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💬 AIブッダに相談
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偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 1,279
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
経典: vinaya
✕ クリア
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Ayaṁ itthannāmo bhikkhu sambahulā saṅghādisesā āpattiyo āpajji, ekā āpatti ekāhappaṭicchannā …pe… dasa āpattiyo dasāhappaṭicchannāyo. So saṅghaṁ tāsaṁ āpattīnaṁ yā āpattiyo sabbacirappaṭicchannāyo tāsaṁ agghena samodhānaparivāsaṁ yācati. Yadi saṅghassa pattakallaṁ saṅgho itthannāmassa bhikkhuno tāsaṁ āpattīnaṁ yā āpattiyo sabbacirappaṭicchannāyo tāsaṁ agghena samodhānaparivāsaṁ dadeyya. Esā ñatti. Suṇātu me, bhante, saṅgho. Ayaṁ itthannāmo bhikkhu sambahulā saṅghādisesā āpattiyo āpajji— ekā āpatti ekāhappaṭicchannā …pe…
「有能にして(paṭibala)堪能なる比丘は、僧伽(saṅgha)に告知すべきである——
『大徳(bhante)よ、僧伽よ、聴きたまえ。これなる某甲(itthannāma)という比丘は、数多くの僧残(saṅghādisesa)の罪科(āpatti)を犯せり。一つの罪科は一日を隠せり……乃至……十の罪科は十日を隠せり。かれは、それらの罪科のうち最も久しく隠せるものの日数をもって合算せる別住(samodhānaparivāsa)を、僧伽に請い求む。もし僧伽に時宜適えりとならば、僧伽は某甲なる比丘に対し、それらの罪科のうち最も久しく隠せるものの日数をもって合算せる別住を授くべし。これが告白(ñatti)なり。
大徳よ、僧伽よ、聴きたまえ。これなる某甲という比丘は、数多くの僧残の罪科を犯せり——一つの罪科は一日を隠せり……乃至……』」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Sabbe sattā sabbe pāṇā, sabbe bhūtā ca kevalā; Sabbe bhadrāni passantu, mā kiñci pāpamāgamā. Appamāṇo buddho, Appamāṇo dhammo; Appamāṇo saṅgho, Pamāṇavantāni sarīsapāni. Ahi vicchikā satapadī, Uṇṇanābhi sarabū mūsikā;
すべての生きとし生けるもの、すべての息あるもの、
すべての生まれたるものことごとくに、
幸いあれかし、
いかなる悪もこれに近づくことなかれ。
仏(ブッダ)は量りなし、
法(ダンマ)は量りなし、
僧(サンガ)は量りなし、
されど爬虫の類は量りある。
蛇よ、蠍よ、百足よ、
蜘蛛よ、蜥蜴よ、鼠よ、
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Tena, bhikkhave, bhikkhunā ekaṁ bhikkhuṁ upasaṅkamitvā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno, taṁ paṭidesemī’ti. Tena vattabbo— ‘passasī’ti. ‘Āma passāmī’ti. ‘Āyatiṁ saṁvareyyāsī’ti. Idha pana, bhikkhave, bhikkhu tadahu pavāraṇāya āpattiyā vematiko hoti. Tena, bhikkhave, bhikkhunā ekaṁ bhikkhuṁ upasaṅkamitvā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmāya āpattiyā vematiko; yadā nibbematiko bhavissāmi tadā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā pavāretabbaṁ;
比丘たちよ、その比丘は一人の比丘のもとへ赴き、上衣(ウッタラーサンガ)を片肩にかけ、蹲踞(うっくつか)の姿勢で坐し、合掌して、かくのごとく告げるべきである。
「友よ、私はかくかくの罪過(アーパッティ)を犯しました。それを発露(パティデーサ)いたします」と。
それに対して、かの比丘はこう言うべきである。「あなたはそれを見ますか」と。「はい、見ます」と。「今後は慎まれよ」と。
ところが比丘たちよ、ここにある比丘が、その日の自恣(パーヴァーラナー)において、罪過について疑念(ヴェーマティカ)を抱く場合がある。その比丘は一人の比丘のもとへ赴き、上衣を片肩にかけ、蹲踞の姿勢で坐し、合掌して、かくのごとく告げるべきである。
「友よ、私はかくかくの罪過について疑念を抱いております。疑念が晴れましたならば、そのとき罪過を悔過(かいか)いたします」
と述べたうえで、自恣を行うべきである。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
mātughātakavīso kammaṁ kareyya … pitughātakavīso kammaṁ kareyya … arahantaghātakavīso kammaṁ kareyya … bhikkhunidūsakavīso kammaṁ kareyya … saṅghabhedakavīso kammaṁ kareyya … lohituppādakavīso kammaṁ kareyya … ubhatobyañjanakavīso kammaṁ kareyya … nānāsaṁvāsakavīso kammaṁ kareyya … nānāsīmāya ṭhitavīso kammaṁ kareyya … iddhiyā vehāse ṭhitavīso kammaṁ kareyya …
