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💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 68
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
経典: テーリーガーター
✕ クリア
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Muttātherīgāthā “Mutte muccassu yogehi, cando rāhuggahā iva; Vippamuttena cittena, anaṇā bhuñja piṇḍakan”ti. Itthaṁ sudaṁ bhagavā muttaṁ sikkhamānaṁ imāya gāthāya abhiṇhaṁ ovadatīti.
# テーリーガーター 第一集 ムッター長老尼の偈
「ムッターよ、くびきより解き放たれよ、
月がラーフの捉えより解き放たれるように。
心(チッタ)清らかに解脱して、
負い目なく、施食(ピンダカ)を受けよ」と。
かくのごとく、世尊は、学道にある(シッカマーナー)ムッターに、この偈をもって、つねに教え諭したもうた。
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Uttamātherīgāthā “Catukkhattuṁ pañcakkhattuṁ, vihārā upanikkhamiṁ; Aladdhā cetaso santiṁ, citte avasavattinī. Sā bhikkhuniṁ upagacchiṁ, yā me saddhāyikā ahu; Sā me dhammamadesesi, khandhāyatanadhātuyo. Tassā dhammaṁ suṇitvāna, Yathā maṁ anusāsi sā; Sattāhaṁ ekapallaṅkena, Nisīdiṁ pītisukhasamappitā; Aṭṭhamiyā pāde pasāresiṁ, Tamokhandhaṁ padāliyā”ti. … Uttamā therī ….
四たび、五たびと、
わたしは精舎を出て行った。
心の安らぎを得られぬまま、
こころを制することができずにいた。
そこでわたしは、一人の比丘尼のもとへ赴いた、
わたしが深く信頼を寄せていたその人のもとへ。
彼女はわたしにダンマ(法)を説き示してくれた、
蘊(うん)と処(しょ)と界(かい)とを。
彼女の説く法を聴き終えて、
彼女がわたしに諭してくれたとおりに、
わたしは七日のあいだ、ひとつの座を結んで坐し、
喜(ぴーティ)と楽(スカ)とに満ちあふれた。
そして八日目に、わたしは足を伸ばした、
暗黒の塊(タモカンダ)を打ち砕いて。
…ウッタマー長老尼…
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Sattakanipāta Cālātherīgāthā “Satiṁ upaṭṭhapetvāna, bhikkhunī bhāvitindriyā; Paṭivijjhi padaṁ santaṁ, saṅkhārūpasamaṁ sukhaṁ”. “Kaṁ nu uddissa muṇḍāsi, samaṇī viya dissasi; Na ca rocesi pāsaṇḍe, kimidaṁ carasi momuhā”. “Ito bahiddhā pāsaṇḍā, diṭṭhiyo upanissitā; Na te dhammaṁ vijānanti, na te dhammassa kovidā. Atthi sakyakule jāto, buddho appaṭipuggalo; So me dhammamadesesi, diṭṭhīnaṁ samatikkamaṁ. Dukkhaṁ dukkhasamuppādaṁ, Dukkhassa ca atikkamaṁ; Ariyaṁ caṭṭhaṅgikaṁ maggaṁ, Dukkhūpasamagāminaṁ.
