律蔵 自恣犍度 段落104
Pubbe ce, bhikkhave, pavāraṇāya vatthu paññāyati, pacchā puggalo, kallaṁ vacanāya. Pubbe ce, bhikkhave, pavāraṇāya puggalo paññāyati, pacchā vatthu, kallaṁ vacanāya. Pubbe ce, bhikkhave, pavāraṇāya vatthu ca puggalo ca paññāyati, tañce katāya pavāraṇāya ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyan”ti. 25. Bhaṇḍanakārakavatthu Tena kho pana samayena sambahulā sandiṭṭhā sambhattā bhikkhū kosalesu janapade aññatarasmiṁ āvāse vassaṁ upagacchiṁsu. Tesaṁ sāmantā aññe bhikkhū bhaṇḍanakārakā kalahakārakā vivādakārakā bhassakārakā saṅghe adhikaraṇakārakā vassaṁ upagacchiṁsu— “mayaṁ tesaṁ bhikkhūnaṁ vassaṁvuṭṭhānaṁ pavāraṇāya pavāraṇaṁ ṭhapessāmā”ti. Assosuṁ kho te bhikkhū— Kathaṁ nu kho amhehi paṭipajjitabban”ti? Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ.
「比丘たちよ、もし自恣(パーヴァーラナー)において、先に事柄が明らかとなり、後に人物が明らかとなった場合、言及することは適切である。比丘たちよ、もし自恣において、先に人物が明らかとなり、後に事柄が明らかとなった場合も、言及することは適切である。比丘たちよ、もし自恣において、先に事柄と人物との両方が明らかとなり、その後、自恣が行われてからそれを覆すならば、覆すこと(ウッコーター)は波逸提(パーチッティヤ)である」と。
第二十五 諍いを起こす者に関する事例
さてそのころ、互いに親しく交わり、深く馴染んだ多くの比丘たちが、コーサラ国のある一つの住処において安居(ヴァッサ)に入った。そのすぐ近隣には、別の比丘たちが——諍いを起こす者、口論を起こす者、争論を起こす者、多弁を弄する者、僧伽において問題を引き起こす者たちが——安居に入っていた。その意図するところは、「われらは彼の比丘たちの安居明けの自恣において、自恣を差し止めてやろう」というものであった。
かの比丘たちはこれを聞き、「さて、われらはいかに振る舞うべきであろうか」と思い、この事の次第を世尊に申し上げた。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。