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💬 AIブッダに相談
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偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 695
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
vinaya 2606
中部経典 2117
長部経典 1357
相応部経典 1136
増支部経典 857
jataka 563
スッタニパータ 522
ダンマパダ(法句経) 426
テーラガーター 211
テーリーガーター 68
クッダカパータ 57
イティヴッタカ 54
ウダーナ 34
金剛経 5
維摩経 5
般若心経 4
法華経 4
涅槃経 2
AN 1
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Ekādasamavagga Malitavambhattheragāthā “Ukkaṇṭhitopi na vase, ramamānopi pakkame; Na tvevānatthasaṁhitaṁ, vase vāsaṁ vicakkhaṇo”ti. … Malitavambho thero ….
倦(う)み疲れたるとも、そこに留まるべからず、
楽しみにふけるとも、そこを去るべし。
されど智慧ある者(vicakkhaṇo)は、
己が利とならぬ住処(vāsa)には、
断じて留まるべからず。
――マリタヴァンバ長老
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Catutthavagga Gahvaratīriyattheragāthā “Phuṭṭho ḍaṁsehi makasehi, araññasmiṁ brahāvane; Nāgo saṅgāmasīseva, sato tatrādhivāsaye”ti. … Gahvaratīriyo thero ….
蚊や虻に刺されながらも、
深き大いなる森の中にあって、
まるで戦場に立つ象のごとく、
そこに念(サティ)を保ちて、堪え忍べ。
…これはガハヴァラティーリヤ長老の偈である…
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Sattamavagga Ekudāniyattheragāthā “Adhicetaso appamajjato, Munino monapathesu sikkhato; Sokā na bhavanti tādino, Upasantassa sadā satīmato”ti. … Ekudāniyo thero ….
心を深く澄ませ、放逸に陥らず、
沈黙の道(モーナパタ)において学び修める牟尼(ムニ)よ——
そのような人、常に念(サティ)を保ち寂静に住む者には、
憂いは生じない。
……これはエークダーニヤ長老の言葉である。
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Chaṭṭhavagga Uttiyattheragāthā “Vassati devo yathā sugītaṁ, Channā me kuṭikā sukhā nivātā; Tassaṁ viharāmi adutiyo, Atha ce patthayasi pavassa devā”ti. … Uttiyo thero ….
———
雨よ、降るがよい、名調べのごとく、
わが小屋は葺かれ、安らかに、風も遮られている。
そこにひとり、伴なく、われは住まう——
雨よ、もし望むなら、存分に降るがよい。
———
…… ウッティヤ(Uttiya)長老 ……
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Chaṭṭhavagga Subāhuttheragāthā “Vassati devo yathā sugītaṁ, Channā me kuṭikā sukhā nivātā; Cittaṁ susamāhitañca kāye, Atha ce patthayasi pavassa devā”ti. … Subāhutthero ….
雨よ、降れ、美しき歌のように、
わが小屋は葺かれ、心地よく、風も遮られている。
そして心(チッタ)はよく定まり、身に集中している。
さあ、望むならば、雨よ、降れ。
…スバーフ長老…
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Chaṭṭhavagga Valliyattheragāthā “Vassati devo yathā sugītaṁ, Channā me kuṭikā sukhā nivātā; Tassaṁ viharāmi appamatto, Atha ce patthayasi pavassa devā”ti. … Valliyo thero ….
雨よ、降れ、美しき歌のごとくに、
我が小屋は葺かれ、安らかに、風もなく;
そこに我は住む、怠らず(不放逸)に。
さあ、雨よ、降りたくば降れ。
―長老ヴァッリヤの偈
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dasamavagga Paripuṇṇakattheragāthā “Na tathā mataṁ satarasaṁ, Sudhannaṁ yaṁ mayajja paribhuttaṁ; Aparimitadassinā gotamena, Buddhena desito dhammo”ti. … Paripuṇṇako thero ….
「死して後に百年を経た食物といえども、
今日われが受用したるものとは、かくのごとくには比べられぬ。
無量の見者(けんじゃ)なるゴータマ、
覚者(ブッダ)によりて説かれたるこの法(ダンマ)には」
…… パリプンナカ長老 ……
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Paṭhamavagga Mahākoṭṭhikattheragāthā “Upasanto uparato, mantabhāṇī anuddhato; Dhunāti pāpake dhamme, dumapattaṁva māluto”ti. Itthaṁ sudaṁ āyasmā mahākoṭṭhiko thero gāthaṁ abhāsitthāti.
