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💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 80
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
経典: vinaya
✕ クリア
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Lakkhaṇā iṇā dāso ca, bhaṇḍuko upāli ahi; Saddhaṁ kulaṁ kaṇṭako ca, āhundarikameva ca. Vatthumhi dārako sikkhā, viharanti ca kiṁ nu kho; Sabbaṁ mukhaṁ upajjhāye, apalāḷana kaṇṭako. Paṇḍako theyyapakkanto, ahi ca mātarī pitā;
ラッカナー(Lakkhaṇā)、負債ある者、奴隷、
バンダカ(Bhaṇḍuka)、ウパーリ(Upāli)、毒蛇のごときもの、
信ある家に仇なす刺(とげ)たるもの、
そして「アーフンダリカ(āhundarika)」と呼ばれるもの。
処所(ところ)において童子あり、学処(学びの規則)いかに、
またいかに住するかということ、
すべての事は和上(わじょう)に申し上げるべし、
なだめることなき刺たるもの。
般荼迦(paṇḍaka)、盗みをなして去れるもの、
毒蛇のごとく、父母に害なすもの——
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Atha kho bhagavā keṇiyaṁ jaṭilaṁ imāhi gāthāhi anumoditvā uṭṭhāyāsanā pakkāmi. 24. Rojamallavatthu Atha kho bhagavā āpaṇe yathābhirantaṁ viharitvā yena kusinārā tena cārikaṁ pakkāmi mahatā bhikkhusaṅghena saddhiṁ aḍḍhatelasehi bhikkhusatehi. Assosuṁ kho kosinārakā mallā—“bhagavā kira kusināraṁ āgacchati mahatā bhikkhusaṅghena saddhiṁ aḍḍhatelasehi bhikkhusatehī”ti. Te saṅgaraṁ akaṁsu—“yo bhagavato paccuggamanaṁ na karissati, pañcasatānissa daṇḍo”ti. Tena kho pana samayena rojo mallo āyasmato ānandassa sahāyo hoti. Atha kho bhagavā anupubbena cārikaṁ caramāno yena kusinārā tadavasari. Atha kho kosinārakā mallā bhagavato paccuggamanaṁ akaṁsu. Atha kho rojo mallo bhagavato paccuggamanaṁ karitvā yenāyasmā ānando tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā āyasmantaṁ ānandaṁ abhivādetvā ekamantaṁ aṭṭhāsi. Ekamantaṁ ṭhitaṁ kho rojaṁ mallaṁ āyasmā ānando etadavoca—
ときに世尊は、これらの偈(げ)をもってケーニヤ結髪行者(けつはつぎょうじゃ)の善行を随喜(ずいき)し、座より立ちて去られた。
第二十四節 ロージャ・マッラの因縁
ときに世尊は、アーパナにて心ゆくまで逗留されたのち、クシナーラーに向けて、千三百人の比丘(びく)の大いなる僧伽(そうぎゃ)とともに遊行(ゆぎょう)に発たれた。
クシナーラーのマッラ族の人々はこれを聞いた。「世尊が千三百人の比丘の大いなる僧伽とともにクシナーラーに来られるとのことだ」と。彼らは取り決めをなした。「世尊の出迎えをなさぬ者には、五百の罰金を科す」と。
さてそのとき、ロージャ・マッラは、尊者アーナンダ(阿難)の友人であった。
ときに世尊は、次第に遊行を重ねて、クシナーラーに到着された。クシナーラーのマッラ族の人々は世尊をお迎えした。ロージャ・マッラもまた世尊をお迎えしたのち、尊者アーナンダのもとに近づいた。近づいて、尊者アーナンダに礼拝し、かたわらに立った。かたわらに立てるロージャ・マッラに、尊者アーナンダはこのように言われた——
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
ṭhitakā samakāsanā. Samānāsanikā bhindiṁsu, tivaggā ca duvaggikaṁ; Asamānāsanikā dīghaṁ, sāḷindaṁ paribhuñjituṁ. Ayyikā ca avidūre, bhājitañca kīṭāgire; Āḷavī piṇḍakakuṭṭehi, dvāraaggaḷavaṭṭikā. Ālokasetakāḷañca,
