🔖 ブックマーク機能はLINEログインで利用できます
💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 1,279
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
経典: vinaya
✕ クリア
智慧
vinaya
趣旨一致
中
yassa nakkhamati, so bhāseyya. Sammato saṅghena itthannāmo bhikkhu cīvaranidahako. Khamati saṅghassa, tasmā tuṇhī, evametaṁ dhārayāmī’”ti. 13. Bhaṇḍāgārasammutiādikathā Tena kho pana samayena cīvaranidahako bhikkhu maṇḍapepi rukkhamūlepi nibbakosepi cīvaraṁ nidahati, undūrehipi upacikāhipi khajjanti. “Anujānāmi, bhikkhave, bhaṇḍāgāraṁ sammannituṁ, yaṁ saṅgho ākaṅkhati vihāraṁ vā aḍḍhayogaṁ vā pāsādaṁ vā hammiyaṁ vā guhaṁ vā. Evañca pana, bhikkhave, sammannitabbo. Byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Yadi saṅghassa pattakallaṁ, saṅgho itthannāmaṁ vihāraṁ bhaṇḍāgāraṁ sammanneyya.
「もし賛成できない者があれば、発言せよ。僧伽(サンガ)によって承認された。これこれの名の比丘が衣宿番(チーワラニダハカ)に任じられた。僧伽はこれを是とする。ゆえに沈黙せり。かくのごとく、われはこれを保持する」と。
一三 倉庫の任命等について
さてその当時、衣宿番の比丘は、東屋においても、樹の根もとにおいても、包みなきままにも、衣を保管していたので、鼠にも蟻にも食い荒らされることがあった。
〔そこで世尊は言われた。〕
「比丘たちよ、倉庫(バンダーガーラ)を任命することを許可する。僧伽が望むところの精舎(ヴィハーラ)であれ、片屋根堂(アッダヨーガ)であれ、楼閣(パーサーダ)であれ、重閣(ハンミヤ)であれ、洞窟(グハー)であれ、〔いずれでもよい〕。
比丘たちよ、任命はかくのごとく行われるべきである。弁舌たくみにして堪能なる比丘が、僧伽に告白すべし——
『尊き方々よ、僧伽はわが言葉を聴かれよ。もし僧伽に時宜が至っているならば、僧伽はこれこれの名の精舎を倉庫として任命されんことを。』」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
‘na kho ahaṁ, āvuso, pārājikaṁ ajjhāpanno, saṅghādisesaṁ ajjhāpanno’ti. Taṁ saṅgho saṅghādisesena kāreti. Adhammikaṁ paṭiññātakaraṇaṁ. Bhikkhu pārājikaṁ ajjhāpanno hoti. Tamenaṁ codeti saṅgho vā, sambahulā vā, ekapuggalo vā— ‘pārājikaṁ āyasmā ajjhāpanno’ti? ‘na kho ahaṁ, āvuso, pārājikaṁ ajjhāpanno, thullaccayaṁ …pe… pācittiyaṁ …pe… pāṭidesanīyaṁ …pe… dukkaṭaṁ …pe…
「友よ、私は波羅夷(パーラージカ)を犯してはおらず、僧残(サンガーディセーサ)を犯してもいない」と。〔しかし〕僧伽(サンガ)はその者に対して僧残の処罰を科す。これは法に適わぬ自白処理(パティニャータカラナ)である。
〔次の場合。〕ある比丘が波羅夷を犯している。僧伽が、あるいは複数の者が、あるいは一人の者が、その者を問責して言う——「尊者は波羅夷を犯されたのではないか」と。〔その者は答える。〕「友よ、私は波羅夷を犯してはいない。粗重罪(トゥッラッチャヤ)を……〔犯した〕。波逸提(パーチッティヤ)を……。向彼悔(パーティデーサニーヤ)を……。悪作(ドゥッカタ)を……。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Na tāva therena bhuñjitabbaṁ yāva na sabbesaṁ odano sampatto hoti. Sakkaccaṁ piṇḍapāto bhuñjitabbo. Pattasaññinā piṇḍapāto bhuñjitabbo. Sapadānaṁ piṇḍapāto bhuñjitabbo. Samasūpako piṇḍapāto bhuñjitabbo. Na thūpakato omadditvā piṇḍapāto bhuñjitabbo. Na sūpaṁ vā byañjanaṁ vā odanena paṭicchādetabbaṁ bhiyyokamyataṁ upādāya. Na sūpaṁ vā odanaṁ vā agilānena attano atthāya viññāpetvā bhuñjitabbaṁ. Na ujjhānasaññinā paresaṁ patto oloketabbo. Nātimahanto kabaḷo kātabbo.
