律蔵 滅諍犍度 段落130
Esā ñatti. Suṇātu me, bhante, saṅgho. Amhākaṁ bhaṇḍanajātānaṁ kalahajātānaṁ vivādāpannānaṁ viharataṁ bahuṁ assāmaṇakaṁ ajjhāciṇṇaṁ bhāsitaparikkantaṁ. Sace mayaṁ imāhi āpattīhi aññamaññaṁ kāressāma, siyāpi taṁ adhikaraṇaṁ kakkhaḷattāya vāḷattāya bhedāya saṁvatteyya. Ahaṁ yā ceva imesaṁ āyasmantānaṁ āpatti, yā ca attano āpatti, imesañceva āyasmantānaṁ atthāya, attano ca atthāya, saṅghamajjhe tiṇavatthārakena desemi, ṭhapetvā thullavajjaṁ, ṭhapetvā gihippaṭisaṁyuttaṁ. Yassāyasmato khamati amhākaṁ imāsaṁ āpattīnaṁ saṅghamajjhe tiṇavatthārakena desanā, ṭhapetvā thullavajjaṁ, ṭhapetvā gihippaṭisaṁyuttaṁ, so tuṇhassa; yassa nakkhamati, so bhāseyya. Desitā amhākaṁ imā āpattiyo saṅghamajjhe tiṇavatthārakena, ṭhapetvā thullavajjaṁ, ṭhapetvā gihippaṭisaṁyuttaṁ. Khamati saṅghassa, tasmā tuṇhī, evametaṁ dhārayāmī’ti. Athāparesaṁ …pe…
これが正式な提案(ñatti)である。
「大徳(bhante)よ、僧伽(saṅgha)よ、我が言葉を聞かれよ。我らは諍い(bhaṇḍana)を起こし、争い(kalaha)を起こし、論諍(vivāda)に陥りながら住しておる。その間に、沙門らしからぬ行い(assāmaṇaka)が多く犯されてきた。語られ、行われてきたことは数知れない。もし我らがこれらの罪過(āpatti)をもって互いに責め立てるならば、その諍事(adhikaraṇa)はいっそう険しく、激しく、分裂へと向かうことになりかねない。
そこで我は、これらの尊者(āyasmanta)方の罪過も、また自らの罪過も、これらの尊者方の利益のために、また自らの利益のために、粗重罪(thullavajja)を除き、在家に関わるもの(gihippaṭisaṁyutta)を除いて、僧伽の中において草で覆うがごとく(tiṇavatthāraka)懺悔(desanā)する。
これらの罪過を、粗重罪を除き、在家に関わるものを除いて、僧伽の中において草で覆うがごとく懺悔することをよしとされる尊者は、黙っておられよ。よしとされない方は、語られよ。
我らのこれらの罪過は、粗重罪を除き、在家に関わるものを除いて、僧伽の中において草で覆うがごとく懺悔された。僧伽はこれをよしとされた。ゆえに黙っておられる。かくのごとく、我はこれを保持する。」
かくして他の方々もまた……(以下同様)
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⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。