立ちながら(座を)等しくした者たちのこと、同じ座に連なる者たちのこと。同座の者たちは(和合を)破った、三の組が二の組に対して、また同座ならざる者たちは長きにわたりサーリンダの(訴えを)用いること。祖母(アッヤカー)のことも近いところで、キーターギリにて分配されたこと、アーラヴィーにて(食を乞う)托鉢者たちによる(臼で)穀物を搗くこと、門の閂と錠前の丸輪のこと、明かり取りの白と黒のこと——
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
pakkami vibbhamanti ca. Kālañca sāmaṇerañca, sikkhāpaccakkhaantimaṁ; Ummattakhittacittā ca, vedanāpattidassanā. Appaṭikammadiṭṭhiyā, paṇḍakā theyyatitthiyā; Tiracchānamātupitu, arahantā ca dūsakā. Bhedakā lohituppādā,
〔彼は〕去り行き、また還俗する者あり。カーラという沙弥(さみ)あり、また学処(がくしょ)を捨てた最後の者あり。狂乱し心乱れた者あり、苦(く)による罪聚(ざいしゅ)の見られる場合あり。
懺悔(さんげ)せざる見解を持つ者、黄門(おうもん)なる者(パンダカ)、偸盗して〔僧団に〕入りし者(テーヤ・ティッティヤ)、傍生(ぼうしょう)を犯した者、母を犯した者、父を犯した者、阿羅漢(あらかん)を傷つけた者あり。
〔僧団を〕破壊した者、〔仏の〕身より血を出せし者あり。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
eko hemantiko, eko gimhiko, eko vassiko. So vassike pāsāde cattāro māse nippurisehi tūriyehi paricārayamāno na heṭṭhāpāsādaṁ orohati. Atha kho mahānāmassa sakkassa etadahosi— “etarahi kho abhiññātā abhiññātā sakyakumārā bhagavantaṁ pabbajitaṁ anupabbajanti. Amhākañca pana kulā natthi koci agārasmā anagāriyaṁ pabbajito. Yannūnāhaṁ vā pabbajeyyaṁ, anuruddho vā”ti. Atha kho mahānāmo sakko yena anuruddho sakko tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā anuruddhaṁ sakkaṁ etadavoca— “Ahaṁ kho sukhumālo, nāhaṁ sakkomi agārasmā anagāriyaṁ pabbajituṁ. Tvaṁ pabbajāhī”ti. “Ehi kho te, tāta anuruddha, gharāvāsatthaṁ anusāsissāmi.
〔マハーナーマとアヌルッダの対話〕
一棟は冬のための宮殿、一棟は夏のための宮殿、一棟は雨季のための宮殿であった。かれ〔スッドーダナ王の子〕は雨季の宮殿において四ヶ月の間、男衆をまじえることなく、ただ音楽のみをもって過ごし、宮殿の下へと降りることがなかった。
さて、マハーナーマ・サッカ(Mahānāma Sakka)の心にこのような思いが起こった。「いまや、名の知れたる、名の知れたるサキャ族の若者たちが、世尊(Bhagavant)の出家に倣いて出家している。しかるに、わが一族からは誰一人として在家(agāra)より出でて非家(anagāriya)に出家した者がいない。それならば、わが身が出家するか、アヌルッダが出家するか、いずれかにすべきであろう」と。
そこでマハーナーマ・サッカは、アヌルッダ・サッカ(Anuruddha Sakka)のもとへと赴いた。赴いてから、アヌルッダ・サッカにこのように言った。「わたしは繊細な身の上(sukhumāla)ゆえ、在家より出でて非家に出家することはかなわぬ。そなたが出家してくれ」と。
〔アヌルッダは答えた。〕「では、アヌルッダよ、そなたに在家生活(gharāvāsa)の在り方を教え示そう。
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
“Na kammā khīyanti? Na kammānaṁ anto paññāyati? Kadā mayaṁ appossukkā pañcahi kāmaguṇehi samappitā samaṅgībhūtā paricāressāmā”ti? “Na hi, tāta anuruddha, kammā khīyanti. Na kammānaṁ anto paññāyati. Akhīṇeva kamme pitaro ca pitāmahā ca kālaṅkatā”ti. “Tena hi tvaññeva gharāvāsatthena upajānāhi. Ahaṁ agārasmā anagāriyaṁ pabbajissāmī”ti. Atha kho anuruddho sakko yena mātā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā mātaraṁ etadavoca— “icchāmahaṁ, amma, agārasmā anagāriyaṁ pabbajituṁ.