長老(thera)は、すべての者に飯(odana)が行き渡るまで、食してはならない。托鉢食(piṇḍapāta)は、丁重に食すべきである。托鉢食は、鉢(patta)を意識しながら食すべきである。托鉢食は、順々に(sapadānaṁ)食すべきである。托鉢食は、汁物(sūpa)を均等に配しながら食すべきである。托鉢食は、山盛りにして押しつぶすようにして食してはならない。より多くを得んがために、汁物(sūpa)や副食(byañjana)を飯(odana)で覆い隠してはならない。病なき者(agilāna)は、みずからのために汁物や飯を求めて食してはならない。不満(ujjhāna)の念をもって、他者の鉢を覗き見てはならない。あまりに大きな口中食(kabaḷa)を作ってはならない。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
26. Pañcābādhavatthu Tena kho pana samayena magadhesu pañca ābādhā ussannā honti— kuṭṭhaṁ, gaṇḍo, kilāso, soso, apamāro. Manussā pañcahi ābādhehi phuṭṭhā jīvakaṁ komārabhaccaṁ upasaṅkamitvā evaṁ vadanti— “sādhu no, ācariya, tikicchāhī”ti. “Ahaṁ khvayyo, bahukicco bahukaraṇīyo; rājā ca me māgadho seniyo bimbisāro upaṭṭhātabbo itthāgārañca buddhappamukho ca bhikkhusaṅgho; nāhaṁ sakkomi tikicchitun”ti. “Sabbaṁ sāpateyyañca te, ācariya, hotu; mayañca te dāsā;
さてその頃、マガダ国においては五種の病が盛んに流行っていた。すなわち、癩(らい)・腫物(はれもの)・白癬(はくせん)・肺病(はいびょう)・癲癇(てんかん)の五つである。
人々はこの五種の病に苦しめられ、ジーヴァカ・コーマーラバッチャのもとを訪れて、こう申し上げた。
「先生よ、どうかわたくしどもを治療してくださいますよう」
すると彼は言った。
「わたくしは多忙にして、なすべき事が多くあります。マガダ国王セーニヤ・ビンビサーラ王にお仕えせねばならず、また後宮の方々にも、さらにはブッダを筆頭とする比丘(びく)の僧伽(そうぎゃ)にも、診療を尽くさなければなりません。とてもお治療する余裕がございません」
人々は言った。
「先生、わたくしどもの財産すべてをさしあげます。わたくしども自身もあなたの僕(しもべ)となりましょう。どうか——」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Theravāda Vinayapiṭaka Mahāvagga 3. Vassūpanāyikakkhandhaka 1. Vassūpanāyikānujānana Tena samayena buddho bhagavā rājagahe viharati veḷuvane kalandakanivāpe. Tena kho pana samayena bhagavatā bhikkhūnaṁ vassāvāso apaññatto hoti. Tedha bhikkhū hemantampi gimhampi vassampi cārikaṁ caranti. Manussā ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma samaṇā sakyaputtiyā hemantampi gimhampi vassampi cārikaṁ carissanti, haritāni tiṇāni sammaddantā, ekindriyaṁ jīvaṁ viheṭhentā, bahū khuddake pāṇe saṅghātaṁ āpādentā. Ime hi nāma aññatitthiyā durakkhātadhammā vassāvāsaṁ allīyissanti saṅkasāyissanti.
