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💬 AIブッダに相談
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偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 2,606
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
経典: vinaya
✕ クリア
執着
vinaya
趣旨一致
中
laddhaṁ laddhaṁ parisāya vissajjeti. Parisā cassa hoti bāhullikā; laddhaṁ laddhaṁ kolambepi, ghaṭepi, pūretvā paṭisāmeti; parissāvanānipi, thavikāyopi, pūretvā vātapānesu laggeti. Tāni olīnavilīnāni tiṭṭhanti. Undūrehipi vihārā okiṇṇavikiṇṇā honti. Manussā vihāracārikaṁ āhiṇḍantā passitvā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “antokoṭṭhāgārikā ime samaṇā sakyaputtiyā, seyyathāpi rājā māgadho seniyo bimbisāro”ti. Assosuṁ kho bhikkhū tesaṁ manussānaṁ ujjhāyantānaṁ khiyyantānaṁ vipācentānaṁ. Ye te bhikkhū appicchā, te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti—
〔比丘は〕得るものを得るたびに、僧伽(パリサー)に施し与えた。そして彼の僧伽は豊かなものとなった。得るものを得るたびに、壺にも、甕にも満たして蓄え、濾水布(パリッサーワナー)にも、袋にも満たして窓辺に吊るした。それらは古びたまま垂れさがって置かれた。また、鼠どもにより精舎(ウィハーラ)は散らかし荒らされた。人々は精舎の周りを巡り歩きながら、これを見て、嫌悪し、非難し、そしりそこなった——「これら釈迦の子なる沙門たちは、まるでマガダ国王セーニヤ・ビンビサーラのごとく、内に蔵を持つ者のようである」と。さて比丘たちは、かの人々の嫌悪し、非難し、そしりそこなうのを耳にした。少欲(アッピッチャー)なる比丘たちは〔これを聞いて〕、嫌悪し、非難し、そしりそこなった——
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
Anujānāmi, bhikkhave, āgatapaṭipāṭiyā vaccaṁ kātun”ti. Tena kho pana samayena chabbaggiyā bhikkhū atisahasāpi vaccakuṭiṁ pavisanti, ubbhajitvāpi pavisanti, nitthunantāpi vaccaṁ karonti, dantakaṭṭhaṁ khādantāpi vaccaṁ karonti, bahiddhāpi vaccadoṇikāya vaccaṁ karonti, bahiddhāpi passāvadoṇikāya passāvaṁ karonti, passāvadoṇikāyapi kheḷaṁ karonti, pharusenapi kaṭṭhena avalekhanti, avalekhanakaṭṭhampi vaccakūpamhi pātenti, atisahasāpi nikkhamanti, ubbhajitvāpi nikkhamanti, capucapukārakampi ācamenti, ācamanasarāvakepi udakaṁ sesenti. Ye te bhikkhū appicchā …pe… te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma chabbaggiyā bhikkhū atisahasāpi vaccakuṭiṁ pavisissanti, ubbhajitvāpi pavisissanti, nitthunantāpi vaccaṁ karissanti, dantakaṭṭhaṁ khādantāpi vaccaṁ karissanti, bahiddhāpi vaccadoṇikāya vaccaṁ karissanti, bahiddhāpi passāvadoṇikāya passāvaṁ karissanti, passāvadoṇikāyapi kheḷaṁ karissanti, pharusenapi kaṭṭhena avalekhissanti, avalekhanakaṭṭhampi vaccakūpamhi pātessanti, atisahasāpi nikkhamissanti, ubbhajitvāpi nikkhamissanti, capucapukārakampi ācamessanti, ācamanasarāvakepi udakaṁ sesessantī”ti. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ …pe… “saccaṁ kira, bhikkhave …pe… “saccaṁ, bhagavā”ti …pe… vigarahitvā …pe… dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “Tena hi, bhikkhave, bhikkhūnaṁ vaccakuṭivattaṁ paññapessāmi yathā bhikkhūhi vaccakuṭiyā sammā vattitabbaṁ.
