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幸せ 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN12 §18.12–19.0)

Ayaṁ kho, lohicca, tatiyo satthā, yo loke codanāraho; Ime kho, lohicca, tayo satthāro, ye loke codanārahā, yo ca panevarūpe satthāro codeti, sā codanā bhūtā tacchā dhammikā anavajjā”ti. So taṁ sāmaññatthaṁ anupāpuṇitvā sāvakānaṁ dhammaṁ deseti: ‘idaṁ vo hitāya, idaṁ vo sukhāyā’ti. Tassa sāvakā na sussūsanti, na sotaṁ odahanti, na aññā cittaṁ upaṭṭhapenti, vokkamma ca satthusāsanā vattanti. So evamassa codetabbo: ‘āyasmā kho yassatthāya agārasmā anagāriyaṁ pabbajito, so te sāmaññattho anuppatto.
This is the third kind of teacher who deserves to be reprimanded. These are the three kinds of teachers in the world who deserve to be reprimanded. When someone reprimands such teachers, the reprimand is true, correct, legitimate, and blameless.” They teach their disciples: ‘This is for your welfare. This is for your happiness.’ But their disciples don’t want to listen. They don’t actively listen or try to understand. They proceed having turned away from the teacher’s instruction. That teacher d
これが、世において非難されるべき第三の師である。世において非難されるべき師とは、まさにこの三種である。かかる師を非難する場合、その非難は真実にして正当であり、法(ダンマ)にかない、咎めるところがない」と。 その師は、みずから沙門の果(さーまññatthaṁ)に達することなく、弟子たちに法を説く。「これはあなたがたの利益のためである。これはあなたがたの幸福(スカ)のためである」と。しかるに弟子たちは耳を傾けようとせず、心して聴こうともせず、了知しようと意を注ぐこともなく、師の教えを背いて歩む。かかる師はこのように非難されるべきである——「尊者が在家の生活を捨てて出家したのは、まさにその沙門の果のためであった。しかるにあなたにとって、その沙門の果は達せられていない。
関連テーマ: 智慧 苦しみ 自己 仕事
導線タグ: 指導者の資質,教えと実践の乖離,信頼できない師,言行不一致,精神的指導,学びの空虚さ,幸福の追求
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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