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10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 80
すべて 智慧 4354 老い 931 苦しみ 772 正念 695 怒り 356 執着 350 350 業・因果 346 幸せ 337 自己 244 人間関係 243 家族 234 不安 168 仕事 165 渇愛 147 慈悲 115 無常 111 孤独 45 43 感謝 23
経典: vinaya ✕ クリア
正念 vinaya 趣旨一致
Yā yebhuyyasikākammassa kiriyā karaṇaṁ upagamanaṁ ajjhupagamanaṁ adhivāsanā appaṭikkosanā— Evaṁ vūpasantañce, bhikkhave, adhikaraṇaṁ kārako ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyaṁ; chandadāyako khīyati, khīyanakaṁ pācittiyan”ti. 9.4. Tividhasalākaggāha Tena kho pana samayena sāvatthiyā evaṁ jātaṁ evaṁ samuppannaṁ adhikaraṇaṁ hoti. Atha kho te bhikkhū— asantuṭṭhā sāvatthiyā saṅghassa adhikaraṇavūpasamanena— assosuṁ kho amukasmiṁ kira āvāse sambahulā therā viharanti bahussutā āgatāgamā dhammadharā vinayadharā mātikādharā paṇḍitā viyattā medhāvino lajjino kukkuccakā sikkhākāmā. Te ce therā imaṁ adhikaraṇaṁ vūpasameyyuṁ dhammena vinayena satthusāsanena, evamidaṁ adhikaraṇaṁ suvūpasantaṁ assāti. Atha kho te bhikkhū taṁ āvāsaṁ gantvā te there etadavocuṁ—
 多数決羯磨(ヤイブッヤシカカンマ)の実行・遂行・受諾・同意・異議なき承認——比丘たちよ、かくして静息した諍事(アディカラナ)を、もし起案者がこれを蒸し返すならば、蒸し返しによる波逸提(パーチッティヤ)となる。また、票を委任した者がこれを非難するならば、非難による波逸提となる」と。 9.4 三種の票取り  そのころ、舎衛城(サーヴァッティ)においてかくのごとき、かくのごとく生じたる諍事があった。そこでかの比丘たちは——舎衛城の僧伽(サンガ)による諍事の静息に満足せず——こんな話を耳にした。「某なる住処には、多くの長老(テーラ)たちが住んでおられる。博学にして聖典(アーガマ)を習得し、法(ダンマ)の持ち手、律(ヴィナヤ)の持ち手、論母(マーティカー)の持ち手であり、賢明にして明敏、聡智にして、慚(ラッジー)あり、悔(クックッカ)あり、学を求める方々である。もし、かの長老たちがこの諍事を法と律と師の教えとによって静息させるならば、この諍事はよく静息したことになろう」と。そこで、かの比丘たちはその住処に赴き、かの長老たちにこのように言った——
副テーマ: wisdom,relationship,mindfulness
導線タグ: 集団の意思決定,規則への不満,権威ある指導者への相談,対立の解決,コミュニティの調和,正しい判断を求める,組織内の問題
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
“idaṁ, bhante, adhikaraṇaṁ evaṁ jātaṁ, evaṁ samuppannaṁ. Sādhu, bhante, therā imaṁ adhikaraṇaṁ vūpasamentu dhammena vinayena satthusāsanena, yathayidaṁ adhikaraṇaṁ suvūpasantaṁ assā”ti. Atha kho te therā— yathā sāvatthiyā saṅghena adhikaraṇaṁ vūpasamitaṁ tathā suvūpasantanti— tathā taṁ adhikaraṇaṁ vūpasamesuṁ. asantuṭṭhā sāvatthiyā saṅghassa adhikaraṇavūpasamanena, asantuṭṭhā sambahulānaṁ therānaṁ adhikaraṇavūpasamanena— assosuṁ kho amukasmiṁ kira āvāse tayo therā viharanti …pe… dve therā viharanti …pe… eko thero viharati bahussuto āgatāgamo dhammadharo vinayadharo mātikādharo paṇḍito viyatto medhāvī lajjī kukkuccako sikkhākāmo. So ce thero imaṁ adhikaraṇaṁ vūpasameyya dhammena vinayena satthusāsanena, evamidaṁ adhikaraṇaṁ suvūpasantaṁ assāti.
「尊者よ、この諍事(アディカラナ)はかくのごとく生じ、かくのごとく起こりました。願わくは、尊者たる長老(テーラ)がたよ、この諍事を法(ダンマ)と律(ヴィナヤ)と師の教えとによって鎮静せられんことを。この諍事がよく鎮まるように」と。 そこで長老たちは、サーヴァッティーの僧伽(サンガ)によって諍事が鎮静されたのと同様によく鎮まるようにと、その諍事をかくのごとく鎮静した。 しかるに、サーヴァッティーの僧伽による諍事の鎮静に満足せず、また多くの長老たちによる諍事の鎮静にも満足せぬ者たちが聞き及んだ。「かの某所の僧院に三人の長老が住している……乃至……二人の長老が住している……乃至……一人の長老が住している。その長老は、多聞(バフッスタ)にして、伝承(アーガマ)に達し、法(ダンマ)を持する者、律を持する者、摩夷迦(マーティカー)を持する者、賢明にして、弁才あり、智慧深く、恥を知り、後悔を知り、学処を求め励む者である。もしその長老がこの諍事を法と律と師の教えとによって鎮静するならば、この諍事はよく鎮まるであろう」と。
副テーマ: wisdom,relationship,work
導線タグ: トラブル解決,規則に従う,判断を仰ぐ,権威ある人への相談,組織内の対立,正しい手続き,専門家への依頼
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Kathañca, bhikkhave, vivaṭako salākaggāho hoti? Sace jānāti— dhammavādī bahutarāti, vissaṭṭheneva vivaṭena gāhetabbo. 9.5. Sativinaya Anuvādādhikaraṇaṁ catūhi samathehi sammati— sammukhāvinayena ca, sativinayena ca, amūḷhavinayena ca, tassapāpiyasikāya ca. Siyā anuvādādhikaraṇaṁ dve samathe anāgamma— amūḷhavinayañca, tassapāpiyasikañca; sammukhāvinayena ca, sativinayena cāti? Idha pana, bhikkhave, bhikkhū bhikkhuṁ amūlikāya sīlavipattiyā anuddhaṁsenti.
