律蔵 破僧犍度 段落12
Imaṁ bhagavā paṭhamaṁ pabbājetu. Imassa mayaṁ abhivādanapaccuṭṭhānaañjalikammasāmīcikammaṁ karissāma. Evaṁ amhākaṁ sākiyānaṁ sākiyamāno nimmānāyissatī”ti. Atha kho bhagavā upāliṁ kappakaṁ paṭhamaṁ pabbājesi, pacchā te sakyakumāre. Atha kho āyasmā bhaddiyo teneva antaravassena tisso vijjā sacchākāsi. Āyasmā anuruddho dibbacakkhuṁ uppādesi. Āyasmā ānando sotāpattiphalaṁ sacchākāsi. Devadatto pothujjanikaṁ iddhiṁ abhinipphādesi. Tena kho pana samayena āyasmā bhaddiyo araññagatopi rukkhamūlagatopi suññāgāragatopi abhikkhaṇaṁ udānaṁ udānesi— “aho sukhaṁ, aho sukhan”ti.
「この方を世尊はまず出家せしめたまえ。われらはこの方に対して、礼拝し、起立し、合掌し、恭敬の礼を尽くすであろう。かくしてこの方は、われらシャーキャ族の中においてシャーキャ族(釈迦族)として遇せられることになろう」と。
そこで世尊は、まず床屋のウパーリを出家せしめ、のちにかのシャーキャ族の王子たちを出家せしめられた。
そこで尊者バッディヤは、まさにその安居(あんご)の期間に、三明(さんみょう)を証した。尊者アヌルッダは天眼(てんげん)を開発した。尊者アーナンダは預流果(よるか)を証した。デーヴァダッタは凡夫(ぼんぷ)の神通力を成就した。
さてそのころ、尊者バッディヤは、林に入っても、樹の下に至っても、空閑処(くうかんしょ)に赴いても、しきりに感興の言葉(うだな)を発していた。
「ああ、楽なるかな。ああ、楽なるかな」と。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。