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💬 AIブッダに相談
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偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 350
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
死
vinaya
趣旨一致
中
“Evaṁ, ayye”ti kho so dovāriko sālavatiyā gaṇikāya paccassosi. Atha kho sālavatī gaṇikā tassa gabbhassa paripākamanvāya puttaṁ vijāyi. Atha kho sālavatī gaṇikā dāsiṁ āṇāpesi— “handa, je, imaṁ dārakaṁ kattarasuppe pakkhipitvā nīharitvā saṅkārakūṭe chaḍḍehī”ti. “Evaṁ, ayye”ti kho sā dāsī sālavatiyā gaṇikāya paṭissutvā taṁ dārakaṁ kattarasuppe pakkhipitvā nīharitvā saṅkārakūṭe chaḍḍesi. Tena kho pana samayena abhayo nāma rājakumāro kālasseva rājupaṭṭhānaṁ gacchanto addasa taṁ dārakaṁ kākehi samparikiṇṇaṁ, disvāna manusse pucchi— “kiṁ etaṁ, bhaṇe, kākehi samparikiṇṇan”ti? “Dārako, devā”ti. “Jīvati, bhaṇe”ti? “Jīvati, devā”ti.
「かしこまりました、奥様」と、その門番は娼婦サーラワティーに答えた。やがてサーラワティー娼婦は、その胎児の成熟するのを待って、男児を産んだ。そこでサーラワティー娼婦は侍女に命じた——「さあ、この子をちり取りに入れて運び出し、塵芥捨て場に棄ててきなさい」と。「かしこまりました、奥様」と、その侍女はサーラワティー娼婦に答え、その男児をちり取りに入れて運び出し、塵芥捨て場に棄てた。
さてそのとき、アバヤという名の王子が、夜明け早く王への参内に向かう途中、カラスの群れに取り囲まれているその男児を見かけ、見てから人々に尋ねた——「これは何だ、カラスの群れに取り囲まれているとは」と。「赤子でございます、殿下」と。「生きているか」と。「生きております、殿下」と。
死
vinaya
趣旨一致
中
“ahaṁ kho bahuñca gaṇhāmi lahuñca gaṇhāmi suṭṭhu ca upadhāremi, gahitañca me na sammussati, satta ca me vassāni adhīyantassa, nayimassa sippassa anto paññāyati. Kadā imassa sippassa anto paññāyissatī”ti. Atha kho jīvako komārabhacco yena so vejjo tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā taṁ vejjaṁ etadavoca— Kadā imassa sippassa anto paññāyissatī”ti? “Tena hi, bhaṇe jīvaka, khaṇittiṁ ādāya takkasilāya samantā yojanaṁ āhiṇḍitvā yaṁ kiñci abhesajjaṁ passeyyāsi taṁ āharā”ti. “Evaṁ, ācariyā”ti kho jīvako komārabhacco tassa vejjassa paṭissutvā khaṇittiṁ ādāya takkasilāya samantā yojanaṁ āhiṇḍanto na kiñci abhesajjaṁ addasa. Atha kho jīvako komārabhacco yena so vejjo tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā taṁ vejjaṁ etadavoca— “Susikkhitosi, bhaṇe jīvaka. Alaṁ te ettakaṁ jīvikāyā”ti jīvakassa komārabhaccassa parittaṁ pātheyyaṁ pādāsi. Atha kho jīvako komārabhacco taṁ parittaṁ pātheyyaṁ ādāya yena rājagahaṁ tena pakkāmi.
「私はよく記憶し、また速やかに記憶し、かつ十分に理解する。記憶したことは忘れることがなく、七年学んでいながら、この術(シッパ)の果ては見えぬ。いつになればこの術の果てが見えるであろうか」と。
そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャは、その医師のもとに近づき、近づいてその医師にこのように言った。
「いつになればこの術の果てが見えるのでしょうか」と。
「では、ジーヴァカよ、鍬(カニッティ)を持ってタッカシラーの四方一ヨージャナを歩き回り、薬にならぬものを見つけたならば、それを持ってきなさい」と。
「わかりました、師よ」と、ジーヴァカ・コーマーラバッチャはその医師に答え、鍬を持ってタッカシラーの四方一ヨージャナを歩き回ったが、薬にならぬものは何も見つからなかった。
そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャはその医師のもとに戻り、近づいてその医師にこのように言った。
「薬にならぬものは何も見つかりませんでした」と。
「ジーヴァカよ、そなたはよく学んだ。これだけあれば生きていくには十分である」と言って、ジーヴァカ・コーマーラバッチャに少しばかりの路銀(パーテッヤ)を与えた。
そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャはその少しばかりの路銀を持って、ラージャガハへと旅立った。
死
vinaya
趣旨一致
中
Yo āropeyya, āpatti dukkaṭassa. Anujānāmi, bhikkhave, sakāya niruttiyā buddhavacanaṁ pariyāpuṇitun”ti. Tena kho pana samayena chabbaggiyā bhikkhū lokāyataṁ pariyāpuṇanti. Manussā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “seyyathāpi gihī kāmabhogino”ti. Assosuṁ kho bhikkhū tesaṁ manussānaṁ ujjhāyantānaṁ khiyyantānaṁ vipācentānaṁ. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Api nu kho, bhikkhave, lokāyate sāradassāvī imasmiṁ dhammavinaye vuddhiṁ viruḷhiṁ vepullaṁ āpajjeyyā”ti? “Imasmiṁ vā pana dhammavinaye sāradassāvī lokāyataṁ pariyāpuṇeyyā”ti? “Na, bhikkhave, lokāyataṁ pariyāpuṇitabbaṁ.