「比丘たちよ、では公開による籤引き(サラーカッガーハ)とはいかなるものか。もし法に従って語る者が多数であると知るならば、明白に公開してもって籤引きをなすべきである。 九・五 憶念律 非難訴訟事件 非難訴訟事件(アヌヴァーダーディカラナ)は四つの滅諍法(サマタ)によって鎮められる——すなわち、対面律(サンムカーヴィナヤ)によって、憶念律(サティヴィナヤ)によって、不癡律(アムーラハヴィナヤ)によって、および罪処所律(タッサパーピーヤシカー)によってである。 非難訴訟事件において、二つの滅諍法——すなわち不癡律と罪処所律——を用いることなく、対面律と憶念律とによって〔解決すること〕があり得るか。 比丘たちよ、ここに比丘たちが、ある比丘を根拠なき戒律の失墜(シーラヴィパッティ)をもって告発する〔場合がある〕。」
副テーマ: mindfulness,wisdom,relationship
導線タグ: 억울한 누명,冤罪,不当な非難,誤解,身の潔白,公正な裁き,コミュニティの紛争解決
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
appekacce āraññikā, appekacce piṇḍapātikā, appekacce paṁsukūlikā, appekacce tecīvarikā, sabbeva arahanto— ahogaṅge pabbate sannipatiṁsu. Atha kho therānaṁ bhikkhūnaṁ mantayamānānaṁ etadahosi— “idaṁ kho adhikaraṇaṁ kakkhaḷañca, vāḷañca; kaṁ nu kho mayaṁ pakkhaṁ labheyyāma, yena mayaṁ imasmiṁ adhikaraṇe balavantatarā assāmā”ti. Tena kho pana samayena āyasmā revato soreyye paṭivasati— bahussuto āgatāgamo dhammadharo vinayadharo mātikādharo paṇḍito viyatto medhāvī lajjī kukkuccako sikkhākāmo. Atha kho therānaṁ bhikkhūnaṁ etadahosi— Sace mayaṁ āyasmantaṁ revataṁ pakkhaṁ labhissāma, evaṁ mayaṁ imasmiṁ adhikaraṇe balavantatarā assāmā”ti. Assosi kho āyasmā revato—
ある者たちは阿練若住(あらんにゃじゅう)の行者であり、ある者たちは常乞食(じょうこつじき)の行者であり、ある者たちは糞掃衣(ふんぞうえ)の行者であり、ある者たちは三衣(さんね)のみを持つ行者であった。そのすべては阿羅漢(あらかん)であって、彼らはアホガンガ山に集いたった。 さてそのとき、長老比丘たちが相互に協議するうちに、かくなる思いが起こった。「この諍事(じょうじ)はまことに手強く、また険しい。われらはいかなる側の力添えを得ることができようか。その力添えによって、われらはこの諍事においてより強い立場に立てるであろうに」と。 ところで、そのころ尊者レーヴァタはソーレッヤに止住していた。彼は多聞(たもん)にして、聖典に通達し、法を保持し(ダンマダラ)、律を保持し(ヴィナヤダラ)、論母(マーティカー)を保持し、智慧あり、巧みにして、聡明であり、慚(はじ)を知り、悔(くい)を知り、学処(がくしょ)を修めることを願う者であった。 そこで長老比丘たちにかくなる思いが起こった。「もしわれらが尊者レーヴァタの力添えを得ることができるならば、われらはこの諍事においてより強い立場に立てるであろう」と。 さて尊者レーヴァタはこのことを耳にした——
副テーマ: mindfulness,wisdom,relationship
導線タグ: 対立,意見の衝突,仲間の支持,信頼できる人,リーダーシップ,相談相手,困難な状況
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Saṅghasammukhatā, dhammasammukhatā, vinayasammukhatā, puggalasammukhatā …pe… kiñca tattha amūḷhavinayasmiṁ? Yā amūḷhavinayassa kammassa kiriyā karaṇaṁ upagamanaṁ ajjhupagamanaṁ adhivāsanā appaṭikkosanā— Evaṁ vūpasantañce, bhikkhave, adhikaraṇaṁ kārako ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyaṁ; chandadāyako khīyati, khīyanakaṁ pācittiyaṁ. 9.7. Tassapāpiyasikāvinaya Siyā anuvādādhikaraṇaṁ dve samathe anāgamma— sativinayañca, amūḷhavinayañca; sammukhāvinayena ca, tassapāpiyasikāya cāti? Idha pana, bhikkhave, bhikkhu bhikkhuṁ saṅghamajjhe garukāya āpattiyā codeti—
 僧伽現前(サンガサンムカター)・法現前(ダンマサンムカター)・律現前(ヴィナヤサンムカター)・個人現前(プッガラサンムカター)……さて、そこにおける不痴律(アムーラハヴィナヤ)とはいかなるものか。すなわち、不痴律の羯磨(カンマ)を行うこと、なすこと、赴くこと、近づくこと、承認すること、異議を唱えざること——これが不痴律の内容である。  比丘たちよ、かくのごとく静息した諍事(アディカラナ)を、その行為者が蒸し返すならば、蒸し返しの行為はパーチッティヤ(波逸提)罪となる。賛意を与えた者がそれを非難するならば、その非難の行為もまたパーチッティヤ罪となる。 9.7 罪悪人判決律(タッサパーピヤシカーヴィナヤ)  比丘たちよ、非難の諍事において、二つの静息法——すなわち憶念律(サティヴィナヤ)と不痴律(アムーラハヴィナヤ)——によらずして、現前律(サンムカーヴィナヤ)と罪悪人判決律(タッサパーピヤシカー)によって静息せられることがあろうか。  比丘たちよ、ここにある比丘が、僧伽の中において、他の比丘を重罪(ガルカーパッティ)をもって訴える——
副テーマ: mindfulness,relationship,wisdom
導線タグ: 争い,対立,和解,集団の決定,ルール違反,責任,コミュニティ
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho āyasmā sabbakāmī rattiyā paccūsasamayaṁ paccuṭṭhāya āyasmantaṁ revataṁ etadavoca— “katamena tvaṁ bhūmi vihārena etarahi bahulaṁ viharasī”ti? “Mettāvihārena kho ahaṁ, bhante, etarahi bahulaṁ viharāmī”ti. “Kullakavihārena kira tvaṁ bhūmi etarahi bahulaṁ viharasi. Kullakavihāro eso bhūmi yadidaṁ mettā”ti. “Pubbepi me, bhante, gihibhūtassa āciṇṇā mettā. Tenāhaṁ etarahipi mettāvihārena bahulaṁ viharāmi, api ca mayā cirappattaṁ arahattanti. Thero pana, bhante, katamena vihārena etarahi bahulaṁ viharatī”ti? “Suññatāvihārena kho ahaṁ bhūmi etarahi bahulaṁ viharāmī”ti. “Mahāpurisavihārena kira, bhante, thero etarahi bahulaṁ viharati.
