🔖 ブックマーク機能はLINEログインで利用できます 💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 695
すべて 智慧 4354 老い 931 苦しみ 772 正念 695 怒り 356 執着 350 350 業・因果 346 幸せ 337 自己 244 人間関係 243 家族 234 不安 168 仕事 165 渇愛 147 慈悲 115 無常 111 孤独 45 43 感謝 23
vinaya 2606 中部経典 2117 長部経典 1357 相応部経典 1136 増支部経典 857 jataka 563 スッタニパータ 522 ダンマパダ(法句経) 426 テーラガーター 211 テーリーガーター 68 クッダカパータ 57 イティヴッタカ 54 ウダーナ 34 金剛経 5 維摩経 5 般若心経 4 法華経 4 涅槃経 2 AN 1
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho āyasmā sabbakāmī rattiyā paccūsasamayaṁ paccuṭṭhāya āyasmantaṁ revataṁ etadavoca— “katamena tvaṁ bhūmi vihārena etarahi bahulaṁ viharasī”ti? “Mettāvihārena kho ahaṁ, bhante, etarahi bahulaṁ viharāmī”ti. “Kullakavihārena kira tvaṁ bhūmi etarahi bahulaṁ viharasi. Kullakavihāro eso bhūmi yadidaṁ mettā”ti. “Pubbepi me, bhante, gihibhūtassa āciṇṇā mettā. Tenāhaṁ etarahipi mettāvihārena bahulaṁ viharāmi, api ca mayā cirappattaṁ arahattanti. Thero pana, bhante, katamena vihārena etarahi bahulaṁ viharatī”ti? “Suññatāvihārena kho ahaṁ bhūmi etarahi bahulaṁ viharāmī”ti. “Mahāpurisavihārena kira, bhante, thero etarahi bahulaṁ viharati.
やがて長老サッバカーミー尊者は、夜明けの頃に起き上がり、レーヴァタ尊者にこう言った。 「尊者よ、あなたは今、いかなる住(ヴィハーラ)に多く住しておられますか」 「友よ、わたしは今、慈(メッター)の住に多く住しております」 「友よ、あなたは今、筏(クッラカ)の住に多く住しておられると聞きます。慈とは、まさにこの筏の住にほかなりません」 「友よ、わたしは在家の身であった頃より、慈をつねに修めてまいりました。それゆえ今もなお慈の住に多く住しているのです。しかも阿羅漢(アラハッタ)の位には久しく達しております。では長老よ、あなたは今、いかなる住に多く住しておられますか」 「友よ、わたしは今、空(スンニャター)の住に多く住しております」 「長老よ、まことに大人(マハープリサ)の住に多く住しておられますね」
副テーマ: meditation,discipline
導線タグ: 介護,食事,依存
⚠ 初学者には難しい
正念 vinaya 趣旨一致
9.8. Paṭiññātakaraṇa Āpattādhikaraṇaṁ tīhi samathehi sammati— sammukhāvinayena ca, paṭiññātakaraṇena ca, tiṇavatthārakena ca. Siyā āpattādhikaraṇaṁ ekaṁ samathaṁ anāgamma— tiṇavatthārakaṁ, dvīhi samathehi sammeyya— sammukhāvinayena ca, paṭiññātakaraṇena cāti? Idha pana, bhikkhave, bhikkhu lahukaṁ āpattiṁ āpanno hoti. Tena, bhikkhave, bhikkhunā ekaṁ bhikkhuṁ upasaṅkamitvā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno; taṁ paṭidesemī’ti.
9.8. 自白による処理(パティンニャータカラナ)  罪事諍(アーパッターディカラナ)は、三つの滅諍法(サマタ)によって鎮められる——現前毘尼(サンムカーヴィナヤ)と、自白による処理(パティンニャータカラナ)と、如草覆地(ティナヴァッターラカ)とによってである。  ここで、比丘たちよ、罪事諍において、一つの滅諍法——すなわち如草覆地——を用いることなく、二つの滅諍法——すなわち現前毘尼と自白による処理——によって鎮められる場合があるであろうか。  比丘たちよ、ここにある比丘が、軽い罪(ラフカー・アーパッティ)を犯したとする。その比丘たちよ、かの比丘は、一人の比丘のもとに赴き、上衣(ウッタラーサンガ)を一肩にかけ、蹲踞(うずくま)りて座し、合掌して、次のように申し述べるべきである——「友よ、わたくしはかくかくの罪を犯しました。それをここに懺悔(パティデーサ)いたします」と。
副テーマ: mindfulness,relationship,self
導線タグ: 懺悔,正直に話す,罪悪感,謝罪,自己開示,対人関係,誠実さ
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Mahāpurisavihāro eso, bhante, yadidaṁ suññatā”ti. “Pubbepi me bhūmi gihibhūtassa āciṇṇā suññatā. Tenāhaṁ etarahipi suññatāvihārena bahulaṁ viharāmi, api ca mayā cirappattaṁ arahattan”ti. Ayañcarahi therānaṁ bhikkhūnaṁ antarākathā vippakatā, athāyasmā sambhūto sāṇavāsī tasmiṁ anuppatto hoti. Atha kho āyasmā sambhūto sāṇavāsī yenāyasmā sabbakāmī tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā āyasmantaṁ sabbakāmiṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. “ime, bhante, vesālikā vajjiputtakā bhikkhū vesāliyaṁ dasa vatthūni dīpenti— kappati siṅgiloṇakappo, kappati dvaṅgulakappo, kappati gāmantarakappo, kappati āvāsakappo, kappati anumatikappo, kappati āciṇṇakappo, kappati amathitakappo, kappati jaḷogiṁ, pātuṁ kappati adasakaṁ nisīdanaṁ, kappati jātarūparajatanti. Therena, bhante, upajjhāyassa mūle bahudhammo ca vinayo ca pariyatto. Therassa, bhante, dhammañca vinayañca paccavekkhantassa kathaṁ hoti? Ke nu kho dhammavādino—
