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自己 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN94 §33.7–4.7)

“Imināpāhaṁ bhoto udenassa bhiyyoso mattāya attamano abhiraddho yaṁ maṁ bhavaṁ udeno saṅghe dāne samādapeti. Esāhaṁ, bho udena, etissā ca niccabhikkhāya aparāya ca niccabhikkhāya pāṭaliputte saṅghassa upaṭṭhānasālaṁ kārāpessāmī”ti. Atha kho ghoṭamukho brāhmaṇo etissā ca niccabhikkhāya aparāya ca niccabhikkhāya pāṭaliputte saṅghassa upaṭṭhānasālaṁ kārāpesi. Atha kho ghoṭamukho brāhmaṇo aññataraṁ nīcaṁ āsanaṁ gahetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho ghoṭamukho brāhmaṇo āyasmantaṁ udenaṁ eta
“Now I’m even more delighted and satisfied with the worthy Udena, since he encourages me to give to the Saṅgha. So with this allowance and another one I will have an assembly hall built for the Saṅgha at Pāṭaliputta.” And so he had that hall built. Then he took a low seat and sat to one side, where he said, “My ascetic, there is no such thing as a principled renunciate life; that’s what I think. Yet I have not seen worthy ones such as yourself, or a relevant teaching.” “Brahmin, we can discuss t
「これによって、私はウデーナ尊者に対してさらに深い喜びと満足を覚えます。尊者が私をサンガ(僧伽)への布施へと励ましてくださるからです。それゆえ、この常施(じょうせ)ともう一つの常施をもって、私はパータリプッタにサンガの集会堂を建立いたしましょう。」 こうして、ゴータムカ婆羅門(ブラーフマナ)は、その常施ともう一つの常施をもって、パータリプッタにサンガのための集会堂を建立した。 それより後、ゴータムカ婆羅門はある低い座を取り、かたわらに座した。かたわらに座して、ゴータムカ婆羅門は尊者ウデーナに向かってこう申し上げた。 「わが沙門(サマナ)よ、道理にかなった出家の生活などというものは存在しない――これが私の考えるところであります。しかしながら、尊者のごとき尊い方々を、また、それに関わる教えを、私はいまだ見たことがありませんでした。」 「婆羅門よ、では、そのことについて論じようではありませんか――」
関連テーマ: 自己 感謝 智慧 人間関係
導線タグ: 信仰の迷い,宗教への疑問,出家の意味,布施,善行,精神的成長,師との出会い

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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