その時、世尊(ブッダ)は王舎城(ラージャガハ)の竹林(ヴェーヌヴァナ)、迦蘭陀竹園(カランダカニヴァーパ)にお住まいであった。
その頃、世尊は比丘たちに雨安居(ヴァッサーヴァーサ)をいまだ定めておられなかった。そのため比丘たちは、冬も夏も雨季も、遊行(チャーリカー)を続けていた。
人々はこれを見て、不満を抱き、そしりそしって言いふらした。
「いったいどうして、釈尊の弟子たる沙門(サマナ)たちは、冬も夏も雨季も遊行を続けるのであろうか。青草を踏みにじり、一根の命(草木)を傷つけ、多くの小さな生き物たちを死に至らしめながら。他の外道(ティッタヒャ)たちでさえ、法を正しく説かぬと言われているのに、雨安居にこもってひっそりと身を慎んでいるではないか。」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
paṭiggahetvā yāvajīvaṁ pariharituṁ; sati paccaye paribhuñjituṁ. Asati paccaye paribhuñjantassa āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena gilānānaṁ bhikkhūnaṁ mūlehi bhesajjehi piṭṭhehi attho hoti. “Anujānāmi, bhikkhave, nisadaṁ nisadapotakan”ti. Tena kho pana samayena gilānānaṁ bhikkhūnaṁ kasāvehi bhesajjehi attho hoti. “Anujānāmi, bhikkhave, kasāvāni bhesajjāni— nimbakasāvaṁ, kuṭajakasāvaṁ, paṭolakasāvaṁ, phaggavakasāvaṁ, nattamālakasāvaṁ, yāni vā panaññānipi atthi kasāvāni bhesajjāni neva khādanīye khādanīyatthaṁ pharanti, na bhojanīye bhojanīyatthaṁ pharanti, tāni— paṭiggahetvā yāvajīvaṁ pariharituṁ; sati paccaye paribhuñjituṁ.
受け取りて、命ある限り保持すべし。縁(よすが)あらば受用すべし。縁なくして受用する者には、突吉羅(とつきつら)の罪を犯すことになる」と。
さてその頃、病める比丘たちに根(ね)をもって作る薬が必要となった。〔世尊は言われた、〕「比丘たちよ、根生薬(にさだ)および根生薬の苗を許す」と。
さてその頃、病める比丘たちに渋味(しぶみ)の薬が必要となった。〔世尊は言われた、〕「比丘たちよ、渋味の薬(カサーヴァ)を許す。すなわち、ニーム樹の渋薬、クタジャの渋薬、パトラの渋薬、ファッガヴァの渋薬、ナッタマーラの渋薬、またその他いかなるものであれ渋味の薬として存するもので、噛み物(かみもの)として噛み物の役を果たさず、食物として食物の役を果たさないものは、受け取りて、命ある限り保持すべし。縁あらば受用すべし。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
“ananucchavikaṁ …pe… kathañhi nāma, bhikkhave, mānattārahā bhikkhū sādiyissanti pakatattānaṁ bhikkhūnaṁ abhivādanaṁ …pe… nahāne piṭṭhiparikammaṁ. Netaṁ, bhikkhave, appasannānaṁ vā pasādāya …pe… vigarahitvā …pe… dhammiṁ kathaṁ katvā bhikkhū āmantesi— “na, bhikkhave, mānattārahena bhikkhunā sāditabbaṁ pakatattānaṁ bhikkhūnaṁ abhivādanaṁ, paccuṭṭhānaṁ …pe…
「ふさわしからざる……乃至……いかなればか、比丘たちよ、摩那埵(まなった)を行うべき比丘どもが、普通の比丘たちからの礼拝を……乃至……沐浴の際の背中の按摩を受けようとするのであろうか。比丘たちよ、これは未だ信を起こしていない者どもに信を起こさせることにもならず……乃至……」と、かくのごとく呵責し……乃至……ふさわしき法の教えを説きたまいてのち、比丘たちに告げて仰せられた——
「比丘たちよ、摩那埵を行うべき比丘は、普通の比丘たちからの礼拝(abhivādana)を受けてはならない。起立による挨拶を受けてはならず……乃至……
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
dubbhāsitaṁ ajjhāpanno’ti. Taṁ saṅgho dubbhāsitena kāreti. Adhammikaṁ paṭiññātakaraṇaṁ. Bhikkhu saṅghādisesaṁ …pe… thullaccayaṁ …pe… pācittiyaṁ …pe… pāṭidesanīyaṁ …pe… dukkaṭaṁ …pe… dubbhāsitaṁ ajjhāpanno hoti. Tamenaṁ codeti saṅgho vā, sambahulā vā, ekapuggalo vā—
「悪語(dubbhāsita)を犯せり」と。僧伽はその者を悪語によって処罰する。これは非法の自認による処理である。
比丘が僧残(saṅghādisesa)を……乃至……粗罪(thullaccaya)を……乃至……波逸提(pācittiya)を……乃至……波羅提提舎尼(pāṭidesanīya)を……乃至……悪作(dukkaṭa)を……乃至……悪語(dubbhāsita)を犯せる場合、僧伽が、あるいは複数の者が、あるいは一人の者が、その者を訶責する。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
hitacitto supesalo; Padīpakaraṇo dhīro, pūjāraho bahussutoti. Khuddakavatthukkhandhako niṭṭhito.
