律蔵 五百結集犍度 段落17
‘idaṁ vo samaṇānaṁ sakyaputtiyānaṁ kappati, idaṁ vo na kappatī’ti. Sace mayaṁ khuddānukhuddakāni sikkhāpadāni samūhanissāma, bhavissanti vattāro— ‘dhūmakālikaṁ samaṇena gotamena sāvakānaṁ sikkhāpadaṁ paññattaṁ. Yāvimesaṁ satthā aṭṭhāsi tāvime sikkhāpadesu sikkhiṁsu. Yato imesaṁ satthā parinibbuto, na dānime sikkhāpadesu sikkhantī’ti. Saṅgho apaññattaṁ nappaññapeti, paññattaṁ na samucchindati, yathāpaññattesu sikkhāpadesu samādāya vattati. Yassāyasmato khamati apaññattassa appaññāpanā, paññattassa asamucchedo, yathāpaññattesu sikkhāpadesu samādāya vattanā, so tuṇhassa; yassa nakkhamati, so bhāseyya. Saṅgho apaññattaṁ nappaññapeti, paññattaṁ na samucchindati, yathāpaññattesu sikkhāpadesu samādāya vattati. Khamati saṅghassa, tasmā tuṇhī, evametaṁ dhārayāmī”ti.
「これはサキャ子(釈尊の弟子)たる沙門たちに許される、これは許されない」と。もし我々が小小戒(こしょうかい)を廃棄するならば、かように言う者が現れるであろう——「ゴータマ沙門が弟子たちのために制した学処(sikkhāpada)は、束の間のものであった。かの師が在世のあいだは、弟子たちはその学処によって学んだ。しかしその師が般涅槃(parinibbuta)せられてより後は、もはや弟子たちはその学処によって学ばない」と。
サンガ(僧伽)は、制せられていないものを新たに制することなく、制せられたものを廃棄することなく、制せられた学処のとおりに受持してこれに従う。
尊い方々のうち、制せられていないものを新たに制せず、制せられたものを廃棄せず、制せられた学処のとおりに受持してこれに従うことを是とせられる方は、黙してあれ。これを是とせられない方は、述べられよ。
サンガは、制せられていないものを新たに制することなく、制せられたものを廃棄することなく、制せられた学処のとおりに受持してこれに従う。サンガはこれを是とせられた。ゆえに黙せられた。かくのごとく、我はこれを保持する」と。
導線タグ: 死別,喪失,教えの継承,信仰の揺らぎ,伝統を守る,規律,コミュニティの結束
⚠ 出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。