「業(カンマ)は尽きることがないのか?業の果ては知られないのか?いつになれば、われらは五つの欲楽(かまぐな)を十分に具え満ちて、何の心労もなく楽しむことができるのであろうか」と。「そうではない、アヌルッダよ。業は尽きることなく、業の果てもまた知られない。業の尽きぬままに、父も祖父もみな世を去ったのだ」と。「それならば、汝みずからが世俗の家に住まう者として家業を継ぐがよい。わたしは家(かが)を出て、家なき道(出家)に入ろうと思う」と。
そこでアヌルッダ釈子は母のもとへおもむき、母に対してこのように申し上げた。
「母上よ、わたくしは家を出て、家なき道に入り出家したいと思います。
⚠ 希死念慮の場面では使わない
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Anujānāhi maṁ agārasmā anagāriyaṁ pabbajjāyā”ti. “tumhe kho me, tāta anuruddha, dve puttā piyā manāpā appaṭikūlā. Maraṇenapi vo akāmakā vinā bhavissāmi. Kiṁ panāhaṁ tumhe jīvante anujānissāmi agārasmā anagāriyaṁ pabbajjāyā”ti? Dutiyampi kho …pe… tatiyampi kho anuruddho sakko mātaraṁ etadavoca— Tena kho pana samayena bhaddiyo sakyarājā sakyānaṁ rajjaṁ kāreti. So ca anuruddhassa sakkassa sahāyo hoti. Atha kho anuruddhassa sakkassa mātā— so na ussahati agārasmā anagāriyaṁ pabbajitun”ti—
「どうか私に、在家(あがら)の生活を捨て、出家(あながーりや)の道へと旅立つことをお許しください」と。「アヌルッダよ、そなたたちは私にとって、愛しく慕わしく、ひたすらいとおしい二人の息子である。死によってすら、望まぬままに別れを告げねばならぬであろうに、まして生きているそなたたちに、在家を捨て出家の道へ進むことを、どうして許せようか」と。
二度目もまた……乃至……三度目もまた、アヌルッダ・サッカ族は母にこのように申し上げた。
さてそのとき、バッディヤ・サッキャラージャはサッカ族の王として政(まつりごと)を執り行っていた。彼はアヌルッダ・サッカ族の親しき友であった。
そこでアヌルッダ・サッカ族の母は——「この方は、在家を捨てて出家する気力を持てないでいる」と——
⚠ 希死念慮の場面では使わない
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Sañcayassa pana paribbājakassa tattheva uṇhaṁ lohitaṁ mukhato uggañchi. Addasā kho bhagavā sāriputtamoggallāne dūratova āgacchante, disvāna bhikkhū āmantesi— “ete, bhikkhave, dve sahāyakā āgacchanti, kolito upatisso ca. Etaṁ me sāvakayugaṁ bhavissati aggaṁ bhaddayugan”ti. Gambhīre ñāṇavisaye, Anuttare upadhisaṅkhaye; Vimutte appatte veḷuvanaṁ, Atha ne satthā byākāsi. “Ete dve sahāyakā, Āgacchanti kolito upatisso ca;
さて、遊行者(パリッバージャカ)サンジャヤは、その場において熱い血を口より吐き出した。
世尊は、舎利弗(サーリプッタ)と目犍連(モッガッラーナ)が遠くから近づいて来るのをご覧になった。ご覧になって、比丘たちにこうお告げになった。
「比丘たちよ、あの二人の友が近づいて来る。倶律陀(コーリタ)と優波底沙(ウパティッサ)とである。この二人が、わが弟子のなかで第一の、めぐまれた一対となるであろう」と。
深遠なる智慧(ñāṇa)の境地において、
無上なる依執(upadhi)の滅尽において、
解脱しながらもいまだ竹林(ヴェールヴァナ)に到らざりしとき、
かくて師(サッター)は彼らについて記別(vyākaraṇa)を授けたまえり。
「あの二人の友が
近づいて来る——
倶律陀と優波底沙とが」
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
na ekattharaṇā tuvaṭṭitabbaṁ … na ekapāvuraṇā tuvaṭṭitabbaṁ … na ekattharaṇapāvuraṇā tuvaṭṭitabbaṁ. Yo tuvaṭṭeyya, āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena vaḍḍho licchavī mettiyabhūmajakānaṁ bhikkhūnaṁ sahāyo hoti. Atha kho vaḍḍho licchavī yena mettiyabhūmajakā bhikkhū tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā mettiyabhūmajake bhikkhū etadavoca— “vandāmi, ayyā”ti. Evaṁ vutte, mettiyabhūmajakā bhikkhū nālapiṁsu. Tatiyampi kho vaḍḍho licchavī mettiyabhūmajake bhikkhū etadavoca—
