律蔵 破僧犍度 段落28
Yaṁ devadatto kareyya kāyena vācāya, na tena buddho vā dhammo vā saṅgho vā daṭṭhabbo, devadattova tena daṭṭhabbo’ti. Evañca pana, bhikkhave, kātabbaṁ. Byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho. Yadi saṅghassa pattakallaṁ saṅgho devadattassa rājagahe pakāsanīyaṁ kammaṁ kareyya— “pubbe devadattassa aññā pakati ahosi, idāni aññā pakati. Yaṁ devadatto kareyya kāyena vācāya, na tena buddho vā dhammo vā saṅgho vā daṭṭhabbo, devadattova tena daṭṭhabbo”ti. Esā ñatti. Suṇātu me, bhante, saṅgho. Saṅgho devadattassa rājagahe pakāsanīyaṁ kammaṁ karoti—
「デーヴァダッタが身体をもってなし、言葉をもってなすことがら、それによってブッダを見るべきでなく、ダンマ(法)を見るべきでなく、サンガ(僧伽)を見るべきでなく、ただデーヴァダッタのみをそれによって見るべきである」と。
比丘たちよ、このようにしてなすべきである。弁舌さわやかにして堪能なる比丘が、サンガに告知すべきである。
「尊き方々よ、サンガよ、わが言葉を聞かれよ。もしサンガにとって機が熟しているならば、サンガはデーヴァダッタに対して、ラージャガハ(王舎城)において公示羯磨(パーカーサニーヤ・カンマ)を行うべきである。すなわち、『かつてのデーヴァダッタの本性は一つのものであり、今のデーヴァダッタの本性は別のものとなった。デーヴァダッタが身体をもってなし、言葉をもってなすことがら、それによってブッダを見るべきでなく、ダンマを見るべきでなく、サンガを見るべきでなく、ただデーヴァダッタのみをそれによって見るべきである』と。これが動議(ニャッティ)である。」
「尊き方々よ、サンガよ、わが言葉を聞かれよ。サンガはデーヴァダッタに対して、ラージャガハにおいて公示羯磨を行う。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。