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智慧 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN23 §19.14–19.22)

‘vadehi, bho saṅkha, vadehi, bho saṅkhā’ti. Neva so saṅkho saddamakāsi. Atha kho, rājañña, tassa saṅkhadhamassa etadahosi: ‘yāva bālā ime paccantajanapadā manussā, kathañhi nāma ayoniso saṅkhasaddaṁ gavesissantī’ti. Tesaṁ pekkhamānānaṁ saṅkhaṁ gahetvā tikkhattuṁ saṅkhaṁ upalāpetvā saṅkhaṁ ādāya pakkāmi. Atha kho, rājañña, tesaṁ paccantajanapadānaṁ manussānaṁ etadahosi: Upamāya m’idhekacce viññū purisā bhāsitassa atthaṁ ājānanti. ‘yadā kira, bho, ayaṁ saṅkho nāma purisasahagato ca hoti vāyāmasaha
‘Speak, good horn! Speak, good horn!’ But still the horn made no sound. So the horn blower thought, ‘How foolish are these borderland folk! For how on earth can they seek the sound of a horn so irrationally?’ And as they looked on, he picked up the horn, sounded it three times, and took it away with him. Then the people of the borderland thought, For by means of a simile some sensible people understand the meaning of what is said. ‘So, it seems, when what is called a horn is accompanied by a per
「鳴れ、よき法螺貝よ、鳴れ、よき法螺貝よ」と。しかるに、その法螺貝はついに何の音も発しなかった。そこで、王族の方よ、かの法螺貝を吹く者はこのように思った。「これほどまでに、辺境の地の人々は愚かである。いったいどうして、道理を弁えることなく(ayoniso)、法螺貝の音を求めようとするのであろうか」と。かれらが見守る中で、かれは法螺貝を手に取り、三度吹き鳴らしてから、それを携えて去っていった。そのとき、王族の方よ、辺境の地の人々はこのように思った。 たとえを用いることによって、ここで、ある賢い人々(viññū purisā)は説かれたことの意義を理解する。「なるほど、いかなるものであれ、この法螺貝(saṅkha)と呼ばれるものは、人の働きを伴い、また精励(vāyāma)を伴うとき——」
関連テーマ: 智慧 仕事
導線タグ: 努力,行動,怠惰,理解力,実践,知恵,自分で考える

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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