「一枚の敷物を共に使いて臥すべからず……一枚の覆い物を共に使いて臥すべからず……一枚の敷物と覆い物とを共に使いて臥すべからず。もし臥する者あらば、突吉羅(とつきつら)の罪を犯すものなり」と。
さてそのころ、ヴァッダなるリッチャヴィ族の者が、メッティヤ・ブーマジャカ(Mettiyabhūmajaka)の比丘たちと親しく交わっておりました。あるとき、ヴァッダなるリッチャヴィ族の者は、メッティヤ・ブーマジャカの比丘たちのもとへ近づいて参り、近づいてからメッティヤ・ブーマジャカの比丘たちにこのように申しました。
「尊者がたよ、礼拝いたします」と。
このように言われましたが、メッティヤ・ブーマジャカの比丘たちは言葉を返しませんでした。三度目にも、ヴァッダなるリッチャヴィ族の者はメッティヤ・ブーマジャカの比丘たちにこのように申しました——
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
udakaṁ maññe ādittaṁ; ayyena me dabbena mallaputtena pajāpati dūsitā’”ti. “Evaṁ, ayyā”ti kho vaḍḍho licchavī mettiyabhūmajakānaṁ bhikkhūnaṁ paṭissutvā yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. “idaṁ, bhante, nacchannaṁ nappatirūpaṁ. Atha kho bhagavā etasmiṁ nidāne etasmiṁ pakaraṇe bhikkhusaṅghaṁ sannipātāpetvā āyasmantaṁ dabbaṁ mallaputtaṁ paṭipucchi— “sarasi tvaṁ, dabba, evarūpaṁ kattā yathāyaṁ vaḍḍho āhā”ti? “Yathā maṁ, bhante, bhagavā jānātī”ti. tatiyampi kho bhagavā āyasmantaṁ dabbaṁ mallaputtaṁ etadavoca— “Yathā maṁ, bhante, bhagavā jānātī”ti. “Na kho, dabba, dabbā evaṁ nibbeṭhenti.
「まるで火の中に投げ込まれたかのようである。尊者ダッバ・マッラプッタによって、私の妻(パジャーパティ)は辱められた」と。
「さようでございます、尊者よ」と、ヴァッダ・リッチャヴィはメッティヤ・ブーマジャカたちの比丘たちの言葉を承けて、世尊のおられるところへと近づいた。近づいて、世尊を礼拝し、一方の傍らに座した。「尊師よ、これは好ましからず、また相応しからぬことでございます」と。
そこで世尊は、この因縁によって、この事件をめぐって、比丘の僧伽(サンガ)を集め、尊者ダッバ・マッラプッタに問いただされた。
「ダッバよ、汝はかのヴァッダが言うような、そのようなことをした覚えがあるか」と。
「尊師よ、世尊が私をご存知であられるとおりでございます」と。
世尊は三度、尊者ダッバ・マッラプッタにこう仰せられた。するとまた三度目も、「尊師よ、世尊が私をご存知であられるとおりでございます」と答えた。
「ダッバよ、賢者(ダッバ)はそのような仕方で弁明をするものではない。
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Atha kho āyasmā ānando pubbaṇhasamayaṁ nivāsetvā pattacīvaramādāya yena vaḍḍhassa licchavissa nivesanaṁ tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā vaḍḍhaṁ licchaviṁ etadavoca— “saṅghena te, āvuso vaḍḍha, patto nikkujjito. Asambhogosi saṅghenā”ti. tattheva mucchito papato. Atha kho vaḍḍhassa licchavissa mittāmaccā ñātisālohitā vaḍḍhaṁ licchaviṁ etadavocuṁ— “alaṁ, āvuso vaḍḍha, mā soci, mā paridevi. Mayaṁ bhagavantaṁ pasādessāma bhikkhusaṅghañcā”ti. Atha kho vaḍḍho licchavī saputtadāro samittāmacco sañātisālohito allavattho allakeso yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavato pādesu sirasā nipatitvā bhagavantaṁ etadavoca— “accayo maṁ, bhante, accagamā yathābālaṁ yathāmūḷhaṁ yathāakusalaṁ, yohaṁ ayyaṁ dabbaṁ mallaputtaṁ amūlikāya sīlavipattiyā anuddhaṁsesiṁ.