やがて長老サッバカーミー尊者は、夜明けの頃に起き上がり、レーヴァタ尊者にこう言った。 「尊者よ、あなたは今、いかなる住(ヴィハーラ)に多く住しておられますか」 「友よ、わたしは今、慈(メッター)の住に多く住しております」 「友よ、あなたは今、筏(クッラカ)の住に多く住しておられると聞きます。慈とは、まさにこの筏の住にほかなりません」 「友よ、わたしは在家の身であった頃より、慈をつねに修めてまいりました。それゆえ今もなお慈の住に多く住しているのです。しかも阿羅漢(アラハッタ)の位には久しく達しております。では長老よ、あなたは今、いかなる住に多く住しておられますか」 「友よ、わたしは今、空(スンニャター)の住に多く住しております」 「長老よ、まことに大人(マハープリサ)の住に多く住しておられますね」
副テーマ: meditation,discipline
導線タグ: 介護,食事,依存
⚠ 初学者には難しい
正念 vinaya 趣旨一致
9.8. Paṭiññātakaraṇa Āpattādhikaraṇaṁ tīhi samathehi sammati— sammukhāvinayena ca, paṭiññātakaraṇena ca, tiṇavatthārakena ca. Siyā āpattādhikaraṇaṁ ekaṁ samathaṁ anāgamma— tiṇavatthārakaṁ, dvīhi samathehi sammeyya— sammukhāvinayena ca, paṭiññātakaraṇena cāti? Idha pana, bhikkhave, bhikkhu lahukaṁ āpattiṁ āpanno hoti. Tena, bhikkhave, bhikkhunā ekaṁ bhikkhuṁ upasaṅkamitvā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno; taṁ paṭidesemī’ti.
9.8. 自白による処理(パティンニャータカラナ)  罪事諍(アーパッターディカラナ)は、三つの滅諍法(サマタ)によって鎮められる——現前毘尼(サンムカーヴィナヤ)と、自白による処理(パティンニャータカラナ)と、如草覆地(ティナヴァッターラカ)とによってである。  ここで、比丘たちよ、罪事諍において、一つの滅諍法——すなわち如草覆地——を用いることなく、二つの滅諍法——すなわち現前毘尼と自白による処理——によって鎮められる場合があるであろうか。  比丘たちよ、ここにある比丘が、軽い罪(ラフカー・アーパッティ)を犯したとする。その比丘たちよ、かの比丘は、一人の比丘のもとに赴き、上衣(ウッタラーサンガ)を一肩にかけ、蹲踞(うずくま)りて座し、合掌して、次のように申し述べるべきである——「友よ、わたくしはかくかくの罪を犯しました。それをここに懺悔(パティデーサ)いたします」と。
副テーマ: mindfulness,relationship,self
導線タグ: 懺悔,正直に話す,罪悪感,謝罪,自己開示,対人関係,誠実さ
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Mahāpurisavihāro eso, bhante, yadidaṁ suññatā”ti. “Pubbepi me bhūmi gihibhūtassa āciṇṇā suññatā. Tenāhaṁ etarahipi suññatāvihārena bahulaṁ viharāmi, api ca mayā cirappattaṁ arahattan”ti. Ayañcarahi therānaṁ bhikkhūnaṁ antarākathā vippakatā, athāyasmā sambhūto sāṇavāsī tasmiṁ anuppatto hoti. Atha kho āyasmā sambhūto sāṇavāsī yenāyasmā sabbakāmī tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā āyasmantaṁ sabbakāmiṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. “ime, bhante, vesālikā vajjiputtakā bhikkhū vesāliyaṁ dasa vatthūni dīpenti— kappati siṅgiloṇakappo, kappati dvaṅgulakappo, kappati gāmantarakappo, kappati āvāsakappo, kappati anumatikappo, kappati āciṇṇakappo, kappati amathitakappo, kappati jaḷogiṁ, pātuṁ kappati adasakaṁ nisīdanaṁ, kappati jātarūparajatanti. Therena, bhante, upajjhāyassa mūle bahudhammo ca vinayo ca pariyatto. Therassa, bhante, dhammañca vinayañca paccavekkhantassa kathaṁ hoti? Ke nu kho dhammavādino—
「尊者よ、これこそ大人(だいにん)の住処(じゅうしょ)にほかなりません。すなわち空性(くうしょう)というものが」と。「わたくしもかつて在家の身にあった頃より、空性(suññatā)を習い修めてきた。それゆえ今もなお、空性の住(suññatāvihāra)に多く住しているのである。しかもわたくしは、久しくすでに阿羅漢果(arahatta)を証得しているのだ」と。 さて、このとき長老比丘たちの語らいが途中のままとなっていたところへ、尊者サンブータ・サーナヴァーシー(Sambhūta Sāṇavāsī)がその場に到着した。そこで尊者サンブータ・サーナヴァーシーは、尊者サッバカーミー(Sabbakāmī)のもとに近づき、近づいてから尊者サッバカーミーに礼拝して、かたわらに座した。 「尊者よ、これらヴェーサーリー(Vesālī)のヴァッジ子族(Vajjiputtaka)の比丘たちが、ヴェーサーリーにおいて十事(dasa vatthūni)を説き示しております。すなわち、塩を角器に貯えることは許容される(siṅgiloṇakappa)、二指幅の時に食することは許容される(dvaṅgulakappa)、村落の間へ行くことは許容される(gāmantarakappa)、住処の内での別食は許容される(āvāsakappa)、承認を得てのことは許容される(anumatikappa)、慣行によることは許容される(āciṇṇakappa)、撹拌せざる乳を飲むことは許容される(amathitakappa)、未発酵の椰子酒(jaḷogi)を飲むことは許容される、縁なき坐具は許容される(adasakaṃ nisīdana)、金銀(jātarūparajata)を受けることは許容される、と。 尊者よ、長老は戒師(upajjhāya)のもとにて、多くの法と律とを習得されておられます。尊者よ、長老が法と律とを省察されるとき、いかにお考えになりますか。いったい誰が法を語る者(dhammavādino)なのでしょうか——」