「尊者よ、これこそ大人(だいにん)の住処(じゅうしょ)にほかなりません。すなわち空性(くうしょう)というものが」と。「わたくしもかつて在家の身にあった頃より、空性(suññatā)を習い修めてきた。それゆえ今もなお、空性の住(suññatāvihāra)に多く住しているのである。しかもわたくしは、久しくすでに阿羅漢果(arahatta)を証得しているのだ」と。 さて、このとき長老比丘たちの語らいが途中のままとなっていたところへ、尊者サンブータ・サーナヴァーシー(Sambhūta Sāṇavāsī)がその場に到着した。そこで尊者サンブータ・サーナヴァーシーは、尊者サッバカーミー(Sabbakāmī)のもとに近づき、近づいてから尊者サッバカーミーに礼拝して、かたわらに座した。 「尊者よ、これらヴェーサーリー(Vesālī)のヴァッジ子族(Vajjiputtaka)の比丘たちが、ヴェーサーリーにおいて十事(dasa vatthūni)を説き示しております。すなわち、塩を角器に貯えることは許容される(siṅgiloṇakappa)、二指幅の時に食することは許容される(dvaṅgulakappa)、村落の間へ行くことは許容される(gāmantarakappa)、住処の内での別食は許容される(āvāsakappa)、承認を得てのことは許容される(anumatikappa)、慣行によることは許容される(āciṇṇakappa)、撹拌せざる乳を飲むことは許容される(amathitakappa)、未発酵の椰子酒(jaḷogi)を飲むことは許容される、縁なき坐具は許容される(adasakaṃ nisīdana)、金銀(jātarūparajata)を受けることは許容される、と。 尊者よ、長老は戒師(upajjhāya)のもとにて、多くの法と律とを習得されておられます。尊者よ、長老が法と律とを省察されるとき、いかにお考えになりますか。いったい誰が法を語る者(dhammavādino)なのでしょうか——」
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,将来,介護,食事,依存
⚠ 出家者向けの文脈,初学者には難しい
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho yaso kulaputto suvaṇṇapādukāyo ārohitvā yena nivesanadvāraṁ tenupasaṅkami. Amanussā dvāraṁ vivariṁsu— “mā yasassa kulaputtassa koci antarāyamakāsi agārasmā anagāriyaṁ pabbajjāyā”ti. Atha kho yaso kulaputto yena nagaradvāraṁ tenupasaṅkami. Amanussā dvāraṁ vivariṁsu— Atha kho yaso kulaputto yena isipatanaṁ migadāyo tenupasaṅkami. Tena kho pana samayena bhagavā rattiyā paccūsasamayaṁ paccuṭṭhāya ajjhokāse caṅkamati. Addasā kho bhagavā yasaṁ kulaputtaṁ dūratova āgacchantaṁ, disvāna caṅkamā orohitvā paññatte āsane nisīdi. Atha kho yaso kulaputto bhagavato avidūre udānaṁ udānesi— “upaddutaṁ vata bho, upassaṭṭhaṁ vata bho”ti.
そのとき、ヤサ良家の子は、黄金の草履を履いて、住居の門のほうへと近づいていった。非人(あまつかみ)たちが門を開いた——「ヤサ良家の子が、在家より出家へと旅立つことの、いかなる妨げもあってはならぬ」と。そのとき、ヤサ良家の子は、城門のほうへと近づいていった。非人たちが門を開いた。そのとき、ヤサ良家の子は、イシパタナの鹿野苑(ろくやおん)のほうへと近づいていった。 そのとき、世尊(せそん)は、夜の明け方の時分に起き出でて、露地にて経行(きんひん)しておられた。世尊は、ヤサ良家の子がはるか遠くからやってくるのを見た。見て、経行の場より降り、設けられた座に座られた。 そのとき、ヤサ良家の子は、世尊のほど近くにて、感興の言葉(うだーな)を発した——「ああ、煩わしきかな。ああ、苦しきかな」と。
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,病気,介護,決断,食事
正念 vinaya 趣旨一致
samāpanno nāroceti, āhaṭā hoti pavāraṇā. Pavāraṇahārakassa anāpatti. Pavāraṇahārako ce, bhikkhave, dinnāya pavāraṇāya saṅghappatto sañcicca nāroceti, āhaṭā hoti pavāraṇā. Pavāraṇahārakassa āpatti dukkaṭassa. Anujānāmi, bhikkhave, tadahu pavāraṇāya pavāraṇaṁ dentena chandampi dātuṁ, santi saṅghassa karaṇīyan”ti. 4. Ñātakādiggahaṇakathā Tena kho pana samayena aññataraṁ bhikkhuṁ tadahu pavāraṇāya ñātakā gaṇhiṁsu. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Idha pana, bhikkhave, bhikkhuṁ tadahu pavāraṇāya ñātakā gaṇhanti. Te ñātakā bhikkhūhi evamassu vacanīyā—
〔自恣を伝達しなかった場合〕 〔自恣の伝達を委ねられた比丘が、まだ受戒していない者には告げず、そのまま〕受戒済みの者のもとに至った場合、自恣(パヴァーラナー)はすでに執り行われたものとなる。自恣の伝達者(パヴァーラナーハーラカ)には罪過はない。しかるに、比丘たちよ、自恣の伝達者が、自恣を委ねられながら、〔受戒済みの〕僧伽の成員に故意に告げなかった場合、自恣はすでに執り行われたものとなる。自恣の伝達者には突吉羅(ドゥッカタ)の罪過がある。比丘たちよ、われは許可する——自恣の当日に自恣を委ねる者は、欲(チャンダ)をも委ねることができる。「僧伽にはなすべき事柄がある」と。 四 親族等による連行について さてそのとき、ある比丘が、自恣の当日に親族たちによって連れ去られた。〔比丘たちは〕この事情を世尊に申し上げた。 「比丘たちよ、ここに、自恣の当日に比丘を親族たちが連れ去ることがある。その親族たちに対して、比丘たちはこのように言うべきである——
副テーマ: meditation
導線タグ: 介護,罪悪感
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho bhagavā yena uruvelakassapassa jaṭilassa assamo tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā uruvelakassapaṁ jaṭilaṁ etadavoca— “sace te, kassapa, agaru, vaseyyāma ekarattaṁ agyāgāre”ti? “Na kho me, mahāsamaṇa, garu, caṇḍettha nāgarājā iddhimā āsiviso ghoraviso, so taṁ mā viheṭhesī”ti. Dutiyampi kho bhagavā uruvelakassapaṁ jaṭilaṁ etadavoca— “Appeva maṁ na viheṭheyya, iṅgha tvaṁ, kassapa, anujānāhi agyāgāran”ti. “Vihara, mahāsamaṇa, yathāsukhan”ti. Atha kho bhagavā agyāgāraṁ pavisitvā tiṇasanthārakaṁ paññapetvā nisīdi pallaṅkaṁ ābhujitvā ujuṁ kāyaṁ paṇidhāya parimukhaṁ satiṁ upaṭṭhapetvā. Addasā kho so nāgo bhagavantaṁ paviṭṭhaṁ, disvāna dummano padhūpāyi. Atha kho bhagavato etadahosi— “yannūnāhaṁ imassa nāgassa anupahacca chaviñca cammañca maṁsañca nhāruñca aṭṭhiñca aṭṭhimiñjañca tejasā tejaṁ pariyādiyeyyan”ti.