かくのごとく、尊者マハーコッティカ長老は、この偈を唱えられた。
> 静まり、やすらい、
> 思慮深く語り、高ぶることなく、
> 風が樹の葉を払い落とすように、
> もろもろの悪しき法(ダンマ)を振り払う。
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Pañcamavagga Samiddhittheragāthā “Saddhāyāhaṁ pabbajito, Agārasmānagāriyaṁ; Sati paññā ca me vuḍḍhā, Cittañca susamāhitaṁ; Kāmaṁ karassu rūpāni, Neva maṁ byādhayissasī”ti. … Samiddhitthero ….
信(サッダー)によりて、わたしは家を出で、
家なき者の道へと出家せり。
念(サティ)と慧(パンニャー)はわれに育ち、
心(チッタ)はよく定(サマーディ)に入れり。
汝よ、思うままに形(かたち)を作るがよい、
されど、われを悩ますことは叶わぬであろう。
……サミッディ長老……
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dasamavagga Abhayattheragāthā “Rūpaṁ disvā sati muṭṭhā, Piyaṁ nimittaṁ manasikaroto; Sārattacitto vedeti, Tañca ajjhosa tiṭṭhati; Tassa vaḍḍhanti āsavā, Bhavamūlopagāmino”ti. … Abhayo thero ….
「色(しき)を見て念(ねん)を失い、
愛すべき相(そう)に心を向ける者は、
染着(ぜんちゃく)した心にて受(じゅ)を感じ、
それに執われ、留まり続ける。
かかる者には漏(ろ)が増大し、
有(う)を根とするものへと向かいゆく」
……長老アバヤ(Abhaya)
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Dasamavagga Uttiyattheragāthā “Saddaṁ sutvā sati muṭṭhā, Piyaṁ nimittaṁ manasikaroto; Sārattacitto vedeti, Tañca ajjhosa tiṭṭhati; Tassa vaḍḍhanti āsavā, Saṁsāraṁ upagāmino”ti. … Uttiyo thero ….
# テーラガーター 第一集 第十章 ウッティヤ長老の偈
---
「音声(サッダ)を聞きて、念(サティ)は失われ、
愛しき相(ニミッタ)を心に思い浮かべる者、
染著(サーラッタ)せる心をもってそれを感受し、
またそれに執着してとどまる。
かかる者には漏(アーサヴァ)が増大し、
輪廻(サンサーラ)へとおもむく」と。
――長老ウッティヤの偈――
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Paṭhamavagga Vīrattheragāthā “Yo duddamiyo damena danto, Vīro santusito vitiṇṇakaṅkho; Vijitāvī apetalomahaṁso, Vīro so parinibbuto ṭhitatto”ti. Itthaṁ sudaṁ āyasmā vīro thero gāthaṁ abhāsitthāti.
制しがたきを、修練(ダマ)によりて制し、
勇者(ヴィーラ)は満ち足り、疑惑(カンカー)を渡り越えた。
勝利を得て、恐れおののくことなく、
勇者は心定まり、完全に涅槃(ニッバーナ)に入りたり。
かくのごとく、まことに、長老ヴィーラ尊者は、この偈を語りたまえり。
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Paṭhamavagga Sītavaniyattheragāthā “Yo sītavanaṁ upagā bhikkhu, Eko santusito samāhitatto; Vijitāvī apetalomahaṁso, Rakkhaṁ kāyagatāsatiṁ dhitimā”ti. Itthaṁ sudaṁ āyasmā sītavaniyo thero gāthaṁ abhāsitthāti.