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,将来,介護,食事,依存
⚠ 出家者向けの文脈,初学者には難しい
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho yaso kulaputto suvaṇṇapādukāyo ārohitvā yena nivesanadvāraṁ tenupasaṅkami. Amanussā dvāraṁ vivariṁsu— “mā yasassa kulaputtassa koci antarāyamakāsi agārasmā anagāriyaṁ pabbajjāyā”ti. Atha kho yaso kulaputto yena nagaradvāraṁ tenupasaṅkami. Amanussā dvāraṁ vivariṁsu— Atha kho yaso kulaputto yena isipatanaṁ migadāyo tenupasaṅkami. Tena kho pana samayena bhagavā rattiyā paccūsasamayaṁ paccuṭṭhāya ajjhokāse caṅkamati. Addasā kho bhagavā yasaṁ kulaputtaṁ dūratova āgacchantaṁ, disvāna caṅkamā orohitvā paññatte āsane nisīdi. Atha kho yaso kulaputto bhagavato avidūre udānaṁ udānesi— “upaddutaṁ vata bho, upassaṭṭhaṁ vata bho”ti.
そのとき、ヤサ良家の子は、黄金の草履を履いて、住居の門のほうへと近づいていった。非人(あまつかみ)たちが門を開いた——「ヤサ良家の子が、在家より出家へと旅立つことの、いかなる妨げもあってはならぬ」と。そのとき、ヤサ良家の子は、城門のほうへと近づいていった。非人たちが門を開いた。そのとき、ヤサ良家の子は、イシパタナの鹿野苑(ろくやおん)のほうへと近づいていった。 そのとき、世尊(せそん)は、夜の明け方の時分に起き出でて、露地にて経行(きんひん)しておられた。世尊は、ヤサ良家の子がはるか遠くからやってくるのを見た。見て、経行の場より降り、設けられた座に座られた。 そのとき、ヤサ良家の子は、世尊のほど近くにて、感興の言葉(うだーな)を発した——「ああ、煩わしきかな。ああ、苦しきかな」と。
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,病気,介護,決断,食事
正念 vinaya 趣旨一致
samāpanno nāroceti, āhaṭā hoti pavāraṇā. Pavāraṇahārakassa anāpatti. Pavāraṇahārako ce, bhikkhave, dinnāya pavāraṇāya saṅghappatto sañcicca nāroceti, āhaṭā hoti pavāraṇā. Pavāraṇahārakassa āpatti dukkaṭassa. Anujānāmi, bhikkhave, tadahu pavāraṇāya pavāraṇaṁ dentena chandampi dātuṁ, santi saṅghassa karaṇīyan”ti. 4. Ñātakādiggahaṇakathā Tena kho pana samayena aññataraṁ bhikkhuṁ tadahu pavāraṇāya ñātakā gaṇhiṁsu. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Idha pana, bhikkhave, bhikkhuṁ tadahu pavāraṇāya ñātakā gaṇhanti. Te ñātakā bhikkhūhi evamassu vacanīyā—
〔自恣を伝達しなかった場合〕 〔自恣の伝達を委ねられた比丘が、まだ受戒していない者には告げず、そのまま〕受戒済みの者のもとに至った場合、自恣(パヴァーラナー)はすでに執り行われたものとなる。自恣の伝達者(パヴァーラナーハーラカ)には罪過はない。しかるに、比丘たちよ、自恣の伝達者が、自恣を委ねられながら、〔受戒済みの〕僧伽の成員に故意に告げなかった場合、自恣はすでに執り行われたものとなる。自恣の伝達者には突吉羅(ドゥッカタ)の罪過がある。比丘たちよ、われは許可する——自恣の当日に自恣を委ねる者は、欲(チャンダ)をも委ねることができる。「僧伽にはなすべき事柄がある」と。 四 親族等による連行について さてそのとき、ある比丘が、自恣の当日に親族たちによって連れ去られた。〔比丘たちは〕この事情を世尊に申し上げた。 「比丘たちよ、ここに、自恣の当日に比丘を親族たちが連れ去ることがある。その親族たちに対して、比丘たちはこのように言うべきである——
副テーマ: meditation
導線タグ: 介護,罪悪感
⚠ 出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho bhagavā yena uruvelakassapassa jaṭilassa assamo tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā uruvelakassapaṁ jaṭilaṁ etadavoca— “sace te, kassapa, agaru, vaseyyāma ekarattaṁ agyāgāre”ti? “Na kho me, mahāsamaṇa, garu, caṇḍettha nāgarājā iddhimā āsiviso ghoraviso, so taṁ mā viheṭhesī”ti. Dutiyampi kho bhagavā uruvelakassapaṁ jaṭilaṁ etadavoca— “Appeva maṁ na viheṭheyya, iṅgha tvaṁ, kassapa, anujānāhi agyāgāran”ti. “Vihara, mahāsamaṇa, yathāsukhan”ti. Atha kho bhagavā agyāgāraṁ pavisitvā tiṇasanthārakaṁ paññapetvā nisīdi pallaṅkaṁ ābhujitvā ujuṁ kāyaṁ paṇidhāya parimukhaṁ satiṁ upaṭṭhapetvā. Addasā kho so nāgo bhagavantaṁ paviṭṭhaṁ, disvāna dummano padhūpāyi. Atha kho bhagavato etadahosi— “yannūnāhaṁ imassa nāgassa anupahacca chaviñca cammañca maṁsañca nhāruñca aṭṭhiñca aṭṭhimiñjañca tejasā tejaṁ pariyādiyeyyan”ti.