そのとき世尊は、ウルヴェーラ・カッサパという結髪行者(jaṭila)の庵のあるところへ近づき行かれ、近づいてウルヴェーラ・カッサパにこのように仰せられた。 「カッサパよ、もしそなたが差し支えなければ、火の祀堂にて一夜を過ごしたいと思うが」 「大沙門よ、わたくしとしては差し支えございません。しかしこの祀堂には神通力を持ち、猛毒を有するおそるべき毒蛇の龍王が棲んでおります。どうかその龍があなたを害することなきよう」 世尊はふたたびウルヴェーラ・カッサパにこのように仰せられた。 「あるいは、その龍はわたしを害することがないかもしれない。カッサパよ、火の祀堂を使わせてほしい」 「どうぞ、大沙門よ、ご随意に」 そのとき世尊は火の祀堂に入り、草の座を整えて、跏趺(pallanka)を結んで坐し、身体を真っ直ぐに正しく保ち、念(sati)を面前に確立して(parimukhaṁ satiṁ upaṭṭhapetvā)坐られた。 かの龍は世尊が入ってこられたのを見た。見て、怒りに燃え、煙を吹き出した。そのとき世尊にこのような思いが起こられた。 「わたしはこの龍の、皮膚も、皮も、肉も、筋も、骨も、骨髄をも傷つけることなく、火をもって火に対抗したならばどうであろうか」
副テーマ: mindfulness,compassion,wisdom,anger
導線タグ: 恐怖への対処,冷静さ,挑発に動じない,威圧的な相手,怒りの制御,精神的安定,思いやりのある対応
正念 vinaya 趣旨一致
evameva kho, bhikkhave, cattārome vaṇṇā—khattiyā, brāhmaṇā, vessā, suddā. Te tathāgatappavedite dhammavinaye agārasmā anagāriyaṁ pabbajitvā jahanti purimāni nāmagottāni, samaṇā sakyaputtiyātveva saṅkhaṁ gacchanti. Seyyathāpi, bhikkhave, yā ca loke savantiyo mahāsamuddaṁ appenti, yā ca antalikkhā dhārā papatanti, na tena mahāsamuddassa ūnattaṁ vā pūrattaṁ vā paññāyati; evameva kho, bhikkhave, bahū cepi bhikkhū anupādisesāya nibbānadhātuyā parinibbāyanti, na tena nibbānadhātuyā ūnattaṁ vā pūrattaṁ vā paññāyati. Seyyathāpi, bhikkhave, mahāsamuddo ekaraso loṇaraso; evameva kho, bhikkhave, ayaṁ dhammavinayo ekaraso vimuttiraso. Seyyathāpi, bhikkhave, mahāsamuddo bahuratano anekaratano, tatrimāni ratanāni, seyyathidaṁ—muttā, maṇi, veḷuriyo, saṅkho, silā, pavāḷaṁ, rajataṁ, jātarūpaṁ, lohitako, masāragallaṁ; evameva kho, bhikkhave, ayaṁ dhammavinayo bahuratano anekaratano. Tatrimāni ratanāni, seyyathidaṁ—cattāro satipaṭṭhānā, cattāro sammappadhānā, cattāro iddhipādā, pañcindriyāni, pañca balāni, satta bojjhaṅgā, ariyo aṭṭhaṅgiko maggo. Seyyathāpi, bhikkhave, mahāsamuddo mahataṁ bhūtānaṁ āvāso, tatrime bhūtā—timi, timiṅgalo, timitimiṅgalo, asurā, nāgā, gandhabbā, santi mahāsamudde yojanasatikāpi attabhāvā, dviyojanasatikāpi attabhāvā, tiyojanasatikāpi attabhāvā, catuyojanasatikāpi attabhāvā, pañcayojanasatikāpi attabhāvā; evameva kho, bhikkhave, ayaṁ dhammavinayo mahataṁ bhūtānaṁ āvāso. Tatrime bhūtā—sotāpanno, sotāpattiphalasacchikiriyāya paṭipanno; sakadāgāmī, sakadāgāmiphalasacchikiriyāya paṭipanno; anāgāmī, anāgāmiphalasacchikiriyāya paṭipanno; arahā, arahattaphalasacchikiriyāya paṭipanno. Atha kho bhagavā etamatthaṁ viditvā tāyaṁ velāyaṁ imaṁ udānaṁ udānesi—
「比丘たちよ、まさにそのように、この四つの階層がある——刹帝利(クシャトリヤ)、婆羅門(バラモン)、毘舎(ヴェッサ)、首陀(スッダ)。彼らは如来の説きたもうた法と律(ダンマ・ヴィナヤ)において、家より出でて家なき状態に出家し、以前の名と姓を捨て、ただ「釈子たる沙門(サマナ・サキヤプッティヤ)」と呼ばれるに至る。 比丘たちよ、たとえば、この世にある大河も、また虚空より降り注ぐ雨水も、大海へと注ぎ込む。しかしそれによって大海が減ることも増えることも知られない。まさにそのように、比丘たちよ、たとい多くの比丘たちが無余涅槃界(アヌパーディセーサ・ニッバーナダートゥ)に般涅槃(パリニッバーナ)するとも、それによって涅槃界が減ることも増えることも知られない。 比丘たちよ、たとえば大海はひとつの味、塩の味をもつ。まさにそのように、比丘たちよ、この法と律はひとつの味、解脱(ヴィムッティ)の味をもつ。 比丘たちよ、たとえば大海は多くの宝、さまざまの宝を有する。そこにある宝とはこれである——真珠(ムッター)、宝石(マニ)、瑠璃(ヴェルリヤ)、螺(サンカ)、石英(シラー)、珊瑚(パヴァーラ)、銀(ラジャタ)、金(ジャータルーパ)、紅玉(ロヒタカ)、碧玉(マサーラガッラ)。まさにそのように、比丘たちよ、この法と律は多くの宝、さまざまの宝を有する。そこにある宝とはこれである——四念処(サティパッターナ)、四正勤(サンマッパダーナ)、四神足(イッジパーダ)、五根(インドリヤ)、五力(バラ)、七覚支(ボッジャンガ)、八聖道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)。 比丘たちよ、たとえば大海は偉大な生きものたちの住処である。そこにある生きものとはこれである——鯨(ティミ)、鯨
副テーマ: mindfulness,wisdom,self,happiness
導線タグ: 修行の道,平等,解脱,悟り,精神的成長,仏道,自己変革
⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho uruvelakassapassa jaṭilassa etadahosi— Sace mahāsamaṇo mahājanakāye iddhipāṭihāriyaṁ karissati, mahāsamaṇassa lābhasakkāro abhivaḍḍhissati, mama lābhasakkāro parihāyissati. Aho nūna mahāsamaṇo svātanāya nāgaccheyyā”ti. Atha kho bhagavā uruvelakassapassa jaṭilassa cetasā cetoparivitakkamaññāya uttarakuruṁ gantvā tato piṇḍapātaṁ āharitvā anotattadahe paribhuñjitvā tattheva divāvihāraṁ akāsi. Atha kho uruvelakassapo jaṭilo tassā rattiyā accayena yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ etadavoca— “kālo, mahāsamaṇa, niṭṭhitaṁ bhattaṁ. Kiṁ nu kho, mahāsamaṇa, hiyyo nāgamāsi? Api ca mayaṁ taṁ sarāma— Khādanīyassa ca bhojanīyassa ca te paṭivīso ṭhapito”ti. “Nanu te, kassapa, etadahosi—
そのとき、結髪行者ウルヴェーラ・カッサパの心に、こういう思いが起こった。――「もし大沙門が大衆の前で神通の奇瑞(いずい)を示せば、大沙門への供養と尊崇はいよいよ増し、わが供養と尊崇は衰えてしまうであろう。願わくは、大沙門よ、明日はどうかおいでにならぬように」と。 そこで世尊は、結髪行者ウルヴェーラ・カッサパの心の中の思念(しねん)を、己が心をもって知り取られ、北倶盧洲(きたくるしゅう)に赴いて、そこより托鉢食(たくはつじき)を持ち帰り、アノッタッタ湖のほとりにてそれを受用し、そのまま日中の座(にっちゅうのざ)についておられた。 やがて夜が明けると、結髪行者カッサパは世尊のもとへ参り、こう申し上げた。――「時刻になりました、大沙門よ。食事の用意は整っております。大沙門よ、昨日はなぜおいでになりませんでしたか。じつは、硬食(こうじき)と軟食(なんじき)とを、あなたのぶんとして取り置いておりましたのに」と。 〔世尊は仰せられた。〕「カッサパよ、汝にはかくなる思いが起こらなかったか。――
副テーマ: meditation
導線タグ: 将来,介護,対人恐怖,食事
正念 vinaya 趣旨一致
‘etarahi kho me mahāyañño paccupaṭṭhito, kevalakappā ca aṅgamagadhā pahūtaṁ khādanīyaṁ bhojanīyaṁ ādāya abhikkamissanti, sace mahāsamaṇo mahājanakāye iddhipāṭihāriyaṁ karissati, mahāsamaṇassa lābhasakkāro abhivaḍḍhissati, mama lābhasakkāro parihāyissati, aho nūna mahāsamaṇo svātanāya nāgaccheyyā’ti. So kho ahaṁ, kassapa, tava cetasā cetoparivitakkamaññāya uttarakuruṁ gantvā tato piṇḍapātaṁ āharitvā anotattadahe paribhuñjitvā tattheva divāvihāraṁ akāsin”ti. Atha kho uruvelakassapassa jaṭilassa etadahosi— “mahiddhiko kho mahāsamaṇo mahānubhāvo, yatra hi nāma cetasāpi cittaṁ pajānissati, na tveva ca kho arahā yathā ahan”ti. Atha kho bhagavā uruvelakassapassa jaṭilassa bhattaṁ bhuñjitvā tasmiṁyeva vanasaṇḍe vihāsi. Pañcamaṁ pāṭihāriyaṁ. Tena kho pana samayena bhagavato paṁsukūlaṁ uppannaṁ hoti. Atha kho bhagavato etadahosi— “kattha nu kho ahaṁ paṁsukūlaṁ dhoveyyan”ti? Atha kho sakko devānamindo bhagavato cetasā cetoparivitakkamaññāya pāṇinā pokkharaṇiṁ khaṇitvā bhagavantaṁ etadavoca—
「今まさに私のもとでは大いなる祭祀(ヤンニャ)が催されようとしており、アンガとマガダの全域から人々が豊かな食物や飲み物を携えて集まって来るであろう。もし大沙門(マハーサマナ)が大群衆の前で神通の奇跡を示すならば、大沙門の利得と供養とはますます増大し、わが利得と供養とは衰えてしまうであろう。願わくば大沙門よ、明日どうかお越しにならないでほしい」と。 「カッサパよ、実にわたくしはそなたの心の思いを心をもって察し知り、北倶盧洲(ウッタラクル)に赴いてそこより托鉢食を持ち帰り、阿耨達池(アノッタタダハ)にてそれを食し、そのまま同所にて昼の間の住処とした。」 さて、苦行者ウルヴェーラ・カッサパの心にこのような思いが起こった。 「大沙門はまことに大いなる神通力を持ち、大いなる威神力を有しておられる。心の思いをさえも心をもって知り給うとは。しかしながら阿羅漢(アラハン)ではない、わたくしのようには」と。 かくして世尊はウルヴェーラ・カッサパの施食を受けられたのち、その同じ林の中に留まられた。これが第五の奇跡である。 さてそのころ、世尊に糞掃衣(パンスクーラ)が生じた。そこで世尊の心にこのような思いが起こった。 「さて、どこでこの糞掃衣を洗うべきであろうか」と。 すると天の神々の王、サッカ(帝釈天)は、世尊の心の思いを心をもって察し知り、手をもって池を掘り、世尊にこのように申し上げた――
副テーマ: meditation
導線タグ: 将来,休息,睡眠,食事,罪悪感
正念 vinaya 趣旨一致