慈しみの心をそなえ、柔和にして、
智慧ある者は灯明を掲げ、
供養を受けるにふさわしく、多聞(たもん)なり。
小事蘊篇(クッダカヴァットゥッカンダカ)、ここに終わる。
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Parimaṇḍalo ālopo kātabbo. Na anāhaṭe kabaḷe mukhadvāraṁ vivaritabbaṁ. Na bhuñjamānena sabbo hattho mukhe pakkhipitabbo. Na sakabaḷena mukhena byāharitabbaṁ. Na piṇḍukkhepakaṁ bhuñjitabbaṁ. Na kabaḷāvacchedakaṁ bhuñjitabbaṁ. Na avagaṇḍakārakaṁ bhuñjitabbaṁ. Na hatthaniddhunakaṁ bhuñjitabbaṁ. Na sitthāvakārakaṁ bhuñjitabbaṁ. Na jivhānicchārakaṁ bhuñjitabbaṁ.
食団(かばら)は丸く整えて作るべきである。食物が口元に運ばれる前に、口を開けてはならない。食べる際に、手を全て口の中に入れてはならない。食物を口に含んだまま話してはならない。食物を放り投げるようにして食べてはならない。食団を噛み切るようにして食べてはならない。頬を膨らませるようにして食べてはならない。手を振り払うようにして食べてはならない。食物の滓を散らかすようにして食べてはならない。舌を出すようにして食べてはならない。
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Asati paccaye paribhuñjantassa āpatti dukkaṭassā”ti. Tena kho pana samayena gilānānaṁ bhikkhūnaṁ paṇṇehi bhesajjehi attho hoti. “Anujānāmi, bhikkhave, paṇṇāni bhesajjāni— nimbapaṇṇaṁ, kuṭajapaṇṇaṁ, paṭolapaṇṇaṁ, sulasipaṇṇaṁ, kappāsapaṇṇaṁ, yāni vā panaññānipi atthi paṇṇāni bhesajjāni, neva khādanīye khādanīyatthaṁ pharanti, na bhojanīye bhojanīyatthaṁ pharanti … pe…. Tena kho pana samayena gilānānaṁ bhikkhūnaṁ phalehi bhesajjehi attho hoti. “Anujānāmi, bhikkhave, phalāni bhesajjāni— bilaṅgaṁ, pippaliṁ, maricaṁ, harītakaṁ, vibhītakaṁ, āmalakaṁ, goṭṭhaphalaṁ, yāni vā panaññānipi atthi phalāni bhesajjāni, neva khādanīye khādanīyatthaṁ pharanti, na bhojanīye bhojanīyatthaṁ pharanti … pe…. Tena kho pana samayena gilānānaṁ bhikkhūnaṁ jatūhi bhesajjehi attho hoti.
〔薬犍度・第六段〕
縁(よすが)なくして〔薬を〕受用する者には、突吉羅(とっきら)の罪を犯すこととなる」と。
さてそのとき、病める比丘たちには葉(パッタ)の薬が必要となった。〔世尊は言われた。〕
「比丘たちよ、葉の薬を許可する。すなわち、ニーム(苦楝樹)の葉、クタジャの葉、パトーラの葉、スラサ(聖羅勒)の葉、木綿の葉、またそのほかにも葉の薬として存在するものがあれば、それらを許可する。これらは固形食(khādanīya)として固形食の役を果たすものでもなく、軟食(bhojanīya)として軟食の役を果たすものでもない……乃至……」
さてそのとき、病める比丘たちには果実(ファラ)の薬が必要となった。〔世尊は言われた。〕
「比丘たちよ、果実の薬を許可する。すなわち、ビランジャ(胡椒の一種)、ピッパリー(長胡椒)、マリチャ(黒胡椒)、ハリータカ(訶子)、ビビータカ(毘醯勒)、アーマラカ(菴摩羅果)、ゴッタ果、またそのほかにも果実の薬として存在するものがあれば、それらを許可する。これらは固形食として固形食の役を果たすものでもなく、軟食として軟食の役を果たすものでもない……乃至……」
さてそのとき、病める比丘たちには樹脂(jatu)の薬が必要となった。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Paṭhamaṁ bhikkhu yācitabbo; yācitvā byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Yadi saṅghassa pattakallaṁ, saṅgho itthannāmaṁ bhikkhuṁ bhaṇḍāgārikaṁ sammanneyya. Esā ñatti. Suṇātu me, bhante, saṅgho. Saṅgho itthannāmaṁ bhikkhuṁ bhaṇḍāgārikaṁ sammannati. Yassāyasmato khamati itthannāmassa bhikkhuno bhaṇḍāgārikassa sammuti, so tuṇhassa; yassa nakkhamati, so bhāseyya. Sammato saṅghena itthannāmo bhikkhu bhaṇḍāgāriko.
