🔖 ブックマーク機能はLINEログインで利用できます
💬 AIブッダに相談
10,029
偈句数
9,999
日本語訳あり
9,982
パーリ原文
経典 19
テーマ 20
該当 35
すべて
智慧 4354
老い 931
苦しみ 772
正念 695
怒り 356
執着 350
死 350
業・因果 346
幸せ 337
自己 244
人間関係 243
家族 234
不安 168
仕事 165
渇愛 147
慈悲 115
無常 111
孤独 45
空 43
感謝 23
経典: スッタニパータ
✕ クリア
自己
スッタニパータ
趣旨一致
短
“Ye kecime diṭṭhiparibbasānā,
「いかなる者であれ、見解(ディッティ)の辺境に住する者たちは、
自己
スッタニパータ
趣旨一致
短
Sutta Nipāta 1.6 Parābhavasutta
# スッタニパータ 第I品 第6経 衰亡経(パラーバヴァスッタ)
---
このように私は聞いた。
ある時、世尊はサーヴァッティー(舎衛城)の近く、ジェータ林のアナータピンディカ(給孤独)園に住しておられた。
そのとき、ある神霊が深夜、神々しい光を放ってジェータ林を照らしながら世尊のもとに近づき、世尊に礼拝して傍らに立ち、こう申し上げた。
「衰亡する人について、世尊に伺い申し上げます。どのような人が衰亡するのでしょうか」
---
〔世尊〕
知りやすいのは栄える人、知りやすいのは衰亡する人。
法(ダンマ)を愛する者は栄え、法を厭う者は衰える。
これを第一の衰亡とする。
善き人を愛し、善き人と共にあることを喜ぶ者は栄える。
悪しき人を愛し、悪しき人と共にあることを喜ぶ者は衰える。
これを第二の衰亡とする。
眠りを愛し、雑談を愛し、奮起せず、怠惰にして、怒りやすい者、
かかる人は衰える。
これを第三の衰亡とする。
力あるのに老いた父母を養わない者、
かかる人は衰える。
これを第四の衰亡とする。
バラモン(婆羅門)や沙門(サマナ)、また修行者を
偽りをもって欺く者は衰える。
これを第五の衰亡とする。
財豊かにして黄金も食糧も蓄えながら、
ひとり享楽する者は衰える。
これを第六の衰亡とする。
家柄を誇り、財を誇り、また種族を誇って、
自らの親族を蔑む者は衰える。
これを第七の衰亡とする。
女に耽り、飲酒に耽り、賭博に耽って、
得たものを失い続ける者は衰える。
これを第八の衰亡とする。
自らの妻に飽き足らず、
娼婦と共にあり、他人の妻のもとに通う者は衰える。
これを第九の衰亡とする。
盛りを過ぎた男が、若い乳房の女を求め、
その嫉妬ゆえに安らかに眠れない者は衰える。
これを第十の衰
自己
スッタニパータ
趣旨一致
短
“Sabbesu bhūtesu nidhāya daṇḍaṁ,
一切の生きとし生けるものに対して、暴力(刀杖)を捨てて、
自己
スッタニパータ
趣旨一致
中
Tena kho pana samayena sambahulā abhiññātā abhiññātā brāhmaṇamahāsālā icchānaṅgale paṭivasanti, seyyathidaṁ—
その頃、多くの著名な、かの名高きバラモンの長者(大富豪)たちがイッチャーナンガラに滞在していた。すなわち——
自己
スッタニパータ
趣旨一致
中
Atha kho kokāliko bhikkhu yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho kokāliko bhikkhu bhagavantaṁ etadavoca:
さて、コーカーリカ比丘は、世尊のおられるところへと近づいた。近づいてから、世尊を礼拝して、一方の席に座った。一方の席に座ったコーカーリカ比丘は、世尊にこのように申し上げた。
⚠ 出家者向けの文脈
自己
スッタニパータ
趣旨一致
中
Atha kho āyasmā vaṅgīso sāyanhasamayaṁ paṭisallānā vuṭṭhito yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṁ abhivādetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho āyasmā vaṅgīso bhagavantaṁ etadavoca—
そのとき、ヴァンギーサ尊者は、夕暮れどき、独坐(どくざ)の瞑想より出でて、世尊のおられるところへと近づいた。近づいてから、世尊を礼拝し、かたわらに座した。かたわらに座したヴァンギーサ尊者は、世尊にこのように申し上げた――
自己
スッタニパータ
趣旨一致
長