母を殺したる者(mātughātaka)の側に立ちて羯磨(kamma)を行うべからず……父を殺したる者(pitughātaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……阿羅漢を殺したる者(arahantaghātaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……比丘尼を汚したる者(bhikkhunidūsaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……僧伽を分裂せしめたる者(saṅghabhedaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……仏身より血を出だしたる者(lohituppādaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……両性を具えたる者(ubhatobyañjanaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……別住の者(nānāsaṁvāsaka)の側に立ちて羯磨を行うべからず……別の界に住する者(nānāsīmāya ṭhita)の側に立ちて羯磨を行うべからず……神通力によりて虚空に住する者(iddhiyā vehāse ṭhita)の側に立ちて羯磨を行うべからず……
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Tīhi, bhikkhave, aṅgehi samannāgataṁ pabbājanīyakammaṁ dhammakammañca hoti, vinayakammañca, suvūpasantañca. Sammukhā kataṁ hoti, paṭipucchā kataṁ hoti, paṭiññāya kataṁ hoti— Aparehipi, bhikkhave, tīhaṅgehi samannāgataṁ pabbājanīyakammaṁ dhammakammañca hoti, vinayakammañca, suvūpasantañca. Āpattiyā kataṁ hoti desanāgāminiyā āpattiyā kataṁ hoti adesitāya āpattiyā kataṁ hoti …pe… codetvā kataṁ hoti, sāretvā kataṁ hoti, āpattiṁ āropetvā kataṁ hoti …pe… sammukhā kataṁ hoti, dhammena kataṁ hoti, samaggena kataṁ hoti …pe… paṭipucchā kataṁ hoti, dhammena kataṁ hoti, samaggena kataṁ hoti …pe… paṭiññāya kataṁ hoti, dhammena kataṁ hoti, samaggena kataṁ hoti …pe… āpattiyā kataṁ hoti, dhammena kataṁ hoti, samaggena kataṁ hoti …pe… desanāgāminiyā āpattiyā kataṁ hoti, dhammena kataṁ hoti, samaggena kataṁ hoti …pe…
「比丘たちよ、三つの要素を具えた追放羯磨(パッバージャニーヤカンマ)は、法(ダンマ)にかなった羯磨(カンマ)であり、律(ヴィナヤ)にかなった羯磨であり、よく鎮静された羯磨である。すなわち、面前においてなされたものであり、問いただしてなされたものであり、自認によってなされたものである。
また比丘たちよ、さらに別の三つの要素を具えた追放羯磨もまた、法にかなった羯磨であり、律にかなった羯磨であり、よく鎮静された羯磨である。すなわち、罪(アーパッティ)に基づいてなされたものであり、告白(デーサナー)に至るべき罪に基づいてなされたものであり、いまだ告白されていない罪に基づいてなされたものである。……また、訓誡(コーデートゥワー)してなされたものであり、憶念させてなされたものであり、罪を確認してなされたものである。……また、面前においてなされたものであり、法によってなされたものであり、和合(サマッガ)によってなされたものである。……また、問いただしてなされたものであり、法によってなされたものであり、和合によってなされたものである。……また、自認によってなされたものであり、法によってなされたものであり、和合によってなされたものである。……また、罪に基づいてなされたものであり、法によってなされたものであり、和合によってなされたものである。……また、告白に至るべき罪に基づいてなされたものであり、法によってなされたものであり、和合によってなされたものである。……」
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
智慧
vinaya
趣旨一致
中
dasa āpattiyo dasāhappaṭicchannāyo. So saṅghaṁ tāsaṁ āpattīnaṁ yā āpattiyo sabbacirappaṭicchannāyo tāsaṁ agghena samodhānaparivāsaṁ yācati. Saṅgho itthannāmassa bhikkhuno tāsaṁ āpattīnaṁ yā āpattiyo sabbacirappaṭicchannāyo tāsaṁ agghena samodhānaparivāsaṁ deti. Yassāyasmato khamati itthannāmassa bhikkhuno tāsaṁ āpattīnaṁ yā āpattiyo sabbacirappaṭicchannāyo tāsaṁ agghena samodhānaparivāsassa dānaṁ, so tuṇhassa; yassa nakkhamati, so bhāseyya. Dutiyampi etamatthaṁ vadāmi …pe… tatiyampi etamatthaṁ vadāmi …pe…. Dinno saṅghena itthannāmassa bhikkhuno tāsaṁ āpattīnaṁ yā āpattiyo sabbacirappaṭicchannāyo tāsaṁ agghena samodhānaparivāso. Khamati saṅghassa, tasmā tuṇhī, evametaṁ dhārayāmī’”ti. 2.3. Dvemāsaparivāsa