そのとき世尊は、ウルヴェーラ・カッサパという結髪行者(jaṭila)の庵のあるところへ近づき行かれ、近づいてウルヴェーラ・カッサパにこのように仰せられた。 「カッサパよ、もしそなたが差し支えなければ、火の祀堂にて一夜を過ごしたいと思うが」 「大沙門よ、わたくしとしては差し支えございません。しかしこの祀堂には神通力を持ち、猛毒を有するおそるべき毒蛇の龍王が棲んでおります。どうかその龍があなたを害することなきよう」 世尊はふたたびウルヴェーラ・カッサパにこのように仰せられた。 「あるいは、その龍はわたしを害することがないかもしれない。カッサパよ、火の祀堂を使わせてほしい」 「どうぞ、大沙門よ、ご随意に」 そのとき世尊は火の祀堂に入り、草の座を整えて、跏趺(pallanka)を結んで坐し、身体を真っ直ぐに正しく保ち、念(sati)を面前に確立して(parimukhaṁ satiṁ upaṭṭhapetvā)坐られた。 かの龍は世尊が入ってこられたのを見た。見て、怒りに燃え、煙を吹き出した。そのとき世尊にこのような思いが起こられた。 「わたしはこの龍の、皮膚も、皮も、肉も、筋も、骨も、骨髄をも傷つけることなく、火をもって火に対抗したならばどうであろうか」
副テーマ: mindfulness,compassion,wisdom,anger
導線タグ: 恐怖への対処,冷静さ,挑発に動じない,威圧的な相手,怒りの制御,精神的安定,思いやりのある対応
正念 vinaya 趣旨一致
evameva kho, bhikkhave, cattārome vaṇṇā—khattiyā, brāhmaṇā, vessā, suddā. Te tathāgatappavedite dhammavinaye agārasmā anagāriyaṁ pabbajitvā jahanti purimāni nāmagottāni, samaṇā sakyaputtiyātveva saṅkhaṁ gacchanti. Seyyathāpi, bhikkhave, yā ca loke savantiyo mahāsamuddaṁ appenti, yā ca antalikkhā dhārā papatanti, na tena mahāsamuddassa ūnattaṁ vā pūrattaṁ vā paññāyati; evameva kho, bhikkhave, bahū cepi bhikkhū anupādisesāya nibbānadhātuyā parinibbāyanti, na tena nibbānadhātuyā ūnattaṁ vā pūrattaṁ vā paññāyati. Seyyathāpi, bhikkhave, mahāsamuddo ekaraso loṇaraso; evameva kho, bhikkhave, ayaṁ dhammavinayo ekaraso vimuttiraso. Seyyathāpi, bhikkhave, mahāsamuddo bahuratano anekaratano, tatrimāni ratanāni, seyyathidaṁ—muttā, maṇi, veḷuriyo, saṅkho, silā, pavāḷaṁ, rajataṁ, jātarūpaṁ, lohitako, masāragallaṁ; evameva kho, bhikkhave, ayaṁ dhammavinayo bahuratano anekaratano. Tatrimāni ratanāni, seyyathidaṁ—cattāro satipaṭṭhānā, cattāro sammappadhānā, cattāro iddhipādā, pañcindriyāni, pañca balāni, satta bojjhaṅgā, ariyo aṭṭhaṅgiko maggo. Seyyathāpi, bhikkhave, mahāsamuddo mahataṁ bhūtānaṁ āvāso, tatrime bhūtā—timi, timiṅgalo, timitimiṅgalo, asurā, nāgā, gandhabbā, santi mahāsamudde yojanasatikāpi attabhāvā, dviyojanasatikāpi attabhāvā, tiyojanasatikāpi attabhāvā, catuyojanasatikāpi attabhāvā, pañcayojanasatikāpi attabhāvā; evameva kho, bhikkhave, ayaṁ dhammavinayo mahataṁ bhūtānaṁ āvāso. Tatrime bhūtā—sotāpanno, sotāpattiphalasacchikiriyāya paṭipanno; sakadāgāmī, sakadāgāmiphalasacchikiriyāya paṭipanno; anāgāmī, anāgāmiphalasacchikiriyāya paṭipanno; arahā, arahattaphalasacchikiriyāya paṭipanno. Atha kho bhagavā etamatthaṁ viditvā tāyaṁ velāyaṁ imaṁ udānaṁ udānesi—
「比丘たちよ、まさにそのように、この四つの階層がある——刹帝利(クシャトリヤ)、婆羅門(バラモン)、毘舎(ヴェッサ)、首陀(スッダ)。彼らは如来の説きたもうた法と律(ダンマ・ヴィナヤ)において、家より出でて家なき状態に出家し、以前の名と姓を捨て、ただ「釈子たる沙門(サマナ・サキヤプッティヤ)」と呼ばれるに至る。 比丘たちよ、たとえば、この世にある大河も、また虚空より降り注ぐ雨水も、大海へと注ぎ込む。しかしそれによって大海が減ることも増えることも知られない。まさにそのように、比丘たちよ、たとい多くの比丘たちが無余涅槃界(アヌパーディセーサ・ニッバーナダートゥ)に般涅槃(パリニッバーナ)するとも、それによって涅槃界が減ることも増えることも知られない。 比丘たちよ、たとえば大海はひとつの味、塩の味をもつ。まさにそのように、比丘たちよ、この法と律はひとつの味、解脱(ヴィムッティ)の味をもつ。 比丘たちよ、たとえば大海は多くの宝、さまざまの宝を有する。そこにある宝とはこれである——真珠(ムッター)、宝石(マニ)、瑠璃(ヴェルリヤ)、螺(サンカ)、石英(シラー)、珊瑚(パヴァーラ)、銀(ラジャタ)、金(ジャータルーパ)、紅玉(ロヒタカ)、碧玉(マサーラガッラ)。まさにそのように、比丘たちよ、この法と律は多くの宝、さまざまの宝を有する。そこにある宝とはこれである——四念処(サティパッターナ)、四正勤(サンマッパダーナ)、四神足(イッジパーダ)、五根(インドリヤ)、五力(バラ)、七覚支(ボッジャンガ)、八聖道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)。 比丘たちよ、たとえば大海は偉大な生きものたちの住処である。そこにある生きものとはこれである——鯨(ティミ)、鯨
