律蔵 滅諍犍度 段落76
Idha pana, bhikkhave, bhikkhū bhikkhuṁ kusalacittā anuvadanti— sīlavipattiyā vā, ācāravipattiyā vā, diṭṭhivipattiyā vā, ājīvavipattiyā vā. Yo tattha anuvādo anuvadanā anullapanā anubhaṇanā anusampavaṅkatā abbhussahanatā anubalappadānaṁ— idaṁ vuccati anuvādādhikaraṇaṁ kusalaṁ. Tattha katamaṁ anuvādādhikaraṇaṁ akusalaṁ? Idha pana, bhikkhave, bhikkhū bhikkhuṁ akusalacittā anuvadanti— sīlavipattiyā vā, ācāravipattiyā vā, diṭṭhivipattiyā vā, ājīvavipattiyā vā. Yo tattha anuvādo anuvadanā anullapanā anubhaṇanā anusampavaṅkatā abbhussahanatā anubalappadānaṁ— idaṁ vuccati anuvādādhikaraṇaṁ akusalaṁ. Tattha katamaṁ anuvādādhikaraṇaṁ abyākataṁ?
ここに比丘たちよ、比丘たちが善き心(クサラチッタ)をもって、ある比丘を——戒の過失(シーラヴィパッティ)によって、あるいは行儀の過失(アーチャーラヴィパッティ)によって、あるいは見解の過失(ディッティヴィパッティ)によって、あるいは生計の過失(アージーヴァヴィパッティ)によって——咎め立てることがある。そこにおける咎め立て、非難、告発、責め、追及、激励、力の付与——これを、善き非難諍事(アヌヴァーダーディカラナ・クサラ)と呼ぶ。
では、そこにおいて、不善なる非難諍事(アヌヴァーダーディカラナ・アクサラ)とはいかなるものか。ここに比丘たちよ、比丘たちが不善の心(アクサラチッタ)をもって、ある比丘を——戒の過失によって、あるいは行儀の過失によって、あるいは見解の過失によって、あるいは生計の過失によって——咎め立てることがある。そこにおける咎め立て、非難、告発、責め、追及、激励、力の付与——これを、不善なる非難諍事と呼ぶ。
では、そこにおいて、無記なる非難諍事(アヌヴァーダーディカラナ・アビャーカタ)とはいかなるものか。
導線タグ: 非難,告発,コミュニティの対立,善意と悪意,集団内トラブル,人間関係の摩擦,公正な判断
⚠ 初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。