律蔵 滅諍犍度 段落120
Kataṁ saṅghena itthannāmassa bhikkhuno tassapāpiyasikākammaṁ. Khamati saṅghassa, tasmā tuṇhī, evametaṁ dhārayāmī’ti. Idaṁ vuccati, bhikkhave, adhikaraṇaṁ vūpasantaṁ. Sammukhāvinayena ca, tassapāpiyasikāya ca. Kiñca tattha sammukhāvinayasmiṁ? Saṅghasammukhatā, dhammasammukhatā, vinayasammukhatā …pe… kā ca tattha tassapāpiyasikāya? Yā tassapāpiyasikākammassa kiriyā karaṇaṁ upagamanaṁ ajjhupagamanaṁ adhivāsanā appaṭikkosanā— Evaṁ vūpasantañce, bhikkhave, adhikaraṇaṁ kārako ukkoṭeti, ukkoṭanakaṁ pācittiyaṁ; chandadāyako khīyati, khīyanakaṁ pācittiyaṁ.
「比丘たちよ、かくのごとき名を持つ某比丘に対して、僧伽(サンガ)は彼悪行羯磨(たっさぱーぴやしかーかんま)を行ったのである。これは僧伽に承認されている。ゆえに沈黙あり。われはかくのごとくこれを保持する」と。
比丘たちよ、これを「紛諍(ふんじょう)が鎮静された」と言う。現前毘尼(さんむかーびなや)によって、かつ彼悪行羯磨によって。
さて、かの現前毘尼において何があるのか。僧伽の現前(さんがさんむかたー)、法の現前(だんまさんむかたー)、律の現前(びなやさんむかたー)……乃至……。
さて、かの彼悪行羯磨において何があるのか。彼悪行羯磨(たっさぱーぴやしかーかんま)の行為、作為、受入、受諾、忍受、否認せざること——これである。
比丘たちよ、もし紛諍がかくのごとく鎮静されたのに、作事者(かーらか)がこれを覆す(うっこーテーティ)ならば、その覆す行為は波逸提(ぱーちったいや)となる。同意を与えた者(ちゃんだだーやか)がこれを非難する(きーやティ)ならば、その非難する行為は波逸提となる。
導線タグ: 子育て,許し,罪悪感
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。