子の衣が作られるであろうか」と配慮すべきである。もし同住弟子の染料(ラジャナ)を煮るべき場合には、和尚はこのように煮るがよいと教示すべきであり、あるいは「いかにして同住弟子の染料が煮られるであろうか」と配慮すべきである。もし同住弟子の衣を染めるべき場合には、和尚はこのように染めるがよいと教示すべきであり、あるいは「いかにして同住弟子の衣が染められるであろうか」と配慮すべきである。衣を染めるにあたっては、よく丁寧に繰り返し繰り返し染めるべきであり、液が乾かぬうちに立ち去ってはならない。もし同住弟子が病(ギラーナ)を得た場合には、命の続く限り看病すべきであり、その病癒えるのを待ち望むべきである。
仕事
vinaya
趣旨一致
中
“bahukārā kho me pañcavaggiyā bhikkhū, ye maṁ padhānapahitattaṁ upaṭṭhahiṁsu; yannūnāhaṁ pañcavaggiyānaṁ bhikkhūnaṁ paṭhamaṁ dhammaṁ deseyyan”ti. “kahaṁ nu kho etarahi pañcavaggiyā bhikkhū viharantī”ti? Addasā kho bhagavā dibbena cakkhunā visuddhena atikkantamānusakena pañcavaggiye bhikkhū bārāṇasiyaṁ viharante isipatane migadāye. Atha kho bhagavā uruvelāyaṁ yathābhirantaṁ viharitvā yena bārāṇasī tena cārikaṁ pakkāmi. Addasā kho upako ājīvako bhagavantaṁ antarā ca gayaṁ antarā ca bodhiṁ addhānamaggappaṭipannaṁ, disvāna bhagavantaṁ etadavoca— “vippasannāni kho te, āvuso, indriyāni, parisuddho chavivaṇṇo pariyodāto. Kaṁsi tvaṁ, āvuso, uddissa pabbajito? Ko vā te satthā? Kassa vā tvaṁ dhammaṁ rocesī”ti?
「五人の比丘たちは、まことに私に大きな恩恵をほどこしてくれた。精進に専念していたとき、彼らは私に仕え給してくれたのだから。さあ、まず五人の比丘たちに法(ダンマ)を説こうではないか。」
「いったい今、五人の比丘たちはどこに住んでいるのであろうか。」
世尊は、清浄にして人間の能力を超えた天眼(ディッバチャック)をもって、五人の比丘たちがバーラーナシー(波羅奈)のイシパタナ(仙人堕処)にある鹿野苑(ミガダーヤ)に住んでいるのを見た。
そこで世尊は、ウルヴェーラーにて思うがままに滞在されたのち、バーラーナシーに向かって遊行の旅に出られた。
ちょうどそのとき、アージーヴィカ(邪命外道)の修行者ウパカが、ガヤーと菩提樹の地との間の路上にて、旅を歩まれる世尊にまみえた。まみえるや、世尊にこう申し上げた。
「友よ、あなたの諸根(インドリヤ)はまことに澄み渡っており、皮膚の色は清らかに輝いております。友よ、あなたはいったい誰を目指して出家されたのですか。あなたの師はどなたですか。また、あなたはいかなる法をよしとされているのですか。」
⚠ 出家者向けの文脈
仕事
vinaya
趣旨一致
中
kinti nu kho saṅgho ācariyassa kammaṁ na kareyya, lahukāya vā pariṇāmeyyāti. Kataṁ vā panassa hoti saṅghena kammaṁ, tajjanīyaṁ vā niyassaṁ vā pabbājanīyaṁ vā paṭisāraṇīyaṁ vā ukkhepanīyaṁ vā, antevāsikena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho ācariyo sammā vatteyya, lomaṁ pāteyya, netthāraṁ vatteyya, saṅgho taṁ kammaṁ paṭippassambheyyāti. Sace ācariyassa cīvaraṁ dhovitabbaṁ hoti, antevāsikena dhovitabbaṁ, ussukkaṁ vā kātabbaṁ— kinti nu kho ācariyassa cīvaraṁ dhoviyethāti. Sace ācariyassa cīvaraṁ kātabbaṁ hoti, antevāsikena kātabbaṁ, ussukkaṁ vā kātabbaṁ— kinti nu kho ācariyassa cīvaraṁ kariyethāti. Sace ācariyassa rajanaṁ pacitabbaṁ hoti, antevāsikena pacitabbaṁ, ussukkaṁ vā kātabbaṁ— kinti nu kho ācariyassa rajanaṁ paciyethāti. Sace ācariyassa cīvaraṁ rajitabbaṁ hoti, antevāsikena rajitabbaṁ, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—
「いかにして僧伽(サンガ)が師(ācāriya)に対して羯磨(kamma)を行わぬようにできるか、あるいは軽きに転じることができるか」と。