「比丘たちよ、来た順番に従って用を足すことを許可する」と。
さてそのころ、六群比丘(ちゃっばっぎやびく)たちは、乱暴に便所小屋に入り、踏み越えて入り、唸り声を立てながら用を足し、歯木(しもく)を噛みながら用を足し、便所小屋の外の糞壺に用を足し、小便壺の外に小便をし、小便壺に痰を吐き、荒削りの木片で拭い、その拭い木を糞穴に投げ込み、乱暴に出て行き、踏み越えて出て行き、水で口を濯(すす)ぐとき音を立て、濯ぎの鉢に水を残した。
少欲(しょうよく)なる比丘たちは……乃至……憤慨し、非難し、そしりを述べた。「いかなることぞ、六群比丘たちは、乱暴に便所小屋に入り、踏み越えて入り、唸り声を立てながら用を足し、歯木を噛みながら用を足し、便所小屋の外の糞壺に用を足し、小便壺の外に小便をし、小便壺に痰を吐き、荒削りの木片で拭い、その拭い木を糞穴に投げ込み、乱暴に出て行き、踏み越えて出て行き、水で口を濯ぐとき音を立て、濯ぎの鉢に水を残すとは」と。
そこでそれらの比丘たちは、世尊にこの事の次第を申し上げた……乃至……「比丘たちよ、まことにそうであるか……乃至……」「世尊よ、まことでございます」……乃至……世尊は叱責し……乃至……法の話をなして、比丘たちに告げられた。
「されば比丘たちよ、比丘たちが便所小屋において正しく振る舞うべきよう、比丘たちのための便所小屋における作法(さほう)を定めるであろう」と。
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
Sattāhaṁ sannivatto kātabbo. Idha pana, bhikkhave, sikkhamānāya anabhirati uppannā hoti …pe… sikkhamānāya kukkuccaṁ uppannaṁ hoti … sikkhamānāya diṭṭhigataṁ uppannaṁ hoti … sikkhamānāya sikkhā kupitā hoti. Sā ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘sikkhā me kupitā, āgacchantu ayyā, icchāmi ayyānaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite— ‘sikkhāsamādānaṁ ussukkaṁ karissāmī’ti. Sattāhaṁ sannivatto kātabbo. Idha pana, bhikkhave, sikkhamānā upasampajjitukāmā hoti.
七日間の往還を為すべきである。さてここに、比丘たちよ、学女(sikkhamānā)に不満(anabhirati)が生じたる場合、……乃至……学女に悔恨(kukkucca)が生じたる場合、……学女に邪見(diṭṭhigata)が生じたる場合、……学女にして学処(sikkhā)が乱れたる場合、もし彼女が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「わが学処が乱れました。尊者方よ、どうかお越しください。尊者方のお越しを願い奉ります」と申し送るならば、比丘たちよ、七日間の用務として赴くべきである——使者を遣わされずとも赴くべきであり、まして使者を遣わされた場合はなおさらのこと——「学処を受持(sikkhāsamādāna)せんとする熱意を、われ助け励まさん」との思いをもって。七日間の往還を為すべきである。さてここに、比丘たちよ、学女にして具足戒(upasampadā)を受けんと欲する者がある場合、。
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
setavaṇṇaṁ kāḷavaṇṇaṁ gerukaparikammaṁ mālākammaṁ latākammaṁ makaradantakaṁ pañcapaṭikaṁ cīvaravaṁsaṁ cīvararajjun”ti. Pānīyabhājanaṁ na saṁvijjati …pe… “anujānāmi, bhikkhave, pānīyasaṅkhaṁ pānīyasarāvakan”ti. 1.7. Pākārādianujānana Tena kho pana samayena vihārā aparikkhittā honti. “Anujānāmi, bhikkhave, parikkhipituṁ tayo pākāre— iṭṭhakāpākāraṁ, silāpākāraṁ, dārupākāran”ti. Koṭṭhako na hoti …pe… “anujānāmi, bhikkhave, koṭṭhakan”ti. Koṭṭhako nīcavatthuko hoti, udakena otthariyyati …pe…
白色(せつあ)の染め、黒色の染め、赭土(げろか)による仕上げ、花模様の細工、蔓草模様の細工、鰐の牙の模様、五条の筋模様、衣竿(えさお)、衣綱(えつな)」と。
飲料水用の器(はち)がなかった……(中略)……「比丘たちよ、飲料水用の貝殻器および水皿を許可する」と。
第七節 囲壁等の許可
そのころ、精舎(しょうじゃ)に囲いがなかった。「比丘たちよ、三種の囲壁(くるわ)を設けることを許可する。すなわち、煉瓦の囲壁、石の囲壁、木の囲壁である」と。
倉庫がなかった……(中略)……「比丘たちよ、倉庫を許可する」と。
倉庫の床が低く、水が浸み込んできた……(中略)……
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,希死念慮の場面では使わない
執着
vinaya
趣旨一致
中
Sā ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘ahañhi upasampajjitukāmā, āgacchantu ayyā, icchāmi ayyānaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite— ‘upasampadaṁ ussukkaṁ karissāmi vā, anussāvessāmi vā, gaṇapūrako vā bhavissāmī’ti. Sattāhaṁ sannivatto kātabbo. Idha pana, bhikkhave, sāmaṇero gilāno hoti. So ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘ahañhi gilāno, āgacchantu bhikkhū, icchāmi bhikkhūnaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite— ‘gilānabhattaṁ vā pariyesissāmi, gilānupaṭṭhākabhattaṁ vā pariyesissāmi, gilānabhesajjaṁ vā pariyesissāmi, pucchissāmi vā, upaṭṭhahissāmi vā’ti. Sattāhaṁ sannivatto kātabbo. Idha pana, bhikkhave, sāmaṇerassa anabhirati uppannā hoti …pe…