「〔誦を〕昇読せしめた者は、悪作(dukkaṭa)の罪を犯す。比丘たちよ、わたしは許す——それぞれ自己の方言(sakā nirutti)をもって仏の言葉(buddhavacana)を学誦することを。」
さてそのころ、六群比丘(chabbaggiyā bhikkhū)たちは世論書(lokāyata)を学誦していた。人々はこれを憤り、そしり、非難した——「まるで在家の欲楽に耽る者どもと同じではないか」と。比丘たちはその人々の憤り、そしり、非難する声を耳にした。そこで比丘たちは、この事のいきさつを世尊に申し上げた。
「比丘たちよ、世論書(lokāyata)に真髄を見る者が、この法と律(dhammavinaya)において増長し、成長し、充実に達することがあろうか。あるいはまた、この法と律において真髄を見る者が、世論書を学誦するであろうか。」
「比丘たちよ、世論書は学誦すべきではない。」
⚠ 出家者向けの文脈
死
vinaya
趣旨一致
中
Yo pariyāpuṇeyya, āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena chabbaggiyā bhikkhū lokāyataṁ vācenti. Manussā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “seyyathāpi gihī kāmabhogino”ti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Na, bhikkhave, lokāyataṁ vācetabbaṁ. Yo vāceyya, āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena chabbaggiyā bhikkhū tiracchānavijjaṁ pariyāpuṇanti. Manussā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “seyyathāpi gihī kāmabhogino”ti.
「〔それを〕誦習する者は、悪作(dukkaṭa)の罪を犯す」と。
さてそのころ、六群比丘(chabbaggiyā bhikkhū)たちが世俗の弁論術(lokāyata)を〔人々に〕教えていた。人々はこれを憤り、そしり、非難した。「まるで在家の欲楽を享受する者どものようだ」と。人々はこの事柄を世尊に申し上げた。〔世尊は言われた。〕「比丘たちよ、世俗の弁論術を教えてはならない。教える者は、悪作の罪を犯す」と。
さてそのころ、六群比丘たちが禽獣の知術(tiracchānavijjā)を修得していた。人々はこれを憤り、そしり、非難した。「まるで在家の欲楽を享受する者どものようだ」と。
⚠ 出家者向けの文脈
死
vinaya
趣旨一致
中
“jīvatu, bhante, bhagavā; Tena saddena dhammakathā antarā ahosi. Atha kho bhagavā bhikkhū āmantesi— “api nu kho, bhikkhave, khipite ‘jīvā’ti vutto tappaccayā jīveyya vā mareyya vā”ti? “Na, bhikkhave, khipite ‘jīvā’ti vattabbo. Yo vadeyya, āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena manussā bhikkhūnaṁ khipite “jīvatha, bhante”ti vadanti. Bhikkhū kukkuccāyantā nālapanti. Manussā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma samaṇā sakyaputtiyā ‘jīvatha, bhante’ti vuccamānā nālapissantī”ti.
「世尊よ、長生きなさいますように」と声をかけられたとき、ちょうどその声によって法話(ダンマカター)が中断されてしまった。そこで世尊は比丘たちに告げられた。
「比丘たちよ、くしゃみをしたとき『長生きせよ』と言われたとして、そのことが縁となって、その者は長生きするであろうか、あるいは死ぬであろうか」と。
「比丘たちよ、くしゃみをしたとき『長生きせよ』と言うべきではない。もし言う者があれば、突吉羅(ドゥッカタ)の罪を犯すことになる」と。
さてそのころ、在家の人々は比丘たちがくしゃみをすると「長生きなさいますように、尊者よ」と声をかけていた。比丘たちは戒めを守ることを慮(おもんぱか)り、応じようとしなかった。人々はこれを見て不満を言い、そしりそれを言いふらした。「どうしてサキャ族の沙門たちは、『長生きなさいますように、尊者よ』と言われながら、応じようとしないのであろうか」と。
⚠ 出家者向けの文脈
死
vinaya
趣旨一致
中
4. Rājagahaseṭṭhivatthu Tena kho pana samayena rājagahakassa seṭṭhissa sattavassiko sīsābādho hoti. Bahū mahantā mahantā disāpāmokkhā vejjā āgantvā nāsakkhiṁsu arogaṁ kātuṁ. Bahuṁ hiraññaṁ ādāya agamaṁsu. Api ca vejjehi paccakkhāto hoti. Ekacce vejjā evamāhaṁsu— “pañcamaṁ divasaṁ seṭṭhi gahapati kālaṁ karissatī”ti. “sattamaṁ divasaṁ seṭṭhi gahapati kālaṁ karissatī”ti. Atha kho rājagahakassa negamassa etadahosi— “ayaṁ kho seṭṭhi gahapati bahūpakāro rañño ceva negamassa ca.
