律蔵 滅諍犍度 段落111
‘ahaṁ, bhante, ummattako ahosiṁ cittavipariyāsakato. Tena me ummattakena cittavipariyāsakatena bahuṁ assāmaṇakaṁ ajjhāciṇṇaṁ bhāsitaparikkantaṁ. Maṁ bhikkhū ummattakena cittavipariyāsakatena ajjhāciṇṇena āpattiyā codenti— “saratāyasmā evarūpiṁ āpattiṁ āpajjitā”ti. “ahaṁ kho, āvuso, ummattako ahosiṁ cittavipariyāsakato. Tena me ummattakena cittavipariyāsakatena bahuṁ assāmaṇakaṁ ajjhāciṇṇaṁ bhāsitaparikkantaṁ. Nāhaṁ taṁ sarāmi. Mūḷhena me etaṁ katan”ti. Evampi maṁ vuccamānā codenteva— “saratāyasmā evarūpiṁ āpattiṁ āpajjitā”ti.
「大徳よ、私はかつて狂乱(ummattaka)の状態にあり、心が顛倒(cittavipariyāsa)しておりました。その狂乱し心の顛倒した状態において、沙門にふさわしからぬ多くの言動(assāmaṇaka)を犯し、口にしてまいりました。比丘たちは、私がその狂乱し心の顛倒した状態において犯した行為をもって、罪過(āpatti)を問いただし、『尊者よ、かかる罪過を犯したことを覚えておられるか』と申します。『友よ、私はかつて狂乱し心が顛倒しておりました。その狂乱し心の顛倒した状態において、沙門にふさわしからぬ多くの言動を犯し、口にいたしました。私にはその記憶がございません。それは迷乱(mūḷha)の中においてなされたことでございます』と申しましても、そのように申し上げてもなお、『尊者よ、かかる罪過を犯したことを覚えておられるか』と、問い責めることをやめないのでございます。」
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。