“Nāhaṁ, bhante, ayyaṁ sudhammaṁ akkosāmi, paribhāsāmi. Vasatu, bhante, ayyo sudhammo macchikāsaṇḍe. Ramaṇīyaṁ ambāṭakavanaṁ. Ahaṁ ayyassa sudhammassa ussukkaṁ karissāmi, cīvarapiṇḍapātasenāsanagilānappaccayabhesajjaparikkhārānan”ti. Dutiyampi kho …pe… tatiyampi kho āyasmā sudhammo cittaṁ gahapatiṁ etadavoca— “Kahaṁ, bhante, ayyo sudhammo gamissatī”ti? “Sāvatthiṁ kho ahaṁ, gahapati, gamissāmi bhagavantaṁ dassanāyā”ti. “Tena hi, bhante, yañca attanā bhaṇitaṁ, yañca mayā bhaṇitaṁ taṁ sabbaṁ bhagavato ārocehi. Anacchariyaṁ kho panetaṁ, bhante, yaṁ ayyo sudhammo punadeva macchikāsaṇḍaṁ paccāgaccheyyā”ti.
「尊者よ、わたくしは尊者スダンマ(Sudhammo)を罵ったり、誹謗したりするものではございません。尊者よ、どうか尊者スダンマはマッチカーサンダ(Macchikāsaṇḍa)にお留まりください。アンバータカ林(ambāṭakavana)は清らかな美しい所でございます。わたくしは尊者スダンマのために、衣(cīvara)・食(piṇḍapāta)・臥坐具(senāsana)・病者への薬や資具(gilānappaccayabhesajjaparikkhāra)の世話をいたしましょう。」 再び、長者チッタ(Citta)は尊者スダンマに同じことを申し上げた。さらに三度目もまた、尊者スダンマは長者チッタにこのように言われた。 「尊者よ、尊者スダンマはどちらへおいでになるのでございましょうか。」 「わたくしは、長者よ、世尊(Bhagavant)にお目にかかるべく、舎衛城(Sāvatthī)へ参るつもりである。」 「それならば、尊者よ、御自身の仰せになったこと、またわたくしが申し上げたこと、そのすべてを世尊にお伝えくださいませ。また尊者よ、尊者スダンマが再びマッチカーサンダにお戻りになることは、まことに不思議なことではございません。」
副テーマ: relationship,anger,mindfulness,wisdom
導線タグ: 人間関係,和解,謝罪,対立,許し,コミュニケーション,仲直り
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho āyasmā sudhammo senāsanaṁ saṁsāmetvā pattacīvaramādāya yena sāvatthi tena pakkāmi. Anupubbena yena sāvatthi jetavanaṁ anāthapiṇḍikassa ārāmo yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho āyasmā sudhammo yañca attanā bhaṇitaṁ yañca cittena gahapatinā bhaṇitaṁ taṁ sabbaṁ bhagavato ārocesi. Vigarahi buddho bhagavā— “ananucchavikaṁ, moghapurisa, ananulomikaṁ appatirūpaṁ assāmaṇakaṁ akappiyaṁ akaraṇīyaṁ. Kathañhi nāma tvaṁ, moghapurisa, cittaṁ gahapatiṁ saddhaṁ pasannaṁ dāyakaṁ kārakaṁ saṅghupaṭṭhākaṁ hīnena khuṁsessasi, hīnena vambhessasi? Netaṁ, moghapurisa, appasannānaṁ vā pasādāya …pe… vigarahitvā …pe… dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “tena hi, bhikkhave, saṅgho sudhammassa bhikkhuno paṭisāraṇīyakammaṁ karotu—
そのとき、尊者スダンマは臥坐処(がざしょ)を整え、鉢と衣を持ちて、サーヴァッティーへと旅立った。次第に歩みを進め、サーヴァッティーのジェータ林、アナータピンディカの園精舎へと至り、世尊のおられる所に近づいた。近づいてより、世尊を礼拝し、かたわらに座した。かたわらに座した尊者スダンマは、自らが語りしことと、チッタ居士が語りしこととを、そのすべてを世尊に申し上げた。 目覚めた方(ブッダ)なる世尊は、これを咎めて仰せられた。 「愚かな人(もがぷりさ)よ、それは相応しからぬこと、ふさわしからぬこと、似つかわしからぬこと、沙門の法にあらぬこと、許されぬこと、なすべからぬことである。愚かな人よ、汝はいかにして、信仰あり、浄信を持ち、施す者にして、事をなし、僧伽に仕えるチッタ居士を、低き言葉をもって侮り、低き言葉をもって蔑もうとしたのか。愚かな人よ、これは信なき者に信を生ぜしめる所以にもあらず……」 かくのごとく咎め終えて……法に関わる話をなしたる後、比丘たちに告げて仰せられた。 「されば、比丘たちよ、僧伽は比丘スダンマに対して、パティサーラニーヤカンマ(paṭisāraṇīyakamma)――すなわち陳謝の羯磨(かつま)を行ずべし。
副テーマ: anger,relationship,mindfulness,compassion
導線タグ: 傲慢さ,他者への侮辱,謝罪,対人関係,反省,コミュニティの和解,言葉の暴力
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Bhikkhū paṇītāni bhojanāni bhuñjitvā abhisannakāyā honti bahvābādhā. Atha kho jīvako komārabhacco vesāliṁ agamāsi kenacideva karaṇīyena. Addasā kho jīvako komārabhacco bhikkhū abhisannakāye bahvābādhe. Disvāna yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. “etarahi, bhante, bhikkhū abhisannakāyā bahvābādhā. Sādhu, bhante, bhagavā bhikkhūnaṁ caṅkamañca jantāgharañca anujānātu. Evaṁ bhikkhū appābādhā bhavissantī”ti. Atha kho bhagavā jīvakaṁ komārabhaccaṁ dhammiyā kathāya sandassesi samādapesi samuttejesi sampahaṁsesi. Atha kho jīvako komārabhacco bhagavatā dhammiyā kathāya sandassito samādapito samuttejito sampahaṁsito uṭṭhāyāsanā bhagavantaṁ abhivādetvā padakkhiṇaṁ katvā pakkāmi. Atha kho bhagavā etasmiṁ nidāne etasmiṁ pakaraṇe dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi—
