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怒り 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN77 §9.5–9.9)

Ahaṁ kho panudāyi, appekadā gahapaticīvarāni dhāremi daḷhāni satthalūkhāni alābulomasāni. ‘Santuṭṭho samaṇo gotamo itarītarena cīvarena, itarītaracīvarasantuṭṭhiyā ca vaṇṇavādī’ti, iti ce maṁ, udāyi, sāvakā sakkareyyuṁ garuṁ kareyyuṁ māneyyuṁ pūjeyyuṁ, sakkatvā garuṁ katvā upanissāya vihareyyuṁ, ye te, udāyi, mama sāvakā paṁsukūlikā lūkhacīvaradharā te susānā vā saṅkārakūṭā vā pāpaṇikā vā nantakāni uccinitvā saṅghāṭiṁ karitvā dhārenti, na maṁ te iminā dhammena sakkareyyuṁ garuṁ kareyyuṁ māneyyuṁ
But sometimes I wear robes offered by householders that are strong, yet next to which bottle-gourd down is coarse. So if it were the case that my disciples are loyal to me because I’m content with any kind of robe, then those disciples who wear rag robes would not be loyal to me. Suppose my disciples were loyal to me because I’m content with any kind of almsfood. Well, there are disciples of mine who eat only almsfood, wander indiscriminately for almsfood, happy to eat whatever they glean. When
しかし、私はときに在家信者から施された衣(チーヴァラ)をまとうことがある。それは丈夫ではあるが、瓢箪の綿毛でさえも粗く感じられるほど柔らかなものである。もし私の弟子たちが、「沙門ゴータマはいかなる衣にも満足され、その満足を讃えられる」といって、ただそのゆえに私を敬い、重んじ、崇め、供養するのであれば、糞掃衣(ふんぞうえ)をまとい、粗末な衣をつけて、墓場や塵芥の山や市場の捨て場から布切れを拾い集め、それを縫い合わせて袈裟(サンガーティ)を作り着用する弟子たちは、そのような理由によっては私を敬い、重んじ、崇めることにはなるまい。また、もし弟子たちが、「沙門ゴータマはいかなる食物(アーハーラ)にも満足される」といって、ただそのゆえに私を敬うのであれば、私の弟子たちの中には、ただ托鉢(ピンダパータ)によって得た食のみを受け、分け隔てなく乞い歩き、いかなるものを得ようとも喜んで食する者たちがいるが、その場合には——
関連テーマ: 執着 智慧 感謝 自己
導線タグ: 物欲,執着,満足感,足るを知る,シンプルな生き方,比較,謙虚さ

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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