etaṁ ve munidassanaṁ. Yo saññatatto na karoti pāpaṁ, Daharo majjhimo ca muni yatatto; Arosaneyyo na so roseti kañci, Taṁ vāpi dhīrā muni vedayanti. Yadaggato majjhato sesato vā, Piṇḍaṁ labhetha paradattūpajīvī; Nālaṁ thutuṁ nopi nipaccavādī, Taṁ vāpi dhīrā muni vedayanti. Muniṁ carantaṁ virataṁ methunasmā, Yo yobbane nopanibajjhate kvaci; Madappamādā virataṁ vippamuttaṁ, Taṁ vāpi dhīrā muni vedaya
これこそまさに牟尼(むに)の見(けん)というものである。
自らを制し、悪をなさぬ者、
若くあれ中年であれ、己を律する牟尼は、
いかなる者をも怒りによって傷つけない。
かかる者をこそ、賢者たちは牟尼と知る。
他者の施しによって命を保ちながら、
食を得るにあたって、施しの多寡にかかわらず、
最良のものによるも、中ほどのものによるも、残り物によるも、
ほめそやすことなく、へつらうこともない。
かかる者をこそ、賢者たちは牟尼と知る。
婬欲(いんよく)を離れて遊行(ゆぎょう)する牟尼、
若き日においていかなるものにも縛られることなく、
放逸(ほういつ)と驕慢(きょうまん)を離れ、
解脱(げだつ)せる者よ。
かかる者をこそ、賢者たちは牟尼と知る。
自己
スッタニパータ
趣旨一致
長
“pāpicchā, bhante, sāriputtamoggallānā, pāpikānaṁ icchānaṁ vasaṁ gatā”ti. Yo nindiyaṁ pasaṁsati, Taṁ vā nindati yo pasaṁsiyo; Vicināti mukhena so kaliṁ, Kalinā tena sukhaṁ na vindati. Appamatto ayaṁ kali, Yo akkhesu dhanaparājayo; Sabbassāpi sahāpi attanā, Ayameva mahattaro kali; Yo sugatesu manaṁ padosaye. Sataṁ sahassānaṁ nirabbudānaṁ, Chattiṁsati pañca ca abbudāni; Yamariyagarahī nirayaṁ upeti,
「サーリプッタとモッガッラーナは、尊者よ、邪な欲を抱き、邪欲(pāpicchā)の支配に堕しております」と。
讃むべからざる者を讃め、
あるいは讃むべき者を誹る者は、
口によってその咎(kali)を積み、
その咎によりて安楽を得ることなし。
賽(さい)の目に財を失うとも、
この咎はまだ軽し。
されど善逝(sugata)に従う者たちへ
心に怒りをいだくならば、
これこそ己の全てをかけたるよりも
なお大いなる咎なり。
聖者(ariya)を誹謗する者は、
百千のニラッブダ(nirabbudā)に
さらに三十六アッブダ(abbuda)を加えた
その数の歳月を経て、
地獄(niraya)へと至るのである。
自己
スッタニパータ
趣旨一致
長
Sikkhe nibbānamattano”. “Tenahātappaṁ karohi, (dhotakāti bhagavā) Idheva nipako sato; Ito sutvāna nigghosaṁ, Sikkhe nibbānamattano”. “Passāmahaṁ devamanussaloke, Akiñcanaṁ brāhmaṇamiriyamānaṁ; Taṁ taṁ namassāmi samantacakkhu, Pamuñca maṁ sakka kathaṅkathāhi”. “Nāhaṁ sahissāmi pamocanāya, Kathaṅkathiṁ dhotaka kañci loke; Dhammañca seṭṭhaṁ abhijānamāno, Evaṁ tuvaṁ oghamimaṁ taresi”. “Anusāsa brahme
---
「汝自らの涅槃(ニッバーナ)のために学べ」
「されば、励みを為せ、
(世尊は言われた、)ドータカよ、
ここにおいて、賢明に、念(ねん)を保て。
ここより聞きたる教えの声を受けて、
汝自らの涅槃のために学べ。」
「われは神々と人間の世界において、
何ものをも持たぬ婆羅門(ブラーフマナ)の
歩みゆく姿を見る。
あまねく見る者よ、そのお方に、
われは礼拝し奉る。
どうかわれを疑惑(カタンカター)より解き放ちたまえ。」
「ドータカよ、疑惑を抱く者を
世において解き放つことは、
われには成し難いことである。
最勝の法(ダンマ)を深く覚り知って、
そのようにして汝はこの激流(オーガ)を渡るであろう。」
「バラモンよ、教え導きたまえ、
---
経典データの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)