「かの者(某甲なる比丘)は、十の罪過(āpatti)があり、十日間それを隠していた。かれは僧伽(saṅgha)に対して、それらの罪過のうち、最も長く隠していたものの日数をもって合算した別住(samodhānaparivāsa)を請い求める。僧伽は、某甲なる比丘に対して、それらの罪過のうち、最も長く隠していたものの日数をもって合算した別住を授ける。某甲なる比丘に対して、それらの罪過のうち、最も長く隠していたものの日数をもって合算した別住を授けることを、ご承認なさる長老(āyasmant)は黙っておられよ。承認なさらぬ方は、発言せられよ。第二回も同じことを申し述べる……第三回も同じことを申し述べる……。僧伽によって、某甲なる比丘に対し、それらの罪過のうち、最も長く隠していたものの日数をもって合算した別住が授けられた。僧伽はこれを承認された。ゆえに黙せられた。わたくしはこのことをかく保持する。」
二月の別住(Dvemāsaparivāsa)
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Yadi saṅghassa pattakallaṁ, saṅgho itthannāmaṁ bhikkhuṁ bhattuddesakaṁ sammanneyya. Esā ñatti. Suṇātu me, bhante, saṅgho. Saṅgho itthannāmaṁ bhikkhuṁ bhattuddesakaṁ sammannati. Yassāyasmato khamati itthannāmassa bhikkhuno bhattuddesakassa sammuti, so tuṇhassa; yassa nakkhamati, so bhāseyya. Sammato saṅghena itthannāmo bhikkhu bhattuddesako. Khamati saṅghassa, tasmā tuṇhī, evametaṁ dhārayāmī’”ti. Atha kho bhattuddesakānaṁ bhikkhūnaṁ etadahosi— “kathaṁ nu kho bhattaṁ uddisitabban”ti?
「もし僧伽(サンガ)にとって適当な時であれば、僧伽は某(なにがし)という名の比丘を食事配分者(バットゥッデーサカ)として任命すべきであります。これが動議(ñatti)であります。
大徳(バンテ)たちよ、僧伽は聞かれよ。僧伽は某という名の比丘を食事配分者として任命する。某という名の比丘が食事配分者として任命されることを認められる尊者は沈黙されよ。認められない方は発言されよ。
某という比丘は僧伽によって食事配分者として任命された。僧伽はこれを認めた。ゆえに沈黙す。かくのごとく、われはこれを保持する。」
さて、食事配分者に任命された比丘たちに、このような思いが起こった――「いかにして食事を配分すべきであろうか」と。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
natthi te bhikkhūhi saddhiṁ saṁvāso”ti. Evaṁ vutte, so puggalo tuṇhī ahosi. Dutiyampi kho āyasmā mahāmoggallāno taṁ puggalaṁ etadavoca— Tatiyampi kho āyasmā mahāmoggallāno taṁ puggalaṁ etadavoca— Tatiyampi kho so puggalo tuṇhī ahosi. Atha kho āyasmā mahāmoggallāno taṁ puggalaṁ bāhāyaṁ gahetvā bahidvārakoṭṭhakā nikkhāmetvā sūcighaṭikaṁ datvā yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ etadavoca— “nikkhāmito so, bhante, puggalo mayā; suddhā parisā; uddisatu, bhante, bhagavā bhikkhūnaṁ pātimokkhan”ti. “Acchariyaṁ, moggallāna, abbhutaṁ, moggallāna, yāva bāhāgahaṇāpi nāma so moghapuriso āgamessatī”ti.
「汝は比丘たちとともに住することを得ず」と。
かく言われたとき、その者は黙して答えなかった。
尊者マハーモッガッラーナは、再びその者に同じことを告げた。
そのときも、その者は黙して答えなかった。
尊者マハーモッガッラーナは、三たびその者に同じことを告げた。
三たびも、その者は黙して答えなかった。
そこで尊者マハーモッガッラーナは、その者の腕をとって門外へと連れ出し、閂(かんぬき)をかけると、世尊のもとへと参上した。参上して、世尊にこう申し上げた。
「世尊よ、かの者を私は退出させました。衆(しゅ)は清浄となりました。世尊よ、どうか比丘たちのために波羅提木叉(はらだいもっしゃ)をお唱えくださいませ」と。
「モッガッラーナよ、まことに不思議なることかな、モッガッラーナよ、まことに稀有なることかな。かの愚かな者(もごぷりさ)は、腕をとって引き出されるまで、その場を動こうともしなかったとは」と。
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Andhamūgabadhirañca, alajjīnañca nissayaṁ. Vatthabbañca tathāddhānaṁ, yācamānena lakkhaṇā; Āgacchatu vivadanti, ekupajjhāyena kassapo. Dissanti upasampannā, ābādhehi ca pīḷitā; Ananusiṭṭhā vitthenti, tattheva anusāsanā.