# テーリーガーター 第七章 チャーラー長老尼の偈
---
正念(サティ)を確立し、
根(インドリヤ)を修めたる比丘尼は、
寂静なる境地を、
諸行の寂滅という安楽を、
まのあたりに覚知した。
「何者に捧げてか、そなたは頭を剃れるのか。
沙門のごとき姿に見えながら、
いかなる外道にも与せず――
この愚かなる振る舞いは、いったい何事か」
「ここなる世の外道たちは、
諸々の見解(ディッティ)に依り頼む者。
かれらは法(ダンマ)を知らず、
法に通じたる者にあらず。
しかるにサキャ族より生まれし者あり、
比類なき覚者(ブッダ)と呼ばるる方こそ、
わが師にして、法を説き示し給うた――
一切の見解を超え渡ることを。
苦(ドゥッカ)を、
苦の生起(サムッパーダ)を、
そして苦の超克を、
苦の寂滅へと導く
聖なる八支の道(アリヤ・アッタンギカ・マッガ)を」
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Aṭṭhakanipāta Sīsūpacālātherīgāthā “Bhikkhunī sīlasampannā, indriyesu susaṁvutā; Adhigacche padaṁ santaṁ, asecanakamojavaṁ”. Aṭṭhakanipāto niṭṭhito. “Tāvatiṁsā ca yāmā ca, tusitā cāpi devatā; Nimmānaratino devā, ye devā vasavattino; Tattha cittaṁ paṇīdhehi, yattha te vusitaṁ pure”. “Tāvatiṁsā ca yāmā ca, tusitā cāpi devatā; Nimmānaratino devā, ye devā vasavattino. Kālaṁ kālaṁ bhavābhavaṁ, sakkāyasmiṁ purakkhatā; Avītivattā sakkāyaṁ, jātimaraṇasārino. Sabbo ādīpito loko, sabbo loko padīpito; Sabb
# テーリーガーター 8章1 シースーパチャーラー長老尼の偈
---
戒を具(そな)え、諸根(しょこん)をよく守る比丘尼は、
静けさの境地(さかい)に達するであろう——
混じりけなく、充ちみちた、あの安らぎの境地(きょうち)に。
---
「三十三天(さんじゅうさんてん)の神々よ、夜摩天(やまてん)の神々よ、
兜率天(とそつてん)の神々よ、
化楽天(けらくてん)の神々よ、
他化自在天(たけじざいてん)の神々よ——
かつておまえが住んだところへ
おまえの心を向けよ」と〔悪魔はいった〕。
「三十三天の神々、夜摩天の神々、
兜率天の神々、
化楽天の神々、
他化自在天の神々——
これらの者たちは、
時を経て、存在から存在へと輪転(りんてん)し、
有身見(うしんけん)を奉じながら、
有身見(さっかーや)を超え出ることなく、
生と死の流れに漂い続ける。
一切の世界は燃え盛り、
一切の世界は炎に包まれている。
---
*〔八偈品(アッタカニパータ)おわり〕*
⚠ 出家者向けの文脈
幸せ
テーリーガーター
趣旨一致
長
Navakanipāta Vaḍḍhamātutherīgāthā “Mā su te vaḍḍha lokamhi, vanatho āhu kudācanaṁ; Mā puttaka punappunaṁ, ahu dukkhassa bhāgimā. … Vaḍḍhamātā therī …. Navakanipāto niṭṭhito. Sukhañhi vaḍḍha munayo, anejā chinnasaṁsayā; Sītibhūtā damappattā, viharanti anāsavā. Tehānuciṇṇaṁ isībhi, maggaṁ dassanapattiyā; Dukkhassantakiriyāya, tvaṁ vaḍḍha anubrūhaya”. “Visāradāva bhaṇasi, etamatthaṁ janetti me; Maññāmi nūna māmike, vanatho te na vijjati”. “Ye keci vaḍḍha saṅkhārā, hīnā ukkaṭṭhamajjhimā; Aṇūpi aṇuma
# テーリーガーター 第九章 ヴァッダの母長老尼の偈
---
「ヴァッダよ、この世において
汝に渇愛(ヴァナタ)の生ずることなかれ、いかなる時にも。
わが子よ、再び再び
苦(ドゥッカ)の分かち持つ者となることなかれ。
…ヴァッダの母長老尼…
ヴァッダよ、実に牟尼(ムニ)たちは幸いなり——
動揺なく、疑惑を断ち切り、
清涼となり、調御を得て、
漏(アーサヴァ)なく住せる者たちは。
かの仙人(イシ)たちによって歩まれたる道を——
正見(ダッサナ)の到達のために、
苦の滅尽のために——
汝ヴァッダよ、その道を培い育てよ」と。
「わが母よ、汝は精通せる者のごとく
この義(アッタ)を説かれる。
思うに、汝には
渇愛は存在しないのであろう」と。
「いかなる諸行(サンカーラ)も、ヴァッダよ——
劣(ヒーナ)なるものも、勝(ウッカッタ)なるものも、中(マッジマ)なるものも、
極めて微細(アヌ)なるものも……」
業・因果
テーリーガーター
趣旨一致
長