比丘たちよ、もし彼女が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「私は具足戒(うぐそくかい)を受けたいと思います。尊者方よ、どうかお越しください。尊者方のご来臨を願い奉ります」と伝えるならば、比丘たちよ、七日以内に処理すべき用務(さったはからにーや)として赴くべきである。使者が遣わされていない場合でも赴くべきであり、ましてや遣わされている場合はなおさらである。「受戒(じゅかい)の手続きに尽力しよう、あるいは羯磨(かつま)の宣告を行おう、あるいは定足数(ていそくすう)を満たす者となろう」と思うならば。七日のうちに帰還しなければならない。
また比丘たちよ、ここに沙弥(しゃみ)が病気である場合がある。もし彼が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「私は病気であります。比丘方よ、どうかお越しください。比丘方のご来臨を願い奉ります」と伝えるならば、比丘たちよ、七日以内に処理すべき用務として赴くべきである。使者が遣わされていない場合でも赴くべきであり、ましてや遣わされている場合はなおさらである。「病者への食事(ぎょうじゃへのじきじ)を求めよう、あるいは病者の看護者への食事を求めよう、あるいは病者のための薬を求めよう、あるいは見舞いに参ろう、あるいは看護しよう」と思うならば。七日のうちに帰還しなければならない。
また比丘たちよ、ここに沙弥に不楽(ふらく)が生じた場合がある……(以下略)……
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
Ye te bhikkhū appicchā …pe… te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma saddhivihārikā upajjhāyesu na sammā vattissantī”ti. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ …pe… “saccaṁ kira, bhikkhave, saddhivihārikā upajjhāyesu na sammā vattantī”ti? “Saccaṁ, bhagavā”ti vigarahi buddho bhagavā …pe… kathañhi nāma, bhikkhave, saddhivihārikā upajjhāyesu na sammā vattissanti. Netaṁ, bhikkhave, appasannānaṁ vā pasādāya …pe… vigarahitvā …pe… dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi—
欲少なき比丘たちは……(中略)……不満を唱え、非難し、声を上げて言った——「いかにして同住弟子(サッディヴィハーリカ)たちは、和尚(ウパッジャーヤ)に対して正しく振る舞わないのであるか」と。
そこで、それらの比丘たちは、世尊にこの事の次第を申し上げた。……(中略)……
「比丘たちよ、まことに同住弟子たちは和尚に対して正しく振る舞わないというのは、真実であるか」と。
「真実でございます、世尊よ」と。
覚れる世尊は、これを咎めて仰せられた——……(中略)……
「比丘たちよ、いかにして同住弟子たちは、和尚に対して正しく振る舞わないのであるか。比丘たちよ、このことは、いまだ信を起こさざる者に信を起こさしめるためにも……(中略)……ならないのである」と。
かくして咎め終わり……(中略)……法(ダンマ)にかなった話をなして、比丘たちに告げられた——
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
sāmaṇerassa kukkuccaṁ uppannaṁ hoti … sāmaṇerassa diṭṭhigataṁ uppannaṁ hoti … sāmaṇero vassaṁ pucchitukāmo hoti. So ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘ahañhi vassaṁ pucchitukāmo, āgacchantu bhikkhū, icchāmi bhikkhūnaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite— ‘pucchissāmi vā, ācikkhissāmi vā’ti. Sattāhaṁ sannivatto kātabbo. Idha pana, bhikkhave, sāmaṇero upasampajjitukāmo hoti. So ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘ahañhi upasampajjitukāmo, āgacchantu bhikkhū, icchāmi bhikkhūnaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite—
沙弥(さーまねーら)に悔恨(くっくっチャ)が生じたとき……沙弥に邪見(ディッティガタ)が生じたとき……沙弥が雨安居(ヴァッサ)について問い尋ねようとするとき、もしその沙弥が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「わたくしは雨安居について問い尋ねたく存じます。どうか比丘がたよ、お出でください。比丘がたのお越しを願い望みます」と申し伝えたならば、比丘たちよ、七日以内になすべき用事(サッターハカラニーヤ)として赴くべきである。使者が遣わされていない場合でも赴くべきであり、まして使者が遣わされている場合はなおさらのことである——「問い尋ねてあげよう、あるいは教え示してあげよう」と。七日以内に戻らなければならない。
さてまた、比丘たちよ、沙弥が具足戒(ウパサンパダー)を受けようとするとき、もしその沙弥が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「わたくしは具足戒を受けたく存じます。どうか比丘がたよ、お出でください。比丘がたのお越しを願い望みます」と申し伝えたならば、比丘たちよ、七日以内になすべき用事として赴くべきである。使者が遣わされていない場合でも赴くべきであり、まして使者が遣わされている場合はなおさらのことである——
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
sāmaṇerī vassaṁ pucchitukāmā hoti. Sā ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘ahañhi vassaṁ pucchitukāmā, āgacchantu ayyā, icchāmi ayyānaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite— ‘pucchissāmi vā, ācikkhissāmi vā’ti. Sattāhaṁ sannivatto kātabbo. Idha pana, bhikkhave, sāmaṇerī sikkhaṁ samādiyitukāmā hoti. Sā ce bhikkhūnaṁ santike dūtaṁ pahiṇeyya— ‘ahañhi sikkhaṁ samādiyitukāmā, āgacchantu ayyā, icchāmi ayyānaṁ āgatan’ti, gantabbaṁ, bhikkhave, sattāhakaraṇīyena, appahitepi, pageva pahite— ‘sikkhāsamādānaṁ ussukkaṁ karissāmī’ti. Sattāhaṁ sannivatto kātabbo”ti.
