律蔵 別住犍度 段落51
nahāne piṭṭhiparikammaṁ. Ye te bhikkhū appicchā …pe… te ujjhāyanti khiyyanti vipācenti— “kathañhi nāma abbhānārahā bhikkhū sādiyissanti pakatattānaṁ bhikkhūnaṁ abhivādanaṁ paccuṭṭhānaṁ …pe… nahāne piṭṭhiparikamman”ti. Atha kho te bhikkhū bhagavato etamatthaṁ ārocesuṁ. Atha kho bhagavā etasmiṁ nidāne etasmiṁ pakaraṇe bhikkhusaṅghaṁ sannipātāpetvā bhikkhū paṭipucchi— “saccaṁ kira, bhikkhave, abbhānārahā bhikkhū sādiyanti pakatattānaṁ bhikkhūnaṁ abhivādanaṁ paccuṭṭhānaṁ …pe… nahāne piṭṭhiparikamman”ti? “Saccaṁ, bhagavā”ti. Vigarahi buddho bhagavā— “ananucchavikaṁ …pe… kathañhi nāma, bhikkhave, abbhānārahā bhikkhū sādiyissanti pakatattānaṁ bhikkhūnaṁ abhivādanaṁ paccuṭṭhānaṁ …pe… nahāne piṭṭhiparikammaṁ.
入浴の際に背中を洗うこと(等の奉仕を受けること)。少欲(appicchā)なる比丘たちは……(乃至)……不満を抱き、非難し、そしりて言った。「いかなる理由あって、復帰を要する(abbhānārahā)比丘たちが、普通の(pakatatta)比丘たちからの礼拝・起立……(乃至)……入浴の際の背中の洗いを受けることを許してよかろうか」と。
そこで、かの比丘たちは世尊にこの事情を申し上げた。そこで世尊は、この因縁、この出来事に際して、比丘僧伽(bhikkhusaṅgha)を集め、比丘たちに問い質された。
「比丘たちよ、まことに復帰を要する比丘たちが、普通の比丘たちからの礼拝・起立……(乃至)……入浴の際の背中の洗いを受けることを許したというのは、真実であるか」と。
「世尊よ、真実でございます」と。
目覚めた方(buddho)にして世尊は、これを叱責された。「ふさわしからぬことである……(乃至)……比丘たちよ、いかなる理由あって、復帰を要する比丘たちが、普通の比丘たちからの礼拝・起立……(乃至)……入浴の際の背中の洗いを受けることを許すのであるか。
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⚠ 自己責任論に誤解されやすい,初手で出すと冷たく見える,出家者向けの文脈
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。