律蔵 滅諍犍度 段落114
Tena ummattakena cittavipariyāsakatena bahuṁ assāmaṇakaṁ ajjhāciṇṇaṁ bhāsitaparikkantaṁ. Taṁ bhikkhū ummattakena cittavipariyāsakatena ajjhāciṇṇena āpattiyā codenti— “saratāyasmā evarūpiṁ āpattiṁ āpajjitā”ti. “ahaṁ kho, āvuso, ummattako ahosiṁ cittavipariyāsakato. Tena me ummattakena cittavipariyāsakatena bahuṁ assāmaṇakaṁ ajjhāciṇṇaṁ bhāsitaparikkantaṁ. Nāhaṁ taṁ sarāmi. Mūḷhena me etaṁ katan”ti. Evampi naṁ vuccamānā codenteva— “saratāyasmā evarūpiṁ āpattiṁ āpajjitā”ti. So amūḷho saṅghaṁ amūḷhavinayaṁ yācati.
その比丘は、心の錯乱(cittavipariyāsa)によって狂乱(ummattaka)していた間に、沙門にふさわしからぬ多くのことを行い、語り、犯していた。比丘たちは彼が狂乱し心の錯乱していた間に犯した罪過をもって彼を責める——「尊者よ、かくのごとき罪過(āpatti)を犯したことを憶えているか」と。彼は答える——「友よ、わたしはかつて狂乱し、心の錯乱していた者でした。その狂乱し心の錯乱していた間に、沙門にふさわしからぬ多くのことを行い、語り、犯しました。わたしはそれを憶えていません。迷乱の中においてそれはなされたのです」と。しかるに、かく言われてもなお責め続ける——「尊者よ、かくのごとき罪過を犯したことを憶えているか」と。彼は、今や迷乱を脱して(amūḷha)、僧伽(saṅgha)に対し迷乱者のための律(amūḷhavinaya)を申し請うのである。
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。