沙弥尼(さーまねーりー)が雨安居(うあんご)について問い尋ねたいと思うことがある。彼女が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「私は雨安居について問い尋ねたく存じます。どうか尊者方よ、おいでください。尊者方のお越しを願い奉ります」と申し伝えたならば、比丘たちよ、七日以内に果たすべき用務として赴かなければならない。使者が遣わされていない場合でさえもそうであるが、まして使者が遣わされた場合はなおさらのことである。「問いに答えよう、あるいは教え示そう」と思って赴くべきであり、七日のうちに戻るべく取り計らわなければならない。
また比丘たちよ、ここに沙弥尼が学処(しっかー)を受持したいと思うことがある。彼女が比丘たちのもとへ使者を遣わして、「私は学処を受持したく存じます。どうか尊者方よ、おいでください。尊者方のお越しを願い奉ります」と申し伝えたならば、比丘たちよ、七日以内に果たすべき用務として赴かなければならない。使者が遣わされていない場合でさえもそうであるが、まして使者が遣わされた場合はなおさらのことである。「学処受持のために力を尽くそう」と思って赴くべきであり、七日のうちに戻るべく取り計らわなければならない。
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
Tatopi cīvarabhāgaṁ gahetvā mahantaṁ cīvarabhaṇḍikaṁ ādāya punadeva sāvatthiṁ paccāgañchi. Bhikkhū evamāhaṁsu—“mahāpuññosi tvaṁ, āvuso upananda, bahuṁ te cīvaraṁ uppannan”ti. “Kuto me, āvuso, puññaṁ? Idhāhaṁ, āvuso, sāvatthiyaṁ vassaṁvuṭṭho aññataraṁ gāmakāvāsaṁ agamāsiṁ. “Kiṁ pana tvaṁ, āvuso upananda, aññatra vassaṁvuṭṭho aññatra cīvarabhāgaṁ sādiyī”ti? Ye te bhikkhū appicchā …pe… te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma āyasmā upanando sakyaputto aññatra vassaṁvuṭṭho aññatra cīvarabhāgaṁ sādiyissatī”ti. Bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ …pe… “saccaṁ kira tvaṁ, upananda, aññatra vassaṁvuṭṭho aññatra cīvarabhāgaṁ sādiyī”ti? “Saccaṁ, bhagavā”ti.