寒林(シータヴァナ)に赴きし比丘は、
独り、満ち足りて、心よく定まり、
勝利を得て、恐れと慄きを離れ、
身至念(kāyagatāsati)を守りて、堅固なり。
かくのごとく、まことに、尊者シータヴァニヤ長老は、この偈を説かれた。
⚠ 出家者向けの文脈
正念
テーラガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Catutthavagga Kumāputtasahāyakattheragāthā “Nānājanapadaṁ yanti, Vicarantā asaññatā; Samādhiñca virādhenti, Kiṁsu raṭṭhacariyā karissati; Tasmā vineyya sārambhaṁ, Jhāyeyya apurakkhato”ti. … Kumāputtattherassa sahāyako thero ….
「さまざまな国土を遍歴しながら、
自制なく(asaññatā)さまよう者たちは、
三昧(samādhi)を損なってしまう——
国中を流れ歩いて、何の益があろうか。
されば、高慢(sārambha)を制御して、
依りかかることなく、禅定(jhāna)に入るべし」と。
……クマープッタ長老の同行なる長老の偈。
正念
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Uttarātherīgāthā “Kāyena saṁvutā āsiṁ, vācāya uda cetasā; Samūlaṁ taṇhamabbuyha, sītibhūtāmhi nibbutā”ti. … Uttarā therī ….
身(み)によりて律(おさ)められ、
語(ことば)によりて、また心によりて。
根(ね)ごと渇愛(タンハー)を抜き取りて、
わたしは清涼となり、涅槃(ニッバーナ)に入れり。
――長老尼ウッタラーの偈
正念
vinaya
趣旨一致
中
Yā yebhuyyasikākammassa kiriyā karaṇaṁ upagamanaṁ ajjhupagamanaṁ adhivāsanā appaṭikkosanā— Evaṁ vūpasantañce, bhikkhave, adhikaraṇaṁ kārako ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyaṁ; chandadāyako khīyati, khīyanakaṁ pācittiyan”ti. 9.4. Tividhasalākaggāha Tena kho pana samayena sāvatthiyā evaṁ jātaṁ evaṁ samuppannaṁ adhikaraṇaṁ hoti. Atha kho te bhikkhū— asantuṭṭhā sāvatthiyā saṅghassa adhikaraṇavūpasamanena— assosuṁ kho amukasmiṁ kira āvāse sambahulā therā viharanti bahussutā āgatāgamā dhammadharā vinayadharā mātikādharā paṇḍitā viyattā medhāvino lajjino kukkuccakā sikkhākāmā. Te ce therā imaṁ adhikaraṇaṁ vūpasameyyuṁ dhammena vinayena satthusāsanena, evamidaṁ adhikaraṇaṁ suvūpasantaṁ assāti. Atha kho te bhikkhū taṁ āvāsaṁ gantvā te there etadavocuṁ—
多数決羯磨(ヤイブッヤシカカンマ)の実行・遂行・受諾・同意・異議なき承認——比丘たちよ、かくして静息した諍事(アディカラナ)を、もし起案者がこれを蒸し返すならば、蒸し返しによる波逸提(パーチッティヤ)となる。また、票を委任した者がこれを非難するならば、非難による波逸提となる」と。
9.4 三種の票取り
そのころ、舎衛城(サーヴァッティ)においてかくのごとき、かくのごとく生じたる諍事があった。そこでかの比丘たちは——舎衛城の僧伽(サンガ)による諍事の静息に満足せず——こんな話を耳にした。「某なる住処には、多くの長老(テーラ)たちが住んでおられる。博学にして聖典(アーガマ)を習得し、法(ダンマ)の持ち手、律(ヴィナヤ)の持ち手、論母(マーティカー)の持ち手であり、賢明にして明敏、聡智にして、慚(ラッジー)あり、悔(クックッカ)あり、学を求める方々である。もし、かの長老たちがこの諍事を法と律と師の教えとによって静息させるならば、この諍事はよく静息したことになろう」と。そこで、かの比丘たちはその住処に赴き、かの長老たちにこのように言った——
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
正念
vinaya
趣旨一致
中
“idaṁ, bhante, adhikaraṇaṁ evaṁ jātaṁ, evaṁ samuppannaṁ. Sādhu, bhante, therā imaṁ adhikaraṇaṁ vūpasamentu dhammena vinayena satthusāsanena, yathayidaṁ adhikaraṇaṁ suvūpasantaṁ assā”ti. Atha kho te therā— yathā sāvatthiyā saṅghena adhikaraṇaṁ vūpasamitaṁ tathā suvūpasantanti— tathā taṁ adhikaraṇaṁ vūpasamesuṁ. asantuṭṭhā sāvatthiyā saṅghassa adhikaraṇavūpasamanena, asantuṭṭhā sambahulānaṁ therānaṁ adhikaraṇavūpasamanena— assosuṁ kho amukasmiṁ kira āvāse tayo therā viharanti …pe… dve therā viharanti …pe… eko thero viharati bahussuto āgatāgamo dhammadharo vinayadharo mātikādharo paṇḍito viyatto medhāvī lajjī kukkuccako sikkhākāmo. So ce thero imaṁ adhikaraṇaṁ vūpasameyya dhammena vinayena satthusāsanena, evamidaṁ adhikaraṇaṁ suvūpasantaṁ assāti.