Soḷasakanipāta Puṇṇātherīgāthā “Udahārī ahaṁ sīte, sadā udakamotariṁ; Ayyānaṁ daṇḍabhayabhītā, vācādosabhayaṭṭitā. “Kummaggapaṭipannaṁ maṁ, ariyamaggaṁ samānayi; Dakābhisecanā bhoti, imaṁ sāṭaṁ dadāmi te”. “Tuyheva sāṭako hotu, nāhamicchāmi sāṭakaṁ; Sace bhāyasi dukkhassa, sace te dukkhamappiyaṁ. Mākāsi pāpakaṁ kammaṁ, āvi vā yadi vā raho; Sace ca pāpakaṁ kammaṁ, karissasi karosi vā. Na te dukkhā pamutyatthi, upeccāpi palāyato; Sace bhāyasi dukkhassa, sace te dukkhamappiyaṁ. Upehi saraṇaṁ buddha
「寒さの中にても、わたしは水を運び、
常に水の中へと降りていった。
ご主人さまがたの笞(むち)の恐ろしさに怯え、
言葉の咎(とが)を受ける恐れに脅かされながら。
「邪道を歩んでいたわたしを、
汝は聖なる道(アリヤマッガ)へと導いてくれた。
水をもって沐浴せしめてくれた、その恩に報いるべく、
この衣(サーティ)をあなたに捧げましょう」と。
「その衣はあなたのものとして持っておきなさい。
わたしは衣など欲しくはない。
もし汝が苦(ドゥッカ)を恐れるならば、
もし汝にとって苦が厭わしいものならば、
悪しき業(カルマ)を造ってはならぬ、
人前においても、また独りひそかな折にも。
もし汝が悪しき業を
今後も造り、あるいは今まさに造っているならば、
いかに飛び去り逃れようとも、
汝は苦より解き放たれることはない。
もし汝が苦を恐れるならば、
もし汝にとって苦が厭わしいものならば、
仏(ブッダ)に帰依しなさい――」
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
業・因果
テーリーガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Vijayātherīgāthā “Catukkhattuṁ pañcakkhattuṁ, vihārā upanikkhamiṁ; Aladdhā cetaso santiṁ, citte avasavattinī. Bhikkhuniṁ upasaṅkamma, sakkaccaṁ paripucchahaṁ; Sā me dhammamadesesi, dhātuāyatanāni ca. Cattāri ariyasaccāni, indriyāni balāni ca; Bojjhaṅgaṭṭhaṅgikaṁ maggaṁ, uttamatthassa pattiyā. Tassāhaṁ vacanaṁ sutvā, karontī anusāsaniṁ; Rattiyā purime yāme, pubbajātimanussariṁ. Rattiyā majjhime yāme, dibbacakkhuṁ visodhayiṁ; Rattiyā pacchime yāme, tamokhandhaṁ padālayiṁ. Pītisukhena
四たび、五たびと、
精舎を出でては戻り、
心の安らぎ(心の寂静)をついに得られず、
わが心は自らの制するところとならなかった。
比丘尼のもとに赴き、
恭しく問いを重ねた。
彼女はわたしに法(ダンマ)を説き示してくださった——
諸界(ダートゥ)と諸処(アーヤタナ)を、
四聖諦(チャットゥアリヤサッチャーニ)を、
諸根(インドリヤ)と諸力(バラ)を、
七覚支(ボッジャンガ)と八聖道(アッタンギカ・マッガ)を——
最上の境地を証するための教えとして。
その言葉を聴き、
教えの示すままに実践するうちに、
夜の初更(初夜)において、
わたしは過去の生をことごとく想い起こした。
夜の中更(中夜)において、
天眼(ディッバチャック)を清らかに磨いた。
夜の後更(後夜)において、
闇の塊(タモカンダ)を打ち砕いた。
喜悦と楽(ピーティスカ)とに満たされて……
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
正念
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Uttarātherīgāthā “Kāyena saṁvutā āsiṁ, vācāya uda cetasā; Samūlaṁ taṇhamabbuyha, sītibhūtāmhi nibbutā”ti. … Uttarā therī ….
身(み)によりて律(おさ)められ、
語(ことば)によりて、また心によりて。
根(ね)ごと渇愛(タンハー)を抜き取りて、
わたしは清涼となり、涅槃(ニッバーナ)に入れり。
――長老尼ウッタラーの偈
人間関係
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Mittātherīgāthā “Saddhāya pabbajitvāna, mitte mittaratā bhava; Bhāvehi kusale dhamme, yogakkhemassa pattiyā”ti. … Mittā therī ….