そこから衣(こころも)の分け前を受け取り、大きな衣の包みを携えて、再びサーヴァッティーへと戻ってきた。比丘たちはこう言った。「アーヴソ(友よ)、ウパナンダよ、あなたはまことに大きな福徳(puñña)をお持ちだ。多くの衣が手に入ったのですね」と。「友よ、どこに福徳などありましょうか。私はここサーヴァッティーで安居(vassa)を過ごしながら、ある村の住処へと赴いたのです」と。「しかしアーヴソ、ウパナンダよ、あなたはある場所で安居を過ごしながら、別の場所の衣の分け前を受け取ったのですか」と。
少欲(appiccha)なる比丘たちは、……(乃至)……憤り、そしりそれを広めて言った。「いったいどうして、ウパナンダ・サキャプッタ(釈迦族の子)尊者は、ある場所で安居を過ごしながら、別の場所の衣の分け前を受け取ることができようか」と。
彼らは世尊(Bhagavā)にこの事の次第を申し上げた。……(乃至)……「ウパナンダよ、汝はある場所で安居を過ごしながら、別の場所の衣の分け前を受け取ったというのは、まことのことか」と。「世尊よ、まことのことでございます」と。
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
“kacci, bhante, bhagavā sukhaṁ sayitthā”ti? “Sabbadā ve sukhaṁ seti, brāhmaṇo parinibbuto; Yo na limpati kāmesu, sītibhūto nirūpadhi. Sabbā āsattiyo chetvā, vineyya hadaye daraṁ; Upasanto sukhaṁ seti, santiṁ pappuyya cetasā”ti. Atha kho bhagavā anāthapiṇḍikassa gahapatissa anupubbiṁ kathaṁ kathesi, seyyathidaṁ—
「尊師よ、世尊は安らかにお休みになられましたか」と。
「涅槃(ニッバーナ)に達した婆羅門は、つねに安らかに臥す。
欲(カーマ)に染まらず、熱いものなく、執着(ウパーディ)を離れたる者として。
一切の執著(アーサッティ)を断ち切り、心の憂悩を除き去りて、
心に静けさを得、寂静(サンティ)に達したる者は、安らかに臥すのである。」
そこで世尊は、長者アナータピンディカ(給孤独)に対して、次第説法(アヌプッビー・カター)を説かれた。すなわち——
執着
vinaya
趣旨一致
中
na upajjhāyaṁ anāpucchā gāmo pavisitabbo; na susānaṁ gantabbaṁ; na disā pakkamitabbā. Sace upajjhāyo gilāno hoti, yāvajīvaṁ upaṭṭhātabbo, vuṭṭhānamassa āgametabbaṁ. Idaṁ kho, bhikkhave, saddhivihārikānaṁ upajjhāyesu vattaṁ yathā saddhivihārikehi upajjhāyesu sammā vattitabban”ti. 12. Saddhivihārikavattakathā Tena kho pana samayena upajjhāyā saddhivihārikesu na sammā vattanti. Ye te bhikkhū appicchā …pe… te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma upajjhāyā saddhivihārikesu na sammā vattissantī”ti. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ …pe…
「和尚(upajjhāya)に告げずして村に入るべからず。墓場に赴くべからず。他の方角へ去るべからず。もし和尚が病めるときは、命ある限り看護すべく、その回復を待つべし。比丘たちよ、これぞ同住弟子(saddhivihārika)が和尚に対して行ずべき作法、すなわち同住弟子が和尚に対して正しく振る舞うべき道にほかならない。」
第十二節 和尚の同住弟子に対する作法の説示
さてその当時、和尚たちが同住弟子に対して正しく振る舞わぬことがあった。少欲なる比丘たちは……(中略)……憤り、そしりて言った。
「どうして和尚たちが同住弟子に対して正しく振る舞わずにいられようか」と。
そこでそれらの比丘たちは、この事の次第を世尊に申し上げた。……(中略)……
⚠ 出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
Ye te bhikkhū appicchā, te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma chabbaggiyā bhikkhū vatthikammaṁ kārāpessantī”ti. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. “Saccaṁ kira, bhikkhave, chabbaggiyā bhikkhū vatthikammaṁ kārāpentī”ti? “Saccaṁ, bhagavā”ti …pe… vigarahitvā dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “na, bhikkhave, sambādhassa sāmantā dvaṅgulā satthakammaṁ vā vatthikammaṁ vā kārāpetabbaṁ. Yo kārāpeyya, āpatti thullaccayassā”ti. 9. Manussamaṁsapaṭikkhepakathā Atha kho bhagavā rājagahe yathābhirantaṁ viharitvā yena bārāṇasī tena cārikaṁ pakkāmi.
少欲(少欲)の比丘たちは、これを憤り、そしりののしった。「いかなることあって、六群比丘(chabbaggiyā bhikkhū)たちは陰部の手術を受けようとするのか」と。
そこで、かの比丘たちは世尊にこの事を申し上げた。「比丘たちよ、まことに六群比丘たちは陰部の手術を受けようとしているとのことか」と。「世尊よ、まことにさようにございます」と。……中略……〔世尊は〕これを訶責し、法(dhamma)にかなった教えを説いて、比丘たちに告げられた。「比丘たちよ、秘処(sambādha)のほとりより二指の幅の範囲においては、刀による手術(satthakamma)も、陰部の手術(vatthikamma)も、受けさせてはならない。これを受けさせる者には、偷蘭遮(thullaccaya)の罪を犯すことになる」と。
第九節 人肉禁止の話(Manussamaṁsapaṭikkhepakathā)
そのころ、世尊はラージャガハ(Rājagaha、王舎城)において思うさま滞在されたのち、バーラーナシー(Bārāṇasī、波羅奈)へと遊行(cārika)に発たれた。
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
執着
vinaya
趣旨一致
中
“gaccha, bhaṇe, pavattamaṁsaṁ jānāhī”ti. “Evaṁ, ayye”ti kho so puriso suppiyāya upāsikāya paṭissuṇitvā kevalakappaṁ bārāṇasiṁ āhiṇḍanto na addasa pavattamaṁsaṁ. Atha kho so puriso yena suppiyā upāsikā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā suppiyaṁ upāsikaṁ etadavoca— “natthayye pavattamaṁsaṁ. Māghāto ajjā”ti. Atha kho suppiyāya upāsikāya etadahosi— “tassa kho gilānassa bhikkhuno paṭicchādanīyaṁ alabhantassa ābādho vā abhivaḍḍhissati, kālaṅkiriyā vā bhavissati. Na kho metaṁ patirūpaṁ yāhaṁ paṭissuṇitvā na harāpeyyan”ti. Potthanikaṁ gahetvā ūrumaṁsaṁ ukkantitvā dāsiyā adāsi— “handa, je, imaṁ maṁsaṁ sampādetvā amukasmiṁ vihāre bhikkhu gilāno, tassa dajjāhi.