「尊者よ、この諍事(アディカラナ)はかくのごとく生じ、かくのごとく起こりました。願わくは、尊者たる長老(テーラ)がたよ、この諍事を法(ダンマ)と律(ヴィナヤ)と師の教えとによって鎮静せられんことを。この諍事がよく鎮まるように」と。
そこで長老たちは、サーヴァッティーの僧伽(サンガ)によって諍事が鎮静されたのと同様によく鎮まるようにと、その諍事をかくのごとく鎮静した。
しかるに、サーヴァッティーの僧伽による諍事の鎮静に満足せず、また多くの長老たちによる諍事の鎮静にも満足せぬ者たちが聞き及んだ。「かの某所の僧院に三人の長老が住している……乃至……二人の長老が住している……乃至……一人の長老が住している。その長老は、多聞(バフッスタ)にして、伝承(アーガマ)に達し、法(ダンマ)を持する者、律を持する者、摩夷迦(マーティカー)を持する者、賢明にして、弁才あり、智慧深く、恥を知り、後悔を知り、学処を求め励む者である。もしその長老がこの諍事を法と律と師の教えとによって鎮静するならば、この諍事はよく鎮まるであろう」と。
⚠ 出家者向けの文脈
正念
vinaya
趣旨一致
中
Kathañca, bhikkhave, vivaṭako salākaggāho hoti? Sace jānāti— dhammavādī bahutarāti, vissaṭṭheneva vivaṭena gāhetabbo. 9.5. Sativinaya Anuvādādhikaraṇaṁ catūhi samathehi sammati— sammukhāvinayena ca, sativinayena ca, amūḷhavinayena ca, tassapāpiyasikāya ca. Siyā anuvādādhikaraṇaṁ dve samathe anāgamma— amūḷhavinayañca, tassapāpiyasikañca; sammukhāvinayena ca, sativinayena cāti? Idha pana, bhikkhave, bhikkhū bhikkhuṁ amūlikāya sīlavipattiyā anuddhaṁsenti.
「比丘たちよ、では公開による籤引き(サラーカッガーハ)とはいかなるものか。もし法に従って語る者が多数であると知るならば、明白に公開してもって籤引きをなすべきである。
九・五 憶念律 非難訴訟事件
非難訴訟事件(アヌヴァーダーディカラナ)は四つの滅諍法(サマタ)によって鎮められる——すなわち、対面律(サンムカーヴィナヤ)によって、憶念律(サティヴィナヤ)によって、不癡律(アムーラハヴィナヤ)によって、および罪処所律(タッサパーピーヤシカー)によってである。
非難訴訟事件において、二つの滅諍法——すなわち不癡律と罪処所律——を用いることなく、対面律と憶念律とによって〔解決すること〕があり得るか。
比丘たちよ、ここに比丘たちが、ある比丘を根拠なき戒律の失墜(シーラヴィパッティ)をもって告発する〔場合がある〕。」
⚠ 出家者向けの文脈
正念
vinaya
趣旨一致
中
appekacce āraññikā, appekacce piṇḍapātikā, appekacce paṁsukūlikā, appekacce tecīvarikā, sabbeva arahanto— ahogaṅge pabbate sannipatiṁsu. Atha kho therānaṁ bhikkhūnaṁ mantayamānānaṁ etadahosi— “idaṁ kho adhikaraṇaṁ kakkhaḷañca, vāḷañca; kaṁ nu kho mayaṁ pakkhaṁ labheyyāma, yena mayaṁ imasmiṁ adhikaraṇe balavantatarā assāmā”ti. Tena kho pana samayena āyasmā revato soreyye paṭivasati— bahussuto āgatāgamo dhammadharo vinayadharo mātikādharo paṇḍito viyatto medhāvī lajjī kukkuccako sikkhākāmo. Atha kho therānaṁ bhikkhūnaṁ etadahosi— Sace mayaṁ āyasmantaṁ revataṁ pakkhaṁ labhissāma, evaṁ mayaṁ imasmiṁ adhikaraṇe balavantatarā assāmā”ti. Assosi kho āyasmā revato—