盲目にして、唖にして、聾なる者、
また無慚(むざん)なる者への依止(えじ)、
そのように旅程を告げるべきこと、
求める者の標相(ひょうそう)よ。
「来たれ」と争い論じつつ、
一人の和尚(かしょう)のもとにて、
迦葉(かしょう)よ、共に受具(じゅぐ)せよと。
具足戒(ぐそくかい)を受けた者どもが見受けられるに、
病悩(びょうのう)に苦しめられており、
教誡(きょうかい)を受けることなく、迷い広がる——
まさにその場にこそ、教授(きょうじゅ)はなされるべし。
智慧
vinaya
趣旨一致
中
yassa saṅgho kammaṁ karoti, taṁvīso kammaṁ kareyya— akammaṁ na ca karaṇīyaṁ. Vīsativaggakaraṇaṁ. 5. Pārivāsikādikathā Pārivāsikacatuttho ce, bhikkhave, parivāsaṁ dadeyya, mūlāya paṭikasseyya, mānattaṁ dadeyya, taṁvīso abbheyya— akammaṁ na ca karaṇīyaṁ. Mūlāyapaṭikassanārahacatuttho ce, bhikkhave, parivāsaṁ dadeyya, mūlāya paṭikasseyya, mānattaṁ dadeyya, taṁvīso abbheyya— akammaṁ na ca karaṇīyaṁ. Mānattārahacatuttho ce, bhikkhave, parivāsaṁ dadeyya, mūlāya paṭikasseyya, mānattaṁ dadeyya, taṁvīso abbheyya— akammaṁ na ca karaṇīyaṁ.
僧団が羯磨(かつま)を行ふべき者に対して、その二十人目の者が羯磨を行ふときは、その羯磨は非羯磨にして、行はれるべきものにあらず。これが二十人による羯磨の行法なり。
第五節 別住者等に関する論説
比丘たちよ、もし別住(パーリヴァーシカ)を与ふべき者を四番目として二十人が、別住を与へ、本罪への引き戻し(ムーラーヤ・パティカッサナ)を行ひ、摩那埵(まなった)を与へ、その二十人目の者が出罪(アッベーヤ)を行ふときは、その羯磨は非羯磨にして、行はれるべきものにあらず。
比丘たちよ、もし本罪への引き戻しを受けるべき者を四番目として二十人が、別住を与へ、本罪への引き戻しを行ひ、摩那埵を与へ、その二十人目の者が出罪を行ふときは、その羯磨は非羯磨にして、行はれるべきものにあらず。
比丘たちよ、もし摩那埵を受けるべき者を四番目として二十人が、別住を与へ、本罪への引き戻しを行ひ、摩那埵を与へ、その二十人目の者が出罪を行ふときは、その羯磨は非羯磨にして、行はれるべきものにあらず。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
智慧
vinaya
趣旨一致
中
“yannūnāhaṁ imāya candanagaṇṭhiyā pattaṁ lekhāpeyyaṁ. Lekhañca me paribhogaṁ bhavissati, pattañca dānaṁ dassāmī”ti. Atha kho rājagahako seṭṭhi tāya candanagaṇṭhiyā pattaṁ lekhāpetvā sikkāya uḍḍitvā veḷagge ālaggetvā veḷuparamparāya bandhitvā evamāha— “yo samaṇo vā brāhmaṇo vā arahā ceva iddhimā ca dinnaṁyeva pattaṁ oharatū”ti. Atha kho pūraṇo kassapo yena rājagahako seṭṭhi tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā rājagahakaṁ seṭṭhiṁ etadavoca— “ahañhi, gahapati, arahā ceva iddhimā ca, dehi me pattan”ti. “Sace, bhante, āyasmā arahā ceva iddhimā ca dinnaṁyeva pattaṁ oharatū”ti. Atha kho makkhali gosālo … ajito kesakambalo … pakudho kaccāyano …
「それならば、私はこの白檀の木塊でもって鉢を作らせよう。文字を書いたものは自らの用に供し、鉢はそのまま布施として与えよう」と思った。そこでラージャガハ(王舎城)の長者は、その白檀の木塊で鉢を作らせ、紐で縛って竿の先に吊るし、竹竿を幾本も継ぎ足してそれに結わえ付けて、こう宣言した——「沙門(サマナ)であれ婆羅門(バラモン)であれ、阿羅漢(アラハン)にして神通力を有する者であれば、その鉢をおのずから取り下ろすがよい」と。
するとプーラナ・カッサパが、ラージャガハの長者のもとへと近づいた。近づいてから、ラージャガハの長者にこのように言った——「居士よ、私こそは阿羅漢にして神通力を有する者である。その鉢を私に与えよ」と。「もし尊者が真に阿羅漢にして神通力を有する者であれば、その鉢をおのずから取り下ろすがよい」と長者は答えた。
次いで、マッカリ・ゴーサーラが……アジタ・ケーサカンバリンが……パクダ・カッチャーヤナが……
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Saṅghepi ca atho bālā, asammatā ca ekato; Ullumpatupasampadā, nissayo ekako tayoti. Imamhi khandhake vatthūni ekasatañca dvāsattati. Mahākhandhako niṭṭhito.