四 王舎城の長者の因縁
そのとき、王舎城の長者(セッティ)に、七年来の頭の病があった。各地から名高い多くの医師たちが訪れたが、誰一人として癒すことができなかった。多くの金銀財宝を受け取りながら、去っていった。しかもその上、医師たちから見放されていた。ある医師たちはこう言った。「五日目に、長者(セッティ)たる居士(ガハパティ)は命終(カーラṃ カリッサティ)するであろう」と。またある者たちは「七日目に、長者たる居士は命終するであろう」と言った。
そこで、王舎城の市民たちにこのような思いが起こった。「この長者たる居士は、王にとっても、また市民たちにとっても、多大な恩恵をもたらしてくださった方である。
死
vinaya
趣旨一致
中
“Sakkhissasi pana tvaṁ, gahapati, dutiyena passena sattamāse nipajjitun”ti? “Sakkhissasi pana tvaṁ, gahapati, uttāno sattamāse nipajjitun”ti? Atha kho jīvako komārabhacco seṭṭhiṁ gahapatiṁ mañcake nipātetvā mañcake sambandhitvā sīsacchaviṁ uppāṭetvā sibbiniṁ vināmetvā dve pāṇake nīharitvā mahājanassa dassesi— “passathayye, ime dve pāṇake, ekaṁ khuddakaṁ ekaṁ mahallakaṁ. Ye te ācariyā evamāhaṁsu— ‘pañcamaṁ divasaṁ seṭṭhi gahapati kālaṁ karissatī’ti— tehāyaṁ mahallako pāṇako diṭṭho. Pañcamaṁ divasaṁ seṭṭhissa gahapatissa matthaluṅgaṁ pariyādiyissati. Matthaluṅgassa pariyādānā seṭṭhi gahapati kālaṁ karissati. Sudiṭṭho tehi ācariyehi.
「では、長者よ、汝は七ヶ月の間、右脇を下にして横たわることができるか」と。「では、長者よ、汝は七ヶ月の間、仰向けに横たわることができるか」と。
かくてジーヴァカ・コーマーラバッチャは、長者セッティをベッドに横たえ、ベッドに縛り付けて、頭部の皮膚を切り開き、縫合針を回し入れて、二匹の虫を取り出し、大勢の人々に示して言った。
「皆の衆よ、ご覧なされ。この二匹の虫を。一匹は小さく、一匹は大きい。かの師たちが『長者セッティは五日目に死を迎えるであろう』と言ったのは、この大きい虫のことを見てのことである。五日目には、この虫が長者セッティの脳髄を食い尽くすであろう。脳髄が食い尽くされることによって、長者セッティは死を迎えるであろう。かの師たちの診立ては、まことに正しかったのである。
死
vinaya
趣旨一致
中
Ye te ācariyā evamāhaṁsu— ‘sattamaṁ divasaṁ seṭṭhi gahapati kālaṁ karissatī’ti— tehāyaṁ khuddako pāṇako diṭṭho. Sattamaṁ divasaṁ seṭṭhissa gahapatissa matthaluṅgaṁ pariyādiyissati. Matthaluṅgassa pariyādānā seṭṭhi gahapati kālaṁ karissati. Sudiṭṭho tehi ācariyehī”ti. Sibbiniṁ sampaṭipāṭetvā sīsacchaviṁ sibbitvā ālepaṁ adāsi. Atha kho seṭṭhi gahapati sattāhassa accayena jīvakaṁ komārabhaccaṁ etadavoca— “nāhaṁ, ācariya, sakkomi ekena passena sattamāse nipajjitun”ti. “Nanu me tvaṁ, gahapati, paṭissuṇi—
「かの師匠たちは『長者セッティは七日目に命終するであろう』と言えり——その者たちにはこの小さき虫が見えたのである。七日目に、長者セッティの脳髄を食い尽くすであろう。脳髄を食い尽くされて、長者セッティは命終するであろう。かの師匠たちの見立ては正しかった」と。
〔ジーヴァカは〕縫い合わせた箇所をよく整えて、頭の皮膚を縫い合わせ、薬を塗った。
さて、長者セッティは七日が経ちて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャにこのように言った。
「師よ、私はもはや一方の脇腹で七ヶ月もの間、横になり続けることは叶いませぬ」と。
「長者よ、あなたは私に約束されたのではありませぬか——
死
vinaya
趣旨一致
中