また、すでに僧伽によって羯磨が行われているならば――すなわち、訶責(tajjanīya)、依止(niyassa)、駆出(pabbājanīya)、悔過(paṭisāraṇīya)、挙罪(ukkhepanīya)のいずれかが科せられているならば――弟子(antevāsika)は努力を尽くすべきである。「いかにして師が正しく振る舞い、毛を伏し、出離の道を歩み、僧伽がその羯磨を解除してくださるか」と。
もし師の衣(cīvara)を洗わねばならぬときは、弟子がこれを洗うべく、あるいは努力すべきである――「いかにして師の衣が洗われるか」と。
もし師の衣を縫わねばならぬときは、弟子がこれを縫うべく、あるいは努力すべきである――「いかにして師の衣が縫われるか」と。
もし師のために染料(rajana)を煮ねばならぬときは、弟子がこれを煮るべく、あるいは努力すべきである――「いかにして師のために染料が煮られるか」と。
もし師の衣を染めねばならぬときは、弟子がこれを染めるべく、あるいは努力すべきである――
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
仕事
vinaya
趣旨一致
中
Jitā me pāpakā dhammā, tasmāhamupaka jino”ti. Evaṁ vutte, upako ājīvako hupeyyapāvusoti vatvā sīsaṁ okampetvā ummaggaṁ gahetvā pakkāmi. Atha kho bhagavā anupubbena cārikaṁ caramāno yena bārāṇasī isipatanaṁ migadāyo, yena pañcavaggiyā bhikkhū tenupasaṅkami. Addasaṁsu kho pañcavaggiyā bhikkhū bhagavantaṁ dūratova āgacchantaṁ; disvāna aññamaññaṁ katikaṁ saṇṭhapesuṁ— “ayaṁ, āvuso, samaṇo gotamo āgacchati, bāhulliko padhānavibbhanto āvatto bāhullāya. So neva abhivādetabbo, na paccuṭṭhātabbo, nāssa pattacīvaraṁ paṭiggahetabbaṁ; api ca kho āsanaṁ ṭhapetabbaṁ, sace so ākaṅkhissati nisīdissatī”ti. Yathā yathā kho bhagavā pañcavaggiye bhikkhū upasaṅkamati tathā tathā pañcavaggiyā bhikkhū nāsakkhiṁsu sakāya katikāya saṇṭhātuṁ.
「われは悪しき法(ダンマ)を征服した。それゆえ、ウパカよ、われは勝者(ジナ)である」と。
かく言われたとき、アージーヴィカの行者ウパカは「そうかもしれませんな、友よ」と言って、頭を横に振り、わき道へと入り、立ち去ってしまった。
そこで世尊(バガヴァント)は、次第に遊行しながら、バーラーナシーのイシパタナにある鹿野苑(ミガダーヤ)へと、五人組の比丘(パンチャヴァッギヤ・ビック)たちのもとに近づいて行かれた。
五人組の比丘たちは、世尊がはるか遠くからやって来られるのを見た。見てから、互いに申し合わせをした。「友よ、あの沙門ゴータマがやって来る。あの方は豊かな暮らしを求め、精進を捨て、ぜいたくに戻ってしまった者だ。だから、礼拝してはならない。立ち迎えてはならない。鉢と衣(パッタチーヴァラ)を受け取ってはならない。ただし、座席だけは設けておこう。もし望むならば、そこに座るであろうから」と。
しかるに世尊が五人組の比丘たちへと近づいて行かれるにつれて、五人組の比丘たちは、自分たちの申し合わせを守り通すことができなかった。
⚠ 出家者向けの文脈
仕事
vinaya
趣旨一致
中
kinti nu kho ācariyassa cīvaraṁ rajiyethāti. Cīvaraṁ rajantena sādhukaṁ samparivattakaṁ samparivattakaṁ rajitabbaṁ, na ca acchinne theve pakkamitabbaṁ. Na ācariyaṁ anāpucchā ekaccassa patto dātabbo, na ekaccassa patto paṭiggahetabbo; na ekaccassa cīvaraṁ dātabbaṁ, na ekaccassa cīvaraṁ paṭiggahetabbaṁ; na ekaccassa parikkhāro dātabbo, na ekaccassa parikkhāro paṭiggahetabbo; na ekaccassa kesā cheditabbā, na ekaccena kesā chedāpetabbā; na ekaccassa parikammaṁ kātabbaṁ, na ekaccena parikammaṁ kārāpetabbaṁ; na ekaccassa veyyāvacco kātabbo, na ekaccena veyyāvacco kārāpetabbo; na ekaccassa pacchāsamaṇena hotabbaṁ, na ekacco pacchāsamaṇo ādātabbo; na ekaccassa piṇḍapāto nīharitabbo, na ekaccena piṇḍapāto nīharāpetabbo;
「いかにして師の衣(チーヴァラ)を染めるべきか」と。衣を染めるに際しては、丁寧に繰り返し繰り返し染めるべきであり、染め終わらぬうちに立ち去ってはならない。