ある者たちは阿練若住(あらんにゃじゅう)の行者であり、ある者たちは常乞食(じょうこつじき)の行者であり、ある者たちは糞掃衣(ふんぞうえ)の行者であり、ある者たちは三衣(さんね)のみを持つ行者であった。そのすべては阿羅漢(あらかん)であって、彼らはアホガンガ山に集いたった。
さてそのとき、長老比丘たちが相互に協議するうちに、かくなる思いが起こった。「この諍事(じょうじ)はまことに手強く、また険しい。われらはいかなる側の力添えを得ることができようか。その力添えによって、われらはこの諍事においてより強い立場に立てるであろうに」と。
ところで、そのころ尊者レーヴァタはソーレッヤに止住していた。彼は多聞(たもん)にして、聖典に通達し、法を保持し(ダンマダラ)、律を保持し(ヴィナヤダラ)、論母(マーティカー)を保持し、智慧あり、巧みにして、聡明であり、慚(はじ)を知り、悔(くい)を知り、学処(がくしょ)を修めることを願う者であった。
そこで長老比丘たちにかくなる思いが起こった。「もしわれらが尊者レーヴァタの力添えを得ることができるならば、われらはこの諍事においてより強い立場に立てるであろう」と。
さて尊者レーヴァタはこのことを耳にした——
⚠ 出家者向けの文脈
正念
vinaya
趣旨一致
中
Saṅghasammukhatā, dhammasammukhatā, vinayasammukhatā, puggalasammukhatā …pe… kiñca tattha amūḷhavinayasmiṁ? Yā amūḷhavinayassa kammassa kiriyā karaṇaṁ upagamanaṁ ajjhupagamanaṁ adhivāsanā appaṭikkosanā— Evaṁ vūpasantañce, bhikkhave, adhikaraṇaṁ kārako ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyaṁ; chandadāyako khīyati, khīyanakaṁ pācittiyaṁ. 9.7. Tassapāpiyasikāvinaya Siyā anuvādādhikaraṇaṁ dve samathe anāgamma— sativinayañca, amūḷhavinayañca; sammukhāvinayena ca, tassapāpiyasikāya cāti? Idha pana, bhikkhave, bhikkhu bhikkhuṁ saṅghamajjhe garukāya āpattiyā codeti—
僧伽現前(サンガサンムカター)・法現前(ダンマサンムカター)・律現前(ヴィナヤサンムカター)・個人現前(プッガラサンムカター)……さて、そこにおける不痴律(アムーラハヴィナヤ)とはいかなるものか。すなわち、不痴律の羯磨(カンマ)を行うこと、なすこと、赴くこと、近づくこと、承認すること、異議を唱えざること——これが不痴律の内容である。
比丘たちよ、かくのごとく静息した諍事(アディカラナ)を、その行為者が蒸し返すならば、蒸し返しの行為はパーチッティヤ(波逸提)罪となる。賛意を与えた者がそれを非難するならば、その非難の行為もまたパーチッティヤ罪となる。
9.7 罪悪人判決律(タッサパーピヤシカーヴィナヤ)
比丘たちよ、非難の諍事において、二つの静息法——すなわち憶念律(サティヴィナヤ)と不痴律(アムーラハヴィナヤ)——によらずして、現前律(サンムカーヴィナヤ)と罪悪人判決律(タッサパーピヤシカー)によって静息せられることがあろうか。
比丘たちよ、ここにある比丘が、僧伽の中において、他の比丘を重罪(ガルカーパッティ)をもって訴える——
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)