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⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho uruvelakassapassa jaṭilassa etadahosi— Sace mahāsamaṇo mahājanakāye iddhipāṭihāriyaṁ karissati, mahāsamaṇassa lābhasakkāro abhivaḍḍhissati, mama lābhasakkāro parihāyissati. Aho nūna mahāsamaṇo svātanāya nāgaccheyyā”ti. Atha kho bhagavā uruvelakassapassa jaṭilassa cetasā cetoparivitakkamaññāya uttarakuruṁ gantvā tato piṇḍapātaṁ āharitvā anotattadahe paribhuñjitvā tattheva divāvihāraṁ akāsi. Atha kho uruvelakassapo jaṭilo tassā rattiyā accayena yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ etadavoca— “kālo, mahāsamaṇa, niṭṭhitaṁ bhattaṁ. Kiṁ nu kho, mahāsamaṇa, hiyyo nāgamāsi? Api ca mayaṁ taṁ sarāma— Khādanīyassa ca bhojanīyassa ca te paṭivīso ṭhapito”ti. “Nanu te, kassapa, etadahosi—
そのとき、結髪行者ウルヴェーラ・カッサパの心に、こういう思いが起こった。――「もし大沙門が大衆の前で神通の奇瑞(いずい)を示せば、大沙門への供養と尊崇はいよいよ増し、わが供養と尊崇は衰えてしまうであろう。願わくは、大沙門よ、明日はどうかおいでにならぬように」と。 そこで世尊は、結髪行者ウルヴェーラ・カッサパの心の中の思念(しねん)を、己が心をもって知り取られ、北倶盧洲(きたくるしゅう)に赴いて、そこより托鉢食(たくはつじき)を持ち帰り、アノッタッタ湖のほとりにてそれを受用し、そのまま日中の座(にっちゅうのざ)についておられた。 やがて夜が明けると、結髪行者カッサパは世尊のもとへ参り、こう申し上げた。――「時刻になりました、大沙門よ。食事の用意は整っております。大沙門よ、昨日はなぜおいでになりませんでしたか。じつは、硬食(こうじき)と軟食(なんじき)とを、あなたのぶんとして取り置いておりましたのに」と。 〔世尊は仰せられた。〕「カッサパよ、汝にはかくなる思いが起こらなかったか。――
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正念 vinaya 趣旨一致
‘etarahi kho me mahāyañño paccupaṭṭhito, kevalakappā ca aṅgamagadhā pahūtaṁ khādanīyaṁ bhojanīyaṁ ādāya abhikkamissanti, sace mahāsamaṇo mahājanakāye iddhipāṭihāriyaṁ karissati, mahāsamaṇassa lābhasakkāro abhivaḍḍhissati, mama lābhasakkāro parihāyissati, aho nūna mahāsamaṇo svātanāya nāgaccheyyā’ti. So kho ahaṁ, kassapa, tava cetasā cetoparivitakkamaññāya uttarakuruṁ gantvā tato piṇḍapātaṁ āharitvā anotattadahe paribhuñjitvā tattheva divāvihāraṁ akāsin”ti. Atha kho uruvelakassapassa jaṭilassa etadahosi— “mahiddhiko kho mahāsamaṇo mahānubhāvo, yatra hi nāma cetasāpi cittaṁ pajānissati, na tveva ca kho arahā yathā ahan”ti. Atha kho bhagavā uruvelakassapassa jaṭilassa bhattaṁ bhuñjitvā tasmiṁyeva vanasaṇḍe vihāsi. Pañcamaṁ pāṭihāriyaṁ. Tena kho pana samayena bhagavato paṁsukūlaṁ uppannaṁ hoti. Atha kho bhagavato etadahosi— “kattha nu kho ahaṁ paṁsukūlaṁ dhoveyyan”ti? Atha kho sakko devānamindo bhagavato cetasā cetoparivitakkamaññāya pāṇinā pokkharaṇiṁ khaṇitvā bhagavantaṁ etadavoca—
「今まさに私のもとでは大いなる祭祀(ヤンニャ)が催されようとしており、アンガとマガダの全域から人々が豊かな食物や飲み物を携えて集まって来るであろう。もし大沙門(マハーサマナ)が大群衆の前で神通の奇跡を示すならば、大沙門の利得と供養とはますます増大し、わが利得と供養とは衰えてしまうであろう。願わくば大沙門よ、明日どうかお越しにならないでほしい」と。 「カッサパよ、実にわたくしはそなたの心の思いを心をもって察し知り、北倶盧洲(ウッタラクル)に赴いてそこより托鉢食を持ち帰り、阿耨達池(アノッタタダハ)にてそれを食し、そのまま同所にて昼の間の住処とした。」 さて、苦行者ウルヴェーラ・カッサパの心にこのような思いが起こった。 「大沙門はまことに大いなる神通力を持ち、大いなる威神力を有しておられる。心の思いをさえも心をもって知り給うとは。しかしながら阿羅漢(アラハン)ではない、わたくしのようには」と。 かくして世尊はウルヴェーラ・カッサパの施食を受けられたのち、その同じ林の中に留まられた。これが第五の奇跡である。 さてそのころ、世尊に糞掃衣(パンスクーラ)が生じた。そこで世尊の心にこのような思いが起こった。 「さて、どこでこの糞掃衣を洗うべきであろうか」と。 すると天の神々の王、サッカ(帝釈天)は、世尊の心の思いを心をもって察し知り、手をもって池を掘り、世尊にこのように申し上げた――
副テーマ: meditation
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正念 vinaya 趣旨一致
“Nāhaṁ, bhante, ayyaṁ sudhammaṁ akkosāmi, paribhāsāmi. Vasatu, bhante, ayyo sudhammo macchikāsaṇḍe. Ramaṇīyaṁ ambāṭakavanaṁ. Ahaṁ ayyassa sudhammassa ussukkaṁ karissāmi, cīvarapiṇḍapātasenāsanagilānappaccayabhesajjaparikkhārānan”ti. Dutiyampi kho …pe… tatiyampi kho āyasmā sudhammo cittaṁ gahapatiṁ etadavoca— “Kahaṁ, bhante, ayyo sudhammo gamissatī”ti? “Sāvatthiṁ kho ahaṁ, gahapati, gamissāmi bhagavantaṁ dassanāyā”ti. “Tena hi, bhante, yañca attanā bhaṇitaṁ, yañca mayā bhaṇitaṁ taṁ sabbaṁ bhagavato ārocehi. Anacchariyaṁ kho panetaṁ, bhante, yaṁ ayyo sudhammo punadeva macchikāsaṇḍaṁ paccāgaccheyyā”ti.