師(ācariya)の許可なく、みだりに他の者に鉢(パッタ)を与えてはならず、みだりに他の者から鉢を受け取ってはならない。みだりに他の者に衣を与えてはならず、みだりに他の者から衣を受け取ってはならない。みだりに他の者に資具(パリッカーラ)を与えてはならず、みだりに他の者から資具を受け取ってはならない。みだりに他の者の髪を剃ってはならず、みだりに他の者に自らの髪を剃らせてはならない。みだりに他の者のために身の回りの世話(パリカンマ)をしてはならず、みだりに他の者に自らの世話をさせてはならない。みだりに他の者のために奉仕(ヴェッヤーヴァッチャ)をしてはならず、みだりに他の者に自らへの奉仕をさせてはならない。みだりに他の者の後侍沙弥(パッチャーサマナ)となってはならず、みだりに他の者を後侍沙弥として従えてはならない。みだりに他の者のために托鉢食(ピンダパータ)を運び出してはならず、みだりに他の者に自らの托鉢食を運び出させてはならない。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
仕事
vinaya
趣旨一致
中
kinti nu kho antevāsikassa patto uppajjiyethāti. Sace ācariyassa cīvaraṁ hoti, antevāsikassa cīvaraṁ na hoti, ācariyena antevāsikassa cīvaraṁ dātabbaṁ, ussukkaṁ vā kātabbaṁ— kinti nu kho antevāsikassa cīvaraṁ uppajjiyethāti. Sace ācariyassa parikkhāro hoti, antevāsikassa parikkhāro na hoti, ācariyena antevāsikassa parikkhāro dātabbo, ussukkaṁ vā kātabbaṁ— kinti nu kho antevāsikassa parikkhāro uppajjiyethāti. Sace antevāsiko gilāno hoti, kālasseva uṭṭhāya dantakaṭṭhaṁ dātabbaṁ, mukhodakaṁ dātabbaṁ, āsanaṁ paññapetabbaṁ. Sace yāgu hoti, bhājanaṁ dhovitvā yāgu upanāmetabbā. Yāguṁ pītassa udakaṁ datvā bhājanaṁ paṭiggahetvā nīcaṁ katvā sādhukaṁ appaṭighaṁsantena dhovitvā paṭisāmetabbaṁ. Antevāsikamhi vuṭṭhite āsanaṁ uddharitabbaṁ.
「いかにして弟子(弟子=アンテーヴァーシカ)に鉢が得られるであろうか」と、よく心を砕くべきである。
もし師(アーチャリヤ)に衣(チーヴァラ)があり、弟子に衣がなければ、師は弟子に衣を与えるべきである。あるいは、「いかにして弟子に衣が得られるであろうか」と、精励努力すべきである。もし師に資具(パリッカーラ)があり、弟子に資具がなければ、師は弟子に資具を与えるべきである。あるいは、「いかにして弟子に資具が得られるであろうか」と、精励努力すべきである。
もし弟子が病(ギラーナ)のときは、早朝に起きて歯木(ダンタカッタ)を与え、洗口の水を与え、座(アーサナ)を整えるべきである。もし粥(ヤーグ)があれば、器を洗って粥を差し出すべきである。粥を飲み終えた者に水を与え、器を受け取って低く構え、よく丁寧に、こすりすぎることなく洗い、しかるべき場所に収めるべきである。弟子が床より起き上がったならば、座を片づけるべきである。
仕事
vinaya
趣旨一致
中
kinti nu kho saṅgho antevāsikassa parivāsaṁ dadeyyāti. Sace antevāsiko mūlāyapaṭikassanāraho hoti, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikaṁ mūlāya paṭikasseyyāti. Sace antevāsiko mānattāraho hoti, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikassa mānattaṁ dadeyyāti. Sace antevāsiko abbhānāraho hoti, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikaṁ abbheyyāti. Sace saṅgho antevāsikassa kammaṁ kattukāmo hoti, tajjanīyaṁ vā niyassaṁ vā pabbājanīyaṁ vā paṭisāraṇīyaṁ vā ukkhepanīyaṁ vā, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho antevāsikassa kammaṁ na kareyya, lahukāya vā pariṇāmeyyāti. Kataṁ vā panassa hoti, saṅghena kammaṁ, tajjanīyaṁ vā niyassaṁ vā pabbājanīyaṁ vā paṭisāraṇīyaṁ vā ukkhepanīyaṁ vā, ācariyena ussukkaṁ kātabbaṁ—
