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偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 234
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
家族
スッタニパータ
趣旨一致
短
“Pucchāmi taṁ ādiccabandhu,
「日裔(にちえい)の方よ、あなたに問い申し上げます、
家族
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sutta Nipāta 4.15 Attadaṇḍasutta
---
暴力を自らに加えることより、
恐怖が生ずる。
人々がいかに争いを求めるかを見よ。
われ、その悲嘆を語らん。
水の涸れたる池の魚のごとく、
人々が互いに争いあうを見て、
われに恐怖が生じた。
この世はいたるところ虚ろにして、
いずれの方向も揺れ動いている。
われは自らのために一つの住処を求めた――
しかし、すでに占められていないところを
われは見出すことができなかった。
究極において争いなき者たちを見て、
われには嫌悪が生じた。
そこにおいて彼らは矢(さや)をもてり――
その矢は心の奥深くに刺さっている。
この矢に射られたる者は、
あらゆる方向へと走り回る。
しかしこの矢を抜き取ったならば、
走ることなく、沈むこともない。
ここにおいて学ぶべきことが説かれる――
世間においていかなる執着も作るな。
矢を抜き取れ。
こうして昼夜を精進して、
涅槃(ニッバーナ)に向かいて努めよ。
---
家族
スッタニパータ
趣旨一致
中
ekaṁ samayaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati pubbārāme migāramātupāsāde.
あるとき、世尊(bhagavā)はサーヴァッティーのプッバーラーマにある、ミガーラマーターの楼閣に滞在しておられた。
家族
スッタニパータ
趣旨一致
中
Tena kho pana samayena aggikabhāradvājassa brāhmaṇassa nivesane aggi pajjalito hoti āhuti paggahitā.
そのとき、アッギカ・バーラドヴァージャ婆羅門(Aggikabhāradvāja)の家では、火が燃え上がり、供物(āhuti)が捧げられていた。
家族
スッタニパータ
趣旨一致
中
Tena kho pana samayena kasibhāradvājassa brāhmaṇassa pañcamattāni naṅgalasatāni payuttāni honti vappakāle.
その時、カシ・バーラドヴァージャ(Kasibhāradvāja)というバラモンのもとには、種まきの季節に、およそ五百の犂(すき)が仕立てられていた。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
家族
スッタニパータ
趣旨一致
長
Atha kho bhagavā sāvatthiyaṁ sapadānaṁ piṇḍāya caramāno yena aggikabhāradvājassa brāhmaṇassa nivesanaṁ tenupasaṅkami. Attahetu parahetu, dhanahetu ca yo naro; Sakkhipuṭṭho musā brūti, taṁ jaññā vasalo iti. Yo ñātīnaṁ sakhīnaṁ vā, dāresu paṭidissati; Sāhasā sampiyena vā, taṁ jaññā vasalo iti. Yo mātaraṁ pitaraṁ vā, jiṇṇakaṁ gatayobbanaṁ; Pahu santo na bharati, taṁ jaññā vasalo iti. Yo mātaraṁ pitar
かくのごとく、世尊はサーヴァッティーにて、軒ごとに托鉢(たくはつ)を行じつつ、バラモンなるアッギカ・バーラドヴァージャの居所へと赴かれた。
己のためにも、他者のためにも、
また財のためにも、
証人として問われながら虚偽を語る者――
その人を賤しき者(ヴァサラ)と知るべし。
親族に対し、あるいは友に対し、
その妻たちのもとに現れ、
暴力をもって、あるいは親しみをよそおいて近づく者――
その人を賤しき者と知るべし。
老い、若き日の過ぎ去った
父や母を養う力ありながら、
養わぬ者――
その人を賤しき者と知るべし。
父や母を……
家族
スッタニパータ
趣旨一致
長
Tasmā munī natthi khilo kuhiñci. Sakañhi diṭṭhiṁ kathamaccayeyya, Chandānunīto ruciyā niviṭṭho; Sayaṁ samattāni pakubbamāno, Yathā hi jāneyya tathā vadeyya. Yo attano sīlavatāni jantu, Anānupuṭṭhova paresa pāva; Anariyadhammaṁ kusalā tamāhu, Yo ātumānaṁ sayameva pāva. Santo ca bhikkhu abhinibbutatto, Itihanti sīlesu akatthamāno; Tamariyadhammaṁ kusalā vadanti, Yassussadā natthi kuhiñci loke. Pakap