「行って、これこれ、売り物の肉があるかどうか調べてきておくれ」と。「かしこまりました、奥さま」と、その男はスッピヤー優婆夷(うばい)の言葉を承って、バーラーナシーの町をくまなく歩き回ったが、売り物の肉はどこにも見当たらなかった。そこでその男は、スッピヤー優婆夷のもとへ戻り、こう申し上げた。「奥さま、売り物の肉がございません。今日は屠殺がなかったようで」と。
そのときスッピヤー優婆夷の心にこのような思いが起こった。「あの病んでおられる比丘(びく)は、必要なものが手に入らなければ、病がいよいよ重くなるか、あるいは命を落とすことになるかもしれない。いったん引き受けておきながら、届けないというのは、わたくしにはふさわしくない」と。そこで彼女は小刀を手に取り、自らの腿(もも)の肉を切り取って女奴隷(どれい)に渡し、こう言った。「さあ、これこれ、この肉を調理して、あの寺院の病んでおられる比丘のもとへ持って行き、差し上げてきておくれ」と。
⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
慈悲
vinaya
趣旨一致
中
mānitā mānayanti naṁ. Tato naṁ anukampanti, mātā puttaṁva orasaṁ; Devatānukampito poso, sadā bhadrāni passatī”ti. Atha kho bhagavā sunidhavassakāre magadhamahāmatte imāhi gāthāhi anumoditvā uṭṭhāyāsanā pakkāmi. Tena kho pana samayena sunidhavassakārā magadhamahāmattā bhagavantaṁ piṭṭhito piṭṭhito anubandhā honti— “yenajja samaṇo gotamo dvārena nikkhamissati, taṁ gotamadvāraṁ nāma bhavissati; yena titthena gaṅgaṁ nadiṁ uttarissati, taṁ gotamatitthaṁ nāma bhavissatī”ti. Atha kho bhagavā yena dvārena nikkhami, taṁ gotamadvāraṁ nāma ahosi.
〔詩偈〕
尊敬する者は、また尊敬される。
そこに慈しみが生まれ、
母がわが子を愛でるように——
天神(デーヴァター)に護られた人は、
つねに吉祥を目にする。
〔散文〕
さて、世尊はこれらの詩偈によってスニッダとヴァッサカーラのマガダの大臣たちへの随喜の言葉を述べ終え、座より立ち上がって退かれた。
そのとき、スニッダとヴァッサカーラのマガダの大臣たちは、世尊のあとをひたひたと随いて行きながら、こう語り合っていた——「今日、沙門ゴータマがいずれの門より出られるにせよ、その門は『ゴータマ門』と呼ばれることになろう。いずれの渡し場よりガンジス河(ガンガー)を渡られるにせよ、その渡し場は『ゴータマの渡し場』と呼ばれることになろう」と。
さて、世尊がいずれの門より出られたか——その門は『ゴータマ門』と名付けられた。
慈悲
vinaya
趣旨一致
中
Therena bhikkhunā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā evamassa vacanīyo— ‘saṅghaṁ, āvuso, pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmi. Dutiyampi, āvuso, saṅghaṁ pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmi. Tatiyampi, āvuso, saṅghaṁ pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmī’ti.