“Saccāhaṁ, ācariya, paṭissuṇiṁ, apāhaṁ marissāmi, nāhaṁ sakkomi ekena passena sattamāse nipajjitun”ti. “Tena hi tvaṁ, gahapati, dutiyena passena sattamāse nipajjāhī”ti. Atha kho seṭṭhi gahapati sattāhassa accayena jīvakaṁ komārabhaccaṁ etadavoca— “nāhaṁ, ācariya, sakkomi dutiyena passena sattamāse nipajjitun”ti. “Nanu me tvaṁ, gahapati, paṭissuṇi— “Saccāhaṁ, ācariya, paṭissuṇiṁ, apāhaṁ marissāmi, nāhaṁ, ācariya, sakkomi dutiyena passena sattamāse nipajjitun”ti. “Tena hi tvaṁ, gahapati, uttāno sattamāse nipajjāhī”ti. Atha kho seṭṭhi gahapati sattāhassa accayena jīvakaṁ komārabhaccaṁ etadavoca— “nāhaṁ, ācariya, sakkomi uttāno sattamāse nipajjitun”ti. “Nanu me tvaṁ, gahapati, paṭissuṇi—
「先生よ、確かに私はお約束いたしました。しかし死ぬよりはましと思えばこそ——先生よ、私にはとうてい、片側を下にして七ヶ月も横になっていることはできません。」「それならば、居士よ、今度は反対の側を下にして七ヶ月横になりなさい。」
そこで長者(セッティ)たる居士は、七日が過ぎた後、ジーヴァカ・コーマーラバッチャのもとへ赴いてこう申し上げた——「先生よ、私にはとうてい、反対の側を下にして七ヶ月も横になっていることはできません。」「居士よ、あなたは私にお約束されたのではありませんか——」「先生よ、確かに約束いたしました。しかし先生よ、私にはとうてい、反対の側を下にして七ヶ月も横になっていることはできません。」「それならば、居士よ、今度は仰向けになって七ヶ月横になりなさい。」
そこで長者たる居士は、七日が過ぎた後、ジーヴァカ・コーマーラバッチャのもとへ赴いてこう申し上げた——「先生よ、私にはとうてい、仰向けになって七ヶ月も横になっていることはできません。」「居士よ、あなたは私にお約束されたのではありませんか——」
死
vinaya
趣旨一致
中
“Saccāhaṁ, ācariya, paṭissuṇiṁ, apāhaṁ marissāmi, nāhaṁ sakkomi uttāno sattamāse nipajjitun”ti. “Ahañce taṁ, gahapati, na vadeyyaṁ, ettakampi tvaṁ na nipajjeyyāsi, api ca paṭikacceva mayā ñāto— tīhi sattāhehi seṭṭhi gahapati arogo bhavissatīti. Uṭṭhehi, gahapati, arogosi. Jānāsi kiṁ me deyyadhammo”ti? “Sabbaṁ sāpateyyañca te, ācariya, hotu, ahañca te dāso”ti. “Alaṁ, gahapati, mā me tvaṁ sabbaṁ sāpateyyaṁ adāsi, mā ca me dāso. Rañño satasahassaṁ dehi, mayhaṁ satasahassan”ti. Atha kho seṭṭhi gahapati arogo samāno rañño satasahassaṁ adāsi, jīvakassa komārabhaccassa satasahassaṁ. 5. Seṭṭhiputtavatthu
「まことに、師よ、わたくしは承知いたしました。されど、わたくしは死ぬるでしょう。七ヶ月のあいだ仰向けに臥していることなど、わたくしにはとてもできませぬ。」
「長者よ、もしわたくしが申さなかったならば、そなたはこれほどの期間も臥していられなかったでしょう。しかしながら、わたくしはあらかじめ知っておったのです——三週間のうちに、長者の富豪は健康を回復されるであろう、と。さあ、立ち上がりなさい、長者よ。そなたはすでに健やかであられる。わたくしへの謝礼として何を与えてくださるか、お心得でありますか。」
「師よ、わたくしの財産のすべてをお受け取りください。また、わたくし自身もあなたの僕(しもべ)となりましょう。」
「長者よ、よろしい。されど、財産のすべてをわたくしに与えることも、わたくしの僕となることも、無用でございます。王に十万を献じ、わたくしには十万をお与えください。」
かくして、富豪の長者は健康を回復し、王に十万を献じ、ジーヴァカ・コーマーラバッチャ(Jīvaka Komārabhacca)に十万を与えた。