# テーリーガーター 第一集 ミッター長老尼の偈
信(サッダー)によりて出家し、
友を友として慕い親しめ。
善き法(ダンマ)を修め培いて、
軛より安穏(ヨーガクケーマ)なる境地に達せよ。
―― ミッター長老尼 ――
人間関係
テーリーガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Selātherīgāthā “Natthi nissaraṇaṁ loke, kiṁ vivekena kāhasi; Bhuñjāhi kāmaratiyo, māhu pacchānutāpinī”. “Sattisūlūpamā kāmā, khandhāsaṁ adhikuṭṭanā; Yaṁ tvaṁ ‘kāmaratiṁ’ brūsi, ‘aratī’ dāni sā mama. Sabbattha vihatā nandī, Tamokhandho padālito; Evaṁ jānāhi pāpima, Nihato tvamasi antakā”ti. … Selā therī ….
# テーリーガーター 3・7 セーラー長老尼の偈
---
「世に解脱(nissaraṇa)などというものはない。
独居(viveka)などして何になるというのか。
愛欲の楽しみ(kāmarati)を享受するがよい。
後に悔やむことのないように」
「愛欲(kāma)は剣や槍の如く、
五蘊(khandha)を刻み砕くものぞ。
汝が『愛欲の楽しみ』と呼ぶそのものが、
今の我には厭離(arati)に他ならぬ。
あらゆるところに喜び(nandī)は打ち砕かれ、
無明の暗黒(tamokhandha)は裂き破られた。
かくと知れ、悪しき者(pāpima)よ、
汝は滅ぼされたり、死神(antaka)よ」
---
……セーラー長老尼……
自己
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Vīrātherīgāthā “Vīrā vīrehi dhammehi, bhikkhunī bhāvitindriyā; Dhāreti antimaṁ dehaṁ, jetvā māraṁ savāhinin”ti. … Vīrā therī ….
「ヴィーラーは、勇猛なる諸々の法(ダンマ)によりて、
根(インドリヤ)を修めたる比丘尼として、
魔(マーラ)とその軍勢を打ち破り、
最後の身体(アンティマ・デーハ)を保てり。」
……ヴィーラー長老尼……
⚠ 出家者向けの文脈
自己
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Bhadrātherīgāthā “Saddhāya pabbajitvāna, bhadre bhadraratā bhava; Bhāvehi kusale dhamme, yogakkhemamanuttaran”ti. … Bhadrā therī ….
# テーリーガーター 第一集 バドラー長老尼の偈
――
信(サッダー)をもって出家したならば、
バドラーよ、善きことを喜ぶ者となれ。
善なる法(ダンマ)を修め育てよ、
無上の安穏(ヨーガッケーマ)を求めて。
――
…バドラー長老尼…
自己
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Aññatarātissātherīgāthā “Tisse yuñjassu dhammehi, khaṇo taṁ mā upaccagā; Khaṇātītā hi socanti, nirayamhi samappitā”ti. … Aññatarā tissā therī ….
ティッサーよ、法(ダンマ)に励みなさい。
この機縁をみすみす過ぎさせてはならぬ。
機を逸した者は悲しむ、
地獄(ニラヤ)に堕ちて苦しみながら。
……ある長老尼ティッサーの偈……
⚠ 希死念慮の場面では使わない
自己
テーリーガーター
趣旨一致
中
Ekakanipāta Vuḍḍhapabbajitasumanātherīgāthā “Sukhaṁ tvaṁ vuḍḍhike sehi, katvā coḷena pārutā; Upasanto hi te rāgo, sītibhūtāsi nibbutā”ti. … Sumanā vuḍḍhapabbajitā therī ….
「老いてより出家せしスマナー長老尼の偈」
安らかに眠れ、老いたるよ、
衣を纏いてまどろみつつ。
汝の貪り(ラーガ)はすでに静まり、
清涼となりて、涅槃(ニッバーナ)に入りぬ。
……老いて出家せしスマナー長老尼……
自己
テーリーガーター
趣旨一致
中
Dukanipāta Cittātherīgāthā “Kiñcāpi khomhi kisikā, gilānā bāḷhadubbalā; Daṇḍamolubbha gacchāmi, pabbataṁ abhirūhiya. Saṅghāṭiṁ nikkhipitvāna, pattakañca nikujjiya; Sele khambhesimattānaṁ, tamokhandhaṁ padāliyā”ti. … Cittā therī ….
