イティヴッタカ(如是語) ITI110
Catukkanipāta Brāhmaṇadhammayāgavagga Carasutta Vuttañhetaṁ bhagavatā vuttamarahatāti me sutaṁ: “Caraṁ vā yadi vā tiṭṭhaṁ, nisinno uda vā sayaṁ; Yo vitakkaṁ vitakketi, pāpakaṁ gehanissitaṁ. Kummaggaṁ paṭipanno so, mohaneyyesu mucchito; Abhabbo tādiso bhikkhu, phuṭṭhuṁ sambodhimuttamaṁ. Yo ca caraṁ vā tiṭṭhaṁ vā, Nisinno uda vā sayaṁ; Vitakkaṁ samayitvāna, Vitakkūpasame rato; Bhabbo so tādiso bhikkhu, Phuṭṭhuṁ sambodhimuttaman”ti. Ayampi attho vutto bhagavatā, iti me sutanti. Ekādasamaṁ. “Carato
# イティヴッタカ 第110経(如是語)
これは世尊によって説かれたことである。阿羅漢たる世尊がかく説かれたと、わたしは聞いた。
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「歩みつつあるも、立ちつつあるも、
坐せるも、また臥せるも、
家に繋がれた(gehanissita)悪しき
思惟(vitakka)を思い巡らす者——
その者は邪しまな道(kummagga)を歩み、
迷妄を生ぜしめるものに溺れている。
かかる比丘は、無上の正覚(sambodhi)に
触れるに能わざる者なり。
歩みつつあるも、立ちつつあるも、
坐せるも、また臥せるも、
思惟を制して鎮め、
思惟の寂静(vitakkūpasama)を楽しむ者——
かかる比丘こそ、無上の正覚に
触れるに能う者なり。」
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この義もまた世尊によって説かれた。かくわたしは聞いた。
第十一経。
導線タグ: 雑念,心の平和,執着を手放す,瞑想,生き方,迷い,内なる平静
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。