五、長者の子の物語(Seṭṭhiputtavatthu)
死
vinaya
趣旨一致
中
Pabbājetu maṁ, bhante, ayyo mahākaccāno”ti. (…) “Dukkaraṁ kho, soṇa, yāvajīvaṁ ekaseyyaṁ ekabhattaṁ brahmacariyaṁ carituṁ. Iṅgha tvaṁ, soṇa, tattheva agārikabhūto buddhānaṁ sāsanaṁ anuyuñja, kālayuttaṁ ekaseyyaṁ ekabhattaṁ brahmacariyan”ti. Atha kho soṇassa upāsakassa kuṭikaṇṇassa yo ahosi pabbajjābhisaṅkhāro so paṭippassambhi. Dutiyampi kho soṇo upāsako kuṭikaṇṇo …pe… tatiyampi kho soṇo upāsako kuṭikaṇṇo yenāyasmā mahākaccāno tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā āyasmantaṁ mahākaccānaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Atha kho āyasmā mahākaccāno soṇaṁ upāsakaṁ kuṭikaṇṇaṁ pabbājesi. Tena kho pana samayena avantidakkhiṇāpatho appabhikkhuko hoti. Atha kho āyasmā mahākaccāno tiṇṇaṁ vassānaṁ accayena kicchena kasirena tato tato dasavaggaṁ bhikkhusaṅghaṁ sannipātāpetvā āyasmantaṁ soṇaṁ upasampādesi. 12. Mahākaccānassapañcavaraparidassana
「尊者よ、マハーカッチャーナ長老に、どうか私を出家させてくださいますようお願い申し上げます」と。(……)「ソーナよ、生涯にわたり独臥(どくが)・一食・梵行(ぼんぎょう)を修めることは、まことに難きことである。さあ、ソーナよ、そなたはそのまま在家のままで仏陀の教えに励み、時宜にかなって独臥・一食・梵行を修めるがよい」と。
そこで優婆塞(うばそく)クティカンナのソーナに生じていた出家への意欲は、いったん静まった。
二度目もまた、優婆塞ソーナ・クティカンナは……乃至……三度目もまた、優婆塞ソーナ・クティカンナはマハーカッチャーナ尊者のもとに赴き、尊者マハーカッチャーナを礼拝して、かたわらに坐した。
そこで尊者マハーカッチャーナは、優婆塞ソーナ・クティカンナを出家させた。
さてそのころ、アヴァンティの南方地方は比丘の数が乏しかった。そこで尊者マハーカッチャーナは、三年の歳月を経て、労苦のすえようやく方々から十人衆(じゅうにんしゅ)の比丘僧伽(びくさんが)を集め、尊者ソーナに具足戒(ぐそくかい)を授けた。
――マハーカッチャーナへの五つの願いの開示――
⚠ 出家者向けの文脈
死
vinaya
趣旨一致
中
22. Nissayapaṭippassaddhikathā Tena kho pana samayena bhikkhū ācariyupajjhāyesu pakkantesupi vibbhantesupi kālaṅkatesupi pakkhasaṅkantesupi nissayapaṭippassaddhiyo na jānanti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Pañcimā, bhikkhave, nissayapaṭippassaddhiyo upajjhāyamhā— upajjhāyo pakkanto vā hoti, vibbhanto vā, kālaṅkato vā, pakkhasaṅkanto vā, āṇattiyeva pañcamī. Chayimā, bhikkhave, nissayapaṭippassaddhiyo ācariyamhā— ācariyo pakkanto vā hoti, vibbhanto vā, kālaṅkato vā, pakkhasaṅkanto vā, āṇattiyeva pañcamī, upajjhāyena vā samodhānagato hoti. Nissayapaṭippassaddhikathā niṭṭhitā. 23. Upasampādetabbapañcaka Pañcahi, bhikkhave, aṅgehi samannāgatena bhikkhunā na upasampādetabbaṁ, na nissayo dātabbo, na sāmaṇero upaṭṭhāpetabbo.