そのとき、尊者アーナンダは午前中に衣を着け、鉢と衣を持って、ヴァッダ・リッチャヴィの邸宅へと赴いた。赴いてから、ヴァッダ・リッチャヴィにこのように告げた。
「友よ、ヴァッダよ、汝に対して僧伽(サンガ)は鉢を伏せた。汝は僧伽との共住を絶たれたのである」と。
ヴァッダはその場で気を失い、倒れ伏した。
そこでヴァッダ・リッチャヴィの友人・臣下・親族・血縁の者たちが、ヴァッダ・リッチャヴィにこのように語りかけた。
「友よ、ヴァッダよ、もうよいではありませんか。悲しまず、嘆かないでください。われわれが世尊と比丘僧伽を喜ばせてみせましょう」と。
そこでヴァッダ・リッチャヴィは、子と妻を連れ、友人・臣下・親族・血縁の者たちともども、衣を濡らし、髪を濡らしたまま、世尊のもとへと赴いた。赴いてから、世尊の御足に頭をもって礼拝し、世尊にこのように申し上げた。
「尊師よ、過ちが私を犯しました。愚かなるごとく、迷えるごとく、善からざるごとく——私は聖者ダッバ・マッラプッタを、根拠なき戒の破壊の罪によって誣告したのでございます。
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Pubbe ce, bhikkhave, pavāraṇāya vatthu paññāyati, pacchā puggalo, kallaṁ vacanāya. Pubbe ce, bhikkhave, pavāraṇāya puggalo paññāyati, pacchā vatthu, kallaṁ vacanāya. Pubbe ce, bhikkhave, pavāraṇāya vatthu ca puggalo ca paññāyati, tañce katāya pavāraṇāya ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyan”ti. 25. Bhaṇḍanakārakavatthu Tena kho pana samayena sambahulā sandiṭṭhā sambhattā bhikkhū kosalesu janapade aññatarasmiṁ āvāse vassaṁ upagacchiṁsu. Tesaṁ sāmantā aññe bhikkhū bhaṇḍanakārakā kalahakārakā vivādakārakā bhassakārakā saṅghe adhikaraṇakārakā vassaṁ upagacchiṁsu— “mayaṁ tesaṁ bhikkhūnaṁ vassaṁvuṭṭhānaṁ pavāraṇāya pavāraṇaṁ ṭhapessāmā”ti. Assosuṁ kho te bhikkhū— Kathaṁ nu kho amhehi paṭipajjitabban”ti? Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ.
「比丘たちよ、もし自恣(パーヴァーラナー)において、先に事柄が明らかとなり、後に人物が明らかとなった場合、言及することは適切である。比丘たちよ、もし自恣において、先に人物が明らかとなり、後に事柄が明らかとなった場合も、言及することは適切である。比丘たちよ、もし自恣において、先に事柄と人物との両方が明らかとなり、その後、自恣が行われてからそれを覆すならば、覆すこと(ウッコーター)は波逸提(パーチッティヤ)である」と。
第二十五 諍いを起こす者に関する事例
さてそのころ、互いに親しく交わり、深く馴染んだ多くの比丘たちが、コーサラ国のある一つの住処において安居(ヴァッサ)に入った。そのすぐ近隣には、別の比丘たちが——諍いを起こす者、口論を起こす者、争論を起こす者、多弁を弄する者、僧伽において問題を引き起こす者たちが——安居に入っていた。その意図するところは、「われらは彼の比丘たちの安居明けの自恣において、自恣を差し止めてやろう」というものであった。
かの比丘たちはこれを聞き、「さて、われらはいかに振る舞うべきであろうか」と思い、この事の次第を世尊に申し上げた。
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
“kathañhi nāma, bhikkhunī, bhikkhussa pahāraṁ dassatī”ti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Na, bhikkhave, bhikkhuniyā bhikkhussa pahāro dātabbo. Yā dadeyya, āpatti dukkaṭassa. Anujānāmi, bhikkhave, bhikkhuniyā bhikkhuṁ passitvā dūratova okkamitvā maggaṁ dātun”ti. Tena kho pana samayena aññatarā itthī pavutthapatikā jārena gabbhinī hoti. Sā gabbhaṁ pātetvā kulūpikaṁ bhikkhuniṁ etadavoca— “handayye, imaṁ gabbhaṁ pattena nīharā”ti. Atha kho sā bhikkhunī taṁ gabbhaṁ patte pakkhipitvā saṅghāṭiyā paṭicchādetvā agamāsi. Tena kho pana samayena aññatarena piṇḍacārikena bhikkhunā samādānaṁ kataṁ hoti—
「いったい何ということか、比丘尼が比丘に打擲(ちょうちゃく)を加えるとは」と。〔比丘たちは〕この事の次第を世尊に申し上げた。「比丘たちよ、比丘尼は比丘に打擲を与えてはならない。もし与えるならば、悪作(あくさ)の罪となる。比丘たちよ、私は許可する——比丘尼は比丘を見かけたならば、遠くからすでに道を譲るべきことを」と。
さて、そのころある一人の女人がいた。夫が他所に旅立っている間に、密夫(みっぷ)との間に子を宿した者であった。彼女は胎児を堕ろし、日ごろ親しく出入りしている比丘尼にこう言った——「さあ、尼御前よ、この胎を鉢に入れて運び出してくださいませ」と。そこでその比丘尼は、その胎を鉢の中に入れ、僧伽梨(そうぎゃり)で覆い隠して立ち去った。
ところがそのとき、一人の托鉢中の比丘が、〔ある〕誓いを立てていた——
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
Assosuṁ kho bhikkhū tesaṁ manussānaṁ ujjhāyantānaṁ khiyyantānaṁ vipācentānaṁ …pe… atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Saccaṁ kira, bhikkhave …pe… “saccaṁ, bhagavā”ti …pe… vigarahitvā dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “Anujānāmi, bhikkhave, ācariyaṁ. Ācariyo, bhikkhave, antevāsikamhi puttacittaṁ upaṭṭhāpessati, antevāsiko ācariyamhi pitucittaṁ upaṭṭhāpessati. Evaṁ te aññamaññaṁ sagāravā sappatissā sabhāgavuttino viharantā imasmiṁ dhammavinaye vuddhiṁ viruḷhiṁ vepullaṁ āpajjissanti. Anujānāmi, bhikkhave, dasavassaṁ nissāya vatthuṁ, dasavassena nissayaṁ dātuṁ. Evañca pana, bhikkhave, ācariyo gahetabbo.