また、僧伽(サンガ)の中に愚者がいる場合、および一方において正式に認められていない場合――すなわち、〔不適正な〕ウルルンパタ受具(ullumpatā upasampadā)と、一人のみによる依止(nissaya)とである。
この犍度(カンダカ)において、事例は百七十二(一一二)である。
大犍度(マハーカンダカ)、終わる。
⚠ 初手で出すと冷たく見える
智慧
vinaya
趣旨一致
中
‘ahaṁ, āvuso, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno. Ito vuṭṭhahitvā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā pavāretabbaṁ; na tveva tappaccayā pavāraṇāya antarāyo kātabbo. Idha pana, bhikkhave, bhikkhu pavārayamāno āpattiyā vematiko hoti. Tena, bhikkhave, bhikkhunā sāmanto bhikkhu evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmāya āpattiyā vematiko; yadā nibbematiko bhavissāmi tadā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā pavāretabbaṁ; na tveva tappaccayā pavāraṇāya antarāyo kātabbo”ti. 8. Sabhāgāpattipaṭikammavidhi Tena kho pana samayena aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sabbo saṅgho sabhāgaṁ āpattiṁ āpanno hoti.
「友よ、私はかくかくしかじかの罪(āpatti)を犯した。この自恣(pavāraṇā)を終えたのち、その罪を懺悔(paṭikamma)するであろう」と述べてから、自恣を行うべきである。その事情をもって自恣の妨げとなしてはならない。
さてまた、比丘たちよ、ここに自恣を行う比丘が、ある罪について疑念を抱いている場合がある。その比丘たちよ、かかる比丘は、隣の比丘に対してこのように告げるべきである。——「友よ、私はかくかくしかじかの罪について疑念を抱いている。疑念が晴れたとき、その罪を懺悔するであろう」と述べてから、自恣を行うべきである。その事情をもって自恣の妨げとなしてはならない」と。
第八 共同の罪の懺悔作法(Sabhāgāpattipaṭikammavidhi)
さてその時、ある住処(āvāsa)において、その自恣の当日、僧伽(saṅgha)の全員が等しく同一の罪(sabhāgāpatti)を犯していた。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Atha kho keṇiyo jaṭilo buddhappamukhaṁ bhikkhusaṅghaṁ pahūtehi pānehi sahatthā santappetvā sampavāretvā bhagavantaṁ dhotahatthaṁ onītapattapāṇiṁ ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinnaṁ kho keṇiyaṁ jaṭilaṁ bhagavā dhammiyā kathāya sandassesi samādapesi samuttejesi sampahaṁsesi. Atha kho keṇiyo jaṭilo bhagavatā dhammiyā kathāya sandassito samādapito samuttejito sampahaṁsito bhagavantaṁ etadavoca— “adhivāsetu me bhavaṁ gotamo svātanāya bhattaṁ saddhiṁ bhikkhusaṅghenā”ti. “Mahā kho, keṇiya, bhikkhusaṅgho aḍḍhatelasāni bhikkhusatāni, tvañca brāhmaṇesu abhippasanno”ti. Dutiyampi kho keṇiyo jaṭilo bhagavantaṁ etadavoca— “kiñcāpi kho, bho gotama, mahā bhikkhusaṅgho aḍḍhatelasāni bhikkhusatāni, ahañca brāhmaṇesu abhippasanno, adhivāsetu me bhavaṁ gotamo svātanāya bhattaṁ saddhiṁ bhikkhusaṅghenā”ti. “Mahā kho, keṇiya, bhikkhusaṅgho aḍḍhatelasāni bhikkhusatāni, tvañca brāhmaṇesu abhippasanno”ti. Tatiyampi kho keṇiyo jaṭilo bhagavantaṁ etadavoca— Adhivāsesi bhagavā tuṇhībhāvena.
