律蔵 コーサンビー犍度 段落39
yadeko ramatī vane”ti. Atha kho bhagavā pālileyyake yathābhirantaṁ viharitvā yena sāvatthi tena cārikaṁ pakkāmi. Anupubbena cārikaṁ caramāno yena sāvatthi tadavasari. Tatra sudaṁ bhagavā sāvatthiyaṁ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. Atha kho kosambakā upāsakā— “ime kho ayyā kosambakā bhikkhū bahuno amhākaṁ anatthassa kārakā. Imehi ubbāḷho bhagavā pakkanto. Handa mayaṁ ayye kosambake bhikkhū neva abhivādeyyāma, na paccuṭṭheyyāma, na añjalikammaṁ sāmīcikammaṁ kareyyāma, na sakkareyyāma, na garuṁ kareyyāma, na māneyyāma, na bhajeyyāma, na pūjeyyāma, upagatānampi piṇḍakaṁ na dajjeyyāma— evaṁ ime amhehi asakkariyamānā agarukariyamānā amāniyamānā abhajiyamānā apūjiyamānā asakkārapakatā pakkamissanti vā vibbhamissanti vā bhagavantaṁ vā pasādessantī”ti. Atha kho kosambakā upāsakā kosambake bhikkhū neva abhivādesuṁ, na paccuṭṭhesuṁ, na añjalikammaṁ sāmīcikammaṁ akaṁsu, na sakkariṁsu, na garuṁ kariṁsu, na mānesuṁ, na bhajesuṁ, na pūjesuṁ, upagatānampi piṇḍakaṁ na adaṁsu.
「独り森の中に喜ぶ者は」と。
かくして世尊は、パーリレイヤカにおいて、思う存分に滞在し終えられると、サーヴァッティーへと向けて遊行に出発された。次第に遊行しつつ、サーヴァッティーへと至られた。そこで世尊はサーヴァッティーの、ジェータ林のアナータピンディカの園に滞在された。
その時、コーサンビーの在家信者たちは、こう談合した。
「これらコーサンビーの尊き比丘たちは、我々に多大なる損害をもたらした者どもである。彼らによって煩わしめられた世尊は立ち去られてしまった。さあ、我々はコーサンビーの比丘たちに、礼拝もせず、起立もせず、合掌(añjalikamma)の敬礼もせず、供養(sakkāra)もせず、尊重(garu)もせず、敬意(māna)もなし、親交(bhajana)もせず、崇拝(pūjā)もしないでおこう。托鉢に訪れた者にも鉢の食事を施さないでおこう。かように我々によって供養されず、尊重されず、敬意を払われず、親交されず、崇拝されなければ、彼らは自ら去るか、あるいは還俗するか、さもなくば世尊の御心を和らげるであろう」と。
かくしてコーサンビーの在家信者たちは、コーサンビーの比丘たちに、礼拝もせず、起立もせず、合掌の敬礼もせず、供養もせず、尊重もせず、敬意もなし、親交もせず、崇拝もせず、托鉢に訪れた者にも鉢の食事を施さなかった。
導線タグ: 対立,不和,孤立,コミュニティ,仲間外れ,和解,孤独
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈
この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?
🪷 AIブッダ 禅とは
AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。
一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。
経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。