律蔵 羯磨犍度 段落105
na okāso kāretabbo, na codetabbo, na sāretabbo, na bhikkhūhi sampayojetabban”ti. Āpattiyā adassane ukkhepanīyakamme tecattālīsavattaṁ niṭṭhitaṁ. Atha kho saṅgho channassa bhikkhuno, āpattiyā adassane, ukkhepanīyakammaṁ akāsi— asambhogaṁ saṅghena. So saṅghena, āpattiyā adassane, ukkhepanīyakammakato tamhā āvāsā aññaṁ āvāsaṁ agamāsi. Tattha bhikkhū neva abhivādesuṁ, na paccuṭṭhesuṁ, na añjalikammaṁ na sāmīcikammaṁ akaṁsu, na sakkariṁsu, na garuṁ kariṁsu, na mānesuṁ, na pūjesuṁ. So bhikkhūhi asakkariyamāno agarukariyamāno amāniyamāno apūjiyamāno asakkārapakato tamhāpi āvāsā aññaṁ āvāsaṁ agamāsi.
〔機会を与えてはならず、叱責してはならず、思い出させてはならず、比丘たちと交わらせてはならない。〕
罪(āpatti)を見ないことによる挙罪羯磨(ukkhepanīyakamma)の四十三事項、ここに終わる。
さて、僧伽(saṅgha)は、チャンナ比丘に対して、罪を認めないことを理由として、挙罪羯磨を行った――僧伽との共住(sambhoga)を断つものであった。彼は、僧伽によって罪を認めないことを理由に挙罪羯磨を科せられ、その住処(āvāsa)を去って別の住処へと赴いた。そこでも比丘たちは彼に礼拝せず、迎えに立つこともなく、合掌の礼も、丁寧な挨拶も行わず、敬い奉ることも、重んずることも、尊ぶことも、供養することもなかった。彼は比丘たちに敬われず、重んぜられず、尊ばれず、供養されず、礼遇(sakkāra)を失った者となって、その住処をも去り、また別の住処へと赴いた。
導線タグ: 追放,孤立,規律違反,コミュニティからの排除,反省しない,承認されない,居場所がない
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。