まず比丘に依頼すべきである。依頼ののち、有能にして適切なる比丘が、僧伽(サンガ)に対して白(もう)すべし——
「大徳よ、僧伽よ、聞き給え。もし僧伽に時宜が整えば、僧伽は某甲(それがし)なる比丘を庫院番(バンダーガーリカ)に選任されたい。これが白(ñatti)である。
大徳よ、僧伽よ、聞き給え。僧伽は某甲なる比丘を庫院番に選任する。某甲なる比丘の庫院番としての選任を認容される尊者は、黙しておられよ。認容されぬ方は、発言されよ。
某甲なる比丘は、僧伽によって庫院番に選任された。」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Idha pana, bhikkhave, bhikkhu āpattiṁ āpanno hoti. So tassā āpattiyā anāpattidiṭṭhi hoti, aññe bhikkhū tassā āpattiyā āpattidiṭṭhino honti. Te ce, bhikkhave, bhikkhū taṁ bhikkhuṁ evaṁ jānanti—‘ayaṁ kho āyasmā bahussuto āgatāgamo dhammadharo vinayadharo mātikādharo paṇḍito byatto medhāvī lajjī kukkuccako sikkhākāmo. Sace mayaṁ imaṁ bhikkhuṁ āpattiyā adassane ukkhipissāma, na mayaṁ iminā bhikkhunā saddhiṁ uposathaṁ karissāma, vinā iminā bhikkhunā uposathaṁ karissāma, bhavissati saṅghassa tatonidānaṁ bhaṇḍanaṁ kalaho viggaho vivādo saṅghabhedo saṅgharāji saṅghavavatthānaṁ saṅghanānākaraṇan’ti, bhedagarukehi, bhikkhave, bhikkhūhi na so bhikkhu āpattiyā adassane ukkhipitabbo. Idha pana, bhikkhave, bhikkhu āpattiṁ āpanno hoti. So tassā āpattiyā anāpattidiṭṭhi hoti, aññe bhikkhū tassā āpattiyā āpattidiṭṭhino honti. Te ce, bhikkhave, bhikkhū taṁ bhikkhuṁ evaṁ jānanti—‘ayaṁ kho āyasmā bahussuto āgatāgamo dhammadharo vinayadharo mātikādharo paṇḍito byatto medhāvī lajjī kukkuccako sikkhākāmo. Sace mayaṁ imaṁ bhikkhuṁ āpattiyā adassane ukkhipissāma, na mayaṁ iminā bhikkhunā saddhiṁ pavāressāma, vinā iminā bhikkhunā pavāressāma. Na mayaṁ iminā bhikkhunā saddhiṁ saṅghakammaṁ karissāma, vinā iminā bhikkhunā saṅghakammaṁ karissāma. Na mayaṁ iminā bhikkhunā saddhiṁ āsane nisīdissāma, vinā iminā bhikkhunā āsane nisīdissāma.