長老たる比丘は、上衣(ウッタラーサンガ)を片肩にかけ、蹲踞(うずくまり)の姿勢に坐して、合掌し、次のように申し述べるべきである——
「友よ、わたしは僧伽(サンガ)に対して自恣(パヴァーラナー)をおこないます。見たことによっても、聞いたことによっても、疑わしいと思われることによっても。尊者たちよ、慈悲(アヌカンパ)をもってわたしに告げてください。わたしは〔過ちを〕見たならば、それを改めるでありましょう。
再び、友よ、わたしは僧伽に対して自恣をおこないます。見たことによっても、聞いたことによっても、疑わしいと思われることによっても。尊者たちよ、慈悲をもってわたしに告げてください。わたしは〔過ちを〕見たならば、それを改めるでありましょう。
三たび、友よ、わたしは僧伽に対して自恣をおこないます。見たことによっても、聞いたことによっても、疑わしいと思われることによっても。尊者たちよ、慈悲をもってわたしに告げてください。わたしは〔過ちを〕見たならば、それを改めるでありましょう」と。
⚠ 出家者向けの文脈
慈悲
vinaya
趣旨一致
中
‘Āgacchāhī’ti vattabbo. Ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ kārāpetvā bhikkhūnaṁ pāde vandāpetvā ukkuṭikaṁ nisīdāpetvā añjaliṁ paggaṇhāpetvā upasampadaṁ yācāpetabbo— ‘saṅghaṁ, bhante, upasampadaṁ yācāmi. Ullumpatu maṁ, bhante, saṅgho anukampaṁ upādāya. Dutiyampi, bhante, saṅghaṁ upasampadaṁ yācāmi. Ullumpatu maṁ, bhante, saṅgho anukampaṁ upādāya. Tatiyampi, bhante, saṅghaṁ upasampadaṁ yācāmi. Ullumpatu maṁ, bhante, saṅgho anukampaṁ upādāyā’ti. Byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho.
「来たれ」と告げるべし。上衣(ウッタラーサンガ)を一肩に掛けさせ、比丘たちの足に礼拝させ、蹲踞(うずくまり)の姿勢に座らせ、合掌させて、具足戒(ウパサンパダー)を請願させるべし——
「尊き僧伽(サンガ)よ、わたくしは具足戒を請い願います。尊き僧伽よ、慈悲(アヌカンパー)をもって、わたくしをお救いください。尊き僧伽よ、二度目もまた、わたくしは具足戒を請い願います。尊き僧伽よ、慈悲をもって、わたくしをお救いください。尊き僧伽よ、三度目もまた、わたくしは具足戒を請い願います。尊き僧伽よ、慈悲をもって、わたくしをお救いください」と。
次いで、能弁にして有能なる比丘によって、僧伽に告知されるべし——
「尊き僧伽よ、聞かれよ。
⚠ 出家者向けの文脈
慈悲
vinaya
趣旨一致
中
Caratha, bhikkhave, cārikaṁ bahujanahitāya bahujanasukhāya lokānukampāya atthāya hitāya sukhāya devamanussānaṁ. Mā ekena dve agamittha. Desetha, bhikkhave, dhammaṁ ādikalyāṇaṁ majjhekalyāṇaṁ pariyosānakalyāṇaṁ sātthaṁ sabyañjanaṁ kevalaparipuṇṇaṁ parisuddhaṁ brahmacariyaṁ pakāsetha. Santi sattā apparajakkhajātikā, assavanatā dhammassa parihāyanti, bhavissanti dhammassa aññātāro. Ahampi, bhikkhave, yena uruvelā senānigamo tenupasaṅkamissāmi dhammadesanāyā”ti. Atha kho māro pāpimā yena bhagavā tenupasaṅkami, upasaṅkamitvā bhagavantaṁ gāthāya ajjhabhāsi— “Baddhosi sabbapāsehi, ye dibbā ye ca mānusā; Mahābandhanabaddhosi, na me samaṇa mokkhasī”ti.
「比丘たちよ、遊行せよ。多くの人々の利益のために、多くの人々の幸福のために、世の者たちへの憐愍(あわれみ)のために、神々と人々の利益・幸福・安楽のために。二人して同じ道を行くことなかれ。比丘たちよ、法(ダンマ)を説け——初めも善く、中ほども善く、終わりも善き法を、意義を具え、文辞を具え、完全に円満にして清浄なる梵行(ぼんぎょう)を明かせ。生まれながらに煩悩の塵の薄い者たちがいる。法を聞かずして彼らは衰えてゆく。聞くならば法を知る者となるであろう。比丘たちよ、わたしもまた、ウルヴェーラーのセーナーニガマへと赴き、法を説くであろう。」
そのとき、悪しき魔王マーラは、世尊のもとへと近づいた。近づいて、世尊に偈(げ)をもって語りかけた——
天の絆も人の絆も、
あらゆる縛めに汝は縛られたり。
大いなる束縛に捕らわれし身、
沙門よ、我が手より逃れることはかなわぬ。
⚠ 希死念慮の場面では使わない,出家者向けの文脈
慈悲
vinaya
趣旨一致
中
Yadāyasmantānaṁ pattakallaṁ, mayaṁ aññamaññaṁ pavāreyyāmā’ti. Therena bhikkhunā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā te bhikkhū evamassu vacanīyā— ‘ahaṁ, āvuso, āyasmante pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmi. Dutiyampi …pe… tatiyampi ahaṁ, āvuso, āyasmante pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmī’ti. Navakena bhikkhunā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā te bhikkhū evamassu vacanīyā—