そのとき、結髪行者(けつはつぎょうじゃ)ケーニヤは、比丘僧伽(びくそうぎゃ)を先頭に仏陀をいただく一行に対して、みずから手をもって豊かな飲み物をもてなし、心ゆくまで供養した。世尊が手を洗い鉢を手から下ろされると、ケーニヤは世尊の傍らに坐した。傍らに坐した結髪行者ケーニヤに対して、世尊は法(ダンマ)にかなった話によって示し、勧め、励まし、喜ばせられた。そこで結髪行者ケーニヤは、世尊の法にかなった話によって示され、勧められ、励まされ、喜ばされて、世尊にこのように申し上げた。
「尊き方ゴータマよ、明日、比丘僧伽とともに私の食事の供養をお受けくださいますように」
「ケーニヤよ、比丘僧伽は大きく、千三百の比丘がいる。そしてあなたはバラモンたちに信心を寄せているではないか」
二度目もまた、結髪行者ケーニヤは世尊にこのように申し上げた。
「ゴータマ尊者よ、比丘僧伽が大きく千三百の比丘がおられるとはいえ、また私がバラモンたちに信心を寄せているとはいえ、どうか尊き方ゴータマは、比丘僧伽とともに明日の私の食事の供養をお受けくださいますように」
「ケーニヤよ、比丘僧伽は大きく、千三百の比丘がいる。そしてあなたはバラモンたちに信心を寄せているではないか」
三度目もまた、結髪行者ケーニヤは世尊に同じことを申し上げた。世尊は沈黙によってこれをお受けになった。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Mānattacārikacatuttho ce, bhikkhave, parivāsaṁ dadeyya, mūlāya paṭikasseyya, mānattaṁ dadeyya, taṁvīso abbheyya— akammaṁ na ca karaṇīyaṁ. Abbhānārahacatuttho ce, bhikkhave, parivāsaṁ dadeyya, mūlāya paṭikasseyya, mānattaṁ dadeyya, taṁvīso abbheyya— akammaṁ na ca karaṇīyaṁ. Ekaccassa, bhikkhave, saṅghamajjhe paṭikkosanā ruhati, ekaccassa na ruhati. Kassa ca, bhikkhave, saṅghamajjhe paṭikkosanā na ruhati? Bhikkhuniyā, bhikkhave, saṅghamajjhe paṭikkosanā na ruhati. Sikkhamānāya, bhikkhave …pe… sāmaṇerassa, bhikkhave … sāmaṇeriyā, bhikkhave …
「もし〔僧伽が〕摩那埵行者(マーナッタチャーリカ)を第四者として、別住(パリヴァーサ)を与え、本罪(ムーラ)に引き戻し、摩那埵(マーナッタ)を与え、その二十人〔の僧伽〕をもって出罪(アッバーナ)させるならば、それは羯磨(カンマ)にあらず、なすべきことにもあらず。もし〔僧伽が〕出罪に値する者(アッバーナーラハ)を第四者として、別住を与え、本罪に引き戻し、摩那埵を与え、その二十人をもって出罪させるならば、それは羯磨にあらず、なすべきことにもあらず。
比丘たちよ、ある者の〔異議〕申し立ては僧伽の中において成り立ち、ある者のそれは成り立たない。比丘たちよ、いかなる者の〔異議〕申し立ては僧伽の中において成り立たないのか。比丘たちよ、比丘尼(ビクニ)の〔異議〕申し立ては僧伽の中において成り立たない。比丘たちよ、式叉摩那(シッカマーナ)の……乃至……比丘たちよ、沙弥(サーマネーラ)の……比丘たちよ、沙弥尼(サーマネーリー)の……」
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Aparehipi, bhikkhave, tīhaṅgehi samannāgatassa bhikkhuno, ākaṅkhamāno saṅgho, pabbājanīyakammaṁ kareyya. Adhisīle sīlavipanno hoti, ajjhācāre ācāravipanno hoti, atidiṭṭhiyā diṭṭhivipanno hoti— Aparehipi, bhikkhave, tīhaṅgehi samannāgatassa bhikkhuno, ākaṅkhamāno saṅgho, pabbājanīyakammaṁ kareyya. Buddhassa avaṇṇaṁ bhāsati, dhammassa avaṇṇaṁ bhāsati, saṅghassa avaṇṇaṁ bhāsati— Aparehipi, bhikkhave, tīhaṅgehi samannāgatassa bhikkhuno, ākaṅkhamāno saṅgho, pabbājanīyakammaṁ kareyya. Kāyikena davena samannāgato hoti, vācasikena davena samannāgato hoti, kāyikavācasikena davena samannāgato hoti— Aparehipi, bhikkhave, tīhaṅgehi samannāgatassa bhikkhuno, ākaṅkhamāno saṅgho, pabbājanīyakammaṁ kareyya. Kāyikena anācārena samannāgato hoti, vācasikena anācārena samannāgato hoti, kāyikavācasikena anācārena samannāgato hoti— Aparehipi, bhikkhave, tīhaṅgehi samannāgatassa bhikkhuno, ākaṅkhamāno saṅgho, pabbājanīyakammaṁ kareyya. Kāyikena upaghātikena samannāgato hoti, vācasikena upaghātikena samannāgato hoti, kāyikavācasikena upaghātikena samannāgato hoti—