比丘たちは、その人々が不平を言い、批判し、広く言いふらしているのを耳にした。……(中略)……そこで、それらの比丘たちは世尊にこの事の次第を申し上げた。「比丘たちよ、まことにそのようなことがあったのか……(中略)……」「まことでございます、世尊よ」と……(中略)……〔世尊は〕叱責したのち、法(ダンマ)にかなった話をされ、比丘たちに告げられた——
「比丘たちよ、阿闍梨(ācariya)を許可する。比丘たちよ、阿闍梨は弟子(antevāsika)に対して子に対するがごとき心をもって仕え、弟子は阿闍梨に対して父に対するがごとき心をもって仕えるべきである。このようにして、彼らは互いに敬いをもち、恭順をもち、和合した振る舞いをもって住しながら、この法と律(ダンマヴィナヤ)において成長し、増大し、広大に至るであろう。
比丘たちよ、〔出家後〕十年を依止(nissaya)として住することを許可し、十年〔の者が〕依止を与えることを許可する。そして比丘たちよ、阿闍梨はかくのごとく受けるべきである。
⚠ 出家者向けの文脈
人間関係
vinaya
趣旨一致
中
“Tena hi, bhaṇe, taṁ dārakaṁ amhākaṁ antepuraṁ netvā dhātīnaṁ detha posetun”ti. “Evaṁ, devā”ti kho te manussā abhayassa rājakumārassa paṭissutvā taṁ dārakaṁ abhayassa rājakumārassa antepuraṁ netvā dhātīnaṁ adaṁsu— Tassa jīvatīti “jīvako”ti nāmaṁ akaṁsu. Kumārena posāpitoti “komārabhacco”ti nāmaṁ akaṁsu. Atha kho jīvako komārabhacco nacirasseva viññutaṁ pāpuṇi. Atha kho jīvako komārabhacco yena abhayo rājakumāro tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā abhayaṁ rājakumāraṁ etadavoca— “kā me, deva, mātā, ko pitā”ti? “Ahampi kho te, bhaṇe jīvaka, mātaraṁ na jānāmi; api cāhaṁ te pitā; mayāsi posāpito”ti.
「さらば、者よ、その童子をわが後宮に連れ参り、乳母たちに与えて養育させよ」と。「御意のままに、殿」と答えて、その者たちはアバヤ王子の命に従い、その童子をアバヤ王子の後宮に連れ参り、乳母たちに預けた。――「この子は生きた」ということより「ジーヴァカ(Jīvaka)」と名づけられた。「王子によって養育された」ということより「コーマーラバッチャ(Komārabhacca)」と名づけられた。
さて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャは、やがて間もなく成人の分別に達した。そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャはアバヤ王子のもとに赴いた。赴いてアバヤ王子にこのように言った。
「殿よ、私の母はいかなる人にして、父はいかなる人でございましょうか」と。
「ジーヴァカよ、者よ、私もそなたの母を知らぬ。しかれどもそなたの父はこの私である。そなたは私によって養い育てられたのだ」と。
人間関係
vinaya
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kuṭṭhaṁ, gaṇḍo, kilāso, soso, apamāro? Manussāsi, itthīsi, bhujissāsi, aṇaṇāsi, nasi rājabhaṭī? Anuññātāsi mātāpitūhi, sāmikena? Paripuṇṇavīsativassāsi, paripuṇṇaṁ te pattacīvaraṁ, kiṁnāmāsi, kānāmā te pavattinī’”ti? Tena kho pana samayena bhikkhū bhikkhunīnaṁ antarāyike dhamme pucchanti. Upasampadāpekkhāyo vitthāyanti, maṅkū honti, na sakkonti vissajjetuṁ. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Anujānāmi, bhikkhave, ekatoupasampannāya bhikkhunisaṅghe visuddhāya bhikkhusaṅghe upasampādetun”ti. Tena kho pana samayena bhikkhuniyo ananusiṭṭhā upasampadāpekkhāyo antarāyike dhamme pucchanti. Upasampadāpekkhāyo vitthāyanti, maṅkū honti, na sakkonti vissajjetuṁ.