「諸長老方(āyasmantāna)の御用意が整いましたならば、われらは互いに自恣(pavāreyyāma)を行いましょう。」
長老比丘(thera bhikkhu)は、上衣(uttarāsaṅga)を一肩にかけ、蹲踞(ukkuṭika)して座し、合掌(añjali)して、かの比丘たちにかくのごとく告げるべし——
「友よ(āvuso)、わたくしは、諸長老方(āyasmanto)に対し、見たること(diṭṭha)によっても、聞いたること(suta)によっても、疑わしきこと(parisaṅkā)によっても、自恣(pavāremi)いたします。どうか諸長老方は、慈しみ(anukampa)をもって、わたくしに告げてください。見て知らば、わたくしは改めます(paṭikarissāmi)。」
再び——「友よ、わたくしは……中略……見て知らば、わたくしは改めます。」
三たび——「友よ、わたくしは、諸長老方に対し、見たることによっても、聞いたることによっても、疑わしきことによっても、自恣いたします。どうか諸長老方は、慈しみをもって、わたくしに告げてください。見て知らば、わたくしは改めます。」
次いで、新参の比丘(navaka bhikkhu)は、上衣を一肩にかけ、蹲踞して座し、合掌して、かの比丘たちにかくのごとく告げるべし——
⚠ 出家者向けの文脈
慈悲
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趣旨一致
中
‘ahaṁ, bhante, āyasmante pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmi. Dutiyampi …pe… tatiyampi ahaṁ, bhante, āyasmante pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmanto anukampaṁ upādāya. Passanto paṭikarissāmī’”ti. Tena kho pana samayena aññatarasmiṁ āvāse tadahu pavāraṇāya tayo bhikkhū viharanti. “bhagavatā anuññātaṁ pañcannaṁ saṅghe pavāretuṁ, catunnaṁ aññamaññaṁ pavāretuṁ. Mayañcamhā tayo janā.
「大徳よ、私は長老方に対して、見たこと、聞いたこと、あるいは疑わしいことに基づいて、自恣(パヴァーラナー)を申し述べます。長老方よ、慈悲(アヌカンパー)をもって私に告げてください。もし思い当たることがあれば、私は懺悔して改めます。再びまた……乃至……三たびまた、大徳よ、私は長老方に対して、見たこと、聞いたこと、あるいは疑わしいことに基づいて、自恣を申し述べます。長老方よ、慈悲をもって私に告げてください。もし思い当たることがあれば、私は懺悔して改めます」と。
さてそのとき、ある一つの住処において、その日の自恣(パヴァーラナー)に際して、三人の比丘が住していた。「世尊は、五人以上の場合には僧伽(サンガ)において自恣することを許可され、四人の場合には互いに自恣することを許可された。しかるに我らは三人である。
⚠ 出家者向けの文脈
慈悲
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趣旨一致
中
Kathaṁ nu kho amhehi pavāretabban”ti? “Anujānāmi, bhikkhave, tiṇṇaṁ aññamaññaṁ pavāretuṁ. Evañca pana, bhikkhave, pavāretabbaṁ. Byattena bhikkhunā paṭibalena te bhikkhū ñāpetabbā— ‘Suṇantu me āyasmantā. Ajja pavāraṇā. Yadāyasmantānaṁ pattakallaṁ, mayaṁ aññamaññaṁ pavāreyyāmā’ti. Therena bhikkhunā ekaṁsaṁ uttarāsaṅgaṁ karitvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā te bhikkhū evamassu vacanīyā— ‘ahaṁ, āvuso, āyasmante pavāremi diṭṭhena vā sutena vā parisaṅkāya vā. Vadantu maṁ āyasmantā anukampaṁ upādāya.
「では、我らはいかにして自恣(pavāraṇā)をなすべきであろうか」と。
「比丘たちよ、三人が互いに自恣をなすことを許す。比丘たちよ、自恣はかくのごとくなすべきである。弁舌ある有能な比丘は、かの比丘たちに告知すべきである——
『尊者たちよ、聴かれよ。今日は自恣の日である。尊者たちの時節に適うならば、我らは互いに自恣をなさんと欲す』と。
長老の比丘は、上衣(uttarāsaṅga)を一肩にかけ、胡坐(ukkuṭika)して坐し、合掌して、かの比丘たちにかくのごとく言うべきである——
『友よ、私は尊者たちに対し、見たこと、聞いたこと、あるいは疑わしきことについて、自恣(pavāremi)をなす。尊者たちよ、慈悲(anukampa)をもって、私に告げ知らせていただきたい』と。」
⚠ 出家者向けの文脈
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)