律蔵 滅諍犍度 段落118
So evaṁ vadeti— ‘imañhi nāma tvaṁ, āvuso, appamattikaṁ āpattiṁ āpajjitvā apuṭṭho na paṭijānissasi. Kiṁ pana tvaṁ evarūpiṁ garukaṁ āpattiṁ āpajjitvā, pārājikaṁ vā pārājikasāmantaṁ vā, apuṭṭho paṭijānissasi? Iṅghāyasmā sādhukameva jānāhi, yadi sarasi evarūpiṁ garukaṁ āpattiṁ āpajjitā, pārājikaṁ vā pārājikasāmantaṁ vā’ti. ‘sarāmi kho ahaṁ, āvuso, evarūpiṁ garukaṁ āpattiṁ āpajjitā, pārājikaṁ vā pārājikasāmantaṁ vā. Davā me etaṁ vuttaṁ, ravā me etaṁ vuttaṁ— Tassa kho, bhikkhave, bhikkhuno tassapāpiyasikākammaṁ kātabbaṁ. Evañca pana, bhikkhave, kātabbaṁ. Byattena bhikkhunā paṭibalena saṅgho ñāpetabbo— ‘Suṇātu me, bhante, saṅgho.
彼はこのように言う——「なんじ、友よ、この軽微な罪(āpatti)を犯しながら、問われることなくそれを認めようとしなかったではないか。ましてや、なんじがこのような重大な罪、すなわち波羅夷(pārājika)あるいは波羅夷に準ずる罪を犯していながら、問われることなくそれを自ら認めるであろうか。さあ、尊者よ、よくよく心に留めて知るがよい——このような重大な罪、波羅夷あるいは波羅夷に準ずる罪を犯した覚えがあるかどうかを」と。
「友よ、わたしはたしかにこのような重大な罪、波羅夷あるいは波羅夷に準ずる罪を犯した覚えがある。しかしそれは戯れに言ったことであり、たわむれに言ったことである」と。
比丘たちよ、その比丘に対しては、罰する羯磨(tassapāpiyasikākamma)を行うべきである。比丘たちよ、その行い方は次の通りである。弁舌さわやかにして堪能なる比丘が、僧伽(saṅgha)に告知すべきである——「大徳(bhante)よ、僧伽よ、聴きたまえ。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。