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智慧 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN33 §3.1.71–3.1.8)

‘ahaṁ kho maggaṁ agamāsiṁ, maggaṁ kho panāhaṁ gacchanto nāsakkhiṁ buddhānaṁ sāsanaṁ manasi kātuṁ, handāhaṁ vīriyaṁ ārabhāmi …pe… so vīriyaṁ ārabhati … idaṁ catutthaṁ ārambhavatthu. Puna caparaṁ, āvuso, bhikkhu gāmaṁ vā nigamaṁ vā piṇḍāya caranto na labhati lūkhassa vā paṇītassa vā bhojanassa yāvadatthaṁ pāripūriṁ. Tassa evaṁ hoti: ‘ahaṁ kho gāmaṁ vā nigamaṁ vā piṇḍāya caranto nālatthaṁ lūkhassa vā paṇītassa vā bhojanassa yāvadatthaṁ pāripūriṁ, tassa me kāyo lahuko kammañño, handāhaṁ vīriyaṁ ārab
‘I’ve gone on a journey. While I was walking I wasn’t able to focus on the instructions of the Buddhas. I’d better preemptively rouse up energy.’ They rouse up energy… This is the fourth ground for arousing energy. Furthermore, a mendicant has wandered for alms, but they didn’t get to fill up on as much food as they like, coarse or fine. They think: ‘I’ve wandered for alms, but I didn’t get to fill up on as much food as I like, coarse or fine. My body is light and fit for work. I’d better preemp
「わたしはいま旅路を歩んできた。その途上において、わたしは諸仏の教え(sāsana)に心を向けることができなかった。さあ、ここでこそ精進(vīriya)を奮い起こすべきであろう」と。かくして彼は精進を奮い起こす……これが精進を起こすための第四の因縁(ārambhavatthu)である。 さらにまた、道友(āvuso)たちよ、比丘(bhikkhu)が村あるいは町に托鉢(piṇḍāya)に出向いたとき、粗末な食べ物であれ精妙な食べ物であれ、望むだけの充足を得られなかったとする。そのとき彼はこのように思う。「わたしは村あるいは町に托鉢に出向いたが、粗末な食べ物であれ精妙な食べ物であれ、望むだけの充足を得ることができなかった。わが身は軽く、修行に堪えうる(kammañño)。さあ、今こそ精進を奮い起こすべきであろう」と。
関連テーマ: 智慧 正念 仕事 幸せ
導線タグ: やる気が出ない,精進できない,努力できない,修行,前向きになれない,気力がわかない,逆境を活かす
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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