比丘たちは精妙な食物を食べて、身体が重く滞り、多くの病を患うようになった。そのころ、ジーヴァカ・コーマーラバッチャ(Jīvako Komārabhacco)が、ある用向きによってヴェーサーリーを訪れた。ジーヴァカ・コーマーラバッチャは、比丘たちが身体を滞らせ、多くの病を患っているのを見た。見てから、世尊のもとへと近づき、近づいて世尊を礼拝し、かたわらに坐した。 「尊師よ、いま比丘たちは身体が重く滞り、多くの病を患っております。尊師よ、どうか世尊は比丘たちのために経行(キンヒン)と浴室(ジャンターガラ)をお許しくださいますように。そうすれば、比丘たちの病も少なくなりましょう。」 そこで世尊は、ジーヴァカ・コーマーラバッチャを法にかなった話をもって教え示し、勧め励まし、奮い起こし、喜ばせた。そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャは、世尊によって法にかなった話をもって教え示され、勧め励まされ、奮い起こされ、喜ばされて、座より立ち上がり、世尊を礼拝し、右繞(うじょう)してから去った。 そこで世尊は、この因縁、この事案にもとづいて法の話をなされ、比丘たちに告げられた――
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,病気,決断,許し,食事,罪悪感
⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
abhūtenāyasmā codesi, no bhūtena, alaṁ te vippaṭisārāya; pharusenāyasmā codesi, no saṇhena, alaṁ te vippaṭisārāya; anatthasaṁhitenāyasmā codesi, no atthasaṁhitena, alaṁ te vippaṭisārāya; dosantaro āyasmā codesi, no mettacitto, alaṁ te vippaṭisārāyāti. Adhammacodakassa, upāli, bhikkhuno imehi pañcahākārehi vippaṭisāro upadahātabbo. Taṁ kissa hetu? Yathā na aññopi bhikkhu abhūtena codetabbaṁ maññeyyā”ti. “Adhammacuditassa pana, bhante, bhikkhuno katihākārehi avippaṭisāro upadahātabbo”ti? “Adhammacuditassa, upāli, bhikkhuno pañcahākārehi avippaṭisāro upadahātabbo— akālenāyasmā cudito, no kālena, alaṁ te avippaṭisārāya;
「尊者よ、あなたは事実に基づかずして(非法に)責めた、事実に基づいてではなく。あなたには悔恨(vippaṭisāra)をいだくことがふさわしい。尊者よ、あなたは荒々しい言葉をもって責めた、柔和な言葉をもってではなく。あなたには悔恨をいだくことがふさわしい。尊者よ、あなたは利益なきことを伴って責めた、利益あることを伴ってではなく。あなたには悔恨をいだくことがふさわしい。尊者よ、あなたは瞋恚(dosa)を心の内に秘めて責めた、慈(mettā)の心をもってではなく。あなたには悔恨をいだくことがふさわしい」と。 「ウパーリよ、法にかなわぬ責めをおこなった比丘には、これら五つのあり方によって悔恨をいだかしめるべきである。それはなぜか。他の比丘もまた、事実に基づかずして責めてよいものと思わぬようにするためである」と。 「では、世尊よ、法にかなわぬ責めを受けた比丘には、いくつのあり方によって悔恨なきこと(avippaṭisāra)をいだかしめるべきでありましょうか」と。 「ウパーリよ、法にかなわぬ責めを受けた比丘には、五つのあり方によって悔恨なきことをいだかしめるべきである。すなわち、尊者よ、あなたは時ならぬとき(akāla)に責められた、時にかなった折にではなく。あなたには悔恨なきことがふさわしい。
副テーマ: mindfulness,relationship,anger,wisdom
導線タグ: 억울한 비난,誤解,冤罪,不当な扱い,怒り,後悔,対人トラブル
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
“anujānāmi, bhikkhave, caṅkamañca jantāgharañcā”ti. Tena kho pana samayena bhikkhū visame caṅkame caṅkamanti. Pādā dukkhā honti. “Anujānāmi, bhikkhave, samaṁ kātun”ti. Caṅkamo nīcavatthuko hoti. Udakena otthariyyati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, uccavatthukaṁ kātun”ti. Cayo paripatati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, cinituṁ tayo caye— iṭṭhakācayaṁ, silācayaṁ, dārucayan”ti.
「比丘たちよ、経行(きんひん)の場と浴室とを許可する。」 そのころ、比丘たちは凹凸のある経行の場を経行していた。足が苦しくなった。「比丘たちよ、平らにすることを許可する。」 経行の場の土台が低かった。水が溢れ込んだ。……「比丘たちよ、土台を高くすることを許可する。」 積み上げた石が崩れ落ちた。……「比丘たちよ、三種の積み方にて積むことを許可する。——煉瓦積み、石積み、木積みの三種である。」
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,子育て,決断
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Ārohantā vihaññanti …pe… “anujānāmi, bhikkhave, tayo sopāne— iṭṭhakāsopānaṁ, silāsopānaṁ, dārusopānan”ti. Ārohantā paripatanti …pe… “anujānāmi, bhikkhave, ālambanabāhan”ti. Tena kho pana samayena bhikkhū caṅkame caṅkamantā paripatanti. “Anujānāmi, bhikkhave, caṅkamanavedikan”ti. Tena kho pana samayena bhikkhū ajjhokāse caṅkamantā sītenapi uṇhenapi kilamanti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Anujānāmi, bhikkhave, caṅkamanasālan”ti.