「比丘たちよ、ここにある比丘が罪(āpatti)を犯したとする。彼はその罪を罪でないと見ている。他の比丘たちはその罪を罪であると見ている。もし比丘たちが、その比丘についてこのように知るならば——『この尊者は多聞(bahussuta)にして教えに通じ、法(dhamma)を持し、律(vinaya)を持し、論母(mātikā)を持し、賢明にして巧みであり、聡智あり、慙愧(lajjī)あり、悔恨(kukkuccaka)あり、学処(sikkhā)を欲する者である。もし我らがこの比丘を罪の不見(āpattiyā adassana)によって擯出(ukkhipana)するならば、我らはこの比丘とともに布薩(uposatha)を行なわず、この比丘を除いて布薩を行なうことになろう。そこよりサンガ(saṅgha)に闘諍・争論・対立・論諍が起こり、サンガの分裂・サンガの亀裂・サンガの破壊・サンガの分離が生じるであろう』と。比丘たちよ、分裂を重くみる(bhedagaruka)比丘たちによって、その比丘を罪の不見によって擯出してはならない。
比丘たちよ、ここにある比丘が罪を犯したとする。彼はその罪を罪でないと見ている。他の比丘たちはその罪を罪であると見ている。もし比丘たちが、その比丘についてこのように知るならば——『この尊者は多聞にして教えに通じ、法を持し、律を持し、論母を持し、賢明にして巧みであり、聡智あり、慙愧あり、悔恨あり、学処を欲する者である。もし我らがこの比丘を罪の不見によって擯出するならば、我らはこの比丘とともに自恣(pavāraṇā)を行なわず、この比丘を除いて自恣を行なうことになろう。我らはこの比丘とともに僧事(saṅghakamma)を行なわず、この比丘を除いて僧事を行なうことになろう。我らはこの比丘とともに座に坐すことなく、この比丘を除いて座に坐すことになろう。」
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
‘dubbhāsitaṁ āyasmā ajjhāpanno’ti? ‘na kho ahaṁ, āvuso, dubbhāsitaṁ ajjhāpanno, pārājikaṁ ajjhāpanno’ti. Taṁ saṅgho pārājikena kāreti. Adhammikaṁ paṭiññātakaraṇaṁ. Bhikkhu dubbhāsitaṁ ajjhāpanno hoti. Tamenaṁ codeti saṅgho vā, sambahulā vā, ekapuggalo vā— ‘dubbhāsitaṁ āyasmā ajjhāpanno’ti? ‘na kho ahaṁ, āvuso, dubbhāsitaṁ ajjhāpanno, saṅghādisesaṁ …pe… thullaccayaṁ …pe… pācittiyaṁ …pe…
「尊者は悪語(dubbhāsita)を犯したのではありませんか」と。「いや、友よ、私は悪語を犯したのではなく、波羅夷(pārājika)を犯したのです」と〔答える〕。そこで僧伽は彼に波羅夷をもって処断する。これは如法ならざる自白による処断(paṭiññātakaraṇa)である。
比丘が悪語を犯した場合、僧伽(saṅgha)が、あるいは複数の者が、あるいは一人の者が彼を弾劾する——「尊者は悪語を犯したのではありませんか」と。〔ところが彼は〕「いや、友よ、私は悪語を犯したのではなく、僧残(saṅghādisesa)を……乃至……粗罪(thullaccaya)を……乃至……波逸提(pācittiya)を……
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Theravāda Vinayapiṭaka Cūḷavagga 16. Senāsanakkhandhaka 1.1. Vihārānujānana Tena samayena buddho bhagavā rājagahe viharati veḷuvane kalandakanivāpe. Tena kho pana samayena bhagavatā bhikkhūnaṁ senāsanaṁ apaññattaṁ hoti. Te ca bhikkhū tahaṁ tahaṁ viharanti— araññe, rukkhamūle, pabbate, kandarāyaṁ, giriguhāyaṁ, susāne, vanapatthe, ajjhokāse, palālapuñje. Te kālasseva tato tato upanikkhamanti—
その時、尊師(バガヴァン)なる仏陀は、王舎城(ラージャガハ)の竹林(ヴェーヌヴァナ)、迦蘭陀(カランダカ)の給孤園に滞在しておられた。
さてその当時、尊師によって比丘たちの臥坐具(センアーサナ)はいまだ定められていなかった。そのため比丘たちは、あちらこちらに住していた——森の中に、樹の根元に、山の上に、山の洞に、岩窟に、墓地に、森の辺りに、露地に、藁の積み上げられた場所に。彼らは夜明け前から、それぞれの場所より出てくるのであった——
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
“gilānabhattaṁ detha, gilānupaṭṭhākabhattaṁ detha, gilānabhesajjaṁ dethā”ti. Jīvakopi komārabhacco bahū gilāne bhikkhū tikicchanto aññataraṁ rājakiccaṁ parihāpesi. Aññataropi puriso pañcahi ābādhehi phuṭṭho jīvakaṁ komārabhaccaṁ upasaṅkamitvā etadavoca— “sādhu maṁ, ācariya, tikicchāhī”ti. “Ahaṁ khvayyo, bahukicco, bahukaraṇīyo, rājā ca me māgadho seniyo bimbisāro upaṭṭhātabbo itthāgārañca buddhappamukho ca bhikkhusaṅgho; nāhaṁ sakkomi tikicchitun”ti. “Sabbaṁ sāpateyyañca te, ācariya, hotu, ahañca te dāso; sādhu maṁ, ācariya, tikicchāhī”ti. “Ahaṁ khvayyo, bahukicco bahukaraṇīyo, rājā ca me māgadho seniyo bimbisāro upaṭṭhātabbo itthāgārañca buddhappamukho ca bhikkhusaṅgho, nāhaṁ sakkomi tikicchitun”ti. Atha kho tassa purisassa etadahosi—
