律蔵 自恣犍度 段落36
‘ahaṁ, āvuso, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno. Ito vuṭṭhahitvā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā pavāretabbaṁ; na tveva tappaccayā pavāraṇāya antarāyo kātabbo. Idha pana, bhikkhave, bhikkhu pavārayamāno āpattiyā vematiko hoti. Tena, bhikkhave, bhikkhunā sāmanto bhikkhu evamassa vacanīyo— ‘ahaṁ, āvuso, itthannāmāya āpattiyā vematiko; yadā nibbematiko bhavissāmi tadā taṁ āpattiṁ paṭikarissāmī’ti vatvā pavāretabbaṁ; na tveva tappaccayā pavāraṇāya antarāyo kātabbo”ti. 8. Sabhāgāpattipaṭikammavidhi Tena kho pana samayena aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya sabbo saṅgho sabhāgaṁ āpattiṁ āpanno hoti.
「友よ、私はかくかくしかじかの罪(āpatti)を犯した。この自恣(pavāraṇā)を終えたのち、その罪を懺悔(paṭikamma)するであろう」と述べてから、自恣を行うべきである。その事情をもって自恣の妨げとなしてはならない。
さてまた、比丘たちよ、ここに自恣を行う比丘が、ある罪について疑念を抱いている場合がある。その比丘たちよ、かかる比丘は、隣の比丘に対してこのように告げるべきである。——「友よ、私はかくかくしかじかの罪について疑念を抱いている。疑念が晴れたとき、その罪を懺悔するであろう」と述べてから、自恣を行うべきである。その事情をもって自恣の妨げとなしてはならない」と。
第八 共同の罪の懺悔作法(Sabhāgāpattipaṭikammavidhi)
さてその時、ある住処(āvāsa)において、その自恣の当日、僧伽(saṅgha)の全員が等しく同一の罪(sabhāgāpatti)を犯していた。
導線タグ: 過ち,反省,懺悔,誠実さ,コミュニティ,責任,自己開示
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。