さてその時、比丘たちは、和尚(アーチャリヤ)や親教師(ウパッジャーヤ)が去り離れた場合にも、還俗した場合にも、命終した場合にも、他派に転じた場合にも、依止(ニッサヤ)の解除をいかにすべきかを知らなかった。かれらは世尊にこの事柄を申し上げた。
「比丘たちよ、親教師(ウパッジャーヤ)からの依止解除には五つがある。すなわち、親教師が去り離れた場合、還俗した場合、命終した場合、他派に転じた場合、そして第五として命令によるものである。
比丘たちよ、和尚(アーチャリヤ)からの依止解除には六つがある。すなわち、和尚が去り離れた場合、還俗した場合、命終した場合、他派に転じた場合、第五として命令によるもの、そして第六として親教師のもとに合流した場合である。」
依止解除の話 おわり。
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「比丘たちよ、五つの特質をそなえた比丘は、具足戒(ウパサンパダー)を授けてはならず、依止を与えてはならず、沙弥(サーマネーラ)を侍者として置いてはならない。
⚠ 出家者向けの文脈
死
vinaya
趣旨一致
中
sambuddhena pakāsitaṁ; Daṭṭhabbā paṭikātabbā, nissajjetā na vijjati. Tassa ukkhepanā kammā, satta honti adhammikā; Āpannaṁ anuvattantaṁ, satta tepi adhammikā. Āpannaṁ nānuvattantaṁ, satta kammā sudhammikā; Sammukhā paṭipucchā ca,
正等覚者(sambuddha)によって説き示されたものである。見られ、悔い改められるべきものであり、捨てる者は存在しない。その者への挙罪羯磨(ukkhepanā kamma)は、七つの非法(adhammika)なるものがある。罪過に陥った者に随順する場合も、またその七つは非法なるものである。罪過に陥った者に随順しない場合、七つの羯磨は正法(sudhamma)なるものである。面前での問答(sammukhā paṭipucchā)もまたしかりである。
死
vinaya
趣旨一致
中
“na, bhikkhave, pañcahi ābādhehi phuṭṭho pabbājetabbo. Yo pabbājeyya, āpatti dukkaṭassā”ti. 27. Rājabhaṭavatthu Tena kho pana samayena rañño māgadhassa seniyassa bimbisārassa paccanto kupito hoti. Atha kho rājā māgadho seniyo bimbisāro senānāyake mahāmatte āṇāpesi— “gacchatha, bhaṇe, paccantaṁ uccinathā”ti. “Evaṁ, devā”ti kho senānāyakā mahāmattā rañño māgadhassa seniyassa bimbisārassa paccassosuṁ. Atha kho abhiññātānaṁ abhiññātānaṁ yodhānaṁ etadahosi— “mayaṁ kho yuddhābhinandino gacchantā pāpañca karoma, bahuñca apuññaṁ pasavāma. Kena nu kho mayaṁ upāyena pāpā ca virameyyāma kalyāṇañca kareyyāmā”ti?
「比丘たちよ、五種の病(ābādha)に冒された者を出家させてはならない。もし出家させるならば、悪作罪(dukkaṭa)となる。」
さてそのころ、マガダ国王セーニヤ・ビンビサーラ(Seniyo Bimbisāra)の辺境の地において、叛乱が起きた。そこでマガダ国王セーニヤ・ビンビサーラは、軍の司令官たる大臣たちに命じた。
「卿らよ、行って辺境の地を平定せよ。」
「御意にございます、陛下。」
と、軍の司令官たる大臣たちはマガダ国王セーニヤ・ビンビサーラの命を奉じた。
そのとき、名の知られた勇士たちの心に、かくのごとき思いが起こった。
「われらは戦いを喜びとして出陣し、悪を犯し、数多の罪(apuñña)を積み重ねている。いかなる方便(upāya)によって、われらは悪より離れ、善(kalyāṇa)を行うことができるであろうか。」
⚠ 初学者には難しい
死
vinaya
趣旨一致
中
Atha kho tesaṁ yodhānaṁ etadahosi— “ime kho samaṇā sakyaputtiyā dhammacārino samacārino brahmacārino saccavādino sīlavanto kalyāṇadhammā. Sace kho mayaṁ samaṇesu sakyaputtiyesu pabbajeyyāma, evaṁ mayaṁ pāpā ca virameyyāma kalyāṇañca kareyyāmā”ti. Atha kho te yodhā bhikkhū upasaṅkamitvā pabbajjaṁ yāciṁsu. Te bhikkhū pabbājesuṁ, upasampādesuṁ. Senānāyakā mahāmattā rājabhaṭe pucchiṁsu— “kiṁ nu kho, bhaṇe, itthannāmo ca itthannāmo ca yodhā na dissantī”ti? “Itthannāmo ca itthannāmo ca, sāmi, yodhā bhikkhūsu pabbajitā”ti. Senānāyakā mahāmattā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma samaṇā sakyaputtiyā rājabhaṭaṁ pabbājessantī”ti.
