律蔵 滅諍犍度 段落119
Ayaṁ itthannāmo bhikkhu saṅghamajjhe garukāya āpattiyā anuyuñjiyamāno avajānitvā paṭijānāti, paṭijānitvā avajānāti, aññenāññaṁ paṭicarati, sampajānamusā bhāsati. Yadi saṅghassa pattakallaṁ, saṅgho itthannāmassa bhikkhuno tassapāpiyasikākammaṁ kareyya. Esā ñatti. Suṇātu me, bhante, saṅgho. Ayaṁ itthannāmo bhikkhu saṅghamajjhe garukāya āpattiyā anuyuñjiyamāno avajānitvā paṭijānāti, paṭijānitvā avajānāti, aññenāññaṁ paṭicarati, sampajānamusā bhāsati. Saṅgho itthannāmassa bhikkhuno tassapāpiyasikākammaṁ karoti. Yassāyasmato khamati itthannāmassa bhikkhuno tassapāpiyasikākammassa karaṇaṁ, so tuṇhassa; yassa nakkhamati, so bhāseyya. Dutiyampi etamatthaṁ vadāmi …pe… tatiyampi etamatthaṁ vadāmi …pe….
「それがし某(なにがし)という名の比丘は、僧伽(サンガ)の中において、重罪(じゅうざい)について尋問されるにあたり、否定しておきながら認め、認めておきながら否定し、別の事柄をもって言い逃れをなし、故意に虚偽を語る者である。もし僧伽にとって時宜にかなえば、僧伽はそれがし某という名の比丘に対して、悪行認定の羯磨(たっさパーピヤシカーカンマ)を行うべきである。これが発議(ñatti)である。
大徳(bhante)がたよ、僧伽よ、わが言葉を聴かれよ。それがし某という名の比丘は、僧伽の中において、重罪について尋問されるにあたり、否定しておきながら認め、認めておきながら否定し、別の事柄をもって言い逃れをなし、故意に虚偽を語る者である。僧伽は、それがし某という名の比丘に対して、悪行認定の羯磨を行う。それがし某という名の比丘に対して悪行認定の羯磨を行うことを承認される長老は黙っていられよ。承認されない方は発言されよ。
二度目もまたこの事を申し述べる……乃至(ないし)……三度目もまたこの事を申し述べる……乃至……」
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。