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10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 10,029
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
智慧
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sutta Nipāta 3.7 Selasutta
---
そのように私は聞いた。
あるとき、世尊はアンガ国の諸国を遊行されて、アーパナという名のアンガ国の町に至られた。
ケーニヤという名の結髪修行者(jaṭila)は、こう聞いた。「ゴータマ沙門は、釈迦族の子にして釈迦族の家を出家し、アンガ国の諸国を遊行されて、アーパナに来られた。かのゴータマ尊者には、こういう善き名声がある——『世尊は阿羅漢にして、正しく自ら悟られた者(sammā-sambuddha)、明知と行いを具えた者(vijjā-caraṇa-sampanna)、善く逝かれた者(sugata)、世を知る者(lokavidū)、無上の調御師(anuttara purisa-damma-sārathi)、天と人との師(satthā deva-manussānaṃ)、覚れる者(buddha)、世尊(bhagavā)』と。このような方が世に現れることは稀である」と。
そこでケーニヤ結髪修行者は、世尊のもとへ赴いた。世尊と喜びをもって挨拶を交わし、喜ばしく心に残る言葉を述べ終えて、一方に座した。一方に座したケーニヤ結髪修行者に、世尊は法を説き、勧め、励まし、喜ばせられた。
世尊により法を説かれ、勧められ、励まされ、喜ばされたケーニヤ結髪修行者は、世尊にこう申し上げた。
「ゴータマ尊者よ、明日の食事のために、比丘僧伽とともに私をお受け入れください」
このように言われて、世尊はケーニヤ結髪修行者にこう言われた。
「ケーニヤよ、比丘僧伽は大きい。三百の比丘がいる。そして、あなたはバラモンたちを深く信奉している」
「しかし、ゴータマ尊者よ、比丘僧伽は大きく、三百の比丘がいるとしましても、また私がバラモンたちを深く信奉しておりますとしましても、どうかゴータマ尊者は、比丘僧伽とともに明日の食事のために私をお受け入れください」
世尊は沈黙をもって承諾された。
世尊の承諾を知
智慧
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sabbaṁ taṁ takkavaḍḍhanaṁ,
それらはすべて、思惟(タッカ)を増長させるものに過ぎない。
智慧
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sutta Nipāta 1.1 Uragasutta
---
〔帰敬偈なき冒頭より、世尊の御言葉として伝えられる〕
---
蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように——
怒りが燃え上がっても、それを薬草で鎮めるように抑える比丘、
この世とかの世とを、ともに捨て去る——
蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
欲望(ラーガ)を余すところなく断ち切った比丘、
蓮池の水草を摘み取るように——
この世とかの世とを、ともに捨て去る、
蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
渇愛(タンハー)を余すところなく涸らし尽くした比丘、
急流の速き水が干上がるように——
この世とかの世とを、ともに捨て去る、
蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
慢心(マーナ)を洪水のように押し流した比丘、
葦の橋が濁流に押し流されるように——
この世とかの世とを、ともに捨て去る、
蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
智慧
スッタニパータ
趣旨一致
短
So bhikkhu jahāti orapāraṁ,
かの比丘は、此岸と彼岸とを捨て去る、
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sutta Nipāta 1.12 Munisutta
---
親しみより恐れが生じ、
住処より塵埃(じんあい)が起こる。
住処なく、親しみなき者——
これこそ牟尼(むに)の見(けん)なり。
すでに生じたるものを断ち、
いまだ生じざるものを育てず、
孤独に歩みゆく者——
これこそ牟尼の見なり。
何が善く、何が悪しきかを見て、
両者のあいだにて平静を保ち、
塵に染まらぬ者——
これこそ牟尼の見なり。
貪(とん)を断じ、なすべきことをなし、
貪惑(とんわく)に縛られぬ者、
孤独に歩みゆく者——
これこそ牟尼の見なり。
言葉のみにて語らず、
真実を見究め、心に留め、
妄語(もうご)を超えた者——
これこそ牟尼の見なり。
世の諸々を捨て去り、
籾殻(もみがら)を風に飛ばすがごとく、
善悪を超えた者——
これこそ牟尼の見なり。
心のうちに悪しきを知らず、
外に向かいても悪しきを知らず、
内外ともに清浄なる者——
これこそ牟尼の見なり。
賢くして、なすべきことをなし、
縛られず、群れにまみれず、
自ら見(けん)を持てる者——
これこそ牟尼の見なり。
粗き言葉を語らず、
穏やかにして、真実を語り、
怒りを制せる者——
これこそ牟尼の見なり。
世において愛着なく、
得ることを喜ばず、
束縛(そくばく)を恐れぬ者——
これこそ牟尼の見なり。
執着なく、無常(むじょう)を知り、
師の見解に縛られず、
洞察力を持てる者——
これこそ牟尼の見なり。
争うことなく、見解に縛られず、
諸々の結縛(けつばく)を超えた者——
これこそ牟尼の見なり。
これら一切の境地を悟り、
妄語なく、放縦(ほうじゅう)なく、
見欲(けんよく)より離れた者——
これこそ牟尼の見なり。
智慧をそな
智慧
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sutta Nipāta 1.5 Cundasutta
# スッタニパータ 第I品 蛇品 第5経 チュンダ経
---
かくわたしは聞けり。
ある時、世尊はサーヴァッティーに住みたまえり、祇樹給孤独園に。
その時、鍛冶師の子チュンダは、世尊のもとに近づき、近づいて世尊を礼拝し、傍らに坐した。傍らに坐したチュンダは、世尊にかく申し上げた。
「いかほどの沙門(samaṇa)がおわしますか、世尊よ。どうかわたくしにお説き明かしください。」
〔世尊は説きたまえり〕
「チュンダよ、沙門には四種ある。
第五のものはおらぬ。
わたしの面前で問われたれば
そのことを汝に告げよう。
道を知れる者(maggaññū)あり、
道を説く者(akkhāyī)あり、
道のなかに生きる者(dhammajīvī)あり、
そして道を汚す者(maggadūsī)あり。
問い、疑いを断ち切り
欲望を超え、岩のごとく固く
涅槃(nibbāna)を喜び楽しむ
かかる比丘こそ、沙門の中の勝者(setṭha)なれ。
自らをよく知り
中道(majjhimā paṭipadā)において世を説き
愚かにも正道を侮らず
かかる比丘は第二の者と呼ばれる。
諸々の戒(sīla)を守り
よく統御され、念(sati)を保ち
清らかな行いのうちに生きる者は
第三の者と呼ばれる。
戒(sīla)の姿をまとえど
傲慢にして家を汚し
詐りあり、制御なく、放逸にして
おのが欲のままに語る者——
これぞ道を汚す者(maggadūsī)なれ。
これら四種をよく知りて
在家の者(gihī)はよく弁別せよ。
かかることを見て、信仰(saddhā)ある者は
すべてを礼拝すべきではないと知れ。
火のごとく輝ける道を知れる者を
供養(pūjā)し、礼拝せよ。
そこに法(dhamma)を聞き、涅槃の道を学べ。」
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)