そのとき、かの兵士たちの心にかくの如き思いが起こった。——「この釈迦の子らなる沙門(さもん)たちは、まことに法(ダンマ)に従って生き、善く行いを整え、梵行(ぼんぎょう)を修め、真実を語り、戒(かい)を守り、善き法を具えた人々である。もし我らがこの釈迦の子らなる沙門たちのもとに出家するならば、かくして我らは悪を離れ、善をも行うことができようぞ」と。そこでかの兵士たちは比丘たちのもとに近づき、出家を願い求めた。比丘たちは彼らを出家させ、具足戒(ぐそくかい)を授けた。
ところが将軍たちや高官たちが王の兵士たちに問うた。——「おい、それがしとそれがしという兵士たちの姿が見えぬが、いかなることか」と。「殿、それがしとそれがしという兵士たちは、比丘たちのもとに出家いたしました」と。将軍たちや高官たちは憤慨し、そしりののしって言った。——「いかなることぞ、釈迦の子らなる沙門たちが王に仕える者を出家させるとは」と。
⚠ 出家者向けの文脈,初学者には難しい
死
vinaya
趣旨一致
中
mañjiṭṭhakaṇhacīvarā. Mahāraṅgamahānāma- acchinnā dīghameva ca; Pupphaphalakañcukañca, tirīṭakañca dhārayuṁ. Bhikkhunī sikkhamānāya, sāmaṇerāya accaye; Niyyādite parikkhāre, bhikkhuniyova issarā. Bhikkhussa sāmaṇerassa,
茜染めの黒衣(こくえ)を纏い、大いなる染料にて染められ、
断ち切られることなく長く続き、
花と果実の模様ある衣と、
ティリータカ(tirīṭaka)の衣をも着用した。
比丘尼の、式叉摩那(しきしゃまな)または沙弥尼(しゃみに)の命終の後、
その資具(しぐ)が委ねられたならば、
比丘尼たちのみがその主(あるじ)となる。
比丘の、沙弥(しゃみ)の〔命終の後は〕……
⚠ 出家者向けの文脈
死
vinaya
趣旨一致
中
“gaccha, je. Ārāmaṁ gantvā kālaṁ ārocehi—kālo, bhante, niṭṭhitaṁ bhattan”ti. Atha kho te bhikkhū gattāni sītiṁ karitvā kallakāyā cīvarāni gahetvā yathāvihāraṁ pavisiṁsu. Atha kho sā dāsī ārāmaṁ gantvā bhikkhū apassantī— “natthi ārāme bhikkhū, suñño ārāmo”ti— yena visākhā migāramātā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā visākhaṁ migāramātaraṁ etadavoca— Atha kho visākhāya migāramātuyā paṇḍitāya viyattāya medhāviniyā etadahosi— “gaccha, je. Ārāmaṁ gantvā kālaṁ ārocehi—kālo, bhante, niṭṭhitaṁ bhattan”ti. Atha kho bhagavā bhikkhū āmantesi— “sandahatha, bhikkhave, pattacīvaraṁ; kālo bhattassā”ti. “Evaṁ, bhante”ti kho te bhikkhū bhagavato paccassosuṁ.
「行きなさい、娘よ。精舎に行って時刻を告げなさい——『尊者よ、時刻となりました。食事の用意が整いました』と」
そこで彼の比丘たちは、身体を冷やし、体調を整えてから、衣(チーヴァラ)を取って、それぞれの住房に入っていった。
そのとき、かの女奴婢は精舎に行ったが、比丘たちの姿が見えない。「精舎に比丘たちはいない、精舎は空である」と思い、ヴィサーカー・ミガーラマーター(鹿子母・毘舎佉)のもとに近づいた。近づいてから、ヴィサーカー・ミガーラマーターにこのように言った——
そこでヴィサーカー・ミガーラマーターは、聡明にして明敏なる智慧者として、このように思った——
「行きなさい、娘よ。精舎に行って時刻を告げなさい——『尊者よ、時刻となりました。食事の用意が整いました』と」
そこで世尊(バガヴァ)は比丘たちに告げられた——
「比丘たちよ、鉢と衣(パッタチーヴァラ)を整えなさい。食事の時刻となった」
「かしこまりました、尊者よ」と、彼の比丘たちは世尊の言葉に従った。
⚠ 出家者向けの文脈
死
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趣旨一致
中
Tena kho pana samayena aññataraṁ kulaṁ ahivātakarogena kālaṅkataṁ hoti. Tassa pitāputtakā sesā honti. Te bhikkhūsu pabbajitvā ekatova piṇḍāya caranti. Atha kho so dārako pituno bhikkhāya dinnāya upadhāvitvā etadavoca— “mayhampi, tāta, dehi; Manussā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “abrahmacārino ime samaṇā sakyaputtiyā. Ayampi dārako bhikkhuniyā jāto”ti. Assosuṁ kho bhikkhū tesaṁ manussānaṁ ujjhāyantānaṁ khiyyantānaṁ vipācentānaṁ. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ.