「らい(癩)の病はないか、できもの(腫物)はないか、白癬(白斑)はないか、結核(労咳)はないか、癲癇(癲癇)はないか。人間であるか、女性であるか、自由の身であるか、借財はないか、王に仕える者ではないか。父母に許されているか、夫に許されているか。二十歳は満ちているか、鉢と衣は揃っているか、汝の名は何か、汝の教授尼(パヴァッティニー)の名は何か」と。
さてそのとき、比丘たちが比丘尼たちに対して、受具(具足戒)を求める者たちの障難となる諸法(アンタラーイカ・ダンマー)を問うていた。受具を求める者たちは恥じ入り、気おくれして、答えることができなかった。〔弟子たちは〕この事柄を世尊に申し上げた。
〔世尊は言われた。〕「比丘たちよ、わたくしは許す。比丘尼僧伽においてすでに一方で受具を得た者を、〔その者が〕比丘尼僧伽において清められたうえで、比丘僧伽において受具せしめることを」と。
さてそのとき、比丘尼たちが、何ら教示を受けることなく、受具を求める者たちに対して障難となる諸法を問うていた。受具を求める者たちは恥じ入り、気おくれして、答えることができなかった。
⚠ 出家者向けの文脈
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Atha kho jīvakassa komārabhaccassa etadahosi— “imāni kho rājakulāni na sukarāni asippena upajīvituṁ. Yannūnāhaṁ sippaṁ sikkheyyan”ti. Tena kho pana samayena takkasilāyaṁ disāpāmokkho vejjo paṭivasati. Atha kho jīvako komārabhacco abhayaṁ rājakumāraṁ anāpucchā yena takkasilā tena pakkāmi. Anupubbena yena takkasilā, yena vejjo tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā taṁ vejjaṁ etadavoca— “icchāmahaṁ, ācariya, sippaṁ sikkhitun”ti. “Tena hi, bhaṇe jīvaka, sikkhassū”ti. Atha kho jīvako komārabhacco bahuñca gaṇhāti lahuñca gaṇhāti suṭṭhu ca upadhāreti, gahitañcassa na sammussati. Atha kho jīvakassa komārabhaccassa sattannaṁ vassānaṁ accayena etadahosi—
そのころ、ジーヴァカ・コーマーラバッチャの心にこのような思いが起こった。「王族の方々のもとで、技術もなしに生計を立てることは容易ではない。いっそのこと、私は技術を学ぶとしよう」と。
さてそのころ、タッカシラー(タクシラ)には、諸方に聞こえた名医が住んでいた。そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャは、アバヤ王子に告げることもなく、タッカシラーへと旅立った。次第に道を進み、タッカシラーに至り、その医師のもとへと赴いた。赴いてから、その医師にこのように語った。「師よ、私はぜひとも技術を学びたく存じます」と。「それならば、ジーヴァカよ、学ぶがよい」と。
かくしてジーヴァカ・コーマーラバッチャは、多くを学び、速やかに学び、よく心に留め、学んだことを忘れることがなかった。そのようにして七年が過ぎたころ、ジーヴァカ・コーマーラバッチャの心に、こうした思いが起こった——
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Atha kho jīvakassa komārabhaccassa taṁ parittaṁ pātheyyaṁ antarāmagge sākete parikkhayaṁ agamāsi. Atha kho jīvakassa komārabhaccassa etadahosi— “ime kho maggā kantārā appodakā appabhakkhā, na sukarā apātheyyena gantuṁ. Yannūnāhaṁ pātheyyaṁ pariyeseyyan”ti. 2. Seṭṭhibhariyāvatthu Tena kho pana samayena sākete seṭṭhibhariyāya sattavassiko sīsābādho hoti. Bahū mahantā mahantā disāpāmokkhā vejjā āgantvā nāsakkhiṁsu arogaṁ kātuṁ. Bahuṁ hiraññaṁ ādāya agamaṁsu. Atha kho jīvako komārabhacco sāketaṁ pavisitvā manusse pucchi— “ko, bhaṇe, gilāno, kaṁ tikicchāmī”ti?
