スッタニパータ 第IV品 八偈品 SNP4.3 偈8
Tasmā munī natthi khilo kuhiñci. Sakañhi diṭṭhiṁ kathamaccayeyya, Chandānunīto ruciyā niviṭṭho; Sayaṁ samattāni pakubbamāno, Yathā hi jāneyya tathā vadeyya. Yo attano sīlavatāni jantu, Anānupuṭṭhova paresa pāva; Anariyadhammaṁ kusalā tamāhu, Yo ātumānaṁ sayameva pāva. Santo ca bhikkhu abhinibbutatto, Itihanti sīlesu akatthamāno; Tamariyadhammaṁ kusalā vadanti, Yassussadā natthi kuhiñci loke. Pakap
それゆえに牟尼(むに)は、いかなるところにも
荒地(あれち)を持たない。
いかにして己(おの)が見解(けんかい)を超え去ることができようか、
欲望(よくぼう)に随(したが)い流れ、好みのうちに沈みきり、
自ら「完全なり」と振る舞いながら、
「知れるがままに語る」と言うならば。
人が他人(ひと)に問われもせぬのに、みずから
己(おの)が戒律(かいりつ)と誓戒(せいかい)とを説きふらすならば、
智慧ある者(もの)はこれを「非聖の法(あらざるもののり)」と呼ぶ——
みずから己(おの)れを語り示す者は、
そのようなものである。
しかし静かなる比丘(びく)は、
完全に涅槃(ねはん)に向かいて心安らかに、
戒(かい)について「然り然り(しかりしかり)」と
誇ることなく、
世(よ)のいかなるところにも
高ぶりを持たない——
智慧ある者はかかる者を「聖なる法(ひじりのり)」と称(たた)える。
導線タグ: 上司,子育て,休息,許し,罪悪感
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。