そのころ、ある家族が蛇毒の病(ahivātakaroga)によって亡くなるという出来事があった。父と息子たちだけが生き残った。彼らは比丘たちのもとで出家し、ともに托鉢(piṇḍa)に歩いていた。そのとき、その幼い子が父の托鉢に施しが与えられるや、駆け寄ってこう言った。「父よ、わたしにも分けてください。」人々はこれを見て、そしり、嘲り、憤って言った。「釈迦の子(sakyaputtiya)を称するこれらの沙門(samaṇa)は、梵行(brahmacariya)を守っていない。この子どもは比丘尼(bhikkhunī)から生まれたものだ」と。比丘たちは、人々がそしり、嘲り、憤っているのを耳にした。そこで比丘たちは、この事の次第を世尊(Bhagavant)に申し上げた。
⚠ 出家者向けの文脈
死
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趣旨一致
中
Imāhaṁ, bhante, atthavasaṁ sampassamānā icchāmi saṅghassa yāvajīvaṁ gamikabhattaṁ dātuṁ. Puna caparaṁ, bhante, gilānassa bhikkhuno sappāyāni bhojanāni alabhantassa ābādho vā abhivaḍḍhissati, kālaṅkiriyā vā bhavissati. Tassa me gilānabhattaṁ bhuttassa ābādho na abhivaḍḍhissati, kālaṅkiriyā na bhavissati. Imāhaṁ, bhante, atthavasaṁ sampassamānā icchāmi saṅghassa yāvajīvaṁ gilānabhattaṁ dātuṁ. Puna caparaṁ, bhante, gilānupaṭṭhāko bhikkhu attano bhattaṁ pariyesamāno gilānassa ussūre bhattaṁ nīharissati, bhattacchedaṁ karissati. So me gilānupaṭṭhākabhattaṁ bhuñjitvā gilānassa kālena bhattaṁ nīharissati, bhattacchedaṁ na karissati. Imāhaṁ, bhante, atthavasaṁ sampassamānā icchāmi saṅghassa yāvajīvaṁ gilānupaṭṭhākabhattaṁ dātuṁ. Puna caparaṁ, bhante, gilānassa bhikkhuno sappāyāni bhesajjāni alabhantassa ābādho vā abhivaḍḍhissati, kālaṅkiriyā vā bhavissati. Tassa me gilānabhesajjaṁ paribhuttassa ābādho na abhivaḍḍhissati, kālaṅkiriyā na bhavissati. Imāhaṁ, bhante, atthavasaṁ sampassamānā icchāmi saṅghassa yāvajīvaṁ gilānabhesajjaṁ dātuṁ.
「尊師よ、私はこの意義を見てとりまして、僧伽(サンガ)に対して生涯にわたり旅行者のための食事(gamikabhatta)を施したいと願うのでございます。
また尊師よ、病める比丘が適切な食事を得られないならば、その病は増悪するか、あるいは命終(kālaṅkiriyā)に至ることもございましょう。しかし私の施す病者食(gilānabhatta)を食した者の病は増悪せず、命終に至ることもないでありましょう。この意義を見てとりまして、私は僧伽に対して生涯にわたり病者食を施したいと願うのでございます。
また尊師よ、病者の世話をする比丘が自らの食事を求めるあまり、時を過ぎて病者のもとへ食を運ぶことになり、食事の機会を失わせることもございましょう。しかし私の施す看病者食(gilānupaṭṭhākabhatta)を食した者は、時を失わず病者のもとへ食を運び、食事の機会を失わせることはないでありましょう。この意義を見てとりまして、私は僧伽に対して生涯にわたり看病者食を施したいと願うのでございます。
また尊師よ、病める比丘が適切な薬(bhesajja)を得られないならば、その病は増悪するか、あるいは命終に至ることもございましょう。しかし私の施す病者薬(gilānabhesajja)を用いた者の病は増悪せず、命終に至ることもないでありましょう。この意義を見てとりまして、私は僧伽に対して生涯にわたり病者薬を施したいと願うのでございます。」
⚠ 出家者向けの文脈
死
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中
“Na, bhikkhave, ūnapannarasavasso dārako pabbājetabbo. Yo pabbājeyya, āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena āyasmato ānandassa upaṭṭhākakulaṁ saddhaṁ pasannaṁ ahivātakarogena kālaṅkataṁ hoti, dve ca dārakā sesā honti. Te porāṇakena āciṇṇakappena bhikkhū passitvā upadhāvanti. Bhikkhū apasādenti. Atha kho āyasmato ānandassa etadahosi— “bhagavatā paññattaṁ— ‘na ūnapannarasavasso dārako pabbājetabbo’ti. Ime ca dārakā ūnapannarasavassā. Kena nu kho upāyena ime dārakā na vinasseyyun”ti?
「比丘たちよ、満十五歳に満たない童子を出家させてはならない。もし出家させる者があれば、突吉羅(dukkaṭa)の罪を犯すことになる。」
さてその頃、アーナンダ(Ānanda)尊者の世話をする在家の家族が、蛇毒の病(ahivātakaroga)によって命を終えており、二人の童子が残されていた。彼らは昔なじみの習わしのままに、比丘たちの姿を見て走り寄ってきた。しかし比丘たちは彼らを退けた。そこでアーナンダ尊者の心にこのような思いが生じた。
「世尊は『満十五歳に満たない童子を出家させてはならない』と定められた。この童子たちは満十五歳に満たない。いかなる方便(upāya)をもってすれば、この子らを滅びから救うことができるであろうか。」
⚠ 出家者向けの文脈
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)