「比丘たちよ、また他の三つの要素を具えた比丘に対して、僧伽(サンガ)は望むならば、追放の羯磨(カンマ)を行うことができる。すなわち、増上戒(アディシーラ)において戒(シーラ)を破り、行儀(アーチャーラ)において行儀を破り、見解(ディッティ)において見解を誤っている者——比丘たちよ、また他の三つの要素を具えた比丘に対して、僧伽は望むならば、追放の羯磨を行うことができる。すなわち、仏(ブッダ)の誹りを語り、法(ダンマ)の誹りを語り、僧伽(サンガ)の誹りを語る者——比丘たちよ、また他の三つの要素を具えた比丘に対して、僧伽は望むならば、追放の羯磨を行うことができる。すなわち、身による放逸(カーイカ・ダヴァ)を具え、語による放逸(ヴァーチャシカ・ダヴァ)を具え、身と語による放逸を具えている者——比丘たちよ、また他の三つの要素を具えた比丘に対して、僧伽は望むならば、追放の羯磨を行うことができる。すなわち、身による非行(アナーチャーラ)を具え、語による非行を具え、身と語による非行を具えている者——比丘たちよ、また他の三つの要素を具えた比丘に対して、僧伽は望むならば、追放の羯磨を行うことができる。すなわち、身による害悪(ウパガーティカ)を具え、語による害悪を具え、身と語による害悪を具えている者——」
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
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中
Evañca pana, bhikkhave, dātabbo— Tena, bhikkhave, bhikkhunā saṅghaṁ upasaṅkamitvā, ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā, vuḍḍhānaṁ bhikkhūnaṁ pāde vanditvā, ukkuṭikaṁ nisīditvā, añjaliṁ paggahetvā, evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, bhante, dve saṅghādisesā āpattiyo āpajjiṁ dvemāsappaṭicchannāyo. “ahaṁ kho dve saṅghādisesā āpattiyo āpajjiṁ dvemāsappaṭicchannāyo. Yannūnāhaṁ saṅghaṁ ekissā āpattiyā dvemāsappaṭicchannāya dvemāsaparivāsaṁ yāceyyan”ti. Tassa me parivasantassa lajjīdhammo okkami— “ahaṁ kho dve saṅghādisesā āpattiyo āpajjiṁ dvemāsappaṭicchannāyo. “yannūnāhaṁ saṅghaṁ itarissāpi āpattiyā dvemāsappaṭicchannāya dvemāsaparivāsaṁ yāceyyan”ti. Sohaṁ, bhante, saṅghaṁ itarissāpi āpattiyā dvemāsappaṭicchannāya dvemāsaparivāsaṁ yācāmī’ti. Dutiyampi yācitabbo.
「比丘たちよ、かくのごとく〔別住を〕与えるべきである。
その比丘は僧伽(サンガ)に近づき、上衣(ウッタラーサンガ)を一肩にかけ、年長の比丘たちの足に礼拝し、蹲踞(うずくまり)して座り、合掌して、次のように申し述べるべきである。
『大徳(バンテ)よ、私は二ヶ月にわたり隠覆(いんぷく)せる僧残(サンガーディセーサ)の罪過を二つ犯しました。〔私はこう思いました。〕「私は二ヶ月にわたり隠覆せる僧残の罪過を二つ犯した。いかにも私は、一つの罪過について、二ヶ月隠覆せるがゆえに、僧伽に二ヶ月の別住(パリヴァーサ)を請うべきであろう」と。
別住を行じている私に、恥じ入る心(ラッジーダンマ)が生じました。〔すなわち、〕「私は二ヶ月にわたり隠覆せる僧残の罪過を二つ犯した。いかにも私は、もう一つの罪過についても、二ヶ月隠覆せるがゆえに、僧伽に二ヶ月の別住を請うべきであろう」と。
大徳よ、それゆえ私は、もう一つの罪過についても、二ヶ月隠覆せるがゆえに、僧伽に二ヶ月の別住を請い奉ります。』
二度目もまた請うべきである。」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
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中
sañcayo belaṭṭhaputto … nigaṇṭho nāṭaputto yena rājagahako seṭṭhi tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā rājagahakaṁ seṭṭhiṁ etadavoca— Tena kho pana samayena āyasmā ca mahāmoggallāno āyasmā ca piṇḍolabhāradvājo pubbaṇhasamayaṁ nivāsetvā pattacīvaramādāya rājagahaṁ piṇḍāya pavisiṁsu. Atha kho āyasmā piṇḍolabhāradvājo āyasmantaṁ mahāmoggallānaṁ etadavoca— “āyasmā kho mahāmoggallāno arahā ceva iddhimā ca. Gacchāvuso, moggallāna, etaṁ pattaṁ ohara. Tuyheso patto”ti. “Āyasmā kho bhāradvājo arahā ceva iddhimā ca. Gacchāvuso, bhāradvāja, etaṁ pattaṁ ohara. Tuyheso patto”ti.