それゆえに牟尼(むに)は、いかなるところにも
荒地(あれち)を持たない。
いかにして己(おの)が見解(けんかい)を超え去ることができようか、
欲望(よくぼう)に随(したが)い流れ、好みのうちに沈みきり、
自ら「完全なり」と振る舞いながら、
「知れるがままに語る」と言うならば。
人が他人(ひと)に問われもせぬのに、みずから
己(おの)が戒律(かいりつ)と誓戒(せいかい)とを説きふらすならば、
智慧ある者(もの)はこれを「非聖の法(あらざるもののり)」と呼ぶ——
みずから己(おの)れを語り示す者は、
そのようなものである。
しかし静かなる比丘(びく)は、
完全に涅槃(ねはん)に向かいて心安らかに、
戒(かい)について「然り然り(しかりしかり)」と
誇ることなく、
世(よ)のいかなるところにも
高ぶりを持たない——
智慧ある者はかかる者を「聖なる法(ひじりのり)」と称(たた)える。
⚠ 出家者向けの文脈
家族
スッタニパータ
直接根拠
短
Puttadārassa saṅgaho, kammantā ca anākulā; Etaṃ maṅgalamuttamaṃ.
子を持ち、妻を持つ者には、それだけの苦労がある。しかしそれを縁として、人は深い愛と慈しみを学ぶ。
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Catutthavagga Sopākattheragāthā “Yathāpi ekaputtasmiṁ, piyasmiṁ kusalī siyā; Evaṁ sabbesu pāṇesu, sabbattha kusalo siyā”ti. … Sopāko thero ….
「たとえばひとり子に対して
賢き者が心を砕くように、
そのようにすべての生きとし生けるものに対して、
いたるところにおいて賢くあれ。」
……ソーパーカ(Sopāka)長老
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dutiyavagga Dāsakattheragāthā “Middhī yadā hoti mahagghaso ca, Niddāyitā samparivattasāyī; Mahāvarāhova nivāpapuṭṭho, Punappunaṁ gabbhamupeti mando”ti. … Dāsako thero ….
怠惰にして、食を貪り、
微睡みつつ、寝返りを打ちて臥す者は、
餌を与えられ肥え太れる大いなる豚のごとく、
愚かにも、繰り返し母胎(gabbha)に宿るのである。
……ダーサカ長老……
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Catutthavagga Posiyattheragāthā “Anāsannavarā etā, niccameva vijānatā; Gāmā araññamāgamma, tato gehaṁ upāvisi; Tato uṭṭhāya pakkāmi, anāmantetvā posiyo”ti. … Posiyo thero ….
「これらは、近づきがたき殊勝の境地なり、
つねに知りたる者にとりては。
村より林に来たりて、
そののちに家に入り、
そののちに立ちて去りぬ、
ポーシヤは挨拶もせずして。」
……ポーシヤ長老。
⚠ 初学者には難しい
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Ekādasamavagga Belaṭṭhānikattheragāthā “Hitvā gihittaṁ anavositatto, Mukhanaṅgalī odariko kusīto; Mahāvarāhova nivāpapuṭṭho, Punappunaṁ gabbhamupeti mando”ti. … Belaṭṭhāniko thero ….
「在家の生活を捨てながら、いまだ志を全うせず、
口先ばかりで腹を満たすことに耽り、怠惰なる者は、
まるで大きな猪が飼葉(かいば)で肥え太るがごとく、
愚かにも幾たびも幾たびも、母胎(もたい)に宿るのである」
……ベラッタニカ(Belaṭṭhānika)長老の偈——
家族
テーラガーター
趣旨一致
中
Dukanipāta Paṭhamavagga Surādhattheragāthā “Khīṇā hi mayhaṁ jāti, vusitaṁ jinasāsanaṁ; Pahīno jālasaṅkhāto, bhavanetti samūhatā. Yassatthāya pabbajito, agārasmānagāriyaṁ; So me attho anuppatto, sabbasaṁyojanakkhayo”ti. … Surādho thero ….