「病者に食事を与えよ、病者の看護者に食事を与えよ、病者に薬を与えよ」と。
しかるに、ジーヴァカ・コーマーラバッチャ(Jīvaka Komārabhacca)は、多くの病める比丘たちを治療するあまり、ある王の公務を怠ることとなった。またある人が、五つの病苦に冒されて、ジーヴァカ・コーマーラバッチャのもとに参り、こう申し上げた。
「先生よ、どうか私をお治しください」
「拙者はまことに多忙にして、なすべき事柄が多うございます。マガダ国王セーニヤ・ビンビサーラ陛下にもお仕えせねばならず、後宮にも、また仏陀を上首とする比丘僧伽にも、治療を施さねばなりません。とても治療する余裕はございません」
「先生よ、私の財産はすべて差し上げます。私自身もあなたの奴隷となりましょう。どうか私をお治しください」
「拙者はまことに多忙にして、なすべき事柄が多うございます。マガダ国王セーニヤ・ビンビサーラ陛下にもお仕えせねばならず、後宮にも、また仏陀を上首とする比丘僧伽にも、治療を施さねばなりません。とても治療する余裕はございません」
そこでその人は、こう思った——
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Atha kho bhikkhūnaṁ etadahosi— “kati nu kho vassūpanāyikā”ti? “Dvemā, bhikkhave, vassūpanāyikā— purimikā, pacchimikā. Aparajjugatāya āsāḷhiyā purimikā upagantabbā, māsagatāya āsāḷhiyā pacchimikā upagantabbā— 2. Vassānecārikāpaṭikkhepādi Tena kho pana samayena chabbaggiyā bhikkhū vassaṁ upagantvā antarāvassaṁ cārikaṁ caranti. Manussā tatheva ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma samaṇā sakyaputtiyā hemantampi gimhampi vassampi cārikaṁ carissanti, haritāni tiṇāni sammaddantā, ekindriyaṁ jīvaṁ viheṭhentā, bahū khuddake pāṇe saṅghātaṁ āpādentā. Assosuṁ kho bhikkhū tesaṁ manussānaṁ ujjhāyantānaṁ khiyyantānaṁ vipācentānaṁ.
そのとき、比丘たちにこのような思いが起こった。「いったい安居(vassūpanāyikā)への入り方は、いくつあるのだろうか」と。
「比丘たちよ、この安居への入り方には二つある——前安居(purimikā)と後安居(pacchimikā)である。アーサーリー月(āsāḷhī)の翌日が来たならば前安居に入るべきであり、アーサーリー月の満一ヶ月が経ったならば後安居に入るべきである。」
二 雨安居中の遊行禁止について
さてそのころ、六群比丘(chabbaggiyā bhikkhū)たちは安居に入りながら、その安居の途中に遊行(cārikā)に出かけていた。人々はそれを見て、ひとしく憤り、そしりそしって言った——「なんとまあ、釈迦の子らたる沙門(samaṇā sakyaputtiyā)たちは、冬も夏も雨季も遊行するのか。青い草を踏みにじり、一根(ekindriya)の生き物を傷つけ、多くの小さな命あるものどもを死に至らしめながら。」
比丘たちは、その人々が憤り、そしりそしっているのを耳にした。
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
“Anujānāmi, bhikkhave, jatūni bhesajjāni— hiṅguṁ, hiṅgujatuṁ, hiṅgusipāṭikaṁ, takaṁ, takapattiṁ, takapaṇṇiṁ, sajjulasaṁ, yāni vā panaññānipi atthi jatūni bhesajjāni, neva khādanīye khādanīyatthaṁ pharanti … pe…. Tena kho pana samayena gilānānaṁ bhikkhūnaṁ loṇehi bhesajjehi attho hoti. “Anujānāmi, bhikkhave, loṇāni bhesajjāni— sāmuddaṁ, kāḷaloṇaṁ, sindhavaṁ, ubbhidaṁ, bilaṁ, yāni vā panaññānipi atthi loṇāni bhesajjāni, neva khādanīye khādanīyatthaṁ pharanti, na bhojanīye bhojanīyatthaṁ pharanti, tāni— paṭiggahetvā yāvajīvaṁ pariharituṁ; sati paccaye paribhuñjituṁ. Asati paccaye paribhuñjantassa āpatti dukkaṭassā”ti.