「尊者よ、わたくしは尊者スダンマ(Sudhammo)を罵ったり、誹謗したりするものではございません。尊者よ、どうか尊者スダンマはマッチカーサンダ(Macchikāsaṇḍa)にお留まりください。アンバータカ林(ambāṭakavana)は清らかな美しい所でございます。わたくしは尊者スダンマのために、衣(cīvara)・食(piṇḍapāta)・臥坐具(senāsana)・病者への薬や資具(gilānappaccayabhesajjaparikkhāra)の世話をいたしましょう。」 再び、長者チッタ(Citta)は尊者スダンマに同じことを申し上げた。さらに三度目もまた、尊者スダンマは長者チッタにこのように言われた。 「尊者よ、尊者スダンマはどちらへおいでになるのでございましょうか。」 「わたくしは、長者よ、世尊(Bhagavant)にお目にかかるべく、舎衛城(Sāvatthī)へ参るつもりである。」 「それならば、尊者よ、御自身の仰せになったこと、またわたくしが申し上げたこと、そのすべてを世尊にお伝えくださいませ。また尊者よ、尊者スダンマが再びマッチカーサンダにお戻りになることは、まことに不思議なことではございません。」
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正念 vinaya 趣旨一致
Atha kho āyasmā sudhammo senāsanaṁ saṁsāmetvā pattacīvaramādāya yena sāvatthi tena pakkāmi. Anupubbena yena sāvatthi jetavanaṁ anāthapiṇḍikassa ārāmo yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho āyasmā sudhammo yañca attanā bhaṇitaṁ yañca cittena gahapatinā bhaṇitaṁ taṁ sabbaṁ bhagavato ārocesi. Vigarahi buddho bhagavā— “ananucchavikaṁ, moghapurisa, ananulomikaṁ appatirūpaṁ assāmaṇakaṁ akappiyaṁ akaraṇīyaṁ. Kathañhi nāma tvaṁ, moghapurisa, cittaṁ gahapatiṁ saddhaṁ pasannaṁ dāyakaṁ kārakaṁ saṅghupaṭṭhākaṁ hīnena khuṁsessasi, hīnena vambhessasi? Netaṁ, moghapurisa, appasannānaṁ vā pasādāya …pe… vigarahitvā …pe… dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “tena hi, bhikkhave, saṅgho sudhammassa bhikkhuno paṭisāraṇīyakammaṁ karotu—
そのとき、尊者スダンマは臥坐処(がざしょ)を整え、鉢と衣を持ちて、サーヴァッティーへと旅立った。次第に歩みを進め、サーヴァッティーのジェータ林、アナータピンディカの園精舎へと至り、世尊のおられる所に近づいた。近づいてより、世尊を礼拝し、かたわらに座した。かたわらに座した尊者スダンマは、自らが語りしことと、チッタ居士が語りしこととを、そのすべてを世尊に申し上げた。 目覚めた方(ブッダ)なる世尊は、これを咎めて仰せられた。 「愚かな人(もがぷりさ)よ、それは相応しからぬこと、ふさわしからぬこと、似つかわしからぬこと、沙門の法にあらぬこと、許されぬこと、なすべからぬことである。愚かな人よ、汝はいかにして、信仰あり、浄信を持ち、施す者にして、事をなし、僧伽に仕えるチッタ居士を、低き言葉をもって侮り、低き言葉をもって蔑もうとしたのか。愚かな人よ、これは信なき者に信を生ぜしめる所以にもあらず……」 かくのごとく咎め終えて……法に関わる話をなしたる後、比丘たちに告げて仰せられた。 「されば、比丘たちよ、僧伽は比丘スダンマに対して、パティサーラニーヤカンマ(paṭisāraṇīyakamma)――すなわち陳謝の羯磨(かつま)を行ずべし。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
Bhikkhū paṇītāni bhojanāni bhuñjitvā abhisannakāyā honti bahvābādhā. Atha kho jīvako komārabhacco vesāliṁ agamāsi kenacideva karaṇīyena. Addasā kho jīvako komārabhacco bhikkhū abhisannakāye bahvābādhe. Disvāna yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. “etarahi, bhante, bhikkhū abhisannakāyā bahvābādhā. Sādhu, bhante, bhagavā bhikkhūnaṁ caṅkamañca jantāgharañca anujānātu. Evaṁ bhikkhū appābādhā bhavissantī”ti. Atha kho bhagavā jīvakaṁ komārabhaccaṁ dhammiyā kathāya sandassesi samādapesi samuttejesi sampahaṁsesi. Atha kho jīvako komārabhacco bhagavatā dhammiyā kathāya sandassito samādapito samuttejito sampahaṁsito uṭṭhāyāsanā bhagavantaṁ abhivādetvā padakkhiṇaṁ katvā pakkāmi. Atha kho bhagavā etasmiṁ nidāne etasmiṁ pakaraṇe dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi—
比丘たちは精妙な食物を食べて、身体が重く滞り、多くの病を患うようになった。そのころ、ジーヴァカ・コーマーラバッチャ(Jīvako Komārabhacco)が、ある用向きによってヴェーサーリーを訪れた。ジーヴァカ・コーマーラバッチャは、比丘たちが身体を滞らせ、多くの病を患っているのを見た。見てから、世尊のもとへと近づき、近づいて世尊を礼拝し、かたわらに坐した。 「尊師よ、いま比丘たちは身体が重く滞り、多くの病を患っております。尊師よ、どうか世尊は比丘たちのために経行(キンヒン)と浴室(ジャンターガラ)をお許しくださいますように。そうすれば、比丘たちの病も少なくなりましょう。」 そこで世尊は、ジーヴァカ・コーマーラバッチャを法にかなった話をもって教え示し、勧め励まし、奮い起こし、喜ばせた。そこでジーヴァカ・コーマーラバッチャは、世尊によって法にかなった話をもって教え示され、勧め励まされ、奮い起こされ、喜ばされて、座より立ち上がり、世尊を礼拝し、右繞(うじょう)してから去った。 そこで世尊は、この因縁、この事案にもとづいて法の話をなされ、比丘たちに告げられた――