そのとき、尊者マハーモッガッラーナと尊者ピンドーラ・バーラドヴァージャは、午前中に衣を着け、鉢と衣を持って、王舎城に托鉢のために入った。
そこで尊者ピンドーラ・バーラドヴァージャは、尊者マハーモッガッラーナにこのように言った。
「尊者マハーモッガッラーナは、阿羅漢(arahā)にして、また神通力(iddhi)を具えておられます。友よ、モッガッラーナよ、行って、あの鉢を取り下ろしてください。あの鉢はあなたのものです。」
〔これに対して尊者マハーモッガッラーナは言った。〕
「尊者バーラドヴァージャこそ、阿羅漢にして、また神通力を具えておられます。友よ、バーラドヴァージャよ、行って、あの鉢を取り下ろしてください。あの鉢はあなたのものです。」
――なお、そのころ、サンジャヤ・ベーラッタプッタ……ニガンタ・ナータプッタは、王舎城の長者のもとへと近づき、近づいて、王舎城の長者にこのように語りかけた。
智慧
vinaya
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中
Nīlā atha lohitikā, Mañjiṭṭhā pītakā phalikavaṇṇāyo; Aṅgīrasassa kāye, Anekavaṇṇā acciyo honti. Pattamhi odahitvā, Ahināgaṁ brāhmaṇassa dassesi; “Ayaṁ te kassapa nāgo, Pariyādinno assa tejasā tejo”ti. Atha kho uruvelakassapo jaṭilo bhagavato iminā iddhipāṭihāriyena abhippasanno bhagavantaṁ etadavoca— “idheva, mahāsamaṇa, vihara, ahaṁ te dhuvabhattenā”ti.
青色、また赤色、
茜色、黄色、水晶色——
アンギーラサ(光芒者)の御身より、
幾色もの炎(焔)が燃え立つ。
鉢の中に置きて、
婆羅門(バラモン)に蛇の龍(ナーガ)を見せたもうた。
「迦葉(カッサパ)よ、これが汝の龍ぞ。
その龍の威力は、世尊の威光によって征服されたり」と。
さて、ウルヴェーラの迦葉(ウルヴェーラ・カッサパ)なる結髪行者(ジャティラ)は、世尊のこの神変(イッディ・パーティハーリヤ)によって深く信心を起こし、世尊にかく申し上げた——
「大沙門(マハーサマナ)よ、どうかここに留まりたまえ。わたくしが日々の食をお供えいたしましょう」と。
智慧
vinaya
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Theravāda Vinayapiṭaka Mahāvagga 2. Uposathakkhandhaka 1. Sannipātānujānana Tena samayena buddho bhagavā rājagahe viharati gijjhakūṭe pabbate. Tena kho pana samayena aññatitthiyā paribbājakā cātuddase pannarase aṭṭhamiyā ca pakkhassa sannipatitvā dhammaṁ bhāsanti. Te manussā upasaṅkamanti dhammassavanāya. Te labhanti aññatitthiyesu paribbājakesu pemaṁ, labhanti pasādaṁ, labhanti aññatitthiyā paribbājakā pakkhaṁ. Atha kho rañño māgadhassa seniyassa bimbisārassa rahogatassa paṭisallīnassa evaṁ cetaso parivitakko udapādi— “etarahi kho aññatitthiyā paribbājakā cātuddase pannarase aṭṭhamiyā ca pakkhassa sannipatitvā dhammaṁ bhāsanti.
そのとき、仏・世尊(ブッダ・バガヴァン)はラージャガハ(王舎城)のギッジャクータ山(鷲の峰)にとどまっておられた。
さてそのころ、他の教えを奉じる遍歴行者(アンニャティッティヤ・パリッバージャカ)たちが、半月の第十四日・第十五日および第八日に集い会して法を説いていた。人々はその法を聴こうとして彼らのもとに赴いた。そして人々は、他の教えを奉じる遍歴行者たちに対して親愛の情を得、信頼の念を得た。かくして遍歴行者たちは民心の支持を得るに至った。
ときに、マガダ国の王セーニヤ・ビンビサーラ(頻婆娑羅)は、独処して静思するなかに、こころにこのような思いが生じた。
「いまや、他の教えを奉じる遍歴行者たちは、半月の第十四日・第十五日および第八日に集い会して法を説いている。
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