「比丘たちよ、樹脂の薬(ジャトゥ)を許可する。すなわち、阿魏(ヒング)、阿魏樹脂(ヒングジャトゥ)、阿魏莢(ヒングシパーティカ)、白膠(タカ)、白膠葉(タカパッティ)、白膠の葉(タカパンニ)、サッジュラサ、またその他にも樹脂の薬があれば、それらは噛み物(カーダニーヤ)に噛み物としての効力を及ぼさず……(中略)……
さてそのころ、病める比丘たちに塩の薬(ロナ・ベーサッジャ)が必要となった。
『比丘たちよ、塩の薬を許可する。すなわち、海塩(サームッダ)、黒塩(カーラローナ)、岩塩(シンダヴァ)、湧き塩(ウッビダ)、岩穴塩(ビラ)、またその他にも塩の薬があれば、それらは噛み物に噛み物としての効力を及ぼさず、食べ物(ボージャニーヤ)に食べ物としての効力を及ぼさない。これらを受け取りて、命のある限り保持することを許す。縁(パッチャヤ)あるときはこれを受用してよい。縁なきに受用する者には、悪作罪(ドゥッカタ)の罪を犯すこととなる』と。」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
Tena hi, bhikkhave, mānattārahānaṁ bhikkhūnaṁ vattaṁ paññapessāmi yathā mānattārahehi bhikkhūhi vattitabbaṁ. Na upasampādetabbaṁ …pe… (yathā mūlāyapaṭikassanā, tathā vitthāretabbaṁ.)
「されば、比丘たちよ、摩那埵(まなった)を行じつつある比丘たちのために規則を制定しよう。摩那埵を行じつつある比丘たちが如何に振る舞うべきかを。具足戒を授けてはならない……乃至……(本初に還元して罰するところに準じて、同様に詳説すべし。)」
⚠ 出家者向けの文脈
智慧
vinaya
趣旨一致
中
pāṭidesanīyaṁ …pe… dukkaṭaṁ ajjhāpanno’ti. Taṁ saṅgho dukkaṭena kāreti. Adhammikaṁ paṭiññātakaraṇaṁ. Kathañca, bhikkhave, dhammikaṁ hoti paṭiññātakaraṇaṁ? Bhikkhu pārājikaṁ ajjhāpanno hoti. Tamenaṁ codeti saṅgho vā, sambahulā vā, ekapuggalo vā— ‘pārājikaṁ āyasmā ajjhāpanno’ti? ‘āma, āvuso, pārājikaṁ ajjhāpanno’ti. Taṁ saṅgho pārājikena kāreti.
波羅提木叉(pāṭidesanīya)……乃至……突吉羅(dukkaṭa)を犯せる者なりと。僧伽はこれに突吉羅をもって処す。これは如法ならざる自認による処断である。
では比丘たちよ、いかにしてこそ如法(dhammika)なる自認による処断となるのか。
ある比丘が波羅夷(pārājika)を犯せる者とする。かれに対して、僧伽が、あるいは数人の者が、あるいは一人の者が問責する——「尊者よ、あなたは波羅夷を犯せる者ではありませんか」と。かれは答える——「友よ、まことに、わたしは波羅夷を犯せる者であります」と。僧伽はかれに波羅夷をもって処す。
これを、如法なる自認による処断と名づける。
⚠ 出家者向けの文脈
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)