〔比丘たちが階段を〕昇る際に難儀していた……乃至……「比丘たちよ、三種の階段を許可する——煉瓦の階段、石の階段、木の階段を」と。昇る際に転び落ちていた……乃至……「比丘たちよ、手すり(ālambanabāha)を許可する」と。 さてそのころ、比丘たちは経行(caṅkama)をなしながら転び落ちていた。「比丘たちよ、経行台(caṅkamanavedikā)を許可する」と。 さてそのころ、比丘たちは露天にて経行をなしながら、寒さにも暑さにも疲れ苦しんでいた。このことを世尊に申し上げた。「比丘たちよ、経行堂(caṅkamanasālā)を許可する」と。
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,介護,決断,対人恐怖,食事
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
mettacitto āyasmā codesi, no dosantaro, alaṁ te avippaṭisārāyāti. Dhammacodakassa, upāli, bhikkhuno imehi pañcahākārehi avippaṭisāro upadahātabbo. Taṁ kissa hetu? Yathā aññopi bhikkhu bhūtena codetabbaṁ maññeyyā”ti. “Dhammacuditassa pana, bhante, bhikkhuno katihākārehi vippaṭisāro upadahātabbo”ti? “Dhammacuditassa, upāli, bhikkhuno pañcahākārehi vippaṭisāro upadahātabbo— kālenāyasmā cudito, no akālena, alaṁ te vippaṭisārāya; bhūtenāyasmā cudito, no abhūtena, alaṁ te vippaṭisārāya; saṇhenāyasmā cudito, no pharusena, alaṁ te vippaṭisārāya; atthasaṁhitenāyasmā cudito, no anatthasaṁhitena, alaṁ te vippaṭisārāya;
「尊者は慈しみの心(メッター)をもって告発し、悪意をもってではありませんでした。あなたは後悔することはありません」と。「ウパーリよ、法に従って告発する(ダンマコーダカ)比丘にとって、この五つの事柄によって後悔なきことが認められるべきである。それはなぜか。他の比丘もまた、事実に基づいて告発すべきものと思うであろうから」と。 「では、世尊よ、法に従って告発された(ダンマクディタ)比丘にとって、いくつの事柄によって後悔が認められるべきでしょうか」と。「ウパーリよ、法に従って告発された比丘にとって、五つの事柄によって後悔が認められるべきである―― 時宜を得て尊者は告発されました、時ならずしてではなく、あなたは後悔してよろしい。 事実をもって尊者は告発されました、事実に反してではなく、あなたは後悔してよろしい。 柔和な言葉をもって尊者は告発されました、粗暴な言葉をもってではなく、あなたは後悔してよろしい。 利益をもたらすことを意図して尊者は告発されました、利益をもたらさないことを意図してではなく、あなたは後悔してよろしい。
副テーマ: mindfulness,relationship,wisdom,compassion
導線タグ: 指摘される,批判を受ける,非難,反省,誠実なコミュニケーション,対人関係,自己改善
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Caṅkamanasālāyaṁ tiṇacuṇṇaṁ paripatati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, ogumphetvā ullittāvalittaṁ kātuṁ— setavaṇṇaṁ kāḷavaṇṇaṁ gerukaparikammaṁ mālākammaṁ latākammaṁ makaradantakaṁ pañcapaṭikaṁ cīvaravaṁsaṁ cīvararajjun”ti. Jantāgharaṁ nīcavatthukaṁ hoti, udakena otthariyyati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, uccavatthukaṁ kātun”ti. Cayo paripatati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, cinituṁ tayo caye— iṭṭhakācayaṁ, silācayaṁ, dārucayan”ti. Ārohantā vihaññanti …pe… “anujānāmi, bhikkhave, tayo sopāne—
経行堂(きんひんどう)において、草の粉が散り落ちる……〔中略〕……「比丘たちよ、私は許可する。綴り合わせたうえで内外を塗ることを——白色に塗ること、黒色に塗ること、赤土(げるか)による仕上げ、花環の装飾、蔓草の装飾、鰐の歯形の装飾、五条の格子模様、衣竿(えさお)、衣紐(えひも)を〔設けることを〕」と。 浴室(じゃんたーがら)が低い基礎であるため、水が浸み込んでしまう……〔中略〕……「比丘たちよ、私は許可する。高い基礎を作ることを」と。 〔石や煉瓦の〕積みが崩れ落ちる……〔中略〕……「比丘たちよ、私は許可する。三種の積み方で積むことを——煉瓦積み、石積み、木積みを」と。 〔浴室に〕登る者たちが難儀をする……〔中略〕……「比丘たちよ、私は許可する。三種の階段を〔設けることを〕——
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,介護,子育て,決断,食事
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho sambahulā bhikkhū yena bhagavā tenupasaṅkamiṁsu, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdiṁsu. Ekamantaṁ nisinnā kho te bhikkhū bhagavantaṁ etadavocuṁ— Nissaṁsayaṁ kho, bhante, āyasmā bhaddiyo anabhiratova brahmacariyaṁ carati. Taṁyeva vā purimaṁ rajjasukhaṁ samanussaranto araññagatopi rukkhamūlagatopi suññāgāragatopi abhikkhaṇaṁ udānaṁ udānesi— Atha kho bhagavā aññataraṁ bhikkhuṁ āmantesi— “ehi tvaṁ, bhikkhu, mama vacanena bhaddiyaṁ bhikkhuṁ āmantehi— ‘satthā taṁ, āvuso bhaddiya, āmantetī’”ti. “Evaṁ, bhante”ti kho so bhikkhu bhagavato paṭissutvā yenāyasmā bhaddiyo tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā āyasmantaṁ bhaddiyaṁ etadavoca— “Evamāvuso”ti kho āyasmā bhaddiyo tassa bhikkhuno paṭissutvā yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinnaṁ kho āyasmantaṁ bhaddiyaṁ bhagavā etadavoca—