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⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
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abhūtenāyasmā codesi, no bhūtena, alaṁ te vippaṭisārāya; pharusenāyasmā codesi, no saṇhena, alaṁ te vippaṭisārāya; anatthasaṁhitenāyasmā codesi, no atthasaṁhitena, alaṁ te vippaṭisārāya; dosantaro āyasmā codesi, no mettacitto, alaṁ te vippaṭisārāyāti. Adhammacodakassa, upāli, bhikkhuno imehi pañcahākārehi vippaṭisāro upadahātabbo. Taṁ kissa hetu? Yathā na aññopi bhikkhu abhūtena codetabbaṁ maññeyyā”ti. “Adhammacuditassa pana, bhante, bhikkhuno katihākārehi avippaṭisāro upadahātabbo”ti? “Adhammacuditassa, upāli, bhikkhuno pañcahākārehi avippaṭisāro upadahātabbo— akālenāyasmā cudito, no kālena, alaṁ te avippaṭisārāya;
「尊者よ、あなたは事実に基づかずして(非法に)責めた、事実に基づいてではなく。あなたには悔恨(vippaṭisāra)をいだくことがふさわしい。尊者よ、あなたは荒々しい言葉をもって責めた、柔和な言葉をもってではなく。あなたには悔恨をいだくことがふさわしい。尊者よ、あなたは利益なきことを伴って責めた、利益あることを伴ってではなく。あなたには悔恨をいだくことがふさわしい。尊者よ、あなたは瞋恚(dosa)を心の内に秘めて責めた、慈(mettā)の心をもってではなく。あなたには悔恨をいだくことがふさわしい」と。 「ウパーリよ、法にかなわぬ責めをおこなった比丘には、これら五つのあり方によって悔恨をいだかしめるべきである。それはなぜか。他の比丘もまた、事実に基づかずして責めてよいものと思わぬようにするためである」と。 「では、世尊よ、法にかなわぬ責めを受けた比丘には、いくつのあり方によって悔恨なきこと(avippaṭisāra)をいだかしめるべきでありましょうか」と。 「ウパーリよ、法にかなわぬ責めを受けた比丘には、五つのあり方によって悔恨なきことをいだかしめるべきである。すなわち、尊者よ、あなたは時ならぬとき(akāla)に責められた、時にかなった折にではなく。あなたには悔恨なきことがふさわしい。
副テーマ: mindfulness,relationship,anger,wisdom
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⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
正念 vinaya 趣旨一致
“anujānāmi, bhikkhave, caṅkamañca jantāgharañcā”ti. Tena kho pana samayena bhikkhū visame caṅkame caṅkamanti. Pādā dukkhā honti. “Anujānāmi, bhikkhave, samaṁ kātun”ti. Caṅkamo nīcavatthuko hoti. Udakena otthariyyati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, uccavatthukaṁ kātun”ti. Cayo paripatati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, cinituṁ tayo caye— iṭṭhakācayaṁ, silācayaṁ, dārucayan”ti.
「比丘たちよ、経行(きんひん)の場と浴室とを許可する。」 そのころ、比丘たちは凹凸のある経行の場を経行していた。足が苦しくなった。「比丘たちよ、平らにすることを許可する。」 経行の場の土台が低かった。水が溢れ込んだ。……「比丘たちよ、土台を高くすることを許可する。」 積み上げた石が崩れ落ちた。……「比丘たちよ、三種の積み方にて積むことを許可する。——煉瓦積み、石積み、木積みの三種である。」
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,子育て,決断
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正念 vinaya 趣旨一致
Ārohantā vihaññanti …pe… “anujānāmi, bhikkhave, tayo sopāne— iṭṭhakāsopānaṁ, silāsopānaṁ, dārusopānan”ti. Ārohantā paripatanti …pe… “anujānāmi, bhikkhave, ālambanabāhan”ti. Tena kho pana samayena bhikkhū caṅkame caṅkamantā paripatanti. “Anujānāmi, bhikkhave, caṅkamanavedikan”ti. Tena kho pana samayena bhikkhū ajjhokāse caṅkamantā sītenapi uṇhenapi kilamanti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Anujānāmi, bhikkhave, caṅkamanasālan”ti.
〔比丘たちが階段を〕昇る際に難儀していた……乃至……「比丘たちよ、三種の階段を許可する——煉瓦の階段、石の階段、木の階段を」と。昇る際に転び落ちていた……乃至……「比丘たちよ、手すり(ālambanabāha)を許可する」と。 さてそのころ、比丘たちは経行(caṅkama)をなしながら転び落ちていた。「比丘たちよ、経行台(caṅkamanavedikā)を許可する」と。 さてそのころ、比丘たちは露天にて経行をなしながら、寒さにも暑さにも疲れ苦しんでいた。このことを世尊に申し上げた。「比丘たちよ、経行堂(caṅkamanasālā)を許可する」と。
副テーマ: meditation
導線タグ: 上司,介護,決断,対人恐怖,食事
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経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)

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