律蔵 遮止犍度 段落19
‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Itthannāmo puggalo pārājikaṁ dhammaṁ ajjhāpanno, tassa pātimokkhaṁ ṭhapemi, na tasmiṁ sammukhībhūte pātimokkhaṁ uddisitabbanti— dhammikaṁ pātimokkhaṭṭhapanaṁ’. Bhikkhussa pātimokkhe ṭhapite parisā vuṭṭhāti, dasannaṁ antarāyānaṁ aññatarena— rājantarāyena vā, corantarāyena vā, agyantarāyena vā, udakantarāyena vā, manussantarāyena vā, amanussantarāyena vā, vāḷantarāyena vā, sarīsapantarāyena vā, jīvitantarāyena vā, brahmacariyantarāyena vā. Ākaṅkhamāno, bhikkhave, bhikkhu tasmiṁ vā āvāse, aññasmiṁ vā āvāse, tasmiṁ puggale sammukhībhūte saṅghamajjhe udāhareyya— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Itthannāmassa puggalassa pārājikakathā vippakatā, taṁ vatthu avinicchitaṁ. Yadi saṅghassa pattakallaṁ, saṅgho taṁ vatthuṁ vinicchineyyā’ti. Evañcetaṁ labhetha, iccetaṁ kusalaṁ.
「大徳よ、僧伽(サンガ)よ、聞きたまえ。これこれの名の人物は波羅夷(パーラージカ)の法を犯せり。かの者の波羅提木叉(パーティモッカ)を停止し、かの者の現前において波羅提木叉を誦出すべからず」と――これが如法(にょほう)なる波羅提木叉の停止である。
ある比丘の波羅提木叉が停止されたとき、会衆は十種の障難(アンタラーヤ)のいずれかによって席を立つことがある――王難(ラージャンタラーヤ)によるか、賊難(コランタラーヤ)によるか、火難(アッギャンタラーヤ)によるか、水難(ウダカンタラーヤ)によるか、人難(マヌッサンタラーヤ)によるか、非人難(アマヌッサンタラーヤ)によるか、猛獣難(ヴァーランタラーヤ)によるか、毒蛇難(サリーサパンタラーヤ)によるか、命難(ジーヴィタンタラーヤ)によるか、梵行難(ブラフマチャリヤンタラーヤ)によるか、と。
比丘たちよ、望むならば、比丘は、その住処においてであれ、他の住処においてであれ、かの人物が現前している僧伽の中で、次のように述べることができる――「大徳よ、僧伽よ、聞きたまえ。これこれの名の人物に関する波羅夷の事案は未了(みりょう)であり、その事件は未決(みけつ)である。もし僧伽に時宜(じぎ)が熟しているならば、僧伽はその事件を裁決したまえ」と。もしこのように事が運べば、それはまことに善いことである。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。