幸せ
中部経典
趣旨一致
中部経典(MN81 §18.8–19.5)
He has experiential confidence in the Buddha, the teaching, and the Saṅgha, and possesses the ethics loved by the noble ones. He is free of doubt regarding suffering, its origin, its cessation, and the practice that leads to its cessation. This one time, great king, I was staying near the market town of Vebhaliṅga. “I’m so fortunate, so very fortunate, in that the Buddha Kassapa trusts me so much!” Then joy and happiness did not leave him for a fortnight, or his parents for a week. Then I robed
大王よ、陶工ガティカーラは、仏(ブッダ)に対して揺るぎなき浄信(アヴェッチャッパサーダ)を具え、法(ダンマ)に対して揺るぎなき浄信を具え、僧伽(サンガ)に対して揺るぎなき浄信を具え、また聖者たちの愛でる諸戒(シーラ)を具えた者でありました。大王よ、陶工ガティカーラは、苦(ドゥッカ)について疑惑なく、苦の生起(サムダヤ)について疑惑なく、苦の滅(ニローダ)について疑惑なく、苦の滅へと導く道(パティパダー)について疑惑なき者でありました。
大王よ、かつてある時、わたしはヴェーガリンガという市場町の近くに滞在しておりました。するとガティカーラは、「まことに幸いなるかな、まことに善く得たるかな。尊師カッサパ、応供(アラハン)にして正等覚者(サンマーサンブッダ)なる世尊が、かくも深くわたしを信頼してくださるとは」と、かく念じたのでした。かくして喜びと幸福(スカ)は、彼のもとを半月のあいだ離れることなく、その両親のもとをも一週のあいだ離れることがありませんでした。そしてわたしは衣を整え――