律蔵 儀法犍度 段落34
Nātidūre ṭhātabbaṁ. Nāticiraṁ ṭhātabbaṁ. Nātilahuṁ nivattitabbaṁ. ‘bhikkhaṁ dātukāmā vā adātukāmā vā’ti. Sace kammaṁ vā nikkhipati, āsanā vā vuṭṭhāti, kaṭacchuṁ vā parāmasati, bhājanaṁ vā parāmasati, ṭhapeti vā—dātukāmassāti ṭhātabbaṁ. Bhikkhāya diyyamānāya vāmena hatthena saṅghāṭiṁ uccāretvā dakkhiṇena hatthena pattaṁ paṇāmetvā ubhohi hatthehi pattaṁ paṭiggahetvā bhikkhā paṭiggahetabbā. Na ca bhikkhādāyikāya mukhaṁ ulloketabbaṁ. Sallakkhetabbaṁ— ‘sūpaṁ dātukāmā vā adātukāmā vā’ti. Sace kaṭacchuṁ vā parāmasati, bhājanaṁ vā parāmasati, ṭhapeti vā—
〔托鉢の作法〕
近づきすぎてもいけない。あまり長く立ち止まってもいけない。あまり急いで立ち去ってもいけない。「施食(せじき)を与えようとしているのか、与えようとしていないのか」とよく見届けなければならない。もし〔その家の者が〕何らかの作業を置くか、座より立ち上がるか、杓子(しゃくし)を手に取るか、器を手に取るか、あるいは〔食を〕置くならば――「施食を与えようとしている」として、〔その場に〕立ち止まるべきである。
施食が与えられるにあたっては、左の手で僧伽梨(そうぎゃり)を持ち上げ、右の手で鉢(はち)を差し出し、両の手をもって鉢を受け取って、施食を受くべきである。また、施食を施す者の顔を見上げてはならない。よく見届けるべきである――「羹(あつもの)を与えようとしているのか、与えようとしていないのか」と。もし〔その者が〕杓子を手に取るか、器を手に取るか、あるいは〔食を〕置くならば――
導線タグ: 托鉢,施し,感謝,謙虚さ,他者への配慮,受け取る姿勢,布施
⚠ 自己責任論に誤解されやすい
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。