「わが生(しょう)はすでに尽き、
勝者(ジナ)の教えはすでに修め終わった。
網(あみ)のごとく纏(まと)うと言われし
迷いの絆(きずな)は断ち切られ、
存在へと誘う流れは根こそぎ抜き去られた。
かの目的のために、
わたしは家より出家して
家なき者となったのだ——
その目的、すなわち
一切の結縛(けつばく)の滅尽(めつじん)は、
今まさにわたしによって成し遂げられた」と。
……これはスラーダ長老の偈である。
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Pañcamavagga Vajjitattheragāthā “Saṁsaraṁ dīghamaddhānaṁ, gatīsu parivattisaṁ; Apassaṁ ariyasaccāni, andhabhūto puthujjano. Tassa me appamattassa, saṁsārā vinaḷīkatā; Sabbā gatī samucchinnā, natthi dāni punabbhavo”ti. … Vajjito thero ….
「久しき輪廻(さんさら)の道を、
わたしはさまざまな趣(しゅ)を転々としてきた。
聖なる真理(アリヤサッチャ)を見ることなく、
凡夫(ぷとぅじゃんな)はただ盲目のままであった。
しかし、怠ることなく励んだわたしにとって、
輪廻はいまや根こそぎに断ち切られた。
あらゆる趣はことごとく絶たれ、
もはや再びの生(ぷなっばわ)はない。」
……ヴァッジタ長老
⚠ 出家者向けの文脈
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Catutthavagga Sivakattheragāthā “Aniccāni gahakāni, tattha tattha punappunaṁ; Gahakāraṁ gavesanto, dukkhā jāti punappunaṁ. Gahakāraka diṭṭhosi, puna gehaṁ na kāhasi; Sabbā te phāsukā bhaggā, thūṇikā ca vidālitā; Vimariyādikataṁ cittaṁ, idheva vidhamissatī”ti. … Sivako thero ….
# テーラガーター 第二集 第四品 シーヴァカ長老の偈
---
「家々は無常(アニッチャ)なり、
そこかしこに、幾たびも繰り返して。
家を建てる者を求めながら、
生まれることの苦(ドゥッカ)は、幾たびも繰り返す。
家を建てる者よ、汝はいま見出された、
再び家を造ることはあるまい。
汝のすべての梁(ひ)は折れ、
棟木(むなぎ)もまた砕け散った。
心は造作を超えたものとなり、
ここにおいて、渇愛は消え去るであろう」と。
……シーヴァカ長老……
家族
テーラガーター
趣旨一致
長
Ekakanipāta Navamavagga Sāmidattattheragāthā “Pañcakkhandhā pariññātā, tiṭṭhanti chinnamūlakā; Vikkhīṇo jātisaṁsāro, natthi dāni punabbhavo”ti. … Sāmidatto thero … vaggo navamo. Tassuddānaṁ Thero samitigutto ca, kassapo sīhasavhayo; Nīto sunāgo nāgito, paviṭṭho ajjuno isi; Devasabho ca yo thero, sāmidatto mahabbaloti.
# テーラガーター 第一集 第九章 サーミダッタ長老の偈
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五蘊(ごうん)はことごとく遍知(へんち)され、
根を断たれて、なお立ちたもう。
生死輪廻(しょうじりんね)はすでに滅し尽き、
もはや再び生(しょう)を受くることなし。
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…サーミダッタ長老…第九章。
その摂頌(せっじゅ)。
サミティゴッタ長老、カッサパ、獅子と呼ばれる者、
ニータ、スナーガ、ナーギタ、
パヴィッタ、アッジュナ仙、
デーヴァサバ長老、そして
大いなる力を持つサーミダッタ。
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)