律蔵 滅諍犍度 段落56
eko bālo hoti abyatto āpattibahulo anapadāno; eko gihisaṁsaṭṭho viharati ananulomikehi gihisaṁsaggehi— Aparesampi, bhikkhave, tiṇṇaṁ bhikkhūnaṁ ākaṅkhamāno saṅgho tassapāpiyasikākammaṁ kareyya. Eko adhisīle sīlavipanno hoti, eko ajjhācāre ācāravipanno hoti, eko atidiṭṭhiyā diṭṭhivipanno hoti— Aparesampi, bhikkhave …pe… eko buddhassa avaṇṇaṁ bhāsati, eko dhammassa avaṇṇaṁ bhāsati, eko saṅghassa avaṇṇaṁ bhāsati— 6.4. Aṭṭhārasavatta Tassapāpiyasikākammakatena, bhikkhave, bhikkhunā sammā vattitabbaṁ. Tatrāyaṁ sammāvattanā— Na upasampādetabbaṁ,
ある者は愚かで(bālo)、智慧なく(abyatto)、多くの罪過(āpatti)を犯し、懺悔する機会を持たない。ある者は在家者と交わり(gihisaṁsaṭṭho)、在家との不相応な交際(ananulomika gihisaṁsagga)の中にとどまっている。
比丘たちよ、さらに他の三人の比丘についても、僧伽(saṅgha)は望むならば、その劣悪行為の処罰(tassapāpiyasikākamma)を行うことができる。すなわち、ある者は増上戒(adhisīla)において戒(sīla)を損ない、ある者は行為(ācāra)において振る舞いを損ない、ある者は邪見(atidiṭṭhi)において見解(diṭṭhi)を損なっている。
比丘たちよ、さらに他の者たちについても……(乃至)……ある者は仏(Buddha)の誹りを語り、ある者は法(Dhamma)の誹りを語り、ある者は僧伽(Saṅgha)の誹りを語る。
比丘たちよ、劣悪行為の処罰(tassapāpiyasikākamma)を受けた比丘は、正しく行じなければならない。その正しい行ない(sammāvattanā)とはこれである。
――具足戒(upasampadā)を授けてはならない。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。