「いかにして僧伽(サンガ)は弟子(アンテーヴァーシカ)に別住(パリヴァーサ)を与えるべきか」と〔師は心を砕くべきである〕。もし弟子が本日治(ムーラーヤパティカッサナ)に値するならば、師は努力を尽くすべきである——「いかにして僧伽は弟子を本日治に戻すべきか」と。もし弟子が摩那埵(マーナッタ)に値するならば、師は努力を尽くすべきである——「いかにして僧伽は弟子に摩那埵を与えるべきか」と。もし弟子が出罪(アッバーナ)に値するならば、師は努力を尽くすべきである——「いかにして僧伽は弟子を出罪すべきか」と。
もし僧伽が弟子に対して、訶責(タッジャニーヤ)、依止(ニヤッサ)、駆出(パッバージャニーヤ)、悔過(パティサーラニーヤ)、挙罪(ウッケーパニーヤ)のいずれかの羯磨(カンマ)を行おうとするならば、師は努力を尽くすべきである——「いかにして僧伽は弟子に対してその羯磨を行わずにすむか、あるいはより軽い〔罰〕に転ずることができるか」と。また、僧伽がすでに弟子に対して、訶責・依止・駆出・悔過・挙罪のいずれかの羯磨を行っているならば、師は努力を尽くすべきである——
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
仕事
vinaya
趣旨一致
中
kinti nu kho antevāsiko sammā vatteyya, lomaṁ pāteyya, netthāraṁ vatteyya, saṅgho taṁ kammaṁ paṭippassambheyyāti. Sace antevāsikassa cīvaraṁ dhovitabbaṁ hoti, ācariyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ dhoveyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho antevāsikassa cīvaraṁ dhoviyethāti. Sace antevāsikassa cīvaraṁ kātabbaṁ hoti, ācariyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ kareyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho antevāsikassa cīvaraṁ kariyethāti. Sace antevāsikassa rajanaṁ pacitabbaṁ hoti, ācariyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ paceyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho antevāsikassa rajanaṁ paciyethāti. Sace antevāsikassa cīvaraṁ rajitabbaṁ hoti, ācariyena ācikkhitabbaṁ—evaṁ rajeyyāsīti, ussukkaṁ vā kātabbaṁ—kinti nu kho antevāsikassa cīvaraṁ rajiyethāti. Cīvaraṁ rajantena sādhukaṁ samparivattakaṁ samparivattakaṁ rajitabbaṁ.
「いかにして弟子(アンテーヴァーシカ)が正しく行動し、毛を落とし、解脱へと導かれ、僧伽(サンガ)がその羯磨(カンマ)を鎮静させるであろうか」と。
もし弟子の衣(チーヴァラ)を洗濯すべき場合には、和尚(アーチャリヤ)によって告げられるべきである――「このように洗うがよい」と。あるいは努力がなされるべきである――「いかにして弟子の衣が洗われるであろうか」と。
もし弟子の衣を仕立てるべき場合には、和尚によって告げられるべきである――「このように仕立てるがよい」と。あるいは努力がなされるべきである――「いかにして弟子の衣が仕立てられるであろうか」と。
もし弟子のために染料(ラジャナ)を煎じるべき場合には、和尚によって告げられるべきである――「このように煎じるがよい」と。あるいは努力がなされるべきである――「いかにして弟子のために染料が煎じられるであろうか」と。
もし弟子の衣を染めるべき場合には、和尚によって告げられるべきである――「このように染めるがよい」と。あるいは努力がなされるべきである――「いかにして弟子の衣が染められるであろうか」と。衣を染めるにあたっては、丁寧に繰り返し繰り返し染めるべきである。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
仕事
vinaya
趣旨一致
中
ujjhāyanti ca pesalā. Paṭisāmetvā thaketvā, āpucchitvāva pakkame; Bhikkhu vā sāmaṇero vā, ārāmiko upāsako. Pāsāṇakesu ca puñjaṁ, paṭisāme thakeyya ca; Sace ussahati ussukkaṁ, anovasse tatheva ca. Sabbo ovassati gāmaṁ,
戒行清浄なる者たちもまた、不満を抱く。
片付け、覆いをして、
暇を告げてから立ち去るべし——
比丘(びく)であれ、沙弥(しゃみ)であれ、
寺男(ārāmika)であれ、優婆塞(うばそく)であれ。
石畳の上に積まれたものは、
片付け、また覆いをなすべし。
もし精進して努める力があるならば、
雨の降らぬ間も、またそのようにせよ。
雨はすべて村に降り注ぐ——
⚠ 出家者向けの文脈
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)