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智慧 vinaya 趣旨一致

律蔵 儀法犍度 段落68

Sace upajjhāyassa diṭṭhigataṁ uppannaṁ hoti, saddhivihārikena vivecetabbaṁ, vivecāpetabbaṁ, dhammakathā vāssa kātabbā. Sace upajjhāyo garudhammaṁ ajjhāpanno hoti parivāsāraho, saddhivihārikena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho upajjhāyassa parivāsaṁ dadeyyāti. Sace upajjhāyo mūlāyapaṭikassanāraho hoti, saddhivihārikena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho upajjhāyaṁ mūlāya paṭikasseyyāti. Sace upajjhāyo mānattāraho hoti, saddhivihārikena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho upajjhāyassa mānattaṁ dadeyyāti. Sace upajjhāyo abbhānāraho hoti, saddhivihārikena ussukkaṁ kātabbaṁ— kinti nu kho saṅgho upajjhāyaṁ abbheyyāti. Sace saṅgho upajjhāyassa kammaṁ kattukāmo hoti, tajjanīyaṁ vā niyassaṁ vā pabbājanīyaṁ vā paṭisāraṇīyaṁ vā ukkhepanīyaṁ vā, saddhivihārikena ussukkaṁ kātabbaṁ—
もし和尚(upajjhāya)に邪見(diṭṭhigata)が生じたならば、同住弟子(saddhivihārika)はこれを諫め離れさせ、また法話(dhammakathā)をもってこれに当たるべきである。もし和尚が重罪(garudhamma)を犯して別住(parivāsa)に値するならば、同住弟子は心を尽くして努めるべきである――「いかにして僧伽(saṅgha)は和尚に別住を与えることができるであろうか」と。もし和尚が根本に引き戻すこと(mūlāyapaṭikassana)に値するならば、同住弟子は心を尽くして努めるべきである――「いかにして僧伽は和尚を根本に引き戻すことができるであろうか」と。もし和尚が摩那埵(mānatta)に値するならば、同住弟子は心を尽くして努めるべきである――「いかにして僧伽は和尚に摩那埵を与えることができるであろうか」と。もし和尚が出罪(abbhāna)に値するならば、同住弟子は心を尽くして努めるべきである――「いかにして僧伽は和尚を出罪せしめることができるであろうか」と。もし僧伽が和尚に対して、訶責羯磨(tajjanīyakamma)、依止羯磨(niyassakamma)、駆出羯磨(pabbājanīyakamma)、下意羯磨(paṭisāraṇīyakamma)、挙罪羯磨(ukkhepanīyakamma)のいずれかを行おうとするならば、同住弟子は心を尽くして努めるべきである――
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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