そのとき、多くの比丘たちが世尊のもとへと近づいた。近づいてから世尊を礼拝し、かたわらに坐った。かたわらに坐った比丘たちは、世尊にこのように申し上げた。 「尊師よ、バッディヤ長老は、疑いなく、梵行(ぼんぎょう)を喜ばずして歩んでおられます。かつての王としての幸福をしきりに追憶しながら、林の中に赴いても、樹の根元に赴いても、空閑処(くうかんじょ)に赴いても、たびたび感興の言葉(うだーな)を発しておられます――」 そこで世尊は、ある比丘に告げられた。「さあ、比丘よ、わたしの言葉をもって、バッディヤ比丘をこう呼んで参れ。『友よ、バッディヤよ、師があなたをお呼びです』と」 「かしこまりました、尊師よ」と、その比丘は世尊に答えてから、バッディヤ長老のもとへと近づいた。近づいてから、バッディヤ長老にこのように告げた。「友よ、師があなたをお呼びです」 「承知しました、友よ」と、バッディヤ長老はその比丘に答えてから、世尊のもとへと近づいた。近づいてから世尊を礼拝し、かたわらに坐った。かたわらに坐ったバッディヤ長老に、世尊はこのように仰せられた。
副テーマ: happiness,attachment,mindfulness,self
導線タグ: 過去への執着,昔の栄光,地位や名誉,幸福の本質,満足感,精神的な充足,生き方の転換
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Paṭhamabhāṇavāro niṭṭhito. 2.1. Pakāsanīyakamma Tena kho pana samayena bhagavā mahatiyā parisāya parivuto dhammaṁ desento nisinno hoti sarājikāya parisāya. Atha kho devadatto uṭṭhāyāsanā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā yena bhagavā tenañjaliṁ paṇāmetvā bhagavantaṁ etadavoca— “jiṇṇo dāni, bhante, bhagavā vuḍḍho mahallako addhagato vayoanuppatto. Appossukko dāni, bhante, bhagavā diṭṭhadhammasukhavihāraṁ anuyutto viharatu, mamaṁ bhikkhusaṅghaṁ nissajjatu. Ahaṁ bhikkhusaṅghaṁ pariharissāmī”ti. “Alaṁ, devadatta, mā te rucci bhikkhusaṅghaṁ pariharitun”ti. Dutiyampi kho devadatto …pe…
第一誦分(パーリ語: Paṭhamabhāṇavāra)、終わり。 そのころ、世尊(Bhagavā)は、王をも含む大いなる集会(パリサー)に囲まれ、法(ダンマ)を説きながら坐しておられた。 そのとき、提婆達多(デーヴァダッタ)は座より立ち上がり、上衣を一肩にかけ、世尊のおられる方へ向かって合掌し、世尊にこのように申し上げた。 「尊師よ、いまや世尊は老い、年老い、齢を重ね、人生の後半を過ぎ、老齢に達しておられます。尊師よ、どうか世尊は今こそ労苦を離れ、現世における安楽の住(ディッタダンマスカヴィハーラ)に専念してお過ごしください。比丘の僧伽(サンガ)は、わたくしにお委ねください。わたくしが比丘の僧伽を統率いたします。」 「やめよ、提婆達多よ。汝が比丘の僧伽を統率しようとすることは、ふさわしくない。」 提婆達多は二度目もまた……(以下同じ)。
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,介護,子育て,対人恐怖,食事,罪悪感
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
saṅghabhedako paṭijānāti … lohituppādako paṭijānāti … ubhatobyañjanako paṭijānāti, aññassa dātabbā pārisuddhi. Pārisuddhihārako ce, bhikkhave, dinnāya pārisuddhiyā antarāmagge pakkamati, anāhaṭā hoti pārisuddhi. Pārisuddhihārako ce, bhikkhave, dinnāya pārisuddhiyā antarāmagge vibbhamati …pe… ubhatobyañjanako paṭijānāti, anāhaṭā hoti pārisuddhi. Pārisuddhihārako ce, bhikkhave, dinnāya pārisuddhiyā saṅghappatto pakkamati, āhaṭā hoti pārisuddhi. Pārisuddhihārako ce, bhikkhave, dinnāya pārisuddhiyā saṅghappatto vibbhamati …pe… ubhatobyañjanako paṭijānāti, āhaṭā hoti pārisuddhi. Pārisuddhihārako ce, bhikkhave, dinnāya pārisuddhiyā saṅghappatto sutto na āroceti, pamatto na āroceti, samāpanno na āroceti, āhaṭā hoti pārisuddhi.
僧伽を破壊したと自認する者が〔清浄の委託を求める場合〕……血を流させたと自認する者が〔清浄の委託を求める場合〕……両性具有者(ウバトビャンジャナカ)と自認する者が〔清浄の委託を求める場合〕、〔その清浄は〕他の者に委ねて伝達されなければならない。 比丘たちよ、もし清浄の使者(パーリスッディハーラカ)が、清浄の委託を受けて、途中の道において〔僧伽に〕到着する前に去り行くならば、その清浄は届けられなかったこととなる。 比丘たちよ、もし清浄の使者が、清浄の委託を受けて、途中の道において還俗するならば……乃至……両性具有者と自認する者の場合も、その清浄は届けられなかったこととなる。 比丘たちよ、もし清浄の使者が、清浄の委託を受けて、僧伽に到着した後に去り行くならば、その清浄は届けられたこととなる。 比丘たちよ、もし清浄の使者が、清浄の委託を受けて、僧伽に到着した後に還俗するならば……乃至……両性具有者と自認する者の場合も、その清浄は届けられたこととなる。 比丘たちよ、もし清浄の使者が、清浄の委託を受けて、僧伽に到着したにもかかわらず、眠っていて告げず、放逸(パマッタ)にして告げず、禅定に入って告げずにいたとしても、その清浄は届けられたこととなる。
副テーマ: meditation
導線タグ: 挫折,休息,睡眠
⚠ 出家者向けの文脈
← 前29303132333435次 →

経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)

© 2026 AIブッダ 禅 — トップ仏陀の教えブログお問い合わせ