さて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャにとって、その乏しい旅の糧は、途中サーケータの地で尽き果ててしまった。そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャはこのように思った。――「これらの道は荒野にして、水も乏しく食べ物も少ない。旅の糧なくして行くことは容易ではない。さあ、私は旅の糧を求めることにしよう」と。
二、長者の妻の物語
さてそのころ、サーケータにおいて、ある長者(セッティ)の妻が、七年来の頭の病を患っていた。多くの高名な名医たちが方々から来て診たが、癒すことができなかった。多くの財(ひらんにゃ)を受け取っては、去って行ったのである。
そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャはサーケータの町に入り、人々に尋ねた。――「さて、誰か病める者はいないか。私は誰を治療しようか」と。
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“Etissā, ācariya, seṭṭhibhariyāya sattavassiko sīsābādho; gaccha, ācariya, seṭṭhibhariyaṁ tikicchāhī”ti. Atha kho jīvako komārabhacco yena seṭṭhissa gahapatissa nivesanaṁ tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā dovārikaṁ āṇāpesi— “gaccha, bhaṇe dovārika, seṭṭhibhariyāya pāvada— ‘vejjo, ayye, āgato, so taṁ daṭṭhukāmo’”ti. “Evaṁ, ācariyā”ti kho so dovāriko jīvakassa komārabhaccassa paṭissutvā yena seṭṭhibhariyā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā seṭṭhibhariyaṁ etadavoca— “Kīdiso, bhaṇe dovārika, vejjo”ti? “Daharako, ayye”ti. “Alaṁ, bhaṇe dovārika, kiṁ me daharako vejjo karissati? Bahū mahantā mahantā disāpāmokkhā vejjā āgantvā nāsakkhiṁsu arogaṁ kātuṁ.
「この長者の妻は、七年来、頭の病を患っております。師よ、どうか長者の妻を診ていただけますでしょうか。」
そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャは、長者セッティの屋敷へと赴いた。赴いて、門番に命じた。「門番よ、長者の妻のもとへ参り、こう告げよ。『奥方様、医師が参られました。あなたを診たいとのことにございます』と。」
「かしこまりました、師よ。」門番はジーヴァカ・コーマーラバッチャの言葉を承け、長者の妻のもとへと赴いた。赴いて、長者の妻にこう申し上げた。
するとその妻は問うた。「門番よ、その医師はどのような方か。」「若い方にございます、奥方様。」「門番よ、もうよい。若い医師に何ができましょう。遠方から高名な医師たちが多く参りましたが、誰一人として病を癒すことが叶わなかったのです。
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Bahuṁ hiraññaṁ ādāya agamaṁsū”ti. Atha kho so dovāriko yena jīvako komārabhacco tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā jīvakaṁ komārabhaccaṁ etadavoca— “Gaccha, bhaṇe dovārika, seṭṭhibhariyāya pāvada— ‘vejjo, ayye, evamāha— mā kira, ayye, pure kiñci adāsi. Yadā arogā ahosi tadā yaṁ iccheyyāsi taṁ dajjeyyāsī’”ti. “Evaṁ, ācariyā”ti kho so dovāriko jīvakassa komārabhaccassa paṭissutvā yena seṭṭhibhariyā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā seṭṭhibhariyaṁ etadavoca— “Tena hi, bhaṇe dovārika, vejjo āgacchatū”ti. “Evaṁ, ayye”ti kho so dovāriko seṭṭhibhariyāya paṭissutvā yena jīvako komārabhacco tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā jīvakaṁ komārabhaccaṁ etadavoca— Atha kho jīvako komārabhacco yena seṭṭhibhariyā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā seṭṭhibhariyāya vikāraṁ sallakkhetvā seṭṭhibhariyaṁ etadavoca—
そこで、その門番はジーヴァカ・コーマーラバッチャのもとへと赴いた。赴いて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャにこのように言った。
「先生よ、医師はこのように申しております。『奥方よ、どうかまだ何もお与えにならないでください。ご快癒の折に、お望みのものをお与えいただければよろしいのです』と」
「かしこまりました、先生」と、その門番はジーヴァカ・コーマーラバッチャに答えて、長者の妻のもとへと赴いた。赴いて、長者の妻にこのように言った。
「奥方よ、それならば、医師をお呼びいたしましょう」
「そうしてください、門番よ」と、その門番は長者の妻に答えて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャのもとへと赴いた。赴いて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャにこのように言った。
そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャは、長者の妻のもとへと赴いた。赴いて、長者の妻の病状をつぶさに診察し、長者の妻にこのように言った。
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