「たとえわが身は痩せ細り、
病みて甚だしく衰えたりとも、
杖に縋りながらも歩みゆき、
山を登りてまいりました。
僧伽梨(サンガーティ)を傍らに置き、
鉢(パッタ)をば伏せて、
岩壁に身をもたせかけ、
おのれを支えつつ——
かくして、暗黒の塊(タモカンダ)を
打ち砕いたのでございます」と。
……チッター長老尼……
自己
テーリーガーター
趣旨一致
長
Ekakanipāta Aññatarātherīgāthā Namo tassa Bhagavato Arahato Sammāsambuddhassa. “Sukhaṁ supāhi therike, Katvā coḷena pārutā; Upasanto hi te rāgo, Sukkhaḍākaṁ va kumbhiyan”ti. Itthaṁ sudaṁ aññatarā therī apaññātā bhikkhunī gāthaṁ abhāsitthāti.
# テーリーガーター(長老尼偈)第一集 一
南無・かの世尊・応供・正等覚者に帰依し奉る。
---
「安らかに眠れ、老いたる尼よ、
衣(こころ)もて身を包み、
なんじの貪り(ラーガ)は静まれり、
水の涸れた甕(かめ)のごとく。」
---
かくのごとく、名を知られぬある長老尼の比丘尼が、この偈(げ)を唱えたのである。
⚠ 出家者向けの文脈
自己
テーリーガーター
趣旨一致
長
Dukanipāta Jentātherīgāthā “Ye ime satta bojjhaṅgā, maggā nibbānapattiyā; Bhāvitā te mayā sabbe, yathā buddhena desitā. Diṭṭho hi me so bhagavā, antimoyaṁ samussayo; Vikkhīṇo jātisaṁsāro, natthi dāni punabbhavo”ti. Itthaṁ sudaṁ jentā therī gāthāyo abhāsitthāti.
「七つの菩提分(ボージャンガ)、
涅槃(ニッバーナ)に至る道——
仏陀(ブッダ)の説きたもうたままに、
われはそのすべてを修め来たり。
かの世尊をわれはまのあたりに拝し奉った。
これが最後の身(サムッサヤ)、
生死輪廻(ジャーティサンサーラ)はすでに尽きた。
もはや再び生まれることはない。」
かくのごとく、ジェンター長老尼は偈を唱えたもうた。
⚠ 出家者向けの文脈
自己
テーリーガーター
趣旨一致
長
Tikanipāta Ubbiritherīgāthā “Amma jīvāti vanamhi kandasi, Attānaṁ adhigaccha ubbiri; Cullāsītisahassāni, Sabbā jīvasanāmikā; Etamhāḷāhane daḍḍhā, Tāsaṁ kamanusocasi”. “Abbahī vata me sallaṁ, duddasaṁ hadayassitaṁ; Yaṁ me sokaparetāya, dhītusokaṁ byapānudi. Sājja abbūḷhasallāhaṁ, Nicchātā parinibbutā; Buddhaṁ dhammañca saṅghañca, Upemi saraṇaṁ munin”ti. … Ubbirī therī ….
# テーリーガーター 3・5 ウッビリー長老尼の偈
「母よ、『ジーヴァー』と叫びながら、なにゆえ森のなかで泣き崩れるのか。
おのれ自身に立ち返るがよい、ウッビリーよ。
八万四千もの命ある者たちが、
みな『ジーヴァー』という名をもちながら、
このアーラーハナの火葬場で荼毘に付された。
そのうちのだれのために、そなたは嘆き悲しむのか。」
「ああ、まことに〔世尊は〕わたしから矢を抜き取ってくださった――
見えがたく、心の奥深くに刺さっていたあの矢を。
悲嘆に打ちひしがれていたわたしから、
娘を失った悲しみ(娘の悲哀)を払い除けてくださった。
今日こそわたしは、矢を抜き取られた者となり、
渇愛(タンハー)を離れ、涅槃(ニッバーナ)に入る者となった。
目覚めた者(ブッダ)に、法(ダンマ)に、僧伽(サンガ)に、
牟尼(ムニ)に帰依し、御許へと赴こう。」
……ウッビリー長老尼……
自己
テーリーガーター
趣旨一致
長
Dvādasakanipāta Uppalavaṇṇātherīgāthā “Ubho mātā ca dhītā ca, mayaṁ āsuṁ sapattiyo; Tassā me ahu saṁvego, abbhuto lomahaṁsano. Cittamhi vasībhūtāhaṁ, iddhipādā subhāvitā; Chaḷabhiññā sacchikatā, kataṁ buddhassa sāsanaṁ. Sattisūlūpamā kāmā, khandhāsaṁ adhikuṭṭanā; Yaṁ tvaṁ ‘kāmaratiṁ’ brūsi, ‘āratī’ dāni sā mama. Sabbattha vihatā nandī, Tamokhandho padālito; Evaṁ jānāhi pāpima, Nihato tvamasi antakā”ti. … Uppalavaṇṇā therī …. Dvādasakanipāto niṭṭhito. Dhiratthu kāmā asucī, duggandhā bahukaṇṭakā;
# テーリーガーター 第十一章・ウッパラワンナー長老尼の偈
---
われら二人、母と娘とは、
同じ男の妻どうしであった。
その思いに厭離(えんり)のこころ起こり、
身の毛もよだつ、驚嘆すべきことであった。
こころを自在に制し(cittamhi vasībhūtā)、
神通の足(iddhipāda)をよく修め、
六つの神通(chaḷabhiññā)を証得し、
仏陀の教えをすでに果たした。
欲望(kāma)とは剣や槍のごとく、
諸蘊(khandha)を斬り刻むものである。
汝が「欲の喜び」と呼ぶもの、
今やわれには「喜びの滅した」ものに過ぎぬ。
あらゆるところに歓喜(nandī)は打ち砕かれ、
暗黒の塊(tamokhandha)は打ち破られた。
悪魔(pāpima)よ、かく知れ――
汝は滅ぼされたり、死魔(antaka)よ。
---
欲望(kāma)を罵倒せよ、不浄にして、
悪臭を放ち、いばらに満ちたるものを。
---
*…ウッパラワンナー長老尼…*
*十二偈集、ここに終わる。*
自己
テーリーガーター
趣旨一致
長
Chakkanipāta Sujātātherīgāthā “Alaṅkatā suvasanā, mālinī candanokkhitā; Sabbābharaṇasañchannā, dāsīgaṇapurakkhatā. Annaṁ pānañca ādāya, khajjaṁ bhojjaṁ anappakaṁ; Gehato nikkhamitvāna, uyyānamabhihārayiṁ. Tattha ramitvā kīḷitvā, āgacchantī sakaṁ gharaṁ; Vihāraṁ daṭṭhuṁ pāvisiṁ, sākete añjanaṁ vanaṁ. Disvāna lokapajjotaṁ, vanditvāna upāvisiṁ; So me dhammamadesesi, anukampāya cakkhumā. Sutvā ca kho mahesissa, saccaṁ sampaṭivijjhahaṁ; Tattheva virajaṁ dhammaṁ, phusayiṁ amataṁ padaṁ. Tato viññātasad
# スジャーター長老尼の偈(六句品)
テーリーガーター 六・四
飾りを纏い、芳しき香を帯び、
花環をかけ、栴檀の薫りを身に塗り、
あらゆる装身具に包まれ、
侍女たちの群れを従えて、
食物と飲み物を携え、
菓子や糧食の数々を積み、
家を出でて、
園林へと向かいぬ。
かしこに遊び楽しみ戯れ、
我が家へと帰るその途に、
精舎を目にして足を踏み入れぬ、
サーケタの、アンジャナの森へと。
世を照らす光(ロカパッジョータ)を拝し見て、
礼拝したてまつりてそのそばに侍りぬ。
眼ある方(チャックマー)は、慈悲をもて、
われに法(ダンマ)を説き示したまえり。
偉大な聖者の説きたまう
真理(サッチャ)を聴きて、われは深く洞達し、
その場にして、塵垢を離れた法(ヴィラジャ・ダンマ)に触れ、
不死の境地(アマタ